2章
小出しにしていきます。
四日目
0-2
私が生きる希望を持てたのは小学校5年生の時でした。
まず、初夏の出来事です。
暇つぶしに公園に行き、適当に歩いていました。そこは広大な公園です。子供の遊び場が広くて、大きなグラウンドもあり、庭園もある。そんな所です。そこで、ある人と出会いました。
そこの公園には小さな滝があります。正確な高さは分かりませんが、4メートルぐらいでしょうか。私がそこの横を通りかかったとき、上から1人の男の子が降ってきました。水しぶきをどーんとあげました。水は私にかかりました。
そこの水位は低いため、飛び込むのは大変危険でしたので、自分の事より、その男の子の身が心配でした。
案の定、その子は痛みに悶えていました。私は「大丈夫ですか?」と聞いてみました。男の子はうつむいていた顔を上げて、私に笑顔を見せて、「大丈夫!」と言い切りました。
それが初めての出逢いでした。
あれが縁で、私はその男の子と話すようになりました。男の子は私より1つ上で、私とは別の学校でした。
どうしてそうなったのか分かりませんが、私たちはすっかり仲良くなり、放課後にそこの公園で遊ぶようになりました。大体毎日会って遊んでいました。休日は、近くに図書館があるので、そこで涼んでお喋りしていました。
男の子は笑顔が素敵でした。どんなに悲しい出来事があろうとも、その笑顔は私に力を与えてくれました。私にとってあの人は光でした。
いつも私の手を引いて、導いてくれる。私が知らなかった楽しさを教えてくれる。時々言動が幼く思える場合もありましたが、それも男の子の魅力の1つでした。
私は、その男の子に例え何をされようとも、笑って済ませてしまいそうでした。
気づかないうちに私の心はあの男の子で埋め尽くされていました。どんなに家で辛いことがあったとしても、男の子との思い出で耐える事が出来ました。男の子と遊ぶ時間が私の楽しみになっていました。儚いその時間が愛おしかったです。
私はある日この気持ちに気づいてしまいました。私は、いつの間にかあの男の子の虜になり、好きになっていた。
私は今まで、人を好きになったことはありませんでした。お母さんとか、そういうのは別で、他人で、異性を好きになったのがこれで初めてでした。
だけど私は恐かった。この高鳴る気持ちは素晴らしいものでありましたが、その想いが壊れてしまわないかが何よりも恐ろしかった。
男の子に、私の秘密を話したら、今までの関係が崩れてしまいそうで嫌だった。
私は自分の想いを押し殺して日々を過ごしていました。
だけど、その想いは、私の思わぬ形で届くことになります。
1
ボクは目を覚ました。
上体を起こし、伸びをする。少しだけこの状況に慣れてしまった。
もう、監禁されて二晩経った。GWは四日目を迎えている。さすがに、帰ってこないボクを家族は心配しているだろう。連絡手段は阿耶夢に奪われてしまったし。
今思い返せば、ロクな休日じゃなかった。一日目は弥月に付き合い、誘拐犯探し。二日目には阿耶夢に監禁されて、それが四日目まで続いている。
そういえば、はたして弥月は無事だろうか。確か、事件解決後に自殺をしたらしいが、見舞いに行けてない。
見舞いに行けるか不安である。ボクは、今、この状況をどうにかしないといけない。
まず、ボクのやるべきことは、美穂ちゃんと愛里ちゃんの救出。そして三人で脱出。必須条件はこれだろう。その為には、ここの部屋から出ないといけない。そして、美穂ちゃんと合流して、下の階に監禁されている愛里ちゃんを救う。
最初が鬼門である。部屋の鍵は阿耶夢が管理しているらしいから、それを奪う必要がある。
ボクは武闘派ではないので、強行突破は望めない。阿耶夢が普通のか弱い女の子だったら望みはあっただのだが、ナンか強い。
必死に作戦を考えていたら、ドアをノックされる。「おはようございます」阿耶夢だ。噂をすれば何とか、だ。
朝食を持ってきてくれたらしい。献立は、ご飯、味噌汁、鮭の塩焼き、きんぴらごぼう、きゅうりの浅漬け、納豆だった。無駄に豪勢な朝食で、そんなに食べられるか、という感じだった。でも、ひとつひとつの量が少ないので、何とか食べられそうだった。
