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愛と何か  作者: 夏冬春秋
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プロローグ

暇があれば、前作の「夕陽」を読んでみてください。


別に前作を読まなくても問題ありません。



プロローグ



 密閉された空間――。ボクはまさにその空間にいる。


 もしその空間から己の力だけで生還できるとすれば、窓を開ければいい。しかし、その先には鉄格子があり、自分を切り刻むか、火事場の馬鹿力を使うか、それぐらいしかない。


 他の出入り口と言えば、部屋と廊下を行き来するためのドアがある。だが、これも外側から鍵をかけられているために、ウンともスンとも言わない。ドアノブの鍵は内側にはなく、それゆえこちら側で開閉させる術がない。


 部屋の中はまさに殺風景であった。掛布団と敷布団以外何もない。家具も何もないのだ。弥月の部屋よりひどい。色がない。


 ネズミ一匹も通さないような密室にボクは著しく行動を縛られている。何もすることがない。ゴロゴロするしかほかないのだ。今のボクは籠に収まる虫に等しい。


 ――コンコン。


 ノックの音だ。そして、それから鍵の開く音が耳の芯に響く。錠が外され、戒めから解放されたドアが、自由に開いた。


「気分はどうですか?」


 ニッコリと微笑む。愛嬌のある子である。少女は、ボクの顔をゆっくり覗き込む。


「いいもんか」


 精一杯の睨みを利かせた。大して怖くないだろう。


「お気に召したようで何よりです」


 笑顔がより一層強くなった。


「春さんの為に、夕ご飯を用意しました。どうぞ召し上がってください」


「どうしてお前はこんな事をするんだ?」


 ボクはご飯に手を付けず、少女に問いただした。


「お口に合いませんでしたか……? ごめんなさい……」


 今にも泣きそうだった。表情を曇らし、鼻をすすり始めた。


「まだ食べてないじゃないか。そんな事より」


「そんな事よりって、何ですか!? 私はあなたに食べてもらいたくて一生懸命作ったのに……そんな事だなんて……」


「ちょ、泣くなよ。……分かった、食べるから。泣かないで、ね」


「じゃあ、変なこと聞かずにさっさと食えよ」


「泣いたふりかよ。しかも口調変わってるし。情緒不安定かよ」


「ちっ」


 付き合うのが面倒になり、さっさとご飯に手を付ける。悔しいことに美味しかった。妹達よりかなり上手だ。負けた気がして悔しかった。


「美味しいですか?」


「うんうん。おいしい」


 美味しいといわなければ何をされるか分からないから、こう言うしかないが、実質美味しいのには変わりなかった。


「そうですか。ありがとうございます。丹精込めて作った甲斐がありました」


 顔を朱色に染めて、芋虫のようにくねくねと体を動かす。


「あの、もう一回聞くけどさ……何でこんな事をするの?」


 学習力がないわけではない。ただ、これだけはハッキリしておきたかったのだ。


 少女は、先ほどとは一変変わった態度でその問いに向き合った。


「そんなの、決まっているじゃないですか」


 少女はさも当然のように、恥ずかしくて、滅多に使わない言葉を平然と言ってのけた。


「愛しているからですよ」


 恍惚と頬を赤らめながら、目線をボクの胸元へ向けて言った。


 少女の名前は分からない。分かるといえば、A・Kというイニシャルだけだ。


 1学年下の少女にボクは--監禁されている。



初日



 ボクはGWの初めの朝に妹たちに叩き起こされた。ボクは朝に弱いので、妹たちに毎朝起こしてもらっている。感謝はしているが、丁重に起こしてほしい。


 妹たちは、今日からGWだと気づかずにボクを叩き起こした。馬鹿なのかこの二人は。その所為で初日から気分が悪い。もう少し寝ていたかった。


 すっかり目がさえてしまったので、仕方なくリビングでお茶をすすりながらニュースを見ることにした。


 ニュースは様々な出来事を報道していた。スポーツや政治関連、芸能関連等々。ボクは適当に聞き流していた。


 事件の報道が流れたときに妹たちがボクの前の席に座った。テーブルについた妹たちは不服そうな表情でボクに文句を漏らした。


 ニュースじゃなくて別の番組にしてほしい、とのことだが、無視する。


