187.閑話 11月23日 勤労感謝の日
記念日シリーズその10です。働きすぎは本当にやめましょう……と、わたしが言っても説得力ないですか、そうですか。(。。ずーん
異世界日本では今日は確か勤労感謝の日だったと思う。毎日真面目に働く人々に感謝を伝えて労う日。奇しくも同じ日付の今日、この世界にも似たような記念日で祝日扱いのものがこちら側にもあった。
「ん……、あぁ、今日は労働感謝の日だっけ……じゃあ二度寝しようかな……」
いつもと同じ時間に目が覚めた私は静まり返っている屋敷の雰囲気に一瞬違和感を感じたものの、すぐにその理由に気が付き二度寝を決め込むことにした。
しかしその平穏はすぐに破られ意識を現実に引き戻されることになる。
『まてぇぇぇ!?いたぞ、こっちだ!!』
『追え!捕まえろ、逃がすなぁっっ!』
静かな住宅街に響き渡る怒声。またか、と思いながら私は窓からそっと正門の方を覗き見れば丁度一人の男性がたくさんの人たちに追い掛けられて逃げていくのが見受けられた。
「……往生際が悪いというかなんというか……今日一日くらい休めばいいのに。ふぁぁ」
労働感謝の日は近年、別の意味合いを持つようになり働きすぎの労働者をなくそうと言うキャンペーンの象徴的な記念日にもなりつつある。そして一昨年からはワーカーホリック的な人物をリストアップしたうえで今日くらいは強制的に休ませる日となり、事前通告してもなお出勤しようとする対象者はさっきみたいに追い回されて捕縛され次第自宅に戻される、というのが早くも風物詩になりそうな勢いなのだ。
「……お姉ちゃんも去年は人のこと言えない立場だけどね。今日は大丈夫みたいだけど」
「エ、エレン?どうしたの……?」
「おとなしく二度寝するか確認しにきただけ。大丈夫そうだし、私も寝るね」
いつのまにか部屋のドアのところにいたエレンに気がついて問いかければあからさまにため息を吐かれ、ジト目でみられて耳に痛い言葉を突きつけられる。幸いというかなんというか私は捕まる前に図書館へたどり着き、軽く前日に終わらなかった書類を片付けることは出来た。しかし知らせを聞いてやって来た両親と妹にこっぴどくお説教をされてしまいそのまま馬車に乗せられて引き戻されてしまった苦い経験があるのだ。
『はーなーせーっ!!今日中にあの書類むぐーーっっ!?』
「ぶっ!?……れ、レックスさ、ん?」
先ほど逃げていった人物は敢えなく御用となったようで両脇を抱えられながらも無駄に抵抗しているようで、大声で叫びその口を塞がれたようなのだがその声に私は非常に聞き覚えがあって思わずこめかみを押さえる。
「司書長……いったいなにやってるんですか……」
葉月ちゃんか補佐官になってからはそこまで仕事に忙殺されるようなことはなくなったはずなのにリストから削除されていなかったということは警戒されていたということなのだろうけれど。でもそれにしてもそんなに急ぎの仕事はなかったような気がするんだけどなぁ?あとで葉月ちゃんに確認してみよう。
ちなみにこの日に関しては公的機関はすべてお休みになるため騎士団の業務は騎士団や冒険者を引退した人たちなど民間の有志による警護団なる組織が肩代わりしている。ただし必要最小限の規模になるけれど。基本的にはやむを得ない場合以外はお休みにする、というのがコンセプトだからだ。
「……ふにゃ、お昼くらいまでゆっくりしよう……」
今日ばかりは寝坊しても許されるんだから、と私は暖かい羽毛布団のなかに意識と身体を再び潜り込ませるのだった。
***
「なんだレックスのやつまた捕まったのか。懲りないやつだな」
「結構な大捕物みたいでしたよ」
朝ごはんを兼ねたお昼ごはんを済ませた頃にやってきたミッシェルさんにエスコートされて私たちは王都の目抜通りをゆっくりと散歩がてらデートを楽しんでいる。聞けばレックスさんは一昨年のキャンペーン開始前からも大抵は休みにもかかわらず図書館に来て仕事をしては心配した職員たちに追い出される、もしくは手配した馬車に乗せられて帰宅させられるみたいなことをしていたらしい。その際ミッシェルさんが見張りがわりに付き添っていたとのことでもうこれは一生治らないような気がする。
「ま、あいつも恋人つくるか嫁さん貰えばまた違うかもしれんがな」
「そういうものでしょうか……」
「ああ。考えても見ろ、仕事が生き甲斐で部屋にいてもやるような趣味もなく一人でポツーンとなるから悪いんだ」
「あ……うん、まぁ、そうですね」
王都から見えるシャープル山脈の尾根や頂はすっかり雪化粧されていて、一週間前には王都でも初雪が舞った。今日は冬の穏やかな陽射しが降り注ぐ雲ひとつない心地よいお天気だけれど時折吹く木枯らしがコートに身を包んでいるというのに身震いするような冷えを運んできて思わず身体を縮こませてしまう。
「ウィンテル、ほら」
「え?……ぁ、はい……」
そんな私を見たミッシェルさんが私に促すようにして大きくゴツゴツした、けれどもいつも温かい優しく包んでくれる手を差し出して、そっと私が重ねた手をしっかりと指を絡めるように握ってくれて。
「なんだウィンテル。赤いな」
「ミッシェルさんこそ」
「……はははっ」
「……ふふふっ」
「のんびり行こうか、まだまだ時間はたっぷりあるんだからな」
「そうですね」
さっきよりもややお互いの身体を寄せ合うようにしながら冬晴れの下を私たちは再び歩き始めた。
(……今日も明日もいい日でありますように)
果たしてミッシェルさんに春はくるのだろうか。一応良物件なんですけどね。……職務上出会いが極端にないだけで。(苦笑




