2.王立地下図書館
最終改稿2014/08/25
それから数日後。ようやく体調を戻しお医者様からも家族からも許可を貰えた私は職場復帰を果たした。
私が居ない間に頑張ってくれていた同僚や上級職の人たちに一人ずつ挨拶とお礼を伝えると、会う人会う人みんなに「無理はするな。身体弱いんだからみんなを頼れ。いざというときの緊急事態にお前が居ないのは心許ないんだから」と言われてしまった。………………病弱で本当にごめんなさい。
それにしても王立地下図書館の緊急事態って、探索に赴いた実力のある冒険者グループが手に負えないモンスターの対処だと思うのだけれど、ベテランの人たちの手に負えないモンスターを私なんかにどうこうできるとは思えないんですけれど。
けれどもそう言う疑問を上級職の司書長さんや図書館探索隊の隊長さんにぶつけるたびに必ず決まってこう言われてしまう。
「賢者の学院を主席卒院したばかりか最年少名誉導師位まで授与されたんだから自信持っていいと思うぞ?…………体力以外はな」
私としては勉強としての知識や技術、才能としての魔力や精神力がそのまま現場で通用するとは全く思えないから自信なんて持てと言われても無理だと感じてしまっている。第一、身体はこの世界の生まれだけれど心の一部は暴力の無かった平和な異世界、日本の生まれだ。学院での実習では確かに戦闘訓練も行ったし決してど素人というわけじゃないけれど……。
本当の実戦で誰かが倒れたり怪我をしたり、万一瀕死になってしまったりしたとき私は…………冷静でいられる自信は無い。そして実戦では冷静さを失った順に命を落としていくのだろうから……。
そんなことを考えて居たことが悪かったのだろうか。突然、私たちが仕事をしていた司書控え室に耳障りな非常警報が鳴り響き風の精霊石を利用して作られている伝声器から図書館探索隊隊長からの緊急指示が伝わってきた。
《地下34階に潜っていた第10探索隊より援軍要請がでた》
《これより乙種支援戦闘態勢に移行する。所定のマニュアルに従い行動せよ》
《繰り返す。第10探索隊より援軍要請。第1即応救援隊は準備を整え次第即座に救援に向かえ。排除対象は不確定名アンデッド、個体数は10。恐らくスペクターと思われる。各員の迅速なる支援を要請する。以上》
「スペクターだって?!上位のアンデッドが10体もだと……?」
「急げ!フェンリル神殿に神官の派遣要請を」
「もう急使を出してあります!学院から伝声、緊急時における協力協定に従い最上級生を含む神官戦士団がこちらに向かっているそうです!」
隊長からスペクターという言葉が紡がれた瞬間に元々ざわついていた室内が一気に騒然としてピリピリとした空気の元、矢継ぎ早に報告と指示が飛び交い始める。
王都ラドルには七大神の神殿があるのだけれども、王立地下図書館は時空間と知識、氷を司る主神にして最上位精霊でもあるフェンリル様を祀っているフェンリル神殿と縁が深い。
だからこういう時のように緊急事態に陥った場合の為にお互い協力協定を結んでいる。賢者の学院も同様だ。こう言うときは学院の戦闘技官に率いられて最上級生たちが応援に駆けつけてくる。いずれも備えではあるけれど、あるに越したことは無いと思う。絶対なんてこの世には無いのだから。
「ウィンちゃん、貴女の妹さんがこちらに向かっているそうよ?ここはいいから出迎えて一緒にいてあげなさい」
「え、でも…………」
「良いから良いから。妹さんも貴女の側の方が安心するでしょう?」
結局、私は同僚の先輩に押し切られてしまい自分の装備品を抱えて学院の支援隊が待機するスペースへと送り出されてしまったのだった。
***
「お姉ちゃん!どうしてここに?司書さんたちは甲種態勢に備えて最終防衛ラインの準備をしてるんじゃ……?」
「よぉ、魔術の申し子。久しぶりだな。また寝込んだんだって?」
学院から贈られた導師位を持つ人間が羽織る、最高品質の防御魔法が掛けられている衣装を司書の制服の上に羽織り学院時代から愛用しているスタッフを左手に賢者の学院の戦闘技官ヨーク先生が率いて来た集団に近づくと、驚いた表情のエレンと厳つい顔に似合わない優しい笑みを見せた先生が声を掛けてくる。
「本当はそうなんだけどね。私もエレンももしかしたら今日が初陣になるかもしれないから姉妹で一緒に居た方が良いって送り出されちゃったのよ。……それから先生。その魔術の申し子っていうのは止めてくださいよ……そんなに大層な事、まだ何もしていないのに」
学院で魔法使いと言われれば普通は魔法語を操る魔法語魔術師か精霊語を操る精霊語魔術師が一般的だ。他にももう一系統あるにはあるけれど余程の適性がないと基本的な魔術すら扱うことが出来ない。そんな適性を……私は持っていることが判明してしまい、精魔語と言う魔法語魔術と精霊語魔術を複合して操る魔法使いの上級職の一つ、精魔語魔術師を習得し、ここ200年ほど誕生しなかった偉業を達成してしまった。
