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着鎧甲冑ヒルフェマン  作者: オリーブドラブ
第三話 デートという名のパトロール
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遂に俺もヒーローデビュー

 やっべぇな……マジでどうすんだこの状況……!

「近くで見るとガチでたまんねーな。特にこっちのショートボブの子。中三くらいか?」

「な、なあ、やめた方がいいんじゃねーか? アイツ、確か生身の人間には手を出すなって……」

「バカヤロウ、あんなひょろいシャバ僧の戯言なんて聞いてられっかよ。こんな上玉が転がってんだぜ?」

 下から上までなめ回すように、男は救芽井の容姿を観察する。中学生相手にその目は犯罪だぞオッサン……いや今の時点で十分犯罪だけど。しかし……「アイツ」って誰のことだ? 生身の人間……?


 一方、救芽井はそんな視線くらいなんてことないのか、無反応で涼しい顔をしている。肩が一瞬震えていた気がしたが、気のせいだろう。

 彼女は何度も「技術の解放を望む者達」とやり合ってきた猛者なんだから、これくらいはたいしたことないんだろうな。


 ……でも、オッサンが救芽井に目を付けたのは痛い。悪い考えかも知れないが、こいつの興味が矢村の方に行っていれば、救芽井のことだから隙を見つけて対処していたかも知れない。

「あぁん? ガキィ、なんだそのツラは。クリスマスプレゼントに鉛玉が欲しいのか?」

 どうやら、俺は無意識のうちにオッサンにガン付けてたらしい。野郎に用はないといわんばかりに、ピストルを向けて来る。

 ……や、やべー! 俺まだ十五歳なんですけど!? 死ぬにはちょいと早過ぎると思うんですけど!

 救芽井さーん! なんとかしていただけません!? あんた二人まとめて面倒見るって言ったじゃ――


「ご、ごめんね? 時計借りちゃってて。あと、お腹痛いって言ってたよね? 早くトイレに行ってくれば?」


 ――うぃ?


 いや、ちょっと待て。なんだそりゃ?

 助けを求めに彼女の方を見た途端、意味のわからないことを言われつつ、「腕輪型着鎧装置」を渡されたんだけど。……え? なに? 俺にどうしろと?

「あぁ? なんだてめぇ、トイレか?」

 救芽井の突拍子もない発言を鵜呑みにして、オッサンがジロリと睨んで来る。俺は状況が飲み込めずに目を泳がせるしかなかったが――


「早くしないと、漏らしちゃうわよ」

 急かすように言う彼女の真剣な顔を見たら、何となくだが――彼女の意図が読めたような気がした。


「いやー……たはは、実はさっきから漏らしそうなんスよ。すいませんけど、トイレ行かしてもらっていいスか?」

「あァ?」

「い、いやホラ! ここで漏らして悪臭を撒き散らすのもオッサ――お兄さん方に迷惑じゃないかなって……!」

 少なくとも女の子の前でするような話じゃないが、今はそれどころじゃない。救芽井の振った話題に合わせようと、俺も必死だ。

 端から見れば、ぎこちなさが完全に露呈していて怪しさ全開だった俺達の掛け合いだが、当のオッサンはピストルを持った余裕からかどうせ嘘でもたいしたことないと判断したらしく――


「チッ、んじゃあさっさと行けや。文字通りのクソガキが」

 めんどくさそうに首でトイレを指し、自分は救芽井の隣にドカッと腰を降ろしてしまった。どうやら自分は早いところ救芽井に近づきたかったらしく、男の俺を排除するには都合のいい話だったのかも知れない。

「す、すんませーん……」

 俺は自分の時計……ということになってる「腕輪型着鎧装置」をそそくさと回収し、トイレに向かう。もちろん他の強盗仲間に見張られながらのことだが、特に警戒されてる様子はなかった。ただの中坊にしか見えないんだから当たり前か……。


 そんなオッサンの心遣い(?)と救芽井のアドリブのおかげで、なんとか俺はトイレにまでたどり着くことができた。

 わけなんだが……。

「……で、どうすりゃいいんだよもー……」

 と、頭を抱えるしかなかった。


 俺の勝手な憶測に過ぎないが――救芽井としては、俺に「救済の先駆者」に着鎧して連中を撃退して欲しいところなんだろう。そのためにトイレに行くように仕向けていたとするなら、説明がつく。

 ……が、この場でゆったりと着鎧してトイレから出て来ようものなら、噂のスーパーヒロイン――いやヒーローか――は、俺ということにされちゃうんじゃないか?

