25.幸せなる日々への感謝
遅くなりました。ミランダ視点中心の最後です。
最終改稿日2015/04/11
昼食はパンにパスタ、季節の野菜サラダにスープと比較的軽めの物が用意されそれでも皆は楽しそうにお喋りしながら食事を楽しんでいた。
「リリーちゃん、それからエレン。申し訳ないけれど食事の後に残って貰えるかしら?」
「ん、おっけー」
「はい、先輩」
私はミランダちゃん自身のお料理経験が短いことを知って2人をミランダちゃんのサポートに付けることに決めていた。本当はリリーちゃんだけでもいいのだけれど、そうするとエレンが可哀想だし拗ねそうだから、この際いっそのことお料理デートをさせてしまおう。
「今日は人数が多いし、侍女さんたちを休ませたいからね、下拵えを中心に手伝って欲しいの。エレンとリリーちゃんはミランダちゃんと一緒に野菜の処理お願いね?」
「え、ミランダちゃん刃物使えるの?」
「は、はい。未熟ですが……マリスに特訓してもらってます」
「すごーい」
リリーちゃんの問いかけに答えたミランダちゃんにエレンは純粋に感心している。
「……お姉さまたちと一緒にいつかお料理したいな、と思いまして。こんなに早く実現するとは思いませんでしたけれど……」
「私とお母さんはちょっと調達するものがあるから、しばらく3人でお願いね?リリーちゃん」
「はい、先輩。お気を付けて」
お姉さまとフェルリシア様が席を外したところでエレン様が籠いっぱいの野菜をキッチンに運んでくる。
「じゃあ、皮剥きしちゃおうか。刃物はここにあるから使いやすそうなもの、選んでね?」
「はい、ありがとうございます」
お姉さまたちはどうやら近くの街にある市場までお肉などの手配に行ったらしい。本来は使用人の方が行くのだけれども今回の旅には連れてきていないし、たまには自分たちで買い物をしたいのだろうと、エレン先輩が作業中のおしゃべりで教えてくれた。
「ん、ミランダちゃん。そこの芽はちゃんと取ってね。身体に毒だから」
「はい、リリー先輩。……そう言えばリリー先輩はいつからお料理始めたんですか?」
「ミランダちゃんと同じ頃からだよ」
ねー、エレンちゃん。そう微笑むリリー先輩とその微笑みを受けて照れるエレン先輩。なんだか本当に羨ましい。
「私が初めて作ったお弁当をエレンちゃんがとっても美味しそうに食べてくれたから、次も頑張ろうってね。だからミランダちゃんも作ったものを食べてくれる人、見付けると上達が早くなるよ?」
「……そうなんですか。いるかなぁ?私にも……」
「だったら見つかるまでは私たちでお弁当の交換会とかやってみる?どうせ、今回のコンペ以降もミランダちゃんたちとパーティー組むつもりだし」
「いいかも。じゃあエレンちゃんはミランダちゃんの、ミランダちゃんは私のお弁当作ってきて?私はエレンちゃんの作るから」
「はい、頑張りますっ」
最初は山のようにあって終わらなそうな気がしていた野菜の皮剥きも楽しくおしゃべりをしていたらいつの間にかか終わってしまい、エレン先輩が大きな寸胴鍋を持ち出して来て水を張り調味料とダシを取れる乾物を入れている。
「野菜たっぷりのスープを作るからね、言うとおりにカットしてもらえる?ミランダちゃん」
「はい、リリー先輩」
リリー先輩は野菜ごとにいろいろな切り方を丁寧に教えてくれた。
「ミランダちゃん、結構スジがいいと思うよ?これからも努力すればもっと腕が上がると思う」
「リリー先輩にそう言われると嬉しいです♪」
……あのとき仲直りできて本当に良かった。そして許して下さった先輩方には感謝してもしきれない。
「ただいま。……あら良い匂い。ケガしたりはしてないわね?」
「お帰りなさいお姉ちゃん。大丈夫、ミランダちゃん結構鍛えられてるみたい、マリスさんに」
「あら。……うん、いいね。また機会設けるからそのときもお願いするよ、ミランダちゃん」
「はい、お姉さま」
ウィンテルに褒められたミランダは今までの疲れを吹き飛ばすくらいにホッとしてにっこりと微笑むのだった。
その様子を見ながら手に入れてきた大きな肉塊を夫、ウィリアムに渡してカットとスライスを頼んだフェルリシアは、お茶にしましょうかと声をかけて皆を座らせ手ずから紅茶を淹れてお茶菓子にとお手製のスコーンを配る。
「この後はウィルとヨハンがお肉の下拵えをして焼くから、貴女たちはどうしようかしら。ミランダさんは魚はまだよね?」
「はい、マリスがやらせてくれませんので……」
「じゃあ、まだ夕食まで時間があるから二組に別れてデザート作って頂戴。果物とかは氷室にあるし、必要なら買い出しに行ってもいいけれどあんまりお金かけちゃだめよ?」
「お母さんはどうするの?」
「魚の下拵えをするわ。大丈夫よ慣れているし」
グループ分けは自然とすぐに決まった。エレン先輩とリリー先輩、お姉さまと私。お付き合いされてる2人をわざわざ離す理由がないしね。あとは何を作るかだと思うのだけれども。
「何を作ります?先輩」
「んー。リリーちゃんは何を作るか決めてるの?」
「なるべく水分の少ないものは避けようかとは考えています。温泉は結構汗掻きますし、今日は雲一つなく晴れ渡っていますから。ただし、ここは王都に比べると標高が高いですから冷たすぎるのも……とは思うんです」
「なるほどねぇ……」
「なので、私とエレンはカットフルーツのゼリー寄せにしようと思います。あんまり豪華なものは先輩のお家的に似合わないような気がして」
「うん、お母さんがあんまり派手なのは好きじゃないからね。じゃあリリーちゃんたちはそれでお願い。私たちはどうしようかしら……」
いくつか案が浮かんでは消え、また浮かんでは消える。私とお姉さまはしばらく悩んでいたものの結局は自分たちが食べたい物を作ることに決めたのだった。
「パンケーキのフルーツソースを何種類か作ってそれでいいかしら?」
「そうですね、水気はフルーツソースで補える……と思いますし、いいんじゃないでしょうか」
フルーツソースはお菓子作りで作ったことがあるから大丈夫だけど、どれくらいの量を作ればいいんだろう。お姉さまに確認しながら作ろうっと。
それにしても大好きなお姉さまと一緒にお料理できるなんて本当に幸せに思う。先輩方の計らいでお弁当の練習とかもできるし、もっと上達したらいつかきっとお姉さまにもお弁当食べて貰いたいな。……ううん、絶対食べて貰おう。その為には食材のこととか味付けとかたくさん勉強しなくちゃね。うん、頑張る!
