4.スイーツは別腹
最終改稿2014/08/25
夕方になりようやく王立地下図書館も落ち着きを取り戻した頃、危急を知って急いで探索先の古代遺跡より戻ってきた伯爵家当主ウィリアムが伯爵家の馬車にて治療院に駆けつけた。その頃には疲労により姉妹共々仲良く寝入ってしまっていたのだが、その様子を見るなり安堵の溜息をこぼしたウィリアムは家に連れ帰るべく二人を優しく揺すって目覚めを促した。
「起きなさい、二人とも。迎えに来たよ、あとはお家でゆっくり休みなさい」
「「……んぅ…………」」
寝ぼけ眼を気怠そうに擦りながら目を覚ましたウィンテルとエレンはウィリアムに手を引かれてふらふらしながら図書館裏口に着けられた馬車へと導かれ、その後ろをヨハンが二人分の荷物を携えて続いていく。
そうして二人の愛娘をウィリアムは見守りながらヨハンに馬車を出すように合図をし、ヨハンはまっすぐ家路につくのではなく事前に指示された場所へと走らせた。
「二人とも今日はよく頑張ったな。若干やりすぎた者もいるようだが」
「ごめんなさい……もう無茶しないです…………」
「わたし、も……」
「まぁいい。そんな顔するな。…………今日は久しぶりに“寄る”から好きなのを選びなさい」
怒っていないぞ、とにこやかな笑顔で姉妹にとある一言を放つと。
「え。いいの?本当に?」
「……何でもいいのですか、お父さん?」
目をきらきらと輝かせた二人がウィリアムを挟み込むようにして見上げていた。
「ああ、好きなのを選びなさい。……と、そうこう言っているうちに着いたようだな。エレン、先に降りてお姉ちゃんを支えてやりなさい」
「うん、わかった~」
伯爵家の馬車が到着したのは広い車止めに併設された王室御用達の菓子店…………ではなく、素朴な感じの普通の女の子たちがお茶を飲みあうような街の喫茶店兼ケーキ屋さんだった。
「おや、いらっしゃい。久しぶりだねぇ……エレンちゃんにウィンちゃん。病気が治って何よりだよ」
この店を孫娘のハカナと一緒に切り盛りしているお年を召した老婦人、にはとても見えない若々しい装いのメーユ婆さんが三人に気が付いて声を掛けてきた。
「あははは…………」
「いえ、その……また無茶しちゃって明日からお布団生活再びです」
「おやおや。そうなのかい?……ああ、騒ぎのあった図書館のやたら光っていたのはもしかして」
「ええ、うちのウィンテルが原因です。まったく後先考えずに行動するからだ。……まぁ、今回だけは必要だったから許すよ」
「そうなのかい。これ、ハカナや。とっておきのあれを持ってきてあげなさい」
はーい、とエレンより二つ年下のハカナがパタパタとお店の奥へ駆けていき、戻ってくるときにはゆっくりと慎重に大きめのガラスの器に入った生菓子を四個大きなトレイに持って戻ってくる。
「エレン様、ウィンテル様。いつもうちみたいなお店をご贔屓にしてくれてありがとう御座います。これ、うちの新作プリンです。是非お持ち帰りください!」
テーブルの上にトレイを置くとにこっと可愛らしい笑顔をハカナは見せる。
「え、いいんですか?メーユお婆ちゃん。なんか悪い気がするなぁ……」
と言いながらエレンは実は大のプリン好きだったりするのでとっても嬉しそうである。
「またしばらく来れないんだろうて、遠慮せずともいいのじゃよ」
「すみません。お言葉に甘えさせていただきますね」
メーユお婆ちゃんにウィンテルは丁寧にお辞儀をして謝意を表した。気が付けばお父さんは喫茶スペースにてハカナちゃんから紅茶を貰いくつろぎながら私たちにゆっくり選びなさいと目で語ってくれていた。とはいってもお母さんが待っているからそんなには長くいられない。
「エレン、決まった?私はもう決めたから……」
「えー?お姉ちゃん決めるの早いよー」
私はいつも季節の果物をハカナちゃんが自分の目で選んで買ってきて、それをシロップで煮たジャム風味のペーストを挟み込んだ三段重ねのフルーツケーキが大好物なのだけれども、それなりにお値段はするしそれにいくらスイーツは別腹だからと言い張ってもお母さんが普段は許してくれないから買えないのだ。でも今日はお父さんが「なんでもいい」と言ってくれたから安心して買える。本当にこういう時のお父さんはいつも以上に大好きだ。
エレンはというと大好物のプリンは新作のを貰うことで選択肢が消えてしまったため、次に大好きなカステラケーキかパンケーキにするのかで悩んでいるみたいだ。こういった悩み抜いて選ぶ時間も幸せな時間の一つだから間違っても急かすようなことは私もお父さんもしたりしない。エレンが選んでいる間に私の選んだフルーツケーキ(1ホール)を包んで貰い、お父さんとお母さんのために選んだガトーショコラは自分のお財布から代金を支払って同様に包んで貰う。
「うん、決めた。今日は生クリームのカステラロール1本にするー。ハカナちゃん、お願いね」