 確かに救芽井の素性が露呈される事態は避けられるが、俺が社会的に危うくなるぞ! あの娘、その辺のことちゃんと考えてんのか?

 ……実は向こうもテンパっててそこまで気が回らなかったってオチか? そういえばさっきのアドリブも焦り気味だった気がするし。

 ちょっともー! 頼むからこんな強盗のことなんかでテンパらないでくれよー! 商店街の平和と引き換えに、俺の社会的生命が危機に晒されてんですけど!?

 松霧町のスーパーヒロインなら、こんなことちょちょいのパーだろうに……ん?


「おっ、やっぱいい身体してんじゃん。歳いくつ? 胸は何センチあんだよ?」


 トイレのドアの向こうから、あのオッサンの声が聞こえて来る。公共の場で堂々とセクハラかよ……モノホンの犯罪者は違うなぁ。

 って、そうじゃねー! 今の救芽井達どんなことになってんだ!?

 ドアの上部に小さな窓があったんで、便座に登って様子を見てみることに。


 ――!?


「そんな怖がらないでいーじゃん。お嬢ちゃんくらいの歳なら、もう男とヤった経験くらいあんだろ? 今時のガキは進んでっからなァ」

 どうしたことか、あの凜とした眼差しがカッコよかった救芽井樋稟は――震え上がっていた。


 微かに涙目になりつつ、肩を抱き寄せているオッサンから必死に顔を逸らしている。とてもじゃないが、「技術の解放を望む者達」に敢然と立ち向かうスーパーヒロインと同一人物とは思えない姿だった。

 なんだよオイ……どうしたんだ? いつもの調子で怒鳴ったり反撃したりするもんだと思ってたのに。さすがに丸腰でピストルはキツかったってことか?

 彼女は普段からは想像も付かない程しおらしくなってしまい、腰に手を回されてもほとんど抵抗できずにいた。震え上がってピクリとも動けない矢村と、大して変わらない状態じゃないか?

「へへ、よく顔見せろよ」

 ついには顎を掴まれ、無理矢理に顔を合わせられてしまう。目に涙を浮かべつつ、それでいて反抗的な意思を感じさせる、険しい顔つきになっていた――が、それでもオッサンを威嚇するにはあまりにも弱々しい。

「ガキのくせして、ホンッとマブ顔してんなァ。いや、マジでたまんねー……後で一発ヤろうぜ。どうせさっきのしょっぱいクソガキ相手じゃつまんねーだろ?」

 しょっぱいクソガキって俺のことかい! いや、しょっぱいってのはわかるけどよ……つーか救芽井さん、マジで無抵抗じゃないすか!? どうしてあんたともあろう人が……。


「怖がんなくたっていーだろーが。極上の悦びってヤツを教えてやろうってんだぜ? どんな女もベッドに連れ込みゃ同じさ。中身はたいていフツーなんだから」


 ――フツー? 救芽井が、フツー?


 おいおいオッサン、彼女がフツーだなんて笑わせてくれるじゃ――いや、笑えねぇ。


 ……よくよく考えてみたら、全然笑えねぇな。笑えるとしたら、俺のバカさ加減か?

