65.不幸体質(ケガ)の巧妙
屋敷に到着しても起きようとしない私を葉月ちゃんが仕方なく抱き起こして少し強めに揺するとようやく私は目覚めることができた。そんな様子に呆れたらしいお父さんは私に少しお風呂に入ってリフレッシュしてこいと言ってくれて、話は夕食後にするから、と言い置いて先に馬車から降りてヨハンの所へ行ってしまった。
「ウィンちゃん。立てる?」
『うん、迷惑かけてごめんね。少し、肩貸して貰える?』
葉月ちゃんに支えてもらいながら馬車を降りて御者さんにお礼を伝えて、それから自分の私室に戻ると着替えにお風呂セットを抱えて大浴場へと向かう。心配だからと葉月ちゃんも一緒に。
「ほらウィンちゃん、しっかり起きてて?まだ寝ちゃダメだよ」
『う……ん……』
お湯に浸かるなりうとうとし始めた私に葉月ちゃんが眠らせまいと容赦なく冷水を浴びせたりしてくるものの、久しぶりのソロ探索による精神的な疲労と空腹は思っていたよりも私を蝕んでいたらしく、葉月ちゃんの奮闘虚しく結局眠ってしまったらしい。次に私が目覚めたのは自分のベッドの中で、呆れ顔の葉月ちゃんに加えて、エレンやアイシャちゃんまでいた。
「本当にもー、大変だったんだからね?意識の無い人に下着やパジャマ着せるの」
『ごめんなさい……』
「ウィンちゃん、次に探索行くときは私を必ず連れて行きなさいね?じゃないと許可しないから。いくら依頼とはいってもさ」
「そだね、アイシャ先輩が一緒なら私も安心できるかな」
『はぅぅ…………』
四面楚歌に八方塞がり。でも確かに一人で行くよりは二人で行く方が負担は減るんだよね。二人とも後衛の魔法使い職であることを除けば。正直に言えば前衛職は欲しいけれど伝手は今、国内にはいない。今頃はユールシアあたりに居るみたいだから彼方で“狩り”を頑張っているんじゃないかな。愛しの彼女とペアで。
「それで、これだけ消耗してるなんて半日でどれくらい潜ったのよ?」
『えっと……地下32階かな。恐ろしいくらいに静か過ぎて警戒し過ぎちゃって……歪み遭遇、一回だけだったし』
「「半日で32階も潜った?!しかも遭遇一回のみっ?!」」
「??」
アイシャちゃんとエレンの悲鳴が綺麗にハモった。葉月ちゃんはまだ図書館の実態が良く飲み込めていないからきょとんとしているけれど。
私だって今なら自分のペースがおかしかった事くらいは理解している。普通なら一人で魔法使い職が潜ったとしても地下20階くらいだろう。戦闘やら探索やらで消耗するから。それも往復する事を考えれば一日を掛けていけるのはベテランでもきついかもしれない。
「それで……成果は何かあったの?」
『ううん。探している物は見つからなかったよ。時間切れで』
「ということは更に深く潜るのね……前衛が欲しい所だけど」
『ただ、その代わりに興味深い物見つけて来ちゃった。荷物の中に入ってるから、持ってきてくれる?』
葉月ちゃんが頷いて私の机のうえに置かれているバックパックの方に行ってくれているので私はエレンに頼んで上半身を起こすのを手伝って貰い、アイシャちゃんがすかさず差し出したいくつかの柔らかい大きなクッションを背中側に差し込んでもらい楽な姿勢を取らさせて貰う。そしてエレンが渡してくれる薄い青色のカーディガンを軽く羽織りちょうど良いタイミングで戻って来てくれた葉月ちゃんから二冊の、保存状態は良好だけれども装丁が古めかしい本を受け取る。
『ありがとう葉月ちゃん。……で、この二冊なんだけど』
「どれどれ…………、っ?!」
二冊のタイトルを視線で軽く追ったアイシャちゃんがピシッと目を剥いて固まってしまった。隣ではエレンも驚愕で口をポカーンと開けて同様に硬直している。そして二人同時に信じられない物を見たと叫び声を上げるのだった。
「「なんでこんな貴重本がここにあるの?!」」
