61.気になる夢
打ち合せのための集まりは解散となりヨーク技官長は初の学院外実習に関する技官としての打ち合わせ会議をこの後開催するとかで早々に席を立っていった。
それにしてもいくら人手が足りないからといってアマチュアに過ぎない学院生徒に手伝わせようとか、どう考えても異常だと思う。
確かに監督官としてベテランとは言わないまでも実力のある冒険者が付くというのは有効な事とは思うけれど……。遊びでもない、訓練でもない。そして学内クエストでもない、紛れもない実戦にはどんなに努力しても避けられない“不運な事故”というものが付き纏う。最悪、死ぬ。ベテランであってもこれを完全に回避はできないのに……それなのにそんなアマチュアに頼らなければいけないなんて絶対におかしい。
「ああ、ウィンテル。私たちはまだ通常業務が残っているから先に帰ってくれないか。夕飯前には帰れるようにするから」
『それはいいけれど。そういえばお母さん。私に聞きたい事ってなぁに?』
「ああ、それね。えっと……?あれ?…………ごめんなさい、ど忘れしちゃったみたい。思い出したら夜にでも聞きに行くわ」
『そう?ならいいけれど。手が足らない時は言ってね?書類整理くらいは手伝うから』
「ありがとう、ウィンテル」
学院長執務室を私とマリア先輩は連れ立って退室する。マリア先輩は人が居ない場所がいいから、と言って私を連れて王立地下図書館一階にある食堂の先にある小さな個室を借りて、飲み物とお茶菓子を食堂で購入して入室しドアに鍵まで掛けていた。余程他人に聞かれたくない話らしい。
「ふぅ、これでよし、と」
どっかりと椅子に腰を下ろしたマリア先輩は心底疲れたーっというように大きく背伸びをして瓶入りの果物ジュースを口にする。
『まぁ、内容が内容ですからね。けれども先輩がサポートしてくださるのは本当に心強いです』
私も着席して買ってきた紙パックの牛乳をストローで少し飲み、背板に寄りかかって姿勢を崩す。
「だめよ、ウィンちゃん。何時如何なる時でも私達貴族は姿勢良く!……でしょう?」
『……誰も居ないところくらいは勘弁してくださいよぅ、先輩』
「だーめ。さ、正して?」
有無を言わさない笑顔を見せるマリア先輩に促されて私は渋々背筋を伸ばした。
「はい、よくできました。さ、あまりゆっくりも出来ないから本題に入らせて貰うわね?」
『はい。どう言った内容なんですか?』
「えぇ、実はね。最近おかしな夢を見るようになったのよ」
先輩の話を聞いていくとその内容は確かに奇妙でそして気になる内容だった。
最初のうちは他愛ない日常風景的な夢だったらしい。それが一ヶ月前になる頃には誰かが転ぶ夢を見たら後日その人が実際にケガをしたりとまるで予知夢かのようなものを時々見るようになったそうだ。
「……それでね、ウィンちゃんに相談というか伝えておきたかった夢は……」
「ミルクのように濃い濃霧の中でウィンちゃん率いるミランダ侯爵令嬢のパーティーが何者かに襲われるんだけど……ミランダさんを狙った矢や魔法が何故か真っ直ぐウィンちゃん目がけて飛んでいくの」
『……流れ矢とかではなくて、ですか?』
「ううん、明らかに最初から狙ったかのような動きなの。ウィンちゃん避けて!って私は毎回叫ぶんだけど見えていないのか、何かの理由で避けられないのか、当たって倒れちゃうの……」
『……毎回、ってどれくらいの頻度でその夢を見ていらっしゃるんですか?』
「…………半月前から毎晩なのよ。さすがに状況的に気のせいで説明出来そうにないから」
予知夢、かなぁ?それにしても不吉な。濃霧ということは相手もまともに私達を視認出来ないはずだ。それなのに魔法が飛んでくるのは尋常じゃない。それにしても予知夢といえば異世界日本の秋川真理さんの事を思い出してしまう。私の為に大学進学を取り止めてまで秋川神社の巫女さんになった彼女は私の死後、どうなさってしまったんだろう。後でアイシャちゃんに聞いてみよう。
『もしそれが正夢であるというのなら相応の準備しなくてはなりませんね。濃霧であるなら条件は五分のはずなのに攻撃される、ということは相手が手練ということでしょうしね』
「可能なら濃霧になる前に移動か脱出したいところね。できるかどうか分からないけれど」
『この辺で濃霧が有名な場所ってありましたっけ?』
「あるわ。王都から約二日、北北西にある雨の森奥地が有名ね。まるでミルクのように真っ白だそうよ?」
うわぁ、行きたくないし妹たちを連れて行きたくもないなぁ、そんな所は。私一人だったとしても願い下げ。せめて私の学内パーティーメンバーが揃ったというくらいでないと。……みんな元気かな。
『あ、因みにそこのモンスターって何がいるんでしたっけ?』
「巨大蟻地獄、巨大蜘蛛、それから奥地付近に人食い植物みたいなのだったかしら」
『今年の異常繁殖、雨の森も対象とか言いませんよね?』
「さぁ、何とも言えないわね」
『やだ、絶対イヤです!そんな視界不良で待ち伏せ系の中にわざわざ突っ込むとか。焼き払ってしまいたいくらい』
ただでさえ特殊技術職が少ないパーティーなのに不意討ちしてくるようなモンスターなんて相手にしたくない!お願いだからラミエルちゃん。雨の森のクエストだけは選ばないでね?
***
それから二人で自分たちの本来の仕事が今後どうなるのかを話し合った。司書長さんは冬までには境界結界を完全復活させると言っていた。けれどもその代わり、それまでの間ウィシュメリアで唯一まともな結界術を使える葉月ちゃんが図書館に拘束されるという事でもあるわけで。
『うーん……葉月ちゃんにはお世話になりっ放しだなぁ。無事、事が済んだら何か考えなきゃ』
「そうねぇ。身内だけを集めてウィンちゃんのお屋敷で打ち上げパーティーは最低条件よねぇ?」
『あとは受け取りを断られないレベルの贈り物、ですか?先輩』
「そうね、そこら辺が妥当でしょう。……それにしてもハヅキさんの舞いは何度見ても素敵よねぇ」
もうすっかり舞い方を覚えてしまって一緒に舞いたいくらいだけれども儀式の邪魔になるし、神気も無いからねーと残念そうに笑う先輩。私はそれを聞いて目が点になるくらいにびっくりしてしまった。
『先輩。あの舞い方かなり難しいのですけれど本当に覚えてしまわれたのですか?足の踏み込みバランスとか姿勢の配分とか』
「えぇ、どういう訳だか分からないのだけれど自然と頭の中に湧いてくるようにして大体覚えてしまったのよ。今度ハヅキさんに見てもらうつもりなの」
…………え……。薄々そんな予感はしていたのだけれど……。先輩も転生者、なのかなぁ?前世の記憶が無いだけで。だとすればこの世界と異世界日本の関係って何なんだろう。確か偶然って重なりすぎればそれは“必然”と言うものではなかったかしら。少なくとも何の関係もないという事はあり得ないと思う。
それからしばらくの間、先輩と普通のお茶会を楽しんでから仕事を終えた葉月ちゃんと合流し、いつものように手配された馬車に乗って私達は帰宅したのだった。