 妹たちの罵声とニュースキャスターの声を聞き分けながら、画面を眺めていると、妹たちの興味を引いた事件内容が出てきた。


 それは、4日前に起きた児童誘拐事件だった。ちょうど、妹たちと同じ年の子が行方不明になったようだ。ちなみに、妹たちは小5である。あと、双子だ。


 妹たちは、怖いよねぇ、と怯えながらほざいていた。どの口がそれを言うのか。


 正直、妹たちはボクより強い。ケンカは一度も勝ったことがない。二対一だから当然だけど。恐らく、

一人と戦っても勝てないだろうな。悲しいことに。


 ボクは妹たちに、お前らみたいなゴリラは誘拐されないだろ、と笑いながら言ったら、両方の脛を向かい越しから蹴られた。無駄に痛かった。





 出かけることにした。


 家にいてもしょうがないからだ。ただぼんやりするのも構わないが、せっかくの青天だ。外に出ないと損だろう。ボクは、目的はないが適当に町内を散歩しにいった。


 家から出て左にまっすぐ行くと、商店街がある。商店街は活気にあふれ、通るのが億劫だった。だけど、何となくその道を選択した。人混みを避けながら歩く。


 そうすると、一人の少女を見かけた。


 神谷弥月(かみややづき)という変わった少女である。彼女は、変人という言葉がしっくりくるだろう。俗にいう、「残念な美人」だ。この町の中では有名な少女である。弥月は、自殺ばかりする奴だ。その為、町では相当変わり者扱いされている。どうして損なことをするか見当もつかないが、彼女は本当に死にたいらしい。だけど、死ねないそうだ。まあ、そんな感じの女子だ。


 ボクは彼女が花屋さんから出てくるところを目撃した。


 ボクと弥月は友達未満の関係だったので、ボクは見なかったことにして、人混みに紛れてこの場を立ち去ろうとした。しかし、運が悪いことに見つかってしまった。


「あら、(しゅん)じゃない」


 春、というのがボクの名前である。苗字は吉野だ。


 弥月は抑揚のない声でボクに話しかけてきた。色とりどりの花束を携えて、近づいてくる。


「やあ」と、とりあえず返事だけをしといた。それから「じゃあ」と別れを告げた。


「つれないわね」弥月は嘆息する。「だけどここで会ったのも何かの縁だから、一緒に来てくれる?」


「え、嫌だし」


「近くの路地裏だからいいでしょ?」


 そう言って、向かう方角を指でさした。


「拒否権はないの?」


「どっちでもいいわよ」


「じゃあ、行くよ」


「うーん……相変わらず分からないわね」


「まあ、大体用件は分かるから、いいけど、どうせ殺人現場でしょ」


「そうよ」


 彼女はフフン、と鼻を高らかに鳴らす。相変わらず、分からない奴だ。


 



 殺人現場、と聞いてもボクはあまりピンとこない。


 殺人現場に行くのはこれが初めてというわけではない。初めて弥月と事件を解決しようとした時に行った事がある。先月の事だが、それ以来行っていない。そもそも、好き好んでいくような場所ではない。正直、ボクはあまり気が進まない。


 ボクたちは、商店街の通りから数分歩いて、人通りが激しく少ない裏通りにやってきた。光は当たらず、夜陰のように暗くうす気味悪かった。その場の雰囲気と、黒い服装を身にまとう弥月が妙にマッチして、その場の空気に違和感なく溶け込んでいた。町では普通の格好であるボクが、異端者のようにのけ者にされている気分だった。


「どうやらここのようね」


 カサカサと花を包む袋を鳴らして、しゃがむ。


 ボクは黙って、弥月が花束を手向ける姿を眺めていた。なんか居づらかった。


 弥月は合掌し黙祷をささげた。ボクは複雑な気持ちを交差させつつも、彼女と同様の行いをした。だけど、二秒ぐらいやっただけだった。


「ここで、四十代の男性が殺されたそうよ」


 弥月はそのままの姿勢で、開口した。


「……」


 弥月は立ち上がり、空を見上げながら誰に向けたかはわからない、独り言のようなものを呟いた。


「これで報われたかしら」弥月からはささやかな笑みが浮かんでいた。


「誰が?」


 何となく聞いてみた。他意はない。


 弥月は目を丸くさせる。それから元の表情に戻して、「この人よ」と、誰も、何もない、索漠とした冷たいコンクリートに目線を落とした。


「ふーん……」ボクは気のない返事をして、踵を返す。この場からさっさと去りたかった。


 先に路地裏を出る。太陽の光が眩しかった。悲しいほどに輝いていた。


「……助けて――か」

 

