9.歪み
最終改稿2014/08/25
結局、そのあとはエレンとリリー、ドゥエルフとラミエルの組に別れて真剣勝負な訓練を行い汗を流した。何度か癒し手を交換しては打ち合いを続け、最後にヨーク技官に4人で挑み、打ちのめされたところで本日の授業は終了と言い渡されたのだった。
「あー、疲れたなー。まだまだ技官に挑むのは無理そうだな」
「…………そうね。癒し手が2人いて、私とドゥエルフで殴りかかって……この様だしね……」
運動場に2人は仲良く枕を並べて叩き潰され転がっていた。
「2人とも大丈夫?……もう少しで回復使えるようになるから、もう少し待って…………」
リリーとラミエルが汗だくの顔で心配そうに覗きこんでくる。
「大丈夫よ、技官、手加減してくれたし……あ、そうだ。このあとシャワー浴びてさっぱりしたらさ、あの喫茶店行かない?ハカナちゃんのところ」
「わりぃ、今日は俺はパス。3人で楽しんでくれよ、俺はちょっとバイトがあるんだ…………」
「あら残念。じゃあ今度は付き合いなさいよ?」
「そだね、4人じゃないと寂しいし」
エレンの誘いを断ったドゥエルフにリリーとラミエルが残念そうに声を掛けている。精霊神の宗派は違えど幼なじみの仲良し4人組は大抵は一緒に行動していた。さすがに実地修練のパーティー編成では職が被るので別れていたけれど。
じゃあ、また明日。とロッカールームの前でドゥエルフと別れた3人は一緒にシャワーを浴びてさっぱりしたあとに持ち込みの私服に着替えて学院をあとにし、談笑しながら歩いていった。
***
いつものケーキセットを注文して3人で近況などたわいもないお喋りをしていたところ、ラミエルがエレンに疑問を思い出して思い切って聞いてみた。
「ねぇ、エレン。歪みってさ、結局どういうものなの?一応神霊学で学んではいるけれどイマイチ良くわからないんだよね」
「うーん。私よりお姉ちゃんの方が実はもっと詳しいんだけど。そうだねぇ…………一言で言うと“扉”かな」
「「扉?」」
「うん。異なる場所どうしを無理矢理、距離や時間を“歪めて繋げる扉”。こう言えば分かるかな?」
「ああ……そう言うことなのね。じゃあさ、学院長が言っていた、力場のある歪みってどういうものなの?」
「うーんと、私たち精霊神官で分かりやすい事象があるよ。“コール・ゴッド”をね、自身の魂を代償無しにする代わりに膨大な量の魔力で力場を固定して降ろすの。それと同じような状態だよ」
「…………それはちょっと」
「だねぇ…………」
「流石にそんなのが発生したら国中大騒ぎになるからねぇ……」
うちのお姉ちゃんなら出来そうだけど、と苦笑しながら言えば他の二人も苦笑していた。説明しながらエレンはさりげなく店内を見回すが、周囲にはこの時間帯にしては珍しく自分たち以外のお客さんはいなかった。
「それにしても……静かだね。珍しく」
「そうですね。…………ぁ?」
「ん?どうしたの、リリー?」
エレンの呟きに反応したリリーが何かを感じて戸惑う。その表情はいつもの大人しく静かで冷静なリリーにしては珍しく困惑して焦りを浮かべた表情を浮かべあちこちをきょろきょろと見回していた。そのようなリリーをみてラミエルは心配そうに顔を覗き込んでいるものの、それすらリリーは気付いていないようだ。エレンは何かに思い当たったのか、唐突に疲れたような表情を見せて頭を抱えながら大きな観葉植物の鉢植えの裏側に向かって言い放つ。
「そこ。隠れていないで出てきてください。……エリス様」
「…………ぅぁ……やっぱり……」
「…………うそん……」
エレンの指摘に『あら?ばれちゃった……?』というような表情を見せて姿を現した幼い、純白のワンピースの少女を見てリリーは呆れて、ラミエルは呆然として少女を見つめている。
「やっぱりこの静けさは貴女の結界ですか…………リリーの狼狽えぶりでようやく得心しましたけれど」
「…………というか、エリス様!お願いですからこのような場に降臨なさるのは勘弁してくださいませ!ばれたら皆が混乱してしまいますから!」
「……………………」
エレンは頭を抱えたまま溜息を吐き、リリーは最早涙目になりながら訴え、ラミエルは思い当たる節があるのか遠い目をして引きつった笑いを浮かべている。そしてエレンはふと気付く。気付きたくもないことに。
