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着鎧甲冑ヒルフェマン  作者: オリーブドラブ
第二話 四国から来た方言少女
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勉強会が不毛に終わってた件について

 俺んとこの家は、兄貴と二人暮らし。親父とお袋は県外に転勤してる。

 月一で仕送りが来るんだけど、お金のやりくりは基本的に兄貴がやってるんだ。数学の最高点数十二点の俺が、お金の管理なんてやろうとしたら恐ろしいことになるだろうからな。


「ふぁ〜、ただいまー……つっても、誰もいないかー」

「お、おじゃ、お邪魔します!」

 昨日のドタバタのせいか若干眠気が残っているらしく、俺はあくびをしながらのんびりと帰宅。その後を、矢村がやけに緊張した様子でついてきた。

 あ、そういえば矢村を家に入れるのって初めてなんだっけ。彼女は玄関から廊下へ進み、居間に繋がる道と二階へ通じる階段を交互に見遣っていた。割と普通な一軒家のはずだが、彼女にとっては物珍しい……のだろうか?

「いいよ、固くなんなくて。今は兄貴、いないみたいだし」

「う、ううん! 人様の家なんやし、粗相のないようにせないかんけん!」

 いや、だから俺しかいないんだって。この妙に頑固なところが、彼女の唯一の欠点――かな?


「……って、え? じゃあ今、家におるんは――アタシと龍太だけ?」

「そだな。まぁ、この方が静かで勉強する分にはいいだろ?」

 もしかしたら、賑やかな方が良かったんだろうか? ふと気になったんで、ちょっと顔色を伺って――

「せやな! そらそうやわ! 二人っきり! の方が、集中できるやろうしっ!」

 おうっ!? やけに上機嫌じゃないか。なんか「二人っきり」ってのをやけに強調してるけど……ま、本人がいいって言うんだから、いいかな。

 俺は二階にある自室を指さし、そこへ向かうように彼女を誘導する。その背を追うように、俺も階段を上がっていった。


 ……玄関近くの壁に貼られた、「破邪の拳」と達筆で書かれている一枚の和紙。見慣れているつもりが、今でも度々違和感を覚えている「ソレ」を何となく見つめながら。


「こ、ここが龍太の、部屋なんかぁ〜!」

 矢村は俺の部屋に入ると、まるで遊園地に来た子供のようにウキウキとしていた。そりゃまあ、初めて来る場所だろうけど……そんなに嬉しいのか?

「別に大したもんじゃないだろ? 殺風景だし」

「ううん、そんなことないって!」

 特に何かのファンというわけでもないから、ポスターみたいな飾り物もない。漫画やラノベ、ゲームがちらほらあるくらいの狭っ苦しい部屋だ。女の子が喜びそうなものなんてないはずだけど……。


「……って、なにしてんの?」

 しばらく目を離していると、今度はなにやらベッドの下に潜り込み始めていた。そんなところには何もないぞ?

「えっ? あっ、いや! 龍太はどんなんが好きなんかなぁ〜ってな!」

「は?」

「な、なんでもないっ!」

 訝しげに見る俺の視線に耐え兼ねたのか、彼女は顔を赤くしてプイッとそっぽを向いてしまった。まさか、エロ本でも探してたってのか? おいおい、俺はパソコンで画像落として済ます派だぜ?


「とにかく、さっさと始めようぜ。まずは現国から頼むわ」

 これ以上詮索されては、俺の性的嗜好が暴露されかねん……というわけで、俺は早急に勉強会の開始を進言する。おぉ、自分から「勉強したい」とか言い出すなんて、俺も成長したなぁ……。去年まで、テスト期間中でも何食わぬ顔でゲーセンに繰り出してた頃が懐かしいわい。

「そ、そやな。始めよか……」

 矢村はやや名残惜しげに辺りを見渡すと、そそくさと可愛らしいバッグから教科書やらノートやらを出して来る。方言や八重歯、そして快活な性格からか「男っぽい(ボーイッシュ)」と言われがちな彼女だが、持ち物は結構ファンシーなものが多い。

 最初の頃はそういったものまで、男物のような無骨なものを持ち歩いていたらしいのだが……どういうわけか、今はピンク色が眩しい「少女趣味全・開!」なグッズを多数所持している。どうしてこうなった。


