12.クァウオの花が咲いたら 中編
内容に人によっては不快な暴力シーンがございます。ご注意くださいませ。
最終更新日2016/07/09
救護所にリリーを運び込み本日担当の製薬技官に使用許可を貰ってリリーを部屋の一番奥、日当たりのいいベッドに連れていき、学院指定制服の上着を脱がせて寝かせる。そしてブラウスのボタンの上の方を少し外して楽にさせて、ほんの少し窓を開けて新鮮な空気を入れる。
「エレン、ちゃん…………ごめんね、迷惑かけちゃって……」
「バカね。こんな時くらい、自分の身体の心配しなさいよ……リリー」
暖かな羽毛布団に包まれて少し顔色に朱が戻ってきたように見えるけれど、その瞳には追い詰められた小動物のような怯えの色が消えない。
「ねぇ、リリー。こうなってしまったからにはもう、隠し事は無しよ?」
「うん…………黙っていてごめんなさい。ずっと、……怖かったの。いくつかの私物がなくなって……何度かお手紙で脅迫されて、でも誰からかはわからないの。ただ、エレンちゃんから離れろ……って。私みたいな平民は貴族には似合わない…………って」
「ふぅ…………まだそんなバカなこと言う人、いたのね……よしよし」
よほど怖い思いをしたこともあったのか、身を縮こまって怯えているようにしているリリーの頭を軽めに優しく撫で撫でしてあげる。
そうして私はふと思い立ち、自分も学院指定の制服の上着を脱いで側にあった椅子の背に掛けるとベッドに横たわるリリーに少し横にずれてもらい、リリーの隣に潜り込んで安心させるように頬を寄せ合うようにしながらそっと抱き締めた。
「大丈夫。私が今から守ってあげるから、安心して。だから私から決して離れないで。…………ね?」
「……うん。絶対、離れないよ。ありがとう…………エレンちゃん」
「リリーが元気になるまで、こうしていてあげるね?」
「うん…………嬉しい、よ……」
お互いの心音を感じながら、お互いの心を温めあって癒されていく。そのうちにリリーは安らかな表情で穏やかな寝息を立てながら寝入ってしまっていた。
「…………貴族、か……」
今年は他国からの留学生が幾人か賢者の学院ウィシュメリア校に入ってきている。そして編入早々自分にさも当然と言うかのように言い募ってきた下級生をエレンは思い出していた。
精霊王国コッタン賢者の学院カミュイ校の才媛、ミランダ・イーサニア侯爵令嬢。
確かに成績優秀ではあったし容姿も可憐。けれどもその態度はエレンが最も嫌う特権階級を笠に着たような態度であり、一般市民をバカにしたような言動で苦々しく思っていたところへの告白にもならない告白を受けエレンはそのお嬢様に対し考えるまでもなく即座にいつものようにお断りをいれていた。
ただその際、エレンの後ろに隠れるようにリリーが居たことや、そのお嬢様の、おそらく本国から引き連れてきたであろう取り巻きのお嬢様達がリリーを見て陰口を叩いていたことから更にイヤな気分になっていたことを思いだし、今回のリリーに対する仕打ちの容疑者かもしれないと考え始めていた。
「あそこまで周りに被害を出さずに炭化させるとなると…………魔法使いなんだろうけれど……」
おそらくサラマンダーを使役できる神官か精霊使い。けれども教義に忠実な炎の神官であれば今回のような暴挙はやらかさないであろうことから精霊使いかなぁ。とリリーのようやく安らかになった寝顔を眺めつつ考えていた。
けれども疑問も残る。あのお嬢様は私と同じフェンリル神の神官だったし、取り巻きのお嬢様方の足の運びから見るに魔法語魔術師や戦士系ばかりだったような気がする。仮に彼女たちが犯人だったとしてどうやって精霊使いの協力を得たのだろうか。まさか、ダブルスキル?でも、通常の学院での指導ではそのようなスキルの取り方は指導しないはずだし…………。
悶々とエレンが悩んでいるとベッドを仕切っているカーテンの向こう側に一人分の影が揺らめいているのが視界に映る。
「エレン…………?入るわよ」
「あ、お姉ちゃん……」
そっとカーテンをずらしてウィンテルが二人の寝ているベッドに歩み寄り、傍の椅子に腰掛ける。
「…………面倒なことになったわね。リリーちゃんは大丈夫なの?」
「うん、今は……落ち着いてるよ」
「さっき学院長に呼ばれてね。事態収拾への協力を要請されたわ…………」
