27.仕事始めはお掃除から
最終改稿日2015/04/11
廃都の真相はそれなりにショックだったけれどもこの件についての究明は新入生歓迎コンペの後でも良いというか準備が間に合うかどうか微妙だ。
まだ学院内部は揉めているようだけれど今は母校の心配より緊急帰還用護符の作成が最優先だからお母さん達に任せて私は自分の任務に専念しよう。
「とは言うものの。このペースだと大規模事故が起きたら間に合わなくなりそう……」
どうか起きませんように。残り魔力も少ないしこれを作ったら休憩しよう。そう言えば今日の午後からコンペの訓練のために学院生パーティーが地下への結界を潜る事が出来るようになるって聞いていたけど……大丈夫かな?特に新入生の子達。ちゃんと上級生が面倒見てくれればいいけど…………。
本番は技官が付くけど訓練の時はどうなんだろう。ドルカイルみたいな乱暴者とか危険人物は早々居ないと思うけれど。うーん、あとでお母さんに聞いてみよう。私が心配する事じゃ無いんだけどね。
「よし、午前中のノルマ達成。お昼までまだ時間あるし……お茶でも飲みに行こうかな」
借りている風の精霊石を専用の保管箱に収納して魔法の鍵を掛け、私のために用意された専用の作業室を出て扉を施錠し、さらに魔法の鍵を掛ける。精霊石は高位の精霊神官のみが作れるとても貴重な品なので管理は厳重にしなければいけない。
ウィザードの命とも言える精霊石、私の場合は氷の精霊石だけれども、基本的には肌身離さず付けていてお風呂などどうしても外さないといけないときは厳重に保管している。特に氷の精霊石は……数が少ない稀少品だから。
最近は魔力切れを心配されていて昏睡しても大丈夫なようにと休憩するときは隣室の司書長室を使うようにと厳命されているので予め出勤時にお茶セットとお茶菓子を運び込んでいる。
「すみません、お茶のみに来ました」
「ん。休憩か。何とか間に合いそうか?」
「出動さえ掛からなければ…………なんとか」
「そうか。なるべく善処する」
司書長のレックスさんは相変わらず書類の山と格闘している。机の上の書類は絶えず補充されているようで減っているところを見たことがないような気がする。管理職って大変そうだなぁ。
「レックス、俺だ。入るぞ?…………って嬢ちゃん休憩中か」
「お邪魔しています」
「ん。どうしたミッシェル。何かあるのか?」
「午後からの受け入れの打ち合わせに来たんだが……」
「ああ。もうそんな時間なのか。……ウィンテル、お茶2人分頼む」
「分かりました」
私が飲んでいたお茶を2人分淹れて、お茶菓子のタルトと一緒にそれぞれの前へ置いて窓際の定位置と化した私の休憩席に戻る。
「悪いな嬢ちゃん。ありがとよ」
「このタルトは誰が作ったんだ?ウィンテル」
「学院長代理ですよ」
「「…………」」
「基本的にお茶菓子はお母さんのお手製ですから」
「そ、そうか……」
「で、話って何だ?ミッシェル」
「あ、ああ。実は今朝ヨークから連絡があってな。学院長代理が大鉈振るいまくった人事発令を出しちまって今日一杯は混乱が収まりそうにないから探索隊の方で監督してくれないか、ってさ」
「……可能なのか?」
「出来なくはないが……新入生の面倒見るのには向かないぞ。特にうちは男所帯だからな、女子生徒の多いパーティーに当たったらどうなることやら」
…………何やったんだろう、お母さん。お父さんが付いてるから無茶なことはしていないと思うけど。
「しゃーないな。その時はうちから女性司書付けてやるよ。それでいいだろ?」
「助かる。基本的に通常の小規模歪みは学院生に対処させて欲しいとの事だそうだ」
「大丈夫なのか?」
「指示さえまともならなんとかなるだろ。嬢ちゃんの後輩のパーティー、今日は地下22階くらいまで潜ってるしな」
「おいおい…………潜りすぎだろ」
「一応、私費で作った緊急避難用の例の護符渡してありますから大丈夫ですよ。コッタンの侯爵令嬢たちに何かあってもまずいと思って独断ですけれど。事後報告ですみません」
