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着鎧甲冑ヒルフェマン  作者: オリーブドラブ
第四話 呼ばれざるヒーロー
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俺とあんたの最終決戦

「やるしかないのか――着鎧甲冑ッ!」


 脇腹を抑えながらも、両の足でしっかりと立ってガンを飛ばす俺を前に、古我知さんは腹を括って「呪詛の伝導者」に着鎧する。話し合いが通用しないということを、俺の目を見て判断したらしい。

 ――いよいよ、最終決戦ってワケだ。


 俺達は雪景色に彩られた採石場を舞台に、一対一で睨み合う。救芽井と矢村も、口出しできる状況じゃなくなったことを察したのか、不安げな表情を浮かべながらも無言になった。

 この場にいる四人全員が一言も喋らないせいで、今まで気にならなかったような風の音が、妙にうるさく聞こえてくる。俺はそれら全てを聞き流し、古我知さんに対して戦闘態勢を整える。


 水月程の高さに置いた右肘から、右腕を上に曲げて掌を張り、同時に左手を右腰の辺りに添える感覚で構える。

 れっきとした少林寺拳法の構えの一つ、「待機構え」だ。

 その名の通り、敢えて胸の辺りをがら空きにして攻撃を誘う、カウンター用のもの。自分からガンガン攻めていく、救芽井の「対『解放の先導者』用格闘術」とは正に対照的なスタンスであり、それを研究しつくしてる古我知さんには対応しづらい戦法であるはずだ。


 事実、「守主攻従」を原則とする少林寺拳法の技を前に、古我知さんは手も足も出ていなかった。廃工場での太刀合わせだけじゃ、俺の技は把握しきれてないはずだし、まだまだ通用するはず!


 俺は待機構えを維持したまま、打撃攻撃を誘うため、ジリジリとすり足で「呪詛の伝導者」に接近する。飛び道具を使われたら、さしもの少林寺拳法でも対応しきれないからだ。

 一歩、二歩と、こちらの意図を悟らせないように近づいていく。いよいよ距離が五メートルを切った辺りで、攻撃に備えて素早く動くために腰を落と――


「……『バックルバレット』ッ!」


 ――す瞬間、「呪詛の伝導者」の腰にあるベルトが激しく発光した。……あれは、ただの光じゃない!

「くうっ!?」

 とっさに待機構えを解き、側転でその場を飛びのく。そして、さっきまで俺が立っていた周辺に、弾丸の雨が降り注いだ。

 ……どうやらピストルだけじゃあきたらず、ベルトに「解放の先導者」のような機銃まで仕込んでいたらしいな。口からは炎まで吐きやがるし、どこまで武器を仕込めば気が済むんだよ、コイツはッ!


 俺は「バックルバレット」とかいう機銃掃射をかわすと、採石場の小さな岩山に身を隠す。向こうは銃を持ってるんだし、棒立ちでいるわけにはいかない。

 銃撃が止んだ後、俺は身を乗り出して「呪詛の伝導者」の姿を確認する。彼は得意げな様子で、腰のホルスターからピストルを引き抜いた。

「いつまでも同じ手は食わないよ。君の拳法の全てこそ網羅してはいないが――構えを見れば、カウンター重視の戦い方だということくらいわかる」

「……思いの外、アッサリと見破られちまったらしいな。その腰についたヘンテコ銃も、あんたが作った物なのか?」

「もちろん。ベルトに仕込んでる形だから、銃身がものすごく短くて精度が最悪なんだけど――威力だけは折り紙付きさ」

「火を吐いたり、ションベンみたいに銃弾ちびらしたり……忙しい野郎だな全く!」


 「呪詛の伝導者」のピストルが火を噴く瞬間、俺は隠れていた岩山から転がり出ると、彼目掛けて一直線に猛ダッシュする。

「く、口の減らない坊やだが……とうとうヤキが回ったようだねッ!」

 古我知さんは一瞬だけ躊躇する様子を見せたが、俺が一発ブチ込めるところまで行く前に、発砲を再開してしまう。俺はその展開を承知の上で、突進を続けた。

 黒い銃身から幾度となく打ち出される弾丸が、俺の身体に衝突して激しい火花を発生させる。その不吉な光に包まれながら、緑のヒーロースーツに守られている俺は、前進を続けていく。


