46.記憶の彼方
最終改稿日2015/04/12
いくら思い出そうとしてもどうしても顔と名前が思い出せないあの人は誰なんだろう。彼は私をお姫さまと臆面もなく言う人で日本人離れしたような雰囲気の人。
陛下や両親が激戦?をお外で繰り広げているなか、皆を落ち着かせる為にと、努めて平静を装いながらアイシャちゃんとお茶を飲んでいたときにふと、また思い出す。そう言えばアイシャちゃんは寿命を全うしたと言っていたからもしかしたら知っているのかも。
「ねぇ、愛ちゃんは私の死後も知っているよね?」
「うん、一応は……。全部はまだ思い出せないけれども」
「じゃあさ、私の婚約者さんてどんな人だったか知ってる?」
「え?……そんな人、いないよ?」
「え?」
「え?」
「嘘…………。だって、良くお見舞いに来てくれたし、私のことお姫さまとか言って大事にしてくれて」
愛ちゃんが少し難しい顔をして額に手をあて、思い出そうとしている。
「思い出した。それ、自称恋人を平気で言っていた、セレニア財閥の御曹司のフィニアだよ。確か」
「……フィニア?日本人じゃないの?」
「お父さんが外国の人でお母さんが日本人のハーフだったはず」
うーん、思い出せない。でも自称なわりには夢の中の私はそう呼ばれることに何の違和感も感じなかった。けれども愛ちゃんは私たちがそういう関係じゃないと否定している。この記憶のズレはどうしてなんだろう?
「愛ちゃん、そのフィニア君ってどんな人?」
「んー、得体の知れない怖い人」
「……え?」
「燐ちゃんはさ、三年生の時の入院の経緯、覚えている?」
「ううん」
「そっか。良かった。あれは思い出さない方がいいよ」
思い出そうとすると激しい頭痛がする。まるで封印されているかのように、思い出してはいけないかのように。ただ、言えることは今までになく衰弱していたらしいということだけ。
「それにね。あの人の瞳の色、深紅色に見える時があって、そんな時の燐ちゃんはいつも心在らずみたいな感じで……怖かった」
「そうなんだ……ごめんね、良く覚えてない……」
一見人当たりは良さそうな女子生徒に大人気な好青年。その上お金持ちの御曹司。だけど黒い噂も絶えなかったんだと愛ちゃんは教えてくれた。
「フィニアの家は結構な豪邸で結構頻繁に学校の生徒を招待したりしてパーティーとかしてたみたいだけど、そのうちの何人かの女の子がパーティーの最中に行方不明になったとか言う噂が流れたり、時折ガラの悪い不良たちとつるんでいたのを見たとかいう情報が流れたり、彼氏持ちの女の子を寝取って弄んだとか、色々ね」
「ウワァ……」
「ただ、明確な被害者は判明しなかったみたい。だから噂止まりなんだけど。たださ、日本では昔から言うじゃない?火のない所には煙が立たない、って」
「そだね」
「だから私、何となく不安だから葉月ちゃんが行方不明だったし、なるべく燐ちゃんのそばにいたんだよ」
愛ちゃんが言うには私と愛ちゃんが一緒にいるのをあからさまにフィニア君は嫌がっていたみたいで近寄ってこなかったらしいけれども。それでも何かと私と愛ちゃんを別行動させようと画策していたようで、それが分かって以来愛ちゃんは私の両親に相談して私をなるべく一人にしないようにとしてくれたらしい。
なんでも、両親もやっぱり変には思っていたみたいで私と一番仲がいい愛ちゃんからの相談により不安感が増したから、との事だったらしい。
「そう言えばあの頃だっけ、愛ちゃんに素敵な彼氏ができたの」
「うん。私の旦那様でもあるんだけどね。……身体を張って私の身体と心を助けてくれたんだよ」
「うん、病院で二人がお見舞いに来てくれた時の事、覚えているよ」
「彼はね。私がどんなでも構わないって言ってくれたの。俺が惚れたのは私というそのものだって。外見や状態に惚れたわけじゃない、って助けてくれたその場で汚れも気にせずぎゅって強く抱き締めてくれて」