 天を仰いでいると、遅れて弥月が小走りでやって来た。少し怒っていた。


「どうしたの?」


 弥月にも心配する、というのがあるらしい。まあ、冗談だけど。


「弥月は、ここで殺された人の事、知ってる?」


 弥月は眉をひそめる。ボクが何を言いたいのか勘ぐっている。「いえ。知らないわ」


「この人の名前、知ってるかい?」


 弥月は首を横に振る。


加藤博一(かとうひろかず)。ボクの近所に住む人で、奥さんと子供がいた。これは言ってはいけないことだと思うけど、殺されて当然だった」


 その言葉に、弥月はショックを受けていたようだ。「その人は何をしたの?」


「……」


 その質問に答えるかどうか渋った。弥月に非難されたくないから。


 胸がジンジンと痛む。行き交う人の群れを眺めながら、あそこに潜って、流されるままにどこかへ行きたいと願った。


「……DVだよ」


 言いたくなければ言わなければいい。しかし、ボクの口からは、自然と言葉が漏れていた。


「あいつは、自分の奥さんと、娘に対して、暴力をふるい続けていたんだ」


 近所でも噂が立っていた。しかし、誰も何かその状況を打開させるような決定的な何かをしてやらなかった。暴力を受けていた二人は、人としての表情を忘れていた。体は動いて生きているのに、死んでいるようだった。目に映るのは暗闇しかなかった。


 ボクは、あいつを刺したのは奥さんか娘さんかと思っている。だけど、あくまでそれはボクの憶測でしかない。


「そういう、人だったんだ……」


「花束を手向けたことに後悔してる?」


 弥月は振り返り、路地裏を見つめる。「複雑ね」


「だろうね」


「ねえ、春は、DVを知っていたのに止めなかったの?」


「……」


「近所の人たちもよね? 知っていて何もしなかったの? 知っていて、ずっと見て見ぬふりをしてきたの? どうして、救いの手を差し伸べていた人に、一切手を貸さなかったの?」


 返す言葉などあるわけなかった。ボクが何を言っても言い訳でしかならない。


 ――じゃあ、キミがボクの立場だったら何かしてあげられたのか? そう聞きたかった。だけど、愚問というか、口だけの意味のない言い争いが続くだけだ。


「もういいわよ」何も答えないボクにしびれをきらしたようだ。「それで、今、奥さんと娘さんは元気にしているわけ?」


「多分」


「それを聞いて少し安心したわ。幸せになってくれればいいんだけど」


 弥月は小さく息を吐いた。


「ねえ、弥月は今何か事件を解決しようとしてる?」


「え、ええ。そうね。正直、この事件について調べようかと思ったけど、何か気持ちが変わっちゃったわ」


「そうか。じゃあ、何か解決したくなったら言って、協力するから」


「罪滅ぼし、のつもり?」


「まあ、そう……だね」


「そうね。だったら……最近あった誘拐事件について、調査でもする?」


「うん……それでいいよ」


「決まりね。じゃあ、例のファミレスへ行きましょう」


 少しはチャラになるかなという単純な気持ちで、ボクは頷いた。





 ボクたちはファミレスへ移動した。初回の事件にここで作戦会議というか事件の推察を行った経緯があるから、ここで、それをするのが盤石になったようだ。


 店の雰囲気は、いたって普通だ。休日であり、朝と昼の境目である時間帯であるため、客はまばらである。太陽の日差しも行き届いているため、照明があってもなくても明るいだろう。


 入り口から右手側が禁煙席なので、そちら側に案内された。外の窓に接する位置の角の席に腰かけた。外からボクたちの姿が丸見えだと思うと、嫌な感じがした。


 店員を呼び、オーダーを取った。二人ともドリンクバーを注文した。とりあえずボクはオレンジジュースを取りに行こうと席を立つ。丁度、弥月も同じ考えで飲み物を取りに行こうとしていたので、一緒に席

を立った。


 ボクは「弥月の分も取ってくるよ」と、座らせ、何が飲みたいか尋ねる。コーヒー。と弥月は短く伝えた。大人だなと思った。


 ボクはどのコーヒーにするか迷い、エスプレッソにした。それを持って行ったら、「苦すぎ」と言って怒られた。ボクは、「だろうね」と流して、呑気にオレンジジュースをたしなむ。


「とりあえず、やりましょう」


「そうだね」


「春はどこまで知っているかしら?」


「ボクが知っているのは、四日前にこの橋里町(きょうりちょう)で、小五の女子児童、名前は鷲田美穂(わしだみほ)ちゃん。その子が塾の帰り道、何者かに誘拐された。その犯人の目撃者はいなくて、未だ足取りは掴めてない。それぐらいかな」


