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着鎧甲冑ヒルフェマン  作者: オリーブドラブ
第三話 デートという名のパトロール
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まさかのリストラ宣告!?

 ……とまぁ、俺と兄貴の話なんてこのくらいのもんだ。別にペラペラ喋るだけの価値があるようなもんでもない。

 けど、古我知さんは割りと真面目に俺の話を聞いていた。なにがそんなに興味深いんだか。

「いい話じゃないか。……僕には、家族なんていないからね」

「あぁ?」


「――僕が小学生の頃だ。戦場のジャーナリストだった両親は、紛争地帯での取材の時に……」

 そこで言葉を切り、彼は手洗い場の鏡に向けて顔を逸らす。そこに映った古我知さんの顔は、まるで憑かれたかのような「使命感」に包まれた色を湛えていた。

「……そんな僕を引き取り、育ててくれたのが救芽井家だった」

「――なんだよそれ。恩を仇で返そうってのか!?」

「違う。恩人だからこそ、彼らの夢や技術をふいにしたくないんだ。兵器転用したと言っても、永久にその役割しか果たさないわけじゃない。『軍用』だった『インターネット』が世界的に普及したように、いずれは救芽井家の願い通りに使われる日が必ず来る。僕の理念は、より確実に救芽井家の悲願を達成するための、『遠回り』に過ぎないんだよ」

「その『遠回り』を認めたら、人を救うための着鎧甲冑で何人もの人が殺されちまうんだろ。それが嫌だから、救芽井んとこの人達はみんな反対したんだろうが!」

 確かに、古我知さんの言うことはわからんでもない。自分の恩人達の悲願が、理想にこだわって潰れてしまったらやり切れないもんだろう。付き合いの浅い俺にだって、それくらいはなんとなく察しがつく。

 だが、それはあくまで彼の主観でしかない。最後に決めるのは、救芽井の家族達だろう。


 ――結局、古我知さんは自分の価値観で、人のやることにケチをつけてるだけだ。そんな独りよがりを許したら、救芽井の「願い」も俺の「心」も見殺しにされちまう!

「どうあっても、僕のやろうとしてることが許せないかい?」

「ああ、ダメなもんはダメだ。『部外者』の俺から見ても、あんたがしようとしてることは単なるわがままなんだよ!」

「……そうか。残念だ」

 彼は俺を哀れむような目で一瞥する。鏡という壁を通じて映し出された彼の表情は、いじめられっ子のような閉塞感を帯びていた。

 そんな憂いを背負ったような顔を俺の目に焼き付けて、古我知さんはトイレを後にしようとする。なんだかトボトボという擬音が聞こえてきそうな、哀愁のある背中だった。


 もちろん一人でポツンと留まるわけにも行かず、俺は彼に続くように男子トイレから脱出した。だって臭うんだもん!

「さて、いい加減戻らないと二人がうるさ――って、え?」

 とりあえず救芽井と矢村が待っているであろう席に向かおう……としていた俺の前には、二人を張り込みのように見張る古我知さんの姿があった。

 遠目に見る限りだと、矢村はどうやら意識を回復させて救芽井とお喋りに興じてるみたいだけど……。


「……なにしてんの? そんなところで」

「シッ、静かにした方がいい。君に大きく関わることらしいからね」

「関わる? 俺に?」

 彼は思わず聞き返す俺に強く頷くと、壁に張り付きながら、探偵よろしく二人の会話に聞き耳を立てていた。

 こうした状況から推測するに、なにやら救芽井と矢村が俺に関係する話をしているらしいな。俺が話題の主体だってんなら、さすがに気にならざるをえない。

 壁からソッと覗いている古我知さんの下に潜り込み、俺は二人のやり取りに耳を傾けてみることにした。


 ――すると。


「どうしてわかってくれんのっ!?」


 バァン! と矢村が思い切りテーブルを叩いた!?

「うわ――むぐっ!」

「静かに! 聞こえるよ?」

 思わず驚き声を上げそうになり、古我知さんに口を塞がれてしまう。くぅ、とうとう敵に助けられる始末か……。

 ……いやそれより、なんだよこの状況!? 見てるだけで鬱になりそうな険悪なムードなんですけど!?