「……学院側はどうするって……?」
「ドゥエルフ君たちがクラスをまとめ上げてくれてね。万一貴女が不在になってもリリーちゃんをカバーしてくれることになったわ。そのうえで……学院側の調査がある程度進むまでは、“何事も起きていない”事にするそうよ」
「……そうなんだ…………」
予想していた通り、学院側は犯人を泳がす事で絞り込むようだ。容疑者がもしかしたら高貴な身分かもしれない事から間違いは許されないのだろう。けれどもそれは…………リリーに再び何かの災難が降りかかることを意味している。リリーに一片の傷も今後は付けるつもりなんて無いけれど犯人の正体が分からない事による不安は尽きない。次はどういう手に及んでくるのか。今までは間接的な被害だったけれども、あの無惨な人形のように今度は直接的な被害を狙ってくるのだろうか。
「エレン。これを…………リリーちゃんに付けてあげなさい。そして解決するまで肌身離さないようにさせて」
ウィンテルはポーチから取りだした聖別された氷の精霊石を使ったネックレスを取り出すとエレンの手にそれを握らせた。エレンのような未熟な神官でも分かるくらいの強力な精霊力を放つネックレスだった。
「お姉ちゃん、これ……?」
「フェンリル様の御守り。生命の危機や心に重大な異常が発生しかけたとき…………時空間を歪めて守ってくれるわ」
「そんな貴重な品……どうして?」
「…………私の大事な貴女が、末永く守りたいと思った子なんでしょう?リリーちゃんは。だったら全力で守ってあげなさい」
「お姉ちゃん……ありがとう……」
早速眠っているリリーの首に御守りを付けるエレンを満足そうに頷いて微笑むウィンテルはそっと席を立つと、学院長の許可は得ているからリリーちゃんが目を覚ましてもしばらくここで休んでいるようにと伝え、また後でもう一度来るからと言って救護所から出ていった。
***
救護所の担当製薬技官にエレン達をお願いします、と学院長からの一時休養許可書を渡して丁寧にお辞儀をしたあとウィンテルは休憩時間で学院生たちで溢れる学院中庭を横切り王立地下図書館へ戻るべくやや急ぎ足で向かっていると、正面に明らかにウィシュメリア校では異質に思えるような着飾ったドレスを身につけた少女達に道を遮られ、そのうちの明らかに格が違う雰囲気を纏う異国の貴族令嬢のような少女に声を掛けられた。
「失礼ですが……ウィンター伯爵家令嬢にして『生ける伝説』のウィンテル様…………でございますか?」
「……人にものを尋ねる場合はご自分から名乗るのが礼儀と言うものではないかしら?」
明らかにムッとした表情でヒソヒソとウィンテルの無礼を非難している少女達を抑え、問うてきた少女が本意ではないであろう謝罪を述べてくる。
「申し訳御座いません。申し遅れましたがカミュイ校より交換留学にてこちらに参りました精霊王国宰相を務めるイーサニア侯爵家のミランダと申します」
「ウィンター伯爵家のウィンテルです。何か御用でしょうか?」
「はい。貴女の妹様、エレン様のパートナーとして一言ご挨拶申し上げようと思いましたもので」
「…………パートナー?そう言った話は聞いていませんが。それにあの子には守るべき子が居ますし……何か勘違いなされていらっしゃるのではないのですか?」
「いえいえ、エレン様で間違いございませんわ。伯爵令嬢で特別な寵愛を授かっていらっしゃるエレン様にふさわしいのは侯爵令嬢たるわたくしで御座いますもの。決してあのような平民などではございませんわ」
「…………相応しいか相応しくないかを決めるのは貴女でも私でもないわ。それに……貴女ともあろう方が帝国時代より由緒あるオルテリィート家の系譜を知らないなんて……少々がっかり致しました。知識神フェンリル様の信奉者としてこの程度の事も知らないような貴女には……エレンをお任せするわけにはいきませんね。お諦めくださいませ」
「なっっっ!」
己の知識の無さを指摘され公衆の面前で受けた恥ずかしさからミランダは顔を真っ赤にして口籠もる。その脇をウィンテルは王立地下図書館長に呼ばれていますので失礼します、と別れの挨拶を簡単にしてすり抜けていこうとするが、思いの外早く立ち直ったミランダに引き留められた。