 せめてもの防御ということで、両腕で顔を守りながら進撃を続けるが――やはり、痛いものは痛い。着鎧甲冑に守られているとは言え、何度も銃で撃たれて痛くない方が変な話ではあるのだが。

 ちなみにこれは兄貴の弁だが、人間の急所は頭や顔の部分が一番効果的であるという。それ自体は割と当たり前の話なのだが、言い換えるならそれは、頭の急所だけは絶対に守れということにもなる。

 つまり、銃弾そのものの脅威は着鎧甲冑の防御力に任せ、俺自身は急所への命中を避ける努力をしなければならない、ということだ。着鎧甲冑を……それを作った救芽井達を信じなきゃ、古我知さんには永久に勝てない!


 ――だが、戦闘用とレスキュー用との差は、やはり大きい。


「……うぐあッ!」


 古我知へ迫る途中、脇腹に槍で貫かれるような激痛がほとばしる。廃工場の時の銃創に、ダイレクトに被弾してしまったらしい。


「今だ……これで、終わりだッ!」


 思わず膝をついてしまい、その一瞬の隙を狙った古我知さんの銃弾が、間髪入れずに襲い掛かってきた!

「あ、がああッ!」

 ……痛みのあまり、頭のガードを解いてしまったのが運の尽きだった。俺は「撃たれる衝撃」に備える暇すら与えられないまま、銃弾の雨にさらされてしまった。


 「救済の先駆者」のボディから火花が幾度となく飛び散り、中にいる俺の身体に焼き尽くされるような熱気が篭る。

「あ、アヅッ……ああああッ!」

 頭のてっぺんから足のつま先までが、文字通り焼かれているかのように熱い。これじゃ、火あぶりの刑みたいだ。

 俺はその熱気と痛みに悶えながら、冷え切った地面の上でのたうちまわる。

 意識までが燃やされようとしているのか、視界がユラユラとぼやけ始めていた。手先がブルブルと震え、身体が思うように動かない。

 ……俺、死ぬ、のかな?


「りゅ、龍太ァァァッ!」

「やめてぇ! お願い、もうやめて! やめてったらぁ!」


 よっぽど、見ていられないような醜態だったらしい。俺がやられているザマを見て、救芽井や矢村が悲鳴を上げる。


 ……あれ、なんか違うなぁ。

 俺が望んだ展開は、こんなもんじゃなかったはずだ。

 別に俺は、ヒーローになりたくて、戦ってたわけじゃない。彼女達に心配されたくて、戦ってたわけでもない。

 ただ、変態呼ばわりをやめて欲しくて――仲直りがしたくて。そのための手段として、俺は戦うことになっていた。


 ――そうだ。俺、名誉挽回がまだじゃないか。まだ、彼女に認めてもらってないじゃないか。


 どうせなら、「ありがとう変態君! ……ううん、一煉寺君!」って、お礼を言われて終わりたい。あんな風に、泣かれて終わりなんて……あんまりじゃないか。

 俺にとっても。きっと、彼女にとっても。


 ……だから、俺は。


「まだ、死にたく、ねぇッ……!」


 もうガクガクだけど――まだ、足は動く。少し時間を置いたおかげなのか、身体もちょっとずつ、言うことを聞きはじめた。

 「救済の先駆者」のスーツが、着鎧してる俺に向かって「危険」の警告をしているが……それに構っていられるような、空気じゃない。どんだけ無茶振りであっても、このスーツには付き合ってもらわないとな。

「はぁ、うっ、ぐ……!」

 苦しみを孕んだ息を漏らし、俺は見苦しいくらいに喘ぎながら――立ち上がる。


「なっ……! 馬鹿な! とっくに着鎧甲冑からの警告信号は出ているはずだぞ! 何を考えてるんだ、君はッ!」

 俺がまだ戦おうとしていることに、古我知さんはとうとう驚くどころか、露骨にビビって後ずさりを始めてしまっていた。普通ならありえない行動なんだから、その反応は至って正常なんだろう。

「何も考えちゃ、いないさ。あるとすれば――あんたを、ぶっ倒す。ただそれだけだ!」


 脇腹を撃たれるまでに走り込んでいた場所は、「呪詛の伝導者」からそう離れた距離ではなかった。ここから前進を再開すれば、古我知さんまですぐに辿り着ける!