「十分よ。だけど、もう一つだけあるわ。十日ぐらい前にも、誘拐事件が起きているわ。それと今回の犯人が同一人物ではないか、とも疑われているわね」


「それもあったね。確か、名前は竹田愛里(たけだあいり)ちゃんだったかな。小学四年生の女の子、だよね」


 二人とも、同じ小学校に在学している。その小学校は、橋里小学校という。この地域の子供たちのほとんどがそこの在学生だ。ボクもそこが出身校であるし、妹たちも今通っている。


「犯人はどうやって、みつければいいの?」


「まず考えることはそこかしらね。犯行範囲も橋里町だし。叩けば出てくるかもしれないわね」


「張り込み捜査かおとり捜査って、こと?」


 多分、後者だろうな。


「そう考えたわ。でも、張り込みだと、犯人に出くわす確率は低くなるし、おとり調査でも、私じゃ無理だし」


 正直、弥月は美人の部類だと思う。残念な美人、という言葉がしっくりくるかな。だから、おとり調査には向いていると、考えるがダメなのか?」


「だって、犯人ってロリコンでしょ? 私なんか眼中にないと思うわ」


「誘拐された女の子の年齢からして、そう推測できるけど、ロリコンって決まった訳じゃないだろ? ただ単に誘拐しやすい、とかじゃないの?」


「大体、その手の誘拐って、身代金目的か性的目的じゃないの?」


「こりゃまた偏向な考えですな」


「それで、特にそういった話題がないから、後者よ。だから私なんかじゃ無理なのよ。でも、困ったわね。犯人を炙り出すためにはどうしたらいいのかしら」


 ボクはしばらく思案してから、適任がいたことを思い出した。


「ボクの妹たちなら、嬉々として受けてくれると思うよ」


「あら。妹なんていたのね」


「紹介してなかったからね。あいつらは物好きだからやってくれるよ」


 携帯で、自宅に電話を掛ける。そして、妹たちに、了承を得る。すると二つ返事でOKをもらった。面白そう、と言ってはしゃいでいた。



 そうして今夜、おとり調査は決行されることとなる。





 吉野秋紅(よしのあきあ)吉野冬雪(よしのふゆゆ)。それがボクの妹たちの名前だ。おかしな名前だと思う。性格は捻くれていて、気に入らないことがあればいつもボクに当たる。


 喧嘩はとにかく強い。2人とも、剣道、柔道、空手、をやっていて、妹たちと同い年で、右に出るものなどいないほどだ。相手が年上だろうと、強さは変わらないらしい。道場ではトップクラスの実力のようだ。しかし、いくらあの2人でも、敵わない相手が同じ道場にいるらしい。それを聞くと、やっぱり、世界は広いなと思う。


 二人はいつも一緒に行動をする。離れて行動するのは特別なことがない限りありえない。自分たちの事を一心同体だと思っているようだ。なので、一人でいるときは、気力を搾り取られたかのように無気力になる。


 そんな感じの、変わった妹たちだ。



 ボクたちが行うおとり捜査は、非常に単純であった。


 ボクたちは2人1組になり、適当に辺りを散策する。ボクと組んだのは、姉の方の秋紅。弥月は妹の方に冬雪。その2チームに分かれた。先ほど散策するといったが、その文字のごとく、適当に夜道を歩くのだ。妹の姿が見える所に隠れながら妹の後を追っていく。適当に歩いていくのは妹たちだ。ボクが不審者に間違われないか心配である。


 まあ、釣りみたいなものだろう。妹たちを餌にして糸に吊るし、獲物をのんびりと待つ。


 二人は、最初、この作戦を話した時、それぞれ離れ離れになるのが嫌だと駄々をこねていたが、二言目であっさりいい返事をしてくれた。本当によく分からない妹たちだ。


 そういう訳で、ボクは秋紅の後を、距離を取りながらつけていった。後をつけながら、GWに何やっているのだろうかと悲しくなった。


 夜の8時過ぎ。それが今の時刻。雲もなく、星々が真っ暗な空を明々と彩っていた。転々と咲くその中で、月がもっとも美しい輝きを放っていた。堂々と光照らすそれはボクの目に強く印象として残った。


 余談になる。ボクは月を見ると弥月を連想させる。別に、弥「月」だから、ああ同じ字だよなぁ、というわけではない。純粋な気持ちで似ていると思うのだ。


 ボクは弥月を闇だとは思わない。世間体の弥月は、自殺する、1人でいる、笑わない、暗い、何を考えているかわからない、奇人、変人、怖い、等と囁かれている。ボクも似たように思っていた。