最近ではイレギュラーな歪みも的確に対処できてるようだから判断を誤ることは無いと思う。どうにも手に負えないときはすぐに離脱するように何度も言い含めてあるし。それに一応エレン達は地下25階までは行ったことがあると言っていたから。
「ふぅむ。時に嬢ちゃん。その護符、探索隊にも支給は可能か?」
「コンペ終了後なら可能ですけれど……私の判断ではなんとも」
「量産は無理だろ。ウィンテルしか作れない上に迂闊な人間には渡せんぞ?」
「犯罪利用の可能性か」
「ああ。それから、魔力の消費量が半端無いから大規模歪みが来たときにウィンテルの加護が受けられないかもしれないが……いいのか?」
「それは困るな。分かった、忘れてくれ」
ともかく半日だけの臨時措置だから何とかしようと言うことで打ち合わせは終了した。
***
同日同刻。賢者の学院ウィシュメリア校学院長執務室。学院長代理として赴任しているフェルリシアの前には先に張り出された学院職員の人事発令告知に納得できない事務方責任者達が数人押し掛けていた。
「学院長代理、なんだあの人事は!我々は聞いていないぞ!」
「あのような人事は受け入れられない!即刻撤回したまえ!」
「大体人事権は学院長である貴女のお父上にあるのであって貴女にそんな権限は無いはずだ!」
そんな彼らの非難の声を背中に受けて窓から眼下の王立地下図書館を眺めていたフェルリシアはふぅ、と溜息を吐いて身体を彼らの方へ向け淡々とにこやかに微笑みながら言い放つ。
「まず人事権についてですが。ここに全ての権限を委任するとの謹慎中の学院長様自筆の文書があり陛下が署名をされています」
「それから今回の人事につきましては撤回する意志は毛頭ありませんので。拒否されるのであればお辞めになりますか?」
「お辞めになるのでしたらお引き留め致しませんのでどうぞご自由に」
全権委任の直筆文書に陛下の承認署名が入っているのを確認させられ、さらにイヤなら辞めろと通告された事務方責任者達はそれでも言い募る。
「しかしだな。我々が一斉に異動してしまったら間違いなく混乱するぞ?」
「そうだそうだ!我々の仕事は高度な判断を要する。素人に任せてられるか!」
しかしフェルリシアはその笑みを崩さずに大したことでもないように告げる。
「構いませんわ、多少の混乱など。新任の方々は優秀ですからね……長年あなた方のいい加減なお仕事をフォローしてきただけあって、半日で混乱を回復できると仰っていましたわ」
「それに……その高度な判断とやらで我が校の大事な生徒達の将来を潰し掛けたことをよもや、もうお忘れになったとでもお言いになるのかしら?」
ぐっと言葉に詰まる事務方責任者達。
「お話はお終いですか?でしたら…………」
「まだ終わっていない!とにかくあの人事は承服できないから従うつもりは全くない。新任とか言う若造達に仕事を渡すつもりも無い。貴女の思い通りにはさせんよ」
「そうですか。とても……ええ、本当にとても……残念ですわ。伝統ある当学院から不届き者が出てしまうなんて……」
「何のことを言っておる?」
「ただの遠吠えだろうよ」
ハハハハハッとフェルリシアを嘲笑する事務方責任者達。しかし立ち去ろうとして振り向き執務室の扉を開けようとしてその扉が白く輝いている事に気が付く。どういう事だか分からず戸惑っているとその扉が自然に両開きに開いて……完全武装した王宮近衛兵達がなだれ込み瞬く間に男達を拘束してしまった。
「フェルリシア学院長代理、これはどういう事だ!?」
「……この人事は陛下もお認めになっていらっしゃると言うことですよ。あの署名はそう言うことです。そしてあなた方は陛下のお決めになられたことに対して反抗された。…………本当に残念です。父に長年仕えてくれた貴男達がせめて定年までは学院に在職し規定通りの退職手続きが為されるよう父が望んだ温情を果たせない事が」
「陛下の意に背く不敬なるこの者達を連れて行け!暴れる場合は無力化して構わない!」