ちょっとお父さんたちを呼んでくると慌てて私の部屋から駈け出でて行くエレンを見送ったアイシャちゃんが未だに信じられないとばかりに深い溜息を吐く。
「あいっかわらず恐ろしい位の強運ねぇ?……書籍探索だけは。そのうち《稀少本回収家》みたいな二つ名付くんじゃないかしら」
『……だけって言うのは止めて欲しいなぁ。地味にダメージ入るんだけど?』
「ごめんごめん。でもどちらかといえば不幸体質だよね?何かと事件に巻き込まれやすいしさ」
「えー……、ウィンちゃんて転生してまで病弱体質と不幸体質、変わらないの?」
『ぜ、前世程じゃないもん!こっちでは少しはマシになっているもんっ』
思わずむきになって叫んでしまった私を苦笑しながら二人が頭を撫で撫でし始めたのでその手を軽く払い除けると、そこへお父さんが一体何の騒ぎだと部屋に入って来たので何でもないと答えて姿勢を正す。
「それで問題の稀少本は?」
『これだよ、お父さん』
「……確かに。ふむ……そうだね。屋敷地下の書庫に収めて保管するしかないか。閲覧制限はバハル湖に掛けるが雨の森の方は自由にしていいよ」
『分かりました。閲覧も地下書庫?』
「勿論。じゃあこれは預かるよ?」
そう言うとお父さんは二冊の稀少本を手に持ち、そのまま私の部屋の隅に描かれた転位陣から地下の書庫に消え去って行ったのだった。
「うーん……。さすがはフェンリル信徒のお宅だよねぇ。地下の書庫とか」
『あれ。書庫って普通地下じゃないの?』
「フォーリン家は普通に地上階にあるよ?」
「ウィンちゃんウィンちゃん、そもそもどうして地下図書館とか地下書庫なの?」
『諸説はたくさんあるのだけれど、一番は戦乱や火事から蔵書を守りやすい事からじゃないのかなぁ?』
いまでこそ戦乱の無い平和な世界だけれども、ダナン帝国の存在したダナン暦の頃は何度も大きな戦争が起きていたし、この王都ラドルが帝都ラドルと呼ばれた時代にラドル自体が戦場になって一部が焼け落ちた事だってある。
それに当時は幾度となく発生した大戦により戦術級どころか戦略級の魔法が飛び交ったというらしいし、実はウィザードの三種以上の混合魔術はとんでもない威力の効果をもたらしたと数少ない歴史書には書かれている。その他にも儀式魔術や禁断魔術なども戦争に使用されたし、魔法以外にも天駆ける強大な火力を積んだ戦艦、飛空戦艦なんていう兵器がダナン帝国末期には登場した。
こんな破壊力満載な戦争状態であるならば地上に築いた図書館などあっという間に破壊されたり焼け落ちてしまうだろう。地上に図書館が建てられ始めたのは長い歴史でみれば本当につい最近の事なのだそうだ。本当に平和は素晴らしい事だと思う。
「ふぅん。確かにそんな戦争が何度も起きたら危なくて地上に建ててなんていられないね」
『でしょう?ただ、誰が最初に図書館を地下に建造し始めたのかという事や何故こんなに大量の本があるのかとかいうたくさんの謎は全く未解明のままなんだよね……』
「不思議だねぇ。さすがファンタジー。そう言えばその飛空戦艦だっけ?今でもあるの?」
『あるよ。大陸一の軍事大国になった平地王国ユールシアに規模は小さくなったけれどまだ数隻。メンテナンスはウィシュメリアでしか今は出来ないみたいだから後で見れると思うよ?』
「本当?……楽しみだなぁ♪」
コンシューマーゲームのラストファンタジーで飛空艇とか出ていて子供の頃憧れてたから実物見れるなんて嬉しい、と目を輝かせている葉月ちゃんをアイシャちゃんが微笑ましく見ている。子供の頃に園樹のお屋敷で一緒にゲームをしていた事をふっと思い出して懐かしく思えてしまった。
「お姉ちゃん、間もなくご飯だよ。アイシャ先輩も食べてそして泊まって行って?用意しちゃったし、もう子爵家には連絡しちゃったから」
エレンが呼びに来たので私は軽く身だしなみを整えると葉月ちゃんとアイシャちゃんに付き添われて食堂へと向かうのだった。




