第五十六話 制裁
長瀬の消息がわかったと言って田辺が電話をしてきたのは、瑠花を捜す手掛かりがなくなり、鬱々として仕事に追われる毎日に慣れてきたころだった。
母親の死後、長瀬は娘と海外で暮らしていたらしい。五年前に帰国して亜紀と再会し、どうにか元の鞘に収まったと聞いて亮二は安心した。
「嫁さんは男と家をでたんじゃなくて、記憶喪失になってたんだってさ。嘘っぽいよな」
田辺は井戸端会議でおばさんたちが噂話をするように、抑揚をつけて話した。
「長瀬はそれを信じたのか?」
「知らない男からかかってきた電話を受けたあとに、嫁さんが血相を変えて家をでたというだけで、長瀬のお袋さんが駆け落ちだと大騒ぎしていたらしい。嫁さんが帰ってくれば真実なんてどうだっていいんだよ。心底、惚れちまうってことはそういうもんだ」
「それで、いまはどこにいるんだ?」
「長瀬か?」
「ああ。嫁さんと一緒にいるんだろ?」
「それが可哀想に、神戸にいるらしいんだけどさ、せっかく逢えたっていうのに嫁さんは一週間前に亡くなったそうだ。今年の春ごろに原因不明の病気で倒れて、昏睡状態が続いていたらしいんだ。亡くなる少し前に意識がもどったらしい。それもまた残酷だけどな」
亜紀が死んだ?
亮二は耳を疑った。亜紀が亮二の元から去って十日も経ってない。
優希の突然の失踪は連日メディアを騒がしている。ドラマはすべて取り終えていたので問題なく放送されて、明日あたりが最終回のはずだ。テレビをつけても雑誌を見ても、そこら中に亜紀がいる。どこを見ても亜紀のクシャクシャな笑顔でいっぱいだというのに、彼女は死んでもうこの世にいない……?
目をつむれば、亜紀のコロコロと変わる表情が幾通りも頭に浮かんだ。
「これで、迷わず自分の人生を始められる」と、彼女が笑って飛び立ったのはつい最近のことで、亜紀はどこかで幸せに暮らしていると信じていた。
無理を言ってでもひきとめれば良かった。亮二を追って来なければ、亜紀は死ぬことはなかったのに。亮二は何をどう悔やんでよいのやら、わからなかった。
いったいどこで間違えてしまったのだろう?
だが、少しして亮二はあのときのことを思い起こし、誰にも亜紀を止めることができなかったに違いないと思い直した。
あのとき自分は精一杯、亜紀と向かい合ったのだ。
亜紀、君は後悔してないかい?
壁にはってある、優希のポスターに向かって亮二は訊ねた。
その日は一日仕事にならず、亮二は川崎になんども同じことを説明させた。
こんなときは瑠花にそばにいて欲しかった。しかし、瑠花の行方もまだわからない。
田辺は、亜紀が長瀬の元に帰って家族三人で仲良く暮らしていたと言っていた。
最後に亜紀は、短い時間だったけれども自分の居場所で過ごせたのだ。それが唯一の救いだった。