 しかし、弥月と関わり、話してみると、だいぶ印象が違ってくる。弥月だって笑うし、暗くもないし、怖くなんかない。それに何と言おうか……光を感じるのだ。そう、それこそ月のように。純美な暖かい光を放つのだ。カリスマ性でもあるのだろうが、ボクは弥月のどこかに、惹きつけられる。前も後ろも何も見えない暗い闇にある一筋の光に導かれるように。ボクを魅了させる。


 何も知らない他人から見れば弥月は無月なのだろう。本当の姿なんか見えていない。曇り空で月が見えないとき、何も調べず、憶測だけで月の形を観ているだけだ。


 ボクは、弥月は清風明月、と観ている。



「犯人を捕まえたわ」


 この言葉を聞いたのは、捜査を始めて20分余りの時だった。秋紅が飽きだし、たまたま通りかかった公園のブランコで遊んでいるときに、その連絡が入った。電話越しで逮捕の経緯を聞いた。怪しい男が冬雪に近づき、危ない雰囲気が漂い始めていた時、冬雪がその男の腹を一発殴り、沈めてしまったようだ。一瞬だったらしい。


 やっぱり、敵に回したくないな、こいつらは……。


 ボクは携帯を閉じ、秋紅にそのことを伝えた。すると秋紅は、私がやりたかった、とがっかりしていた。


 ボクが着いたころにはもう犯人は警察に連行された後だった。とにかくこれで、事件は幕を閉じた。



2日目



 ――焼きそばパンを2人分買ってこい。昨日の事件を解決した時と大体同じ時刻に、妹たちに要求された。なぜ、パシリの定番の食べ物を買いに行かせようとするのは謎だが、わざわざボクに頼むことではないだろう。自分たちで買いに行け。


 そういうと、――協力してやったじゃん。とドヤ顔をしていたが、やったのは冬雪1人な気がする。冬雪の分を買うなら少し位分かるが、秋紅の分まで買う必要はない。そもそも兄にパシらせるな。


 元々ボクはこの妹たちに逆らえないから、どんなに否定しても、買いに行かされてしまう。


 事件は自分たちが解決したと豪語している。感謝しろと態度がより一層でかくなった。こんなに性格が腐っていたかな?


 まあ、これも勝利の代償なのだろう……と格好良く言ってみるが、結局ボクは何もしていないし、勝も何も勝負すらしていない。


 何はともあれ、結局ボクは買いに行くことにした。ボクは優しいお兄ちゃんだな。


 余談はよしとして、本当にこれでよかったのだろうかと首をひねってしまう。罪滅ぼしの為にしたことなのに、弥月たちが見つけ、冬雪が撃退してしまった。ボクはただ秋紅の後ろをついて回っただけだ。


 街灯の薄暗い夜道を一人のんびりと歩いて、ポリポリと頬を掻く。近場のコンビニへ行こうとしていた。面倒だから自転車で行こうとしたが、妹たちに反抗をしたかったから、徒歩で行くことにした。わざと遠回りして、あいつらを焦らしてやろう。


 待ちくたびれているあいつらを想像して悦に浸っていると、携帯が鳴った。この時間に掛けてくるのは弥月ぐらいしかいないなと思い、電話に出た。


「よう、昨日ぶりだな」


 ギョッとした。弥月かと思ったら、予想以上に野太い声だった。声帯の手術でも行ったかと、戸惑ったが、すぐに声の主が分かった。


江藤(えとう)さんか」


 江藤――警察の人だ。弥月と知り合いらしい。ボクと面識はあまりない。心配性らしく、よくボクに弥月が自殺しないように見ていてほしい、と言ってくる。詳しい関係は分からないが、弥月を大事に思っているのは確かだ。一様言っとくけど、変態ではないと思う。


「昨日はご苦労だったな」


 そうでもない、と皮肉を言いたかったが、ここはグッと抑えた。


「それで、何かわかったんですか?」


・・・


 昨日、事情聴取を受けるため江藤さんの乗るパトカーに同乗した。警察署に連れてかれ、色々なことを聞かれた。相手は江藤さんだったから、気は楽だった。そして、案の定あっさり返された。


 取り調べも終わり、弥月と一緒に警察署を出た。


 その時、江藤さんが見送りに来てくれた。


「夜も遅いから帰りな」と寝癖の髪を大雑把に掻いて言った。「まあ、今はまだ取り調べの段階だから、ハッキリとしたことは分からねぇが、何かあったら連絡するわ」


「はい、わかりました」ペコリと頭を下げて、帰ろうとする。そこで江藤さんが呼び止めた。


「お前らさ、気をつけろよ」


 初め、無事に帰れという意味かと思った。


「中学生、ましてや小学生なんて子供だ。探偵気取りか知らんが、事件を甘くみんじゃねぇぞ。その内、痛い目見るぞ。俺は別に止めようとはしないが、とにかく、今後からこういう行為は慎め」