「龍太はあんなに頑張ったのに、なんでまだ戦わんといかんの!? もうええやん! アタシらただの受験生なんやで!?」

「確かに、無関係の一般人をここまで巻き添えにしたことは、申し訳ないとは思うわ。……だけど、今はなりふり構ってられないの! 警察にも頼れないほど機密性に重点を置いていた上に、今はお父様やお母様もいない……。そんな時に素性を知られてしまったからには、変態君には外部の協力者として手を貸してもらうしかないのよ!」

「そんなん、あんたらの都合やん! あんたらは龍太を殺す気なん!?」

「そ、そんなつもりあるわけないじゃない! むしろ向こうもこっちも、死者をなるべく出さないように気を遣ってるくらいなんだから!」


 ……なんかどこかで見たことあるよーなやり取りかと思ったら、俺の処遇の問題かよ。まだ片付いてなかったのか……。ていうか、傍目に見ても相当やかましいぞあんたら。静かにしないと一般ピープルに丸聞こえなんですけどー!

 ――それに、別に俺なんぞのことでそこまで頭使うことないのに。仮にくたばったって、どうせ俺なんだから。


「そんなんに気ぃ遣うんやったら、初めからこの町に来んといてや! あの発光騒ぎやら『技術の解放を望む者達』の事件やらで、アタシも龍太も死ぬほど迷惑しとるんや!」

「……ッ!」

 ――なんだろう。俺がいなくなった途端、言い争いがものごっつい過激になったような気がする。こんなに切迫したようなやり取りしてたっけ?

 ていうか、矢村の言い草がかなりドギツいことになってるような……。迷惑してんのは間違っちゃいないんだけど、ああもハッキリ言っちゃうと却って救芽井が気の毒に見えて来ちゃうんだよなぁ。

 かと言って、このままだと受験が苦しいのも間違いないわけで。うーん、難しい……。


「……アタシは龍太が、こんなことで傷付いてええもんやとは思えん。着鎧甲冑やら何やら知らんけど、人を勝手に面倒事に巻き込んどいて、当然みたいな顔せんでくれん?」

「わ、私だって好きで巻き込んでるわけじゃ……!」

「好きでこうなっとるわけやないんやったら、何してもええん?」

「うっ……」

 ――む、なんだか俺が離れてる間にギスギスした空気になっちまってるみたいだ。

 なんか救芽井が困ってる顔になってるし……そろそろ俺がでしゃばらないと、収拾がつかなくなりそうだな。


「龍太とあんたに何があったかなんて知らんけどな。着鎧甲冑なんて、この町には何の関係もないんや! 早う帰ってくれん!?」


 ――ッ!

 おいおい、それはちょっと言い過ぎなんじゃないか!?

 つーか、さっきまでの間に何があったんだよ!? 喫茶店にいた時は、なんだかんだで仲良くやってたはずなのに!

 ああもう、こうなったら俺がやめさせるしか……!


「この際やから言うとくけどな、アタシは龍太が好きや! 大好きなんや!」


 ――はひ?


 ……な、なんだってー!?


 ちょ、お待ち! いくら俺が哀れだからって、それは身体を張りすぎてやしないかい!?

「な、な、な、なに言って……!」

「龍太は、転校してばっかで右も左もわからんかったアタシを励ましてくれた。それに、なにかあっても『弱いくせして』守ろうとするんや。アイツは、ちょっと情が移ったら何も考えずに無茶苦茶するような――そんな、頭の悪い奴なんやで!」

 ぐはッ! ちょっと褒められてんのかと思えば「弱いくせして」って……! そ、そんなとこ強調してんじゃねー!

「アタシは、そんなアイツを守りたい……! 危ない目なんて、遇わせたくないんや! あんたらは、そんなアイツを巻き込んで許されるほど偉いんか!?」


 ……矢村。あいつ、あんなこと言ってまで、俺を……?

