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第四十九話 最後のトリップ

 タイムトリップを終えた亮二はソファーに横たわっていた。

 体調は最悪だった。親知らずを抜いてから飲んでいた抗生物質、ペニシリンのアレルギーで死にかけたのだ。喘息の発作は少し治まったけれども息苦しいのはよくならない。薬は最初に飲んでアレルギーがでなくても、服用を続けていると急にアレルギー反応を起こすことがあるというのは本当のようだ。


 優希は本当に長瀬の子なのだろうか?

 突如として浮かんだ疑惑に呆然とし、それを確かめようと亮二は過去に飛んだのだ。

 もう、二度と亜紀に逢うことはないと思うと涙が溢れた。



――優希が部屋を出て行くと、亮二は特効薬を手に取った。


 親知らずで身体が弱っている。ましてや抗生物質や痛み止めを多量に飲んだ状態で、 タイムトラベルをするのは危険だとわかっていたけれども、亮二はいても立ってもいられなかった。 


 亮二の想いが潜在意識と繋がったのか、薬を飲むと亜紀を抱いたあの夜からニヶ月後に行くことができた。深夜だったが亮二は迷わず亜紀の部屋をノックした。

 亜紀は雅也が連絡しなかったことには触れずに部屋にいれてくれたけれど、少しも笑顔は見せない。小さめのソファーにふたりで腰掛けてコーヒーを飲んだ。

 

 部屋の中は静寂に包まれて、とても唐突に子供のことを訊ねる雰囲気ではない。

 亮二は重苦しい空気を感じながら話を切りだした。


「あの神社の事故はね、子供が君を驚ろかそうとして起きたんだ。彼がやったんじゃない。それを告げてやってくれ」

「そんなこと、知ってるわ」少し間をあけて亜紀が答えた。「亮が私を突き落とすはずがないじゃない。私はなんども亮に言ったのよ。例え、本当に記憶がなくても、私は決して亮を疑わないわ」

 平然と答えた亜紀の言葉に、亮二のカップを持つ手が震えた。

「知っていて、なぜ、子供のことを言わなかった?」

「言ってどうするの? あの子を責めるの?」

 亮二の苦悩を亜紀は知らなかった。いまになって、亀裂の深さを思い知らされる。


「それを言うためだけに、雅也さんは来たの?」

 亜紀に冷たい瞳を向けられて、亮二は言葉をつまらせた。

「すまない。君と一緒にいたいけど、俺は君とはいられない。彼は気にしているんだよ。自分が君を突き落としたかもしれないって。事故のことを教えてやれば、やり直すことができるかもしれないじゃないか」

「亮とのことはとっくに終わったことよ。あの晩、やけになって私があんなことをしたとでも思っているの? いま私たちが話すことは亮のことじゃないでしょ」

 亜紀にまっすぐ見つめられて、耐えきれなくなって視線を外した。


「ごめん」

「謝らないで」

「そうじゃない。俺だって、決して中途半端な気持ちじゃなかったんだ」

「言っていることがわからないわ」

「逢うのはこれで最後だ。信じられないだろうけど、俺は未来から来た。この時代にずっといることはできないんだよ。もう一度、彼とのことを考えてくれ」

「未来から来たなんて、子供だと思って馬鹿にしないでよ」亜紀は声を荒げた。「家族がいるなら、そう言えばいいじゃない」

「家族なんていない。本当なんだ。この薬を飲むと時空を移動する。でも、行く必要のある時代にしか飛べない。君に逢いたくても行き先をコントロールできないんだ」

 亮二は特効薬を亜紀に見せて、必死に説明した。

「もう、いいわ。それくらいにしとかないと、私も怒るわよ」

「嘘じゃないんだ」

「あなたは未来でも過去でも勝手に行って。子供が生まれたら勇気って名前をつけるわ。父親がいなくても、勇気を持って強く生きていけるようにってね。子供がお腹にいるの」

 大きな瞳で亮二を見つめて亜紀は一筋の涙を流した。

 亮二は眉を寄せ、目をとじる。優希が自分の子だと確信した。亜紀は嘘を言っていない。黙って抱きしめることしか亮二にはできなかった。


 突然、亮二は激しく咳き込み、息が苦しくなって胸がゼーゼーいいだした。喘息の発作はいつものアレルギーより強烈で、とっさにこの状態は普通じゃないと思った。

 心配して亜紀が背中を擦って亮二に水を飲ませたけれど発作はいっこうに治まらない。亮二は吐き気を催してトイレに駆け込んだ。鏡を見ると薬疹のような細かい湿疹が全身に現れて顔も浮腫んできた。血圧が下がっていくのがわかる。


 亮二はそのまま意識を失った。特効薬をテーブルに置き忘れたことなど、気づく余裕はなかった――


この話で第四章はおわりです。

引き続き、最終章も読んで頂けると嬉しいです。

お気に入りに入れて頂いた方、ありがとうございます。

励みになっています。

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