「はい、なるべく(・・・・)慎みます」と、弥月が言った。全然わかってないな、コイツ。


 江藤さんは、はあ……と尾の長いため息をつく。


「……気を付けて帰れよ」


「はい」


 江藤さんは踵を返し、警察署内に戻って行った。


 横に立つ弥月の顔を覗いてみた。すると、薄らと笑みを浮かべていた。


・・・


「それで、犯人についてわかりました?」


「ああ。そいつは、亀梨貴志(かめなかたかし)。25歳のフリーターだ。過去に一件だけだが似たような件で補導されている」


「やっぱり、一連の犯人なんですか?」


「そうでもねぇな。あいつは頑なに自分はやっていないと言い張っている。大体の奴はそういうんだがな。でも、確かに、誘拐されただろう時間帯にはアリバイがある。それにあいつの家から証拠となるものは一切出てこなかった」


「違う人ですか。少しがっかりですね」


 ボクは割と冷静だった。江藤の口から語られた一つの濃厚な筋道に、驚くことはしなかった。


 ボクたちが捕まえた男が犯人でないなら、また捜せばいいだけの事だ。


「弥月にはそのことを伝えたの?」


 また、弥月と話し合わなければならない。正直、面倒くさい。


「あいつか……まあ……」


 江藤さんにしてみれば妙に歯切れが悪い。どうしたのだろうか。


「弥月は自殺しちまってな……」


「えっ……?」


「一時間前に病院に運ばれたらしいが、命に別状はない」


 弥月が自殺するのは当たり前のような気がするが、それでもその情報はボクを困惑させた。


 気が早いとしか思えない。いくらなんでも、まだ犯人が確定しているわけではないのに、自殺を決行す

るなんてどうかしている。


 弥月の昨日の笑みを思い出す。あの時からもう考えていたのか……。


「病院はどこですか?」


 江藤さんは病院名を応えてくれた。


「明日見舞いに行きます」


「俺も明日行くが、お前からも注意してやれよ」


「はい」


 唐突な出来事だ。本当に、何が起こるか分からない世の中だ。いくら先の事を見据えていたとしても、その想像の斜め上を常に行く。


 ――今回の本題もそうだった。唐突にボクの身に降りかかった。


 背中に鋭い何かが圧迫していた。チクリと軽い痛みが走った。


「どうかしたか?」


 江藤さんがボクの違和感に気づいて、尋ねる。だがしかし、声を出すことすら叶わなかった。


「早く切ってください」


 こそばゆく、甘い吐息が首筋に当たる。少し可愛らしい声だった。そんな声に命令される。


「じゃないと、あなたの……どこかを切りつけます」


 小声で。恐らく電話に会話がキャッチされないぐらい小さな声で言う。


 硬直し、畏怖する。その感情にボクはいわれるがまま、江藤さんにひとこと言って、電話を切った。


「いい子ですね。ありがとうございます」


 声の質から考えて、今ボクの背後で多分刃物をつきつけているのは少女だろう。


「じっとしていてください。おかしな真似を少しでもしたら……どうしよう……とりあえず頸動脈を切ります」


 可愛らしい声に反して、口から出る言葉は異常だった。いやな脂汗が頬を伝って流れ落ちる。尋常じゃない殺気を感じ取れる。言動からして、本当に殺しかねない。


「私の質問に答えてください。あなたは吉野ハルさんですね?」


 耳を疑った。ボクの思考、緊張、全身すべてがフリーズした。


「人違いだと思うよ。ボクはハルじゃなくて、シュンだから」


 人間違いであってほしいと心から祈った。


「あ、すみません。人違いでした。ご迷惑をおかけしました」


「なんだ、人違いか。そそっかしいね、君って。ハハハ……」


 なんてことはない。


「ごめんなさい、「春」と書いて「シュン」と読むんでしたね。間違えちゃいました」


 恥ずかしそうに、テヘヘ、と笑う。正直、イラッときた。けど、そんな感情などすぐに塗り消されてしまうだろうな。


 ボクは淡い期待にかけていたが、やはりこれが現実なのだろう。悲しく思う。『そう甘くないのが人生』その教訓をボクは身をもって体感できた。


「でも、やっぱり人違いじゃないの?」


 後に引けない状態なのはわかるが、ボクは別に警察へ突き出すなんかしない。見逃してほしいな。


「吉野春。誕生日は4月2日、牡羊座で14歳。血液型はA型。橋里中学校2年生。出席番号は34番。身長は159.6㎝。体重は49.2㎏。5人家族で双子の妹がいる。好きな食べ物はハンバーグ。嫌いな食べ物はトマト。先月、神谷弥月と共に学校で起きた集団自殺の事件を解く。昨日、神谷弥月とその双子の妹と共に変質者を捕まえる。何か間違いでもありますでしょうか?」