 さて、そんな彼女に勉強を見てもらうようになって小一時間。

「漢字問題ぐらい解けなあかんやろ〜! 文章題は難しいの多いんやけん、ここで点数取っとかな!」

「いや、なんか『これぐらい楽勝!』って思って書いてたら『間違いでした』っていうのがほとんどなんだよな」

「そーゆーのを、油断大敵って言うんやで! ほら、これはなんて読むん?」

「えーと、『ちぶさ』!」

「ち・ち・ぶ! やらしい覚え方しようとすらからや!」

 ……絶賛大苦戦中でございます。

「ああんもう、次! 熟語の問題や! 『強いものが弱いものを喰らう』っていう意味の短文やで!」

「よーし、かかってこい!」

「問題文は、『所詮この世は(□□□□)』!さぁ、これはなんや?」

「『所詮今夜も焼肉定食』!」

「『所詮この世は弱肉強食』やろッ! どんだけ腹減っとんねんッ!?」

「いや、よく考えたら昼飯まだだったな〜ってさ」

「しかも空欄以外のところも違っとるしッ! 腹減りすぎて頭回ってないんやないん!?」

 うーむ、思った以上に手厳しい。俺がバカなだけなんだろうか? 向こうは俺以上に頭抱えてるし……。


 その後は小説の文章問題にも挑んだが、やはり難航した。

「さぁ、この後太郎はどう考えたん?」

「次郎をぶっ飛ばしてやろうと思った」

「なんでや!? 捨て犬を雨の中から拾ってきた弟にすることか!?」

「だってこの兄弟、マンション暮らしなんだろ? 普通、集団住宅でペットは無理だって。よって飼っちゃダメ。元のところへ捨てて来なさい!」

「この物語のオトンみたいなこと言うなぁぁぁぁッ!」

 いや……だってそうでしょ? 「捨て犬が可哀相」って人情だけでご近所さんやお隣りさんは納得させられないだろう?

 現に救芽井家がそうだしなぁ……。あそこはむしろ、人を自分達の都合で振り回してる状態だし。どうせ俺だけだからいいけど。

 この文章題では、太郎は次郎と一緒に反対派の父親を説得しようとしてるけど……俺にここまでの気概はないなぁ。途中で諦めて返しちゃいそうだ。


 結局、昼間の時間を全部使っての「現国集中特訓」になってしまった。頭の中の予定じゃあ、もっと数学とか英語とかにも時間を割きたかったんだけど。

 日が沈みだし、辺りが暗くなろうとしている時間になってることに気がついたのは、ついさっきのことだった。

「もうこんな時間か……そろそろ切り上げるか?」

「そやな……まるで成長しとらんけど、今日のところはこれまでやな」

 ぐふっ、マジかよ。これでも長時間脳みそフル回転で頑張ったつもりだったんだけどなぁ。

「できれば、英語の勉強とかもしたかったんだけどなぁ」

「……龍太、月曜日は英語で何て言うん?」

「え? んーと、『モンダイ』」

「『マンデー』や。……ホント、『モンダイ』外やな、あんた」

 ムッ、そんなひどいこと言わなくなっていいじゃないか! なんだよ、その冷ややかな目はっ!


「なぁ、龍太。もしよかったらやけど……」

「ん?」

 勉強道具を纏めて、帰る準備している矢村が不意に話し掛けてきた。心なしか、声が震えてるような……気がする。

「家まで、送ってもらっても、ええかな? 勉強頑張ってくれたし、息抜きに、ちょっと寄り道しながら……とか」

 少しモジモジしつつ、今にも消え入りそうな声色で、そう提案してきた。まぁ、今日一日付き合わせちまったんだし、そのくらいお安い御用だよな。

「ああ、いいぜ。一緒に行こう!」

「い、一緒に……!? う、うんっ! ありがとうっ!」

 感極まった顔で、彼女は深く頷いた。うーむ、そんなに喜ばしいことなのかな?


 ――そうか、そんなに俺が「変態」呼ばわりされてることを哀れんで……!


「グスン、いいってことよ……さあ、行こうぜ」

 矢村の慈愛に、俺は再び涙した。暖かい、なんて暖かい娘なんだ! それに引き換え、俺の惨めさときたら……ううっ。

「ど、どしたん? 大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だ……心配してくれて、ありがとう……!」

 せめてもの恩返しとして、自分が元気を貰っていることをアピールしようと、俺は爽やかにスマイルを見せる。すると、彼女はボンッと顔を赤くして俯いてしまった。あれ、なんかマズかったかな?


 何が恥ずかしいのか、赤面したまま喋らなくなってしまった彼女の手を引き、俺は玄関の前まで来た。さぁ、彼女を送ったらまた勉強だな……。

 いや、もしかしたら今日勉強に集中した分、救芽井にめちゃくちゃしごかれるかも……!?


 そんな不安要素を抱えつつ、ドアを開けた俺の前に立っていたのは――



「お? なんだ龍太、彼女連れて夜のデートか?」

「弟さんですか? 初めまして、古我知剣一です」



 就活帰りの兄と――あの、古我知さんだった。





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