「うん……」
「そこまで愛されたら……自然と受け入れちゃったよ」
「本当に羨ましかったよ、幸せそうで……」
何らかの事件に巻き込まれてしまったらしい愛ちゃんは偶然にも私と同じ病院に搬送され、半身以上を包帯に巻かれた痛々しい姿ではあったものの、その彼に支えられて私の病室に笑顔を見せてくれていた。
満足に病院敷地内を歩くことも出来ず車椅子に頼る程に身体が弱まっていた私にとって、長年尽くしてくれていた愛ちゃんの笑顔は私を心底安心させてくれる大事な宝物だったから。
「私が死んだ後はどうだったの?」
「燐ちゃんのお家もかなりの大きな家だったでしょう?だから燐ちゃんのお葬式はお家でやったんだよ。学校の先生も生徒もみんな来てくれたよ。みんなに愛されてたんだね、燐ちゃんは」
「それから、葉月ちゃんの捜査班の人たちも来てくれたの。その時知ったんだけど、彼のお父さんが捜査班の指揮官だったみたいで、しかも燐ちゃんのお父さんの同級生だったんだって。世の中狭いよね……」
「勿論、燐ちゃんの自称恋人で婚約者だって言い触らしていたフィニアも来ていたけれど別に取り乱すこともなく、おとなしかった……ううん、違う。おとなしかったけれども何か不気味な微笑みを浮かべて、そう、もうすぐ、とか、手に入る、とか呟いていたの」
お通夜も告別式も特に混乱もなく滞りなく進み、愛ちゃんは本来家族や親戚が私の遺影を運ぶところを私の両親たってのお願いで、火葬場までの道程を私の両親とともに遺影を運ぶことになったらしい。最期の最後まで私と一緒にいさせてくれた私の両親に心からの感謝でいっぱいになったそうだ。
「火葬場に着いて燐ちゃんとの最期のお別れをしてるときに表が急に騒がしくなったの。やめろ!とか、悪魔め!とか、焼いたら戻せなくなる!とかって叫び声がして」
「何だろうとは思っていたけれど燐ちゃんの両親と私たちはお別れを済ませて棺を炉に送って蓋を閉めてもらって」
そこに半狂乱になったフィニアが大勢の制止を振り切って傾れ込んできたらしい。
『やめろ!やめろ!』
『俺のフィアンセを、花嫁を返せ!!』
『焼くなんてこの人でなしどもがぁっっっ!!』
『焼いてしまったら戻せなくなるだろうが!』
『離せ、俺の、燐を、返せぇぇぇぇっっっ、悪魔どもめ、死ねぇぇぇぇっっっ』
突然の事に呆気に取られて戸惑いを隠せない燐ちゃんのご両親と私たちは呆然と投げ掛けられた酷い言葉に頭が真っ白になっていた。厳粛なお別れが台無しになってしまった。そしてフィニアが懐から取り出した大きな拳銃を自分に向けられても何も喋れず動けなかった。
『諸悪の根源、愛!よくも散々邪魔してくれたな!死んで償え、この魔女めぇぇぇ!!』
フィニアの指先が引き金に触れ、私はただ悪魔のような形相で深紅の瞳で睨んでくるフィニアに身体の自由を奪われて、ああ、燐ちゃんと一緒に死んじゃうのかな、と懐かしい葉月ちゃんとの三人の想い出が本当に走馬灯みたいに駆け巡っていた。
そして何かの鈍い打撃音の後に乾いた発射音が響いて、そして悲鳴がこだまして。
「いつまでも身体に痛みが来なくて恐る恐る目を開けたら……床に組み敷かれているフィニアと、転がっている拳銃、そして私を庇って銃弾を受けた彼のお父さんがいたの」
あまりのショックに私は気を失ってしまい、次に気が付いた時は自分の部屋のベッドの中だった。
「詳しい事は彼も私のことを心配してか教えてはくれなかったのだけれども、フィニアの生まれた土地は東欧の土葬の風習が残る地域だったとだけ教えてくれたよ。それがフィニアを半狂乱にさせた原因かもしれない、って……」
「……そうなんだ。色々教えてくれてありがとうね」
外が急に騒がしくなる。ヨハンが慌ただしく駆け込んできて私に向かって叫ぶ。
「お嬢様!決着が付きました、しかし陛下と旦那様、奥様が瀕死の重傷でございます!!」