 少女は文を読むように淡々とボクのプロフィールをあげた。


 ボクは恐怖以前にある種の感動を覚えた。よくここまで知っているな、と驚愕した。だけどやっぱり怖いものは怖い。これはいわゆる、ストーカーというやつだろうか。


 しかし、驚いたな。先月のあの事件を解決したのがボクたちであると知っているとは。あれは警察の人が解決した、と現状なっているのに、どうしてこいつはその真実を知っているのか。


 それ以外にも、何故昨日の事を知っているんだ? まさかつけられていたのかな?


 とにかく、こいつが狙っているのはボクであるのには間違いない。


「いや、違……」


 背中がチクリとした。「え? 何ですか?」横暴すぎる。妹たちの方がまだ可愛く思える。当たり前だけど。


「そうです。ボクが吉野春です」


「そうですか、やはりそうでしたか。春さん、よろしかったら私にお時間をいただけないでしょうか?」


「ごめんね。今、暇じゃないから……」


「そうですか。良かった。私が先導するので、それに従ってください」


「人の話を聞いてください」


「はい。おっと、後ろを振り向かないでください。目ン玉潰しますよ。春さん、前だけを見て私の指示に従ってください」


「だから……」


 ここでボクは口を噤んだ。コイツには何を言っても無駄だろうと悟ったからだ。それと、これ以上口答えすると、何をされるか分かったもんじゃない。仮に逃げられる隙があるのならそうしたい。だが、こいつに隙があるとは考えられない。


「ボクをどうするつもりだ?」


 どうせ、本当に事は話さないだろう。ダメ元で尋ねてみた。


「安心してください。大人しくしていれば、危害は加えません」


 フフフ、妖艶な笑い声を出す。


 大人しくついていくのが得策か……? やっぱり、今から全力で走って逃げるか……? 


 立ち止まって、思考を働かせていると、少女がボクの耳元で囁いた。「あなたの住所は…………ですよね?」一体ボクの事をどれくらいまで知っているのか。少女の言った住所は紛れもなくボクの住所だった。


「もし逃げたら、燃やしますよ」平然と言ってのける。冗談に聞こえないのがまた不気味だ。恐らく、相好を崩しながら言っているに違いない。「そうそう、春さんのお母さんって、豚みたいに食っちゃ寝なんですよね?」


「確かにそうだけど、言葉を選べよ」さすがのボクもこれにはムカッとした。だけど、背中にチクリと痛みが入ったため、ボクは「すみません」とへりくだった。


「ごめんなさい。私が言いたかったのは、いつでも殺せるってことです。もしくは、妹さん達……秋紅ちゃんと、冬雪ちゃんですよね、その2人でもいいですよ。私なら妹さん達を殺せますから」


 妹たちの実力を知らないのか、と言いたいところだが、この口ぶりからして、妹たちの実力を知っているようだった。


 ボクは今、家族と家を天秤に掛けられている。ボクが逃げれば、家族に迷惑が降りかかる。選択肢なんてなかった。


 ボクは少女に、どう行けばいいのか尋ねる。少女はやっとか、とため息を漏らした。


 ボクたちは夜道を歩いた。人が通れば、何とかなるかもしれなかったが、運がなく、誰一人見かけなかった。運がない、と笑いたくなった。


「ところで、君はなんていうの?」


「えっと……名前ですか?」


「うん」


 そういえば、少女の名前をまだ聞いていなかった。


「教えないと不公平ですもんね。イニシャルでいいですか? 私はA・Kといいます」


 どこに公平感があったか分からないが、少女はA・Kというらしい。


「勘違いしないで頂きたいのは、もし私が春さんを――として取り逃がしてしまったら、捕まるかもしれないから、本名を明かせないだけです」


 A・Kが何と言ったか聞こえない部分があった。意図的に言葉を濁したのだと思う。聞こえなかったが、いい意味でないと察してはいる。このまま無事でいられる気がしなかった。


