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事の始まり

挿絵(By みてみん)

 本作のメインヒロインである救芽井樋稟(きゅうめいひりん)を、たなか えーじ先生に有償依頼で描いて頂きました! えちえちでカッコいい感じに描いて頂き、誠にありがとうございました!(*´ω`*)

 緑色の鉄拳が、人間を貫く。

 背中から飛び出す握りこぶしが、その身体に大きな風穴を作り上げた。


 ――いや、それは人間ではない。人間に近しい存在として造られていながら、人とは掛け離れた歪なからくり。

 この、世に云う「ロボット」と呼ばれる物体こそが、「彼女」の拳に貫かれた正体だったのである。


「くッ……!」

 そのからくりの身体を打ち抜いた本人は、悔しげに唇を噛み締め、拳を引き抜いた。刹那、機械の身体が砕け散り、その部品が火花と共に宙を舞う。


 声色を聞けば、このロボットを砕いた人間が、十五歳程度の少女であることくらいは誰にでもわかることだろう。だが、その彼女が今、どのような顔をしているのかは本人にしかわからない。

 身体に隈なく張り付いた緑色のスーツに全身を包み、同色の仮面で顔を覆い隠している以上は。


「ハァッ、ハァッ……! こ、これで十三体目……まだ居るの……!?」

 仮面越しに少女が見ている世界は、薄暗く閉鎖的な一室であり、彼女の足元には同じようなロボットの残骸が幾つも転がっていた。


 ここは彼女とその家族が暮らす、人里から離れた小さな研究所。

 そこでささやかに、それでいて幸せに彼女達は暮らしていたはずだったのだ。このロボット達が、研究所を襲う瞬間までは。


「お、お父様ぁああーッ! お母様ぁああーッ! 返事して! 居るなら返事してよぉぉッ!」

 少女は家族の身を案じ、叫ぶ。しかし、狭い研究所の中で帰ってくるのは、自分の声だけ。その現実に肩を落としつつも、彼女は諦めまいと周辺を走る。


 厳しくも優しい両親。子供のように小柄だが、穏やかに自分を支えてくれる祖父。自分に良くしてくれた、父の助手達。

 ――そして数ヶ月前に姿を消した、父の一番弟子であり、兄のように慕い続けてきた一人の青年。


 少女が家族と、家族のように想う人々の姿が、浮かんでは消えて行く。みんな無事でいて欲しい、その一心だけを胸に、彼女は戦場と化した「自宅」を駆け抜けた。


 そして、今朝まで家族で団欒を囲んでいたはずのリビングにたどり着き――変わり果てた世界に、少女は戦慄を覚えた。

 割れたテーブルやテレビの傍に、何人もの人々が倒れている。全員、顔見知りの助手達なのだ。

「お、お嬢様……よ、よくぞ、ご無事で……!」

「みんなッ……! そんな、こんなの、こんなのって……ッ!」

「落ち着いて下さい、お嬢様……私達は、誰ひとり死んではおりません。あのロボット軍団、私達を殺すつもりはないようですが……」

 死者はいない。それが不幸中の幸いに感じられたのか、少女は思わず胸を撫で下ろしていた。だが、死人が出ていなければいいわけではない。

 まだ、見つかっていない人がいるのだから。


「うぅ……樋稟(ひりん)、どこじゃ……?」

「お、おじいちゃんッ!? わ、私はここよッ! 今助けるからねッ!」

 テーブルの下敷きにされていた祖父も助け出し、残るは両親だけ。唐突に姿を消した、兄同然の青年を案じつつも、少女は祖父を静かに寝かせ、立ち上がる。


 その時だった。


「樋稟ちゃん、さすがだね。僕のおもちゃをこうも弄ぶなんて、さ」


 艶の乗った美声が、少女の耳に届いたのは。


剣一(けんいち)……さん、なの? これは、どういう……!?」


 狼狽する彼女の視界に映る光景は、この戦いの実態を物語っているようだった。

 少女が纏うスーツとは似て非なる、黒鉄の鎧で身を固めた一人の青年。その両腕には、彼女の最愛の両親が抱かれていたのである。


「君のお父様に破門にされてから、ずっと考えてたんだ。着鎧甲冑(ちゃくがいかっちゅう)を廃らせないためには、僕は何をするべきなのか」

「剣一ッ! お主、本気なのかッ!」

「本気でなければ、ここまでする道理などありませんよ。稟吾郎丸(りんごろうまる)さん」

 祖父の怒号にも全く同じず、青年は涼しげな眼差しを仮面越しに少女へ送る。


「は、破門? そんな話聞いてないし……嘘よ……嘘よね、そんなの。剣一さん、違うんですよね? 何かの間違いなんですよね? だって、私達ずっと、兄妹みたいに……」

 一方、彼女は未だに状況の理解を拒もうとしていた。自分が案じ続けていた、兄のような青年。その彼が、自分の両親を連れ去ろうとしている。

 敵を打ち倒せる力はあっても、その現実に堪えられる強さを持てる程、この時の彼女はまだ大人ではなかったのだ。


「樋稟ちゃん。世の中にはね、正しいことのために間違ったことをしなくちゃならない、そんな矛盾だらけなことだってあるんだよ」

「わかりません……わかりません! 何を言ってるんですか剣一さん! それに、その姿は何なんですか!? 早くお父様とお母様を放してッ!」

「……なら、君の手で取り返して見せるんだ。それが出来なければ、君達は何も救うことは出来ないんだよ」


 少女の縋るような叫びも、仮面に隠れた涙も、青年の心を揺るがすには至らない。

 彼は捨て台詞のような一言を最後に踵を返すと、そのまま壁を蹴り砕き――外の世界へと飛び出してしまった。


「……何よ、何なのよそれッ! 嘘でしょッ!? 剣一さんッ! 剣一さぁぁぁんッ!」


 その影を追うように、少女は青年の後を追おうとする。が、彼を追って祖父達を残すわけにも行かず、結局は彼が開けた穴に向かって泣き叫ぶことしか出来なかった。


「『着鎧甲冑を廃らせないため』、か……。剣一の奴め、愚かなことを……!」


 そんな彼女の遥か後方で、自らの祖父が歯を食いしばっていることにも気づかないまま。


 ――それから半年後。

 少女とその祖父は、やがて青年を追う決意を固めると、住み慣れた故郷――アメリカを離れ、日本へと向かう。


「おじいちゃん……行くよ。お父様達と――剣一さんが、待ってる」

「……そうじゃな。あ奴も、それを望んでおろう」


 彼の思惑を止め、両親を救い出すために。


 そして、二〇二七年十二月。

 少女達は、日本のとある町にたどり着いたのだった。



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