「…………リリー。ラミエル。貴女達……も、同類なのね…………?」
「…………ぁぅ」
「な、なんのことかしら……?」
「つまりは…………“寵愛”持ち」
「「…………と言うことは、エレンも?」」
「そ。まあそれはそれとして。エリス様、大体こちらにこられたご用件は察するのですけれど……?」
《賢いエルちゃんなら分かると思うんだけど、そろそろ許してあげて欲しいの。お姉ちゃんのこと》
「…………真面目に歪みに関する仕事を果たしているなら許す、とお伝えください。地下34階ごときに竜種とか出させるような失態、今度やらかしたら今度こそ本当にしばらくお会いしません、と」
《ん、わかった。必ず伝えるから……リリー、ごめんね。驚かせちゃって。もう還るから安心して?》
***
ようやく普段通りの店内に戻った賑やかさに包まれて、エレン、リリー、ラミエルはホッとしつつもどっと疲れてテーブルに突っ伏していた。
「エレンさー…………なんでタメグチなのよ。仮にも神様だよ?不敬なんじゃ」
「そうなんだけど、ナーシャの方から敬語禁止って言ってきたんだもん。なんでも年頃の友達が欲しいからって……」
「あ、それ……わたしも言われました。エリス様に……全力でごめんなさいしましたけれど」
ラミエルの呆れたような視線から顔を逸らしてリリーの方を見ると、リリーもため息混じりに小さな声で事情を告白する。
「リリー、教わった神様って、こんなんだったっけ」
「講義の神様方はもっと神々しかったように思います…………」
エレンとリリーは今日何度目かの深いため息を吐いて、どうしてこんなに人間くさい神様なんだろう、そしてどうして自分たちみたいな人間が“寵愛”の対象なんだろうと答えが見つかるわけでもないのに悩むのであった。
「…………エレンとかリリーとかはまだいいと思うよ?私に比べたら」
どんよりした空気を身に纏っている2人を見てラミエルが昔を思い出して遠い目をしていた。
「わたしなんか、突然声を掛けられてナンパされた挙げ句、神殿の宿に連れ込まれて押し倒されたんだから…………」
これにはさすがにエレンもリリーも顔色を青ざめさせてラミエルに同情の視線を向け、そっと両側から2人でラミエルを抱きしめ、慰めざるを得なかった。炎の精霊神様は女神様だから純潔を失わずに済んだだけマシだったよ、と乾いた笑いをするラミエルが不憫過ぎてエレンとリリーはラミエルが大好きなケーキと紅茶を目配せして意志疎通を行い、奢る事を決めたのだった。
そうしてしばらくの間、それぞれの寵愛のなれそめの傷を舐めあい、慰めあいながらようやく立ち直った3人は再び世間話をしていたのだったが。
「ねー…………リリー、ラミエル。ドゥエルフ君ももしかして寵愛持ちかなぁ?」
「そ、それはどうなのでしょう?確か大地の精霊神様って…………」
「ドワーフの筋骨隆々とした男性神だったはずよ?」
う、うわぁ…………と3人が3人とも同じ想像をしたらしく、引きつった表情を見せている。
「…………となると、攻めはバハムス様、だよね、勿論……」
「受けがドゥエルフく、ん…………?」
「「「きゃーっ///」」」
ドゥエルフがこの場に居れば泣きそうな顔で3人に拳骨を飛ばして歪みまくった彼女らの妄想を止めさせるのだろうが、不幸なことに彼はバイト中。ここにはいない。
***
「それじゃ、また明日ねリリー、ラミエル。気を付けて帰るのよ?」
「またね、エレンちゃん、ラミエルちゃん」
「ん、リリーは可愛いんだから特に気を付けて帰りなよ?」
ひとしきりバハムス様×ドゥエルフ君ネタで妄想したあとはクラスのコイバナで盛り上がり、辺りが暗くなった事に気が付いて3人はようやく別れの挨拶をして帰宅の途についたのだった。
「へっくしゅん!!」
「どうした~、ドゥエルフ。風邪か?」
「い、いえ…………何か今、もの凄くおぞましい寒気が…………」
3人娘の歪みきった妄想話が花開いていた頃ドゥエルフは全身を粟立つ鳥肌に襲われてイヤな悪寒に悩まされていたのだった。。。
・・・・・・どうしてこうなった。orz