「これからボクをどうするつもりなの?」


「直に判りますよ。今は黙って私の指示に従ってください」


 ボクはA・Kの威圧に押され、言うことを聞かざるを得なかった。


 右やら左やら真っ直ぐやら、言われるがまま進んでいく。その間、ボクたちは必要以上の言葉は交わさず、淡々と歩いていく。


 ボクはA・Kという少女に対して、畏怖を終始感じ取っていた。背中を押す鋭い感覚はなくなっていたが、背後に漂う悪しき気配に自然と蹴落とされている。


 声の高さからするとボクより下から聞こえてくる。さらに喋るときにボクの襟首辺りに息が当たっているので、ボクより身長は低い。それと、声からして女子である。声からして同年代の女子を思い浮かべる。思い切って年齢を聞いてみると、12歳だそうだ。中学1年生になったばかりらしい。ついこの間までランドセルを背負っていたとは到底思えない。


 ボクこれからどうなるのか、A・Kは誰なのか、何のためにこんなことをするのか、ということに思考を巡らせていたら、いつのまにかボクらは目的地に着いた。


「ここですよ」


 そこは少し辺鄙なところで、周りにはあまり家が建っていなかった。そこは2階建てで、あまり大きくはない1軒家だった。


「玄関の鍵は開いているので、そのまま入ってください」


 次の指令が入った。


 この家には明かりが灯っていなかった。誰もいないのか、はたまた寝ているのか。どちらにせよ鍵を開けっ放しにするのは不用心だ。


 A・Kがこの家の家主だとは考えられない。だけど、ここに連れてきたってことは、ここの家に住んでいる訳だ。1人暮らしではないだろうから、誰か家族が居るはずだが、気配を感じなかった。


 家に入ると、鼻を刺激された。顔が自然に歪んでしまう。鼻で臭いをかぐ。何か腐ったような匂いだった。生ゴミでも放置しているのか、嫌なにおいだった。だけど、耐えられる程度だった。この臭いの正体は何かと勘ぐっていると、A・Kが急き立てた。


「靴を脱いで、そのまま階段を上って下さい」


 玄関から入ってすぐに階段があった。薄暗くて分からなかったが、A・Kの先導であったことに気づいた。


 淡々とA・Kから要求される。この家の見取り図なんて知らないものだから、壁を伝って進まなければいけなかった。慎重に、足を踏み外さないようにゆっくり階段を上がっていく。


 階段を上った先に、通路が現れた。そこの一番奥の部屋に先導された。そして、その部屋の中に入った。その部屋の中央辺りに立たされた時、常に背後にあったA・Kの気配が消えた。


 その次の瞬間、部屋の明かりがパッとついた。目がくらみ、腕で視界をふさいだ。目がチカチカして痛かった。


「後ろを振り向いてください」


 そう言われて踵を返した。


 そこにはA・Kの姿があった。A・Kは朗らかな表情をしていた。ショートカットで、可愛らしい顔立ちで、童顔だった。Tシャツにジャージとラフな格好だった。


「ここまで春さんをお招きした理由は、申し訳ございませんが、話せません。だけど、これだけはいいます」破顔し、ボクの目をハッキリ見て言った。「GWの間だけ、ここに監禁させてもらいます」


 ――それでは。一方的に喋って、A・Kは出ていった。慌てて後を追うが、ドアの鍵を閉められた。


 ドア越しから、A・Kの声がした。


「逃げ出さないように、閉めさせてもらいます。何もない所ですが、どうぞごゆっくり……」


 ボクはドアをたたく。しかし、虚しくなるだけだった。


 ボクはその場に座り込む。


 最悪のGWが幕を開けた。



追記



 長くなってしまったが、とにかくこれが事のあらましだ。そしてボクは2日目の監禁生活を送っている。


 監禁と言うが、ボクのイメージでは地下室とかに縛り付けられて身動きが取れない状況、なのだが、どうもそういう事ない。1室だけ自由に動き回れるだけで、不便であるには変わりはない。


 はたして、A・Kにとって、ボクを監禁するメリットはあるのだろうか。何か恨まれるようなことでもしたのか? 先月の事件の犯人とは違ったし……。それに、ボクの事を愛しているのだと世迷言をいう。


 愛しているから監禁する? そんなヤンデレ展開は望んでいない。


 それに、A・Kの言葉には違和感がある。「愛している」という言葉は、何かの建前のような気がする。


 依然、A・Kの正体は掴めない。


 A・Kは何者か。どうしてこんな事をするのか。A・KはGWの間だけボクを監禁すると言った。その真意は何だ?


 分からないことだらけだ……。


特になし

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