「くそっ……! 『バックルバレット』!」

 ピストルだけじゃ、倒しきれない。理屈を抜きにそう判断したのか、古我知さんはすぐさま得物を投げ捨てると、ベルトの中心部に両手を当てる。

 それと同時に機銃の流星群が飛び出して行き、俺の身体を容赦なく打ちのめす。

「が、あああああッ! ぐ、お、ああぁッ!」

 痛みに叫び、呻き……それでも、俺は前に進み続ける。

 どれだけゆっくりでも、構わない。止まりさえしなければ、いつか必ずたどり着く。

 そう信じなきゃ、俺は「呪詛の伝導者」に勝てない!


「なぜだ!? 撃ってるのに……撃ってるのに、なぜ止まらないんだァァァァッ!」

 俺も死に物狂いでやってるが、あっちもあっちで相当な半狂乱になってやがるな。「バックルバレット」がダメと判断し、今度はあの炎を噴き出してきた!

「あぐ、あああ……!」

 ここまで来ると、悲鳴を上げる元気すらなくなってくる。俺はかすれた呻き声を漏らし、炎に焼かれ――それでも、すり足で前進を続けた。

 「すり足」と言っても、少林寺拳法として行うようなものじゃない。体力を消耗する余り、歩くための膝が上がらなくなってるだけだ。


 折り紙付きの威力を誇る機銃と、身を焦がすような火炎放射を立て続けに食らい、俺も「救済の先駆者」も半死状態だった。ふと俯いてみると、スーツのあちこちから電気が飛び散り、身体中が黒ずんでいるのがわかる。

 よくこんな状態で機能するものだと、感心せずにはいられない。余りにも無茶苦茶な運用を重ねているせいで、自動的に着鎧が解けるシステムも停止してしまっているようだし。


 ――そして俺は、文字通りズタズタの格好で「呪詛の伝導者」の目前までたどり着いた。

 戦えるだけの体力が残ってる……とは、もちろんながら言い難い。正直、生きてるってだけで、お腹いっぱいなほど奇跡だろう。


「なんで……どうして、君は……戦うんだ……!? わからない、わからないんだよッ……!」

 やはり向こうも、精神的に追い詰められているらしい。目の前に立つ、自分の理解を超えたバカに向かって、低く唸るように訴え掛けてくる。

 そんな彼に対し、俺は喉の奥から搾り出すように発した声で、精一杯返答する。

「何度も、言わせん、なよ。あんたを、ぶっ飛ばさねぇと、受験……集中できな、いん、だよッ……!」


 ――そんなもん、結局は建前だけどな。

 全ては……救芽井に変態呼ばわりをやめてもらわなきゃ胸糞が悪くなる、ってだけの話だ。俺にとっちゃ、嫌われたまんまで終わるのが一番バッドエンドなんだよ。


 どうせ知り合いがいるなら、全員と仲良しでいる方がいいに決まってる。俺はあの日から、いじめられることはなくなったけど……いじめていた奴と仲直りしたわけじゃない。

 そいつらは俺や矢村を恨んだまま、俺達の前から姿を消した。――そんなの、後味が悪いじゃないか!

 そういう世の中の知り合い全てが、もしもいつかは離れ離れになる人達だとしたらなら――最後の瞬間だけでも、仲良しでいたいモンだろう。

 ……少なくとも、俺はそうさ。だからこそ、救芽井に嫌われたままで、終わりたくはないんだ!