楽しいひとときは瞬く間に過ぎ去り時刻はそろそろ夕刻。
思い思いに穏やかな時間を過ごし日々の疲れを癒した面々が香ばしく焼き上がる鹿肉の匂いに誘われて順次食堂にと集まってくる。
「あ、みんな。もう少しで出来上がるから席について待っててね?」
「ひ、ひぃさま?!そんな、手伝い……」
「だーめ。みんなはお休みの日なんだから大人しく待っていて?ね?」
「は……はい…………」
次々と鹿肉のステーキを焼き上げるウィリアム様とヨハン様のもとで白いお皿を手にお肉を受け取り付け合わせの野菜を添えている私の姿を見てびっくりしたマリスたちが慌てて手伝おうとするのを私はにっこり笑ってやんわりと押し止める。居心地悪そうに座っているのを見てほんの少しだけ悪かったかなとは思ったけれど、日頃のお礼を込めて今夜はゆっくりとして欲しいから。
お姉さま達と一緒に作った野菜盛りだくさんのスープにフェルリシア様が絶妙な火加減で蒸し焼き上げた川魚のムニエル、甘い脂の匂いが香ばしく焼き上がった鹿肉のステーキに、季節の野菜のサラダ。お昼過ぎに焼いて貰った柔らかな白パン。さらにはみんなで協力して絞ったフルーツの生ジュースを一度氷室でキリッと冷やしたものをグラスに注ぎ食卓に並べていく。最後にデザートをバイキング方式で別にテーブルを設置して取り皿と銀食器とともに用意する。
「さ、みんな席について頂戴。乾杯の前にミランダちゃんから一言あるそうだから」
お姉さまがにっこり笑って私の方を見て促してくる。みんなの視線が私に集まって少し恥ずかしい。
「えっと。セレス、クレア、ミュー、カレン、ジーナ。故国を遠く離れたウィシュメリアまで私のために付き従ってきてくれて支えてくれて本当にありがとう。それからマリスを筆頭に侍女のみんなもいつもいつもお世話をしてくれて心から感謝しています。ありがとう」
「今夜のお料理は日頃のお礼と感謝を込めて、一部だけですけれど……わたくしも作りました」
「また明日から色々と迷惑を掛けると思うのだけれども……どうか、よろしくお願いね」
ぺこっとお辞儀をして席に着く。あぁ、セレスや他のみんなが潤んでいる。私もつられて潤みそうになるのをぐっと堪えてふんわりと微笑みかける。楽しい食事会をしんみりとさせたくはないから。
「よし、ミランダ嬢の挨拶も戴いたしあとは思う存分食べて飲んで、そしてまた明日から頑張るために今日という日を喜び合い、そして笑って過ごそう。乾杯!」
『乾杯!』
***
人気のない夜の温泉に私は半身を沈め時折吹き抜ける心地よい涼風を感じながら夜空を見上げている。漆黒の夜空に瞬く星々が綺麗だと思う。同じ夜空をお父様もお母様も見ていらっしゃるんだろうか。
王太子様とあの子も…………。
「選ばれなかったことは悲しいけれども……好きあった方々が結ばれた方がいいもの、ね……」
たまたま偶然だった。王太子様と私と同じ王太子妃候補で親友のフィナちゃんが園遊会の開かれた庭園の奥深い四阿で密かに会っているのを見てしまったのは。本当にショックだったけれど……私はフィナちゃんを祝福してあげた。家格も品格もフィナちゃんなら申し分ないからほぼ、決まりだろう。まだ正式発表はされていないけれど…………。
お父様やお母様はまだ諦めるのは早いって励ましてくれたけれど、一度でもあの2人の幸せそうな笑顔を見てしまったら……。…………壊してまで手に入れたくは無いもの。2人の邪魔をしたくないし、させたくない。
あのまま居たらお父様はきっと宰相の権力を使ってなんとかしようとしてしまうかも知れないし、大好きなお父様にそんなことはしてほしくなかった。だからお母様に私の心の内を聞いて貰って理解して貰い、賢者の学院入学と共に交換留学に応募して送りだしてもらったのだ。
傷心旅行だと言われてしまえば返す言葉は無いけれど。もちろん純粋に神官の勉学を修める思いはあるけれども。
「元気かな……みんな。王太子様も、フィナちゃんも。まだ怒っているかな……お父様。逃げ出した私のこと……」
「けれども……ほんと、この短い間にいろいろあったけれども……」
「今は……お姉さまから可愛がって貰えて。……幸せ、かな」
この幸せを見失わないようにもっと努力して、そして感謝を忘れずにいこうと私は夜空の星々を見上げながら固く決意した。