謹慎中の父親が望んだ温情案を果たせなくなったフェルリシアは心底残念そうな、そして悲しそうな表情で説明し終えると近衛兵指揮官が号令を掛け男達を連行して扉の向こうに連れ出して行き同時に開いていた扉も閉まって元通りの落ち着いた色合いの木製扉に戻る。
それを見届け終えたフェルリシアは深く溜息をし少し疲れたように執務用の椅子に腰掛ける。
「……お父様。やっぱりお父様は純粋に研究の徒で在られた方が良いと思いますよ……よくもあのような人たちに学院を長年任せていられたものですね…………」
「まぁ、仕方ないさ。お義父さんも本来は自分から好きで就任した訳じゃなかったからな……」
「ウィル……」
「後味は良くないが初仕事お疲れさん。だが、立ち止まっている余裕がない。新任の彼らが仕事をやりやすくする為のサポートもしなきゃならんし、今週末のコンペに向けての調整もしなきゃならん」
隣室に控えていた学院長代理補佐のウィリアムが通じるドアから入室してきて愛する妻で重責を背負わされてしまったフェルリシアを慰めながらも次へと意識を向けさせる。
「そうね。改革はまだ始まったばかりだわ。……現場のサポートと指揮はウィルに任せるわ。私は対外的な対応をするから。それから……ヨークさんを呼んで貰える?」
「分かった。見つけたらここに来させるよ」
「ええ、お願いね。それから先ほどの人たちは退職扱いで処理して貰って頂戴。ただし退職時に支給する各種金品は無しで」
「懲戒免職にしないのがせめてもの温情、か」
「違うわ。懲戒処分にするには理由が必要だもの。……わざわざ学院の評判を落とすことはないのよ。温情に見えるけれども、単純にわざわざ彼らの最悪の置きみやげを開くことはしなくていいってだけよ」
フェルリシアの言葉に納得したウィリアムが退室するのを見送ったのち、差し当たって早急に決裁する必要のある書類とそうでないものの分別と、それから必要なのに提出されていない案件をリストアップする作業にフェルリシアが取り掛かってしばらくしてから執務室のドアがノックされる。
「戦闘技術担当官、ヨークです。お呼びと伺いましたが……?」
「どうぞ、お入りになってください」
「失礼します」
フェルリシアは執務机の前に用意して置いた椅子をヨークに勧めるとピッチャーに作り置きして置いた冷たいお茶をグラスに注いで差し出してから話を切りだした。
「今回の新入生歓迎探索コンペについてですけれど。お願いと要望があります」
「お聞き致しましょう」
「まずお願い事ですが、今回お借りする王立地下図書館のフロアは広いようで戦闘を行うには結構狭い空間だと言うことはご存じの通りです。ですので効率のいいパーティー投入編成案を考えて欲しいのです。新入生に関しては未知数ですが上級生に関してはある程度の力量や性格は把握されているでしょうからその辺を勘案して、万一複数パーティーによる乱戦になっても対応できるような組み合わせを考えてください」
「……なるほど。ではパーティー登録締め切りを明後日、水の日として告知し翌日の風の日までには何とか編成表をお持ちしましょう」
「はい、お願いします。次に要望ですが。立場の弱い新入生や下級生に対するハラスメント行為の取締を徹底してください。特に男子生徒から女子生徒への不当な行為に気を付けるようお願いします。目に余る場合は放校処分も辞しません」
「分かりました。各ホームルーム担当技官に通達するよう連絡します」
「必要な経費は速やかにウィルを通して提出を。事務方の総指揮は当面ウィルが執りますが、技官組の指揮はヨーク、貴男が執ってウィルと上手く連携してください」
「了解」
それでは早速、とグラスのお茶を一息に飲み干し一礼して退出したヨークを見送りホッと一息を付く。ふと掛け時計に目をやればまもなくお昼になるところだった。
「本当に時間なんてあるようでないようなものね。今は少しでも時間が惜しいからお弁当だけれども落ち着いたらウィンテルと図書館ランチでもしたいわね…………」
窓の外の向こう側でおそらく同じようにお弁当包みを開いているであろう娘達を思いながらせわしなくお昼ご飯を口に放り込むフェルリシアだった。