「お待ちなさい、伯爵令嬢。侯爵令嬢たるわたくしは立ち去っても良いとは言ってませんのよ?」
「…………ミランダ様。ここは貴女の故国では御座いません。ウィシュメリアという国です」
「だからどうしたというのです。侯爵家より格下の伯爵家ごときが逆らうと言うのですか?」
「…………家格が何か問題ですか。異国の、そしてただの学院生であるミランダ様?」
お嬢様の認識に苛立ち深く溜息を吐いたウィンテルは重量を無視して異空間に格納できる魔術付与がされた魔法のバックパックにしまっておいた学院に認められた証の導師であることを示す上着を羽織り、今の今まで抑え込んでいた魔力をほんの少し解放する。
「他国の貴族制度がどのようなものかは知っておりますが…………ここは実力が全てのウィシュメリアです。貴女が私よりも実力が上だと仰るのであれば従いましょうが……そのご様子では無理のようですね。ご自愛なされますよう。失礼します」
ほんの少しだけ解放した、常人とは密度も濃度も格が違う魔力をまともに浴びせられて力量の差を見せつけられたミランダは顔面蒼白になるほどの恐怖を覚え腰を抜かしてしまったのか震えながらその場にへたり込んでしまい、予想外の事態に慌てる取り巻きのお嬢様達に介抱を受けている。
ウィンテルは再び魔力を抑え込むと意図的に冷たい視線をミランダに送り、一礼をしていつの間にか集まってきていた野次馬達がウィンテルの放つ気力に気圧されて自然と出来た広い道を進み去って行った。
ウィンテルが立ち去りようやく場が異様な雰囲気から解放され、辺りは集まった学院生徒達により一気にざわめき始める。殆どがウィシュメリア校の最早象徴的存在であるウィンテルを怒らせた留学生のミランダたちへの嘲笑であり、侮蔑であり。そして実力の前には身分など関係がないことを改めて示した喝采でもあった。勿論、ウィンテルの行為が大人げないものだという批判も見受けられたが、これまでのミランダ達の立ち居振る舞いを見せつけられてきた中ではそう言った批判をするものはそんなに多くは無かった。
***
図書館長と上司の司書長に学院長から託された手紙を渡し、しばらくの休職を許可されたウィンテルはようやく自分が先ほど見せた大人げない対応に図書館前庭の目立たない一角にあるベンチにて一人俯いて恥じ入っていた。
「エレンの事があったとは言え…………もう少し自制しないといけないなぁ」
自分の濃密な魔力をほんの少しとは言えまともに浴びてしまったあのお嬢様は大丈夫だったのだろうか。失禁はしていないといいけれど……。
自業自得なのだろうけれどエレンに拒まれ、私に睨まれたあの侯爵令嬢達がリリーちゃんに牙を向けてしまったとしたら、と考えれば迂闊なことをしてしまった…………と遅すぎる後悔をして落ち込んでいた。
「はぁ……」
「何を溜息付いているんだ?魔術の申し子」
いつの間にか目の前に立っていた呆れ顔のヨーク技官に声を掛けられウィンテルは慌てて顔をあげる。
「さっきの騒ぎのことでも反省しているのか?」
「はい……軽率な行為をしてしまいました…………」
「まったくだな。お前ともあろう者が…………何ど素人に片鱗見せつけて居るんだよ」
「申し訳ありません……妹とリリーちゃんをバカにされてつい」
「全く。無知なお貴族様なんか放っておけばいいんだよ。だが、まぁ……これで動くようなら苦労はないんだが」
ヨーク技官は隣に座って良いか?と確認を取った上でウィンテルの隣に腰掛け、持っていた紙袋から焼き菓子を一つ取り出すと残りの紙袋の方をウィンテルに差し出し喰え、と言わんばかりに押しつけた。
「ま、元気出せよ。これからしばらくは落ち込む暇もないかもしれんしな」
「技官…………」
「さっきの、な。確かに大人げないっていう批判もあったが……大半の学院生徒はお前の気持ちを理解してくれている。だから……あとはその反省をどう生かせるかだと思うぞ」
「…………はい」
「それから、オルテリィート家に事情説明と情報収集に行ってきた。これと言ってめぼしい情報はなかったが……地域住民から不審な男達が彷徨いているとの情報は得られた」
「……彼女たち以外にも……疑わしいのがいると言うことですね」