それらはすべてトレイの上に置かれていた。料理と共に鍵が置かれていた。多分、ここの鍵だろう。二つ鍵があった。どちらか片方がそうなのだろう。しかし、もう片方は果たしてどこの鍵なのだろうか。
「飲み物はお茶でよろしかったですか?」
湯呑にお茶を注ぎながら訪ねてくる。ボクは適当に頷いた。
下の階のあそこの部屋の鍵だったら良いのだが。どちらにせよ、これらを奪取しなければならない。というか、一回だけでもいいから家の中を探索したい。
「おかわりもあるので、たくさん食べてください」
にっこりとほほ笑みながら言う。残念ながら、ボクの胃は小さいので、おかわりは出来ない。期待に添えなくて申し訳ないね。
今夜、風呂に連れていかれるときに、探索を頼んでみようか。いや、無理だな。しかし、一様はやってみるとしよう。
そもそも、普通に美穂ちゃんに脱出してもらった方が早いんだけどね……。美穂ちゃんがやりたい事とは何なのだろうか。外部の人に知られたくない何かがあるというのだろうか。
「阿耶夢、1つだけ聞きたい事があるんだけど、いいかな?」
謎はまだあるが、少しずつ気になる点を解明していこう。
「何ですか?」
阿耶夢は顔を上げる。
「ここって、お前の家なのか?」
忘れていたが、阿耶夢の家はボクの近所にある。つまり、ボクの家から離れているここは阿耶夢の家ではない。そもそも、阿耶夢はアパート暮らしだ。
「何言ってんですか?」
白い目で見られた。明らかに馬鹿にしている目だった。
「違うにきまってるじゃないですか」
しれっと言ってのける。
「じ、じゃあ、誰の家だよ」
「うーん、私の知り合いの家ですかね。貸してくれるっていうので、遠慮なく住まわせてもらっています」
「その知り合いって……?」
「もう。いちいち説明するのは疲れます。知り合いは知り合いでいいじゃないですか。どうせ春さんとは面識がない人なんですから」
「そ、そうか」
明らかに逃げた。ボクでもすぐ察した。
「春さん? 1つだけ聞いていいかって言っていましたよね? 3回も質問したじゃないですか。嘘つくならこれから何聞かれても答えませんよ」
フンッとそっぽを向いた。へそを曲げてしまったようだ。
「さっさと食べてください」
彼女は不機嫌になった。だけど、それも演技のような気がしてならなかった。やはり、答えたくなかったのだろう。しかし何故こうもあからさまなのだろうか。ボクに下手な勘ぐりをさせるつもりなのだろうか……。下手に考えると彼女の思う壺か。
ボクは黙々と食べ始める。阿耶夢はその様子を見て、いつもの調子に戻り、「美味しいですか?」と笑顔で尋ねてきた。だからボクは「うんうん」と適当な返事をする。
朝食を食べ終えると、いつものように阿耶夢が食器を片付ける。
「それでは。昼にまた来るので。大人しくしていてくださいね」
他に質問をしようとしたが、無視されてしまった。
彼女が出ていった後、ボクは胡坐をかいて、頬杖をつく。頭をフルに回転させる。
束縛されたこの空間の長い時間の中でボクは作戦を練り始めた。
0-3
「好きだ」そんな言葉を言われたのは初めてでした。突然でした。いつものように遊んでいたら、突然、彼が真面目な顔になって告白を受けました。
私は呆然としました。まさか彼からそんな言葉を貰えるとは思ってもみませんでした。私は時間をかけてようやく彼の言葉を理解し、「はい」と返事を出しました。
世界が変わった気がしました。哀愁が漂う私の世界は急に輝き始めたのです。
楽にはなりました。なぜなら、私はこの想いをずっと胸の片隅に置いて、表に出さないようにずっと押し殺してきたのですから。もう、感情を抑制する必要もなくなり、肩の荷が下りました。これからストレートに気持ちをぶつけることができると思うと、嬉しくなりました。
私たちは付き合うことになりました。小学生同士の恋愛なんてたがが知れていますが、それでも幸せなものでした。
付き合ってから、彼の印象がことごとく変わっていきました。これまでに見せなかった一面をちらつかせるようになっていきました。
最初、私はその変化に戸惑いましたが、次第に慣れていきました。
そして、彼は恋愛に対して独特な思想の持ち主でした。
彼が私にそれを語り、それを実行するのはもう少し後のお話です。
時間が経つのは早いものです。