 まさかあのオッサンに教えられるとは、ちょっと意外だったな。んで、そんな自分には段々とムカッ腹が立ってきたわ。


 ――救芽井樋稟は、普通の女の子。いつからだ? そんなことを忘れていたのは。


 商店街でぬいぐるみを見てはしゃいでいた時。矢村と二人で喫茶店のことで盛り上がっていた時。

 あの娘は、「普通の女の子」だったじゃないか。少なくとも、俺が期待していたような「スーパーヒロイン」の顔じゃなかった。

 俺は、昨日助けてくれた事実や彼女の実力に依存して、その強さに全部を丸投げしてたんじゃないか? いや、そうだろ。事実、今の今まで、俺は「救芽井がなんとかしてくれる」とどこかで期待してる節があった。

 そう、勝手に期待して押し付けてたんだ。力があるだけの、普通の女の子に。


 彼女だって、普通の女の子なら……色欲の目で迫って来る男が怖くないはずがない。ましてや相手はピストルを持ってるし、頼みの綱と言うべき「腕輪型着鎧装置」は俺の手にある。

 彼女が着鎧すれば強盗なんてイチコロかも知れないが、その後に彼女がどうなるかなんてわかったもんじゃない。最悪、警察に知れてこれまでの苦労が水の泡になる可能性もあった。

 家族一同で人々のためにと作り出した着鎧甲冑を、こんなことでお釈迦にしたくはなかったんだろう。それに、「人命救助」のために用意された力で、強盗とは言え人間をボコることも出来れば避けたかったんだはずだ。

 それを考えると、着鎧する立場を一般ピープルの俺に託したのは、この上ない采配だったのかも知れない。俺の感性なら何の気無しに着鎧甲冑で戦えるし、「神出鬼没のスーパーヒロインかと思ったら、正体は地元の人間でしたー!」ということになれば、最悪噂が拡散しても「松霧町のご当地ヒーロー」という程度の話題で収まることも、まぁ有り得なくはない。


 そういう諸々のメリットやデメリットを踏まえた上で、彼女は俺に托そうとしてた……のかもな。それに、確かゴロマルさんが言ってたっけ。


 『――樋稟は息子夫婦の夢のために、正義の味方となってこの町を守っておるが……あの娘自身としては、本当はそんな王子様のような存在に救われる、『お姫様』になりたかったのじゃよ』


 ――お姫様に、王子様ねぇ。あの時はいろいろとてんてこ舞いで、考える暇なんてなかったから気づかなかったけど……かわいいとこ、あるじゃないか。

 そんなヒロイックな活躍を彼女が期待しているのかは別として、俺は任されたことをこなす義務があるんだろう。多分。

 こうなったからには、俺がやらなきゃダメなんだ。救芽井樋稟じゃなく、この一煉寺龍太が。


 意を決して、俺は「腕輪型着鎧装置」を右手首に巻き付ける。その瞬間――


「なんなら今ここで、俺の味を教えてやろうかァ?」


 オッサンの掌が、救芽井の豊満な胸に伸び――その膨らみをわしづかみにした。さらに、桜色の薄い唇を奪おうと、彼女の顔に迫っていく。

 そして、俺の目に映ったのは――溢れるように零れ出て、頬を伝う彼女の「悲しみ」だった。



「――着鎧甲冑ッ!」



 その時だろう。俺の何かがプッチンプリンしちゃったのは。

 炎でも吐きそうなくらいに叫び出した俺の感情が、「救済の先駆者」のパワーを通してトイレのドアを吹き飛ばす。

 その衝撃でドア以外の部分も破壊されたらしく、辺り一帯に土埃が舞う。

「な、なんだ!? ごッ……!」

 突然の衝撃音に狼狽する強盗の一人を、腹いせで殴り倒し――そいつを引きずりながら、俺は土埃の外へと顔を出す。「俺じゃない顔」の俺を。


「な、な、なんだテメェェッ!」


 例のオッサンは救芽井から手を離し、両手でピストルを向けながら叫び散らす。

 ――今すぐ殴り倒してやりたいのは山々だが、あんたには大切なことを教わった借りがある。それに免じて……「名乗り」ぐらいはサービスしてやろう。

 王子様……いや、「ヒーロー」の醍醐味だしな?



「正義の味方、『着鎧甲冑ヒルフェマン』参上――ってなァ」




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