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第四十三話 彼が好き!

 瑠花はいつものように店をあけると、比較的ゆっくりできる午前中にディスプレーを変えようかと考えていた。


 亮二と逢わなくなっても瑠花の生活は変わらない。もともと、亮二から連絡がなければ逢わないのだ。ひと月以上も顔を見ないことも珍しくなかった。

 しかし、いまは違う。もう二度と連絡はこないのだ。それを思うと胸が苦しくなった。亮二のそばにいるだけで良かったのに、もう、それも叶わない。心にぽっかり穴があいてしまったかのように感じて無気力になった。瑠花は「ミューズ」に救われていた。働いているときは気が紛れる。店にいるときは敢えて自分を忙しくした。


 ディスプレーを変えていると来客を知らせる鈴の音が店内に響いた。瑠花が振り返って扉のほうへ視線を走らせると、すっかりあか抜けた優希が、大きめのサングラスをかけて店の入口に立っている。

 優希を見て瑠花の顔色が変わった。左手を握りしめてその手首を右手で押さえる。優希が最近よくテレビで見かける若い女優だと瑠花はすぐに気づいた。もちろん、亮二が手掛ける化粧品のCMに出ていることも知っている。


「いいお店ね。品があって控えめで」

 優希が独り言のように言ったので、瑠花は軽く頭を下げた。優希は時おり商品を手に取って眺めたりしながら、ぐるっと店を一周して瑠花のいるカウンターに近づいた。

「思っていた以上に素敵ね。お店もあなたも」優希は瑠花が氷の微笑を浮かべるのを見て話を続けた。「池下亮二さんに勧められて来たの。ご存知よね?」

「良くして頂いてます」

「私、亮二さんが好きなの。誰にも渡したくないと思っている。それだけ言いに来たの。あなたに手を引けって言っているんじゃないのよ。あの人の心を捉えた(ひと)を見たかっただけ。決めるのは彼だもの。あなたに降りて欲しいわけじゃないわ」

 優希は喧嘩腰でも牽制するような口振りでもなく、まるでそこに並んでいるネックレスが欲しい、とでも言うように、淡々とした口調で瑠花に告げた。


「勘違いされているようだけど、私たちはそういう関係じゃないの。それに、もう池下さんと逢うことはないから安心して」

 瑠花は切れ長の目を優希に向けて笑いかけた。

「隠さなくてもいいのよ」

「聞いてないの? 私は父親よりも年の離れた男の愛人なのよ。池下さんのようにお付き合いしているひとは何人もいるの」


 この女優が亮二が言っていた気になる女性だと、瑠花はすぐにわかった。この子になら亮二を救えるかもしれないと、優希をひとめ見て感じた。

 亮二が幸せならばそれで良い。もし、亮二が傷ついて、自分をまた必要とするのなら、そのとき抱きしめればいいのだ。それが罪を犯した自分の役目だと割り切っていた。


「あなたみたいな女性ってわからないわ。私には全く理解できない」

 優希が首をすくめた。

 自分もこの子のようであったら良かったのにと、瑠花は心の内で思う。優希のような女が、亮二には必要なのだ。


「本当に、亮二さんのことはいいの?」 

「最初の奥さんが家をでたときに、池下さんと街でばったりあって一緒に飲んだの。彼、ひどく酔っぱらってね。昔の彼女に未練たっぷりで、何年たってもその(ひと)が忘れられないと言うのよ。辛そうで見ていられなかったわ。私に彼は救えないの。あなたはその彼女とよく似ているようね。そう言われるのはいや?」

「別に。似ているって言われても、どうにもしようがないじゃない。過去を気にしても仕方ないわ。私はいまの彼が好きなの」

「そんな風に開き直れるなら大丈夫ね。その(ひと)と張り合おうとするとダメよ」

「あなたはそれでいいの?」

 池下さんが幸せなら、それでいい。瑠花は何も言わずに微笑んだ。

 心は自由だと、瑠花は思っていた。心のなかで密かに亮二を慕うことは罪にならない。


「私は瀬名優希。あなたのことが気に入ったわ。名前を教えてもらってもいい?」 

「坪山瑠花と言います。また、いらしてくださいね」

「ええ、こんど、ゆっくり」そう言って、優希は店をでた。


「坪山瑠花……」

 不思議そうな顔で優希はその名を呟いた。



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