おかげで『魔術の申し子』だの『生ける伝説』だの私にはとてもじゃないけれどふさわしくないような二つ名まで付けられてしまい正直なところ辟易している。
「まあ、その話はひとまず置いておくとして状況はどうなんだ?ウィンテル」
「はぁ……。地下34階に探索にでていた第10探索隊より撤収の支援要請が出されまして第1即応救援隊が既に出ています。排除対象は不確定名アンデッドですが、どうもスペクターらしいです。数は10体」
「何……スペクター、だと?相変わらずここの地下はいかれてやがるな。他は?」
「フェンリル神殿に神官の派遣依頼を出しまもなく到着すると思います。即応救援隊は現在第3隊まで編成が済み他の探索隊への撤収支援と誘導を開始し始めました。あとは…………え?」
と、ウィンテルは言い掛け地下の方で突然膨らみ始めた膨大な魔力に気が付き咄嗟にヨークとエレンに目配せを行うと左手のスタッフを掲げながら右手で複雑な紋様を描き始め、修練を納めている魔法使いでも難解な精魔語魔術…………ウィザード魔術を紡ぎ始める。
「お前ら!整列しろ!今からウィンテルがお前らに加護を付けてくれる。最悪の事態に備えて油断するな。臨戦態勢に入るぞ!」
ヨーク先生が自ら率いてきた賢者の学院支援隊に気合いの入った指示を飛ばし緊迫している状況にざわついていた学院生たちに活を入れ引き締めを図る。同じスペースにいたフェンリル神殿支援隊や図書館職員たちも突然臨戦態勢に入り始めた学院隊と険しい表情で難解な詠唱を始めたウィンテル、そして足元から響いてくる重い地響きに気が付き同様に臨戦態勢を整え始める。
《先発した第1即応救援隊より緊急支援要請》
《スペクターらしき対象の排除には成功。第10探索隊は重傷者がいるものの順調に撤退中》
《しかし歪みより新たに不確定名竜種が出現。全力後退中もすでに甚大な被害発生》
《この状況に伴い王国騎士団に支援を要請するとともに甲種臨戦態勢を発令する。非戦闘員ならびに民間人は速やかに屋外へ退避せよ》
《繰り返す。甲種臨戦態勢を発令する。準備が整い次第各支援隊は撤収中の部隊を支援せよ》
「何ぃぃぃっっっ?!竜種だとぉぉぉぉ?!」
「いくら何でも浅すぎるだろぉぉぉぉっっ!!」
竜種と聞いて動揺が一気に広がり再び騒然となり始めた予備支援各隊をヨークが大声で無理矢理鎮める。
「やかましい!狼狽えるな!今俺たちのために持てる全力を注ぎ込んでいる『魔術の申し子』、ウィザード・ウィンテルの集中の邪魔をするな!彼女の加護と俺たちの冷静が全ての鍵なんだ。…………分かったか?」
そんな周囲の状況も目に入らないほど集中し続けるウィンテルは必死に複雑な紋様を描き続け、持てる全ての魔力と精神力を詠唱と周囲に描かれ増え続ける魔法陣に注ぎ込んでいる。その目前には学院支援隊に続き、フェンリル神殿からの支援隊も並び、さらに甲種臨戦態勢に伴い完全武装をした王立地下図書館の先輩司書たちも急ぎ駆けつけて魔術の完成をじっと待っていた。
「…………天の三角地の三角。大いなる父より最愛の息子へ送りし力をもって知識の守護を守人達に与えん」
「リジェネライト・フルバースト・ポテンシャル…………!!」
額に玉の汗を浮かべ息も絶え絶えになるほどの疲労を滲ませながらも保有するほぼ全ての魔力と精神力を注ぎ込んで詠唱を完成させたウィンテルから氷色とでもいうのだろうか。フェンリル神の加護を想像させる神々しい光がその場にいた臨戦態勢にある全ての者どころか図書館職員の誘導に従い避難している最中の非戦闘員、そして危急を知って駆けつけたばかりの王立騎士団先遣隊までをも包み込む。そして図書館地上部敷地内にいる全ての者が光に包まれた後…………ウィンテルは意識を失いその場に崩れ落ちた。
「お姉ちゃん?!」
「……全く無茶しやがって……どんだけだよ。やっぱり『魔術の申し子』じゃねーか……。おい、エレン。お前はウィンテルの側にいて守ってやれ」
エレンは頷きすぐに大切な姉に駆け寄ってこれから運ばれてくるであろう負傷者の為に待機していた治療神官達とともにウィンテルの救護を開始した。そしてエレンたちから視線を外したヨークは心を引き締め荒々しく突入の声を上げる。
「いいか、お前ら!あの病弱で有名な伯爵令嬢が命懸けで持てる最大の力を持って俺たちに最上級の加護を与えてくれた!いいか、あの少女に返す礼は一人残らず生還することだと肝に銘じろ。いいな?!では各員支援突撃開始!!」
応!と常時回復、潜在能力全解放、そして怯まぬ勇気と力を得た一団がヨークを先頭に救援を待つ階下へ突入していく。そうして地下から一人、また一人と重傷者たちを運び出して来るのをエレンは時々見ながら最愛の姉の手当をしながらぽつりと呟いた。
「……お姉ちゃん、無茶しすぎだよ……?でも、みんなのために頑張ってくれてありがとう」
そうしてウィンテルは職場復帰初日に再び病床の人へと戻ったのだった。