 俺は最後の力を振り絞り、ヨロヨロの身体のまま、再び待機構えを取る。この近さなら、バックルバレットも火炎放射も間に合わない。接近戦しかないはずだ!

「き、君が……君が、どれほど強くても! 僕は――負けられないんだァァァーッ!」

 向こうも、万策尽きたと感じたらしい。「呪詛の伝導者」としては恐らく本邦初となる、完全な肉弾戦を仕掛けてきた。

 剣は廃工場で落としたし、ピストルはさっき捨ててしまった。バックルバレットも火炎放射も、この距離では発動が間に合わない。

 こうなっては、もはや頼れるものは自分の拳しかないのだ。


 ――だが、「呪詛の伝導者」が如何に優れた戦闘用着鎧甲冑だと言っても、着鎧してる人間に技量がなければ、意味はなさない。

 古我知さんの繰り出すパンチは、綿密に訓練された精度が感じられる、鋭いモノだった。が、俺の少林寺拳法と「救済の先駆者」の運動能力の前では、格好の餌食でしかない。

 それに、彼の攻撃は至って直線的であり、受け流すのはかなり容易だった。焦りの色が、露骨なまでに技に出ていたんだ。


 俺は縦に構えていた右腕で、漆黒の鉄拳を払いのけ――黒鉄の鎧に覆われた首筋に、一発の手刀を入れる。

「ぐっ!?」

 首に手刀を当てられたことで、彼の動きが一瞬固まってしまった。そこへ、右腰の辺りに添えていた左手から、腰全体を回転させた突きを「呪詛の伝導者」の水月に叩き込む。

「――ぐはァッ!」


 そうして、俺に劣らず痛手を負った古我知さんは、たまらず腹を抑えてフラフラと後ずさる。お互い、意識が飛ぶ一歩手前の満身創痍って状態だ。

 古我知さんは「まだ負けられない」と言わんばかりに、ヒィヒィと息を荒げながらも俺を睨みつけている。


 だが、その頃には既に、俺は最後の一発を決める体勢を作っていた。


 左半身を前に向け、どっしりと腰を落とし――右腕に、残る全ての力を込めて。


「うぐッ!?」

 今の俺に出来る、最後の構えだ。この体勢から繰り出す一撃が、俺の限界だろう。

 古我知さんも、俺が「そういうつもり」で攻撃を仕掛けようとしているのが雰囲気でわかったのだろう。「呪詛の伝導者」は明らかに動揺した動きを見せている。

 だが、水月への突きが相当効いたのか、危険が迫っているとわかっていながら、その場を動けずにいた。


「……前に言った通り――その鼻っ柱。『文字通り』、へし折らせてもらうぜ」


 ――そして、全力で回転させた腰から打ち出される、俺の最後の一撃。


 掌から、手首の関節に近い部分で衝撃を加える突き――「熊手」の一閃が、「呪詛の伝導者」の顔面を遺憾無くブチ抜き、岩山まで派手に吹き飛ばしてしまった。

 岩壁にたたき付けられた漆黒の鎧は、地面にズシャリと落下した瞬間に、スーッと消えて行き――本来の姿である古我知さんが出てきた。元の姿に戻っても、彼が動き出す気配はない。


 ……そして、俺の方も限界を迎えようとしていた。着鎧が自動解除されるシステムはイカれてるから、「救済の先駆者」の姿のままで俺は倒れ伏した。

 古我知さんに勝った。その安心感から来る反動――即ち疲労感が、俺の意識を瞬く間に闇に葬ろうとしていたのだ。抗うだけの気力も時間もないまま、俺の視界が暗く閉ざされていく。


 ――ダ、ダメだ……! まだ、救芽井と矢村を助けてないのに……!

 そんな俺の心境をガン無視するかの如く、とうとう視界が真っ暗になった。

 目の前から光が失われ、次いで意識自体も失われようとしていた――その時。


 なにかの音がした。


 いや……「誰か」の「足音」が聞こえたんだ。

 だが、それが誰のものなのかを考える前に、俺は意識さえも完全にシャットダウンされてしまった。



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