「はい!いつもありがとう御座います!」
ヨハンに頼んで貰ったプリンと買ったケーキにショックが与えられないように上手く積み込んで貰ってお父さんが支払いを終えて戻ってくるのを待って二人でいつも以上に上機嫌な最高の笑顔でお礼を言う。
「お父さん、大好きなケーキを買ってくれてありがとう!」
「いつも大事にして貰えて私たちは幸せだよ、本当にありがとう!」
そういってそれぞれお父さんのほっぺたに片側ずつお礼のキスをしてあげた。
「ははは。まぁ今日は二人の初陣でよく頑張った。特にウィンテル。…………良く咄嗟に三種混合なんてできたな?……才能に助けられた面もあるだろうが、今までたくさんの古文書を頑張って読解して勉強した結果だ。自信を持っていいんだぞ?あとは制御だけの問題だからな」
「うん。気持ちが暴走しないようにもっと努力するよ」
「それからエレン。まず間違いなく来年の春には卒院できるだろうから、卒院したら必ず司書としてお姉ちゃんのそばに行けるよう約束する」
「ん、お願いします。私はもうちょっと戦闘技術と神霊語魔法を修練しないとダメだから……卒院までにはあと2ランクアップを目指して頑張るよ」
「良し、二人ともその意気だ。……さ、お母さんが夕飯の準備をして待っているから早く帰ろうか。結構良い時間になってしまったしな……」
気が付けば太陽は西の山脈の向こうに沈み始め辺りは段々と夕闇に包まれつつあった。一行はメーユお婆ちゃんとハカナちゃんにお礼と別れを告げ、ヨハンが細心の注意を払って操る馬車に揺られて帰宅の途に着いたのだった。
***
「……それで貴方達遅くなったのね……全くもう、ウィル。寄るなら寄ると一言言ってくださいな。そうすれば熱々のお料理を準備できたのに」
お母さんがキッチンで料理を温め直しているそばでお父さんが小さくなって謝っていた。
「ごめんなさい、お母さん。私が選ぶのに時間かかってしまったの。……そんなにお父さんを責めないであげて?」
「ウィンテルがそう言うんじゃしょうがないわね。いいわ、許してあげる。さ、運んで頂戴。お夕飯にしましょう?」
「「はーい」」
とは言ってもふらついている私は料理を運ばせて貰える訳もなく。荷物を下ろして来なさいとお母さんに言われてエレンと一緒に部屋に戻っていく。
「お姉ちゃん、さっきはありがとう。遅くなった理由、私のせいなのに」
「いいの、いいの。気にしないで。さ、部屋着に着替えて早く行きましょう?」
それぞれ自分の部屋に戻ると外行きの洋服を脱いで暖かな部屋着に着替え、軽く身だしなみを整えてから二人連れ立って食堂へと歩いていく。窓から外を見れば辺りはすっかり夕闇に包まれ夜空には大きな満月が昇り始めていた。
「あ……今夜は満月なんだね。丁度良かった……これなら少しは回復速度が上がるかな?」
「うん、でも今はそんなことよりお腹が空いたよ……エレン、置いていくよ~?」
「あ、待ってよお姉ちゃん」
慌てたように追いかけてくるエレンを少し待つと急いで食堂へと向かって行ったのだった。
「いただきます」
「「「いただきます」」」
お父さんの言葉に続いてみんなで感謝の挨拶を唱和し、温かな湯気が立ち上る柔らかく煮込まれた肉のシチューと季節の温野菜サラダ、ふんだんに使われた卵たっぷりのプレーンオムレツと夕方お母さんがわざわざ近所のパン屋さんに赴いて買ってきたふかふかの白パンに私たち姉妹は野菜ジュース、お父さんとお母さんは軽めの果実酒というメニューを和気藹々(わきあいあい)と団欒を楽しみながら舌鼓を打った。
「ウィンテル、貴女はもう少しお肉食べなきゃダメよ?体力付けるためにあと一塊りくらいは、ね?」
「う、うん……でも今日はデザートもあるし…………」
「大丈夫よ、女の子にとってはスイーツは別腹なんでしょう?さ、よそってあげるから。はい、どうぞ」
「ありがとう、お母さん。……頑張る」
とは言うものの。いくら良く煮込まれてトロトロのお肉とはいってもいい加減限界だと思っているんだけど……これもデザートの為。頑張って完食しよう。そうすれば久しぶりのフルーツケーキが食べられる。エレンもお父さんも私を見て苦笑しているのは分かって居るんだけど……精神力と魔力をたくさん消費すると何故か甘いモノが食べたくてしょうがなくなるんだもん。
「ご馳走様~……さ、デザート、デザート。…………ん~、美味しい!」
「試作のプリンも最高♪」
本当に別腹のように買ってきたスイーツを堪能する私たち姉妹を両親と給仕していてくれたヨハンが苦笑しながら眺めて呆れていたのだったが、私とエレンはそれぞれ大好きなケーキとプリンを味わうのに夢中で気付かない振りをしてこの幸せを噛みしめたのだった。
昔はケーキ1ホール完食とか普通だったんですけれど……。
今はお医者様に禁止されているので……。
ああ、食べたいなぁ………。