 いやまぁ、哀れんでのことじゃないとしても、「友達として」の好意だってことくらいわかってますよ? 男の勘違いは見苦しいからねー……あははー……。


「――わ、私だって……出来ることなら! こんな、こんなお父様達の想いを踏みにじるような戦いなんてっ……!」

「だったら、あんたらだけでやったらええやん。龍太が巻き込まれてええ理由なんかない! あんたは龍太のなんなんや!? 御主人様にでもなったんか!?」

「そ、それはっ……!」

 なんかもう、完全に矢村がいじめっ子と化してるな……これじゃいくらなんでも、救芽井がかわいそうだ。それに、矢村もちょっと言い過ぎだし。

 こうなっちまった以上は手伝うしかないんだから、しょうがないってのによ……。


「どうやら、君のことで言い争いになってることは間違いないようだね。君はどうするんだい? これからも僕に抗うつもり?」

 一緒に隠れながら、古我知さんが囁くように問い掛けて来る。残念だが、俺はノンケだ。

「たりめーだろ。あんたみたいなおっかない奴、放っておけるか」

 ジロリと睨みつけ、俺はススッと彼から離れるように身を引いた。


「そうか……じゃあ、例の廃工場でじっくり待つとしようか。樋稟ちゃんにもよろしくね」

「へっ、そうかよ――って、なにッ!?」


 そこで俺は思わず、張り付いていた壁からはみ出そうになってしまう。

 ――コイツ、なんで俺達が廃工場に行こうとしてるのを知ってるんだ!?

「……まさか、兄貴にわざと吹き込んだってのか?」

「その通り。こないだの、公園でのド派手な戦闘の痕跡が残ったせいで、ここ最近は警察の動きが面倒なことになっててね。早急に決着を付けなきゃってことになったんだ。――お互いのためにね」

 そういうことかよ……! マズいな。警察に悟られたらヤバいのは同じなんだから、早く救芽井に知らせないと!


「……ごめんなさい」

「悪く思っても……ええよ。恨んでくれてもええ。これも全部、龍太のためなんやから」


 ――え?


 心の声でそう呟くより先に、救芽井はひどく悲しげな表情で、席を立っていた。

 彼女はそのまま矢村に背を向け、その場を去ろうとする。


「ちよ、待った救芽井!」


 頭で考えるより先に、俺は彼女に声を掛けていた。このまま行かせちゃいけない――と、直感が訴えていたから。

「変態――君? もしかして、さっきの話、聞いてた?」

「あ、いや、そのっ……!」

「……ごめんね。今まで迷惑掛けて。私、自分のことで必死過ぎて、どれだけあなたにとって疫病神だったか、気づけなかった……」

「……!?」


 なんだこの娘。ホントに、あの救芽井樋稟なのか? 強盗の時とは比べものにならないくらい、ひどくしょげてる……。

「矢村さんの、おかげかな? 矢村さんが言ってくれなかったら、きっと私、守るべき人を不幸にしてたんだと思う。ホント、馬鹿だよね? 私。何の関係もない人を、自分の都合で引きずり込んで……」

「あの、ちょっ……そんなこと別に俺は――!」

「いいの! ――もう、訓練なんてしなくていいから。受験勉強、頑張ってね?」

「お、おい!」


「警察が僕らに感づくのは時間の問題だ。今夜、全てを終わらせる――というのはどうだい? 僕は『解放の先導者』のプラントで、君を待とう」

 俺がなんでもいいから声を掛けようとしたところで、古我知さんがズイッとしゃしゃり出て来た。ちょっ……あんた邪魔!

「――廃工場、ですね」

「ご名答。しかし詳しい場所はわからないだろう? 龍太君かあの女の子にでも案内してもらうかい?」

「いいえ。自力であなたを見つけ出し……勝って見せます」

 有無を言わさぬ強い口調で、救芽井は古我知さんに宣戦布告。おいおい、勝ち目のある戦いじゃないんだろー!?


「……私は、松霧町のスーパーヒロインです。負けたりなんか、しませんから」


 自分に言い聞かせるように呟いたのを最後に、彼女は無言でファミレスから出ていってしまった。それに続き、古我知さんも不敵に笑いながらこの場を立ち去っていく。二人共、お勘定は……?

 ――いやいや、今はそこじゃねぇ。どうすんだよ!? いつの間にかクビ宣告されちまったよ!?

 自分でもわかるくらい露骨に焦りながら、俺は矢村の方を見る。


 ――そこには、独りで町を歩く救芽井を、ガラス越しに見つめる彼女の姿があった。いつもの気丈な顔色はなりを潜め、そこには堪え難い後悔の感情が伺えた……。



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