あのお嬢様はエレンが特別な寵愛を受けている、と言っていた。本人に確認を取ってみないと分からないけれど恐らくナーシャ様の『寵愛』を受けていると言うことなのだろうか。そう言えばイーサニア家は元々は精霊王国コッタン旧王都で今は廃都になってしまったギルドギダンに続いた旧フェンリル大神殿の神官の家系であったはずだから…………それで分かってしまったのかも知れない。
「ウィンテル。おい、聞いているのか?」
「あ、すみません」
「それでな。オルテリィート家とウィンター家を交えた協議の結果、しばらくリリーはお前の家から登院させることに決まった。お前のとこなら安全だろ?特に護衛を付けなくても化け物揃いだしな」
「ちょっ…………その言い方はさすがに酷いと思います。否定できませんけれど……」
「ははは、すまん。だが、一番この方法が落ち着くだろ?」
じゃあな、と言ってヨーク技官は焼き菓子を囓り終えると手を振って立ち去っていき再び静寂の中にウィンテルは残された。
柔らかな陽光を振りまくお日様は天頂を通り過ぎ、爽やかなそよ風が散り始めたクァウオの花びらを巻き上げ遠くに運んでいく。シーズンが終わるまでには何とか解決してあげたい。そしてあの子達に再び何の不安もない笑顔を取り戻させてあげたい。そう、想いを新たにして気持ちを切り替えるとそろそろ目を覚ましてお腹を空かせているであろう妹たちのために図書館の食堂で最近学院の女の子達に人気の出始めたテイクアウト専用の昼食セットを三つ購入すると、再び学院救護所へと足を向けたのだった。
***
シルフィニアス公爵家四男坊のドルカイルは決して実力が無いわけでは無かった。古王国ウィシュメリアにおいては脈々と続く精霊使いの血を受け継ぎ学院では上位陣に次ぐ実力を維持していた。容姿も優れていたし社交面でも表面上は特に問題は起こしていなかった…………が。欲しいと思ったものは強引な手を使ってでも手に入れようとする悪癖があり、公爵家の権力を持ってして揉み消してはいたがこれまでに何人もの人間を泣かしてきていた。
「で、どうするんだ?ミランダ。もう諦めるのかよ?」
未だにウィンテルに浴びせられた魔力による恐怖から立ち直ることが出来ず青ざめた表情で小刻みに震えている眼前のミランダを見下すようにドルカイルは尋ねる。
「諦めたくは…………御座いませんが…………」
「なんだ、あの病弱な姉貴にびびったのか?」
「…………くっ」
ミランダはエレンを、ドルカイルはリリーをその手中に収めるために共同戦線を張っていた。そこそこに力のあるエレンよりも精神的に脆そうなリリーを攻撃して別れさせようとしていたのだが…………。
「それにしても、な。まさかエレンの方からリリーに告白しているとは思わなかった。リリーからなら脅迫と暴力でなんとか追いつめられそうなものなんだが……クソッ!」
「仕掛けるのが少々遅すぎましたでしょうか…………」
「こうなったら少々手荒な手段を取っても構わないよな?ミランダ」
「…………一体何を……なさるの……?」
野獣のようなぎらついた目つきで舌なめずりしながら同意を求めて来るドルカイルの言葉に生理的な嫌悪感を覚えてミランダは問い、ぼそりと呟きニヤリと嗤ったドルカイルにミランダは再び蒼白になり猛然と抗議の声を上げた。
「そんなっっ!?イヤです、同意できませんわ、その様なこと!!」
「うるせぇ、公爵家の俺が決めたんだよ。侯爵家ごときの女が逆らうっていうのかよ?…………お仕置きが必要だなぁ?」
「ひっ!?待って、そんな…………っ」
「だったら大人しく俺様に従ってろよ、使えねぇ女のくせに」
「きゃぁぁぁぁっっっ!!」
室内に乾いた音が何度か響きミランダの悲鳴が木霊する。
「ふん、このくらいで勘弁してやるよ。お嬢様。明日からしばらく休んでろよ。わかってるよな?」
「ぐすっっ……うぅぅ…………」
「返事はどうした!」
「いやぁぁ、痛い、引っ張らないでぇぇぇ!分かりましたからぁぁぁっっ」
「愚図が。本当に使えない女だな!留学生じゃなきゃもう少し使ってやれるんだが…………はん!」
大きな音を立てて閉じられたドアの向こうにドルカイルが消えると部屋の隅で束になって怯えていた少女達が両頬を痛々しく腫れ上がらせ美しい髪を乱れさせられ数本引きちぎられた涙目で嗚咽を漏らす少女、ミランダに寄り添い、自分たちの愚かさを今更ながらに悔いながらお互いに抱き合い恐怖に怯え涙をこぼしていた。




