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第四十話  甦る猜疑心

 アラームを止めようとして、亮二は目を閉じたままサイドテーブルに手をのばした。瞼が接着剤でくっついたかのように目をあけられない。夕べは田辺の話が気になって朝方まで寝付けなかったのだ。亮二はあかない目をそのままにして洗面所へ向かった。


 優希が亜紀の娘ではないかという漠然とした予感は当たっていたのかもしれない。顔に冷たい水を浴びせながら、亮二は優希を思い浮かべた。

 だから優希は亜紀の話を聞きたがったのだろうか? 

 歯を磨きながら、亜紀の話をしたときの優希の様子を思い返す。

 優希と飲んだとき、どうしてあんなに亜紀とのことを話してしまったのだろうと不思議に感じていた。亜紀と同じ顔をしている優希に亜紀に言えなかったことを告白すれば、許されると考えたのだろうか? 優希が亜紀の子供なら無意識にそうしたのかもしれない。想像が膨れ上がって、亮二はいつのまにか優希のことばかり考えていた。


 今日は、桜花堂チームが五反田の編集室できのう撮ったばかりの映像を編集していた。亮二が昼過ぎに編集室に顔をだすと、プランナーの篠田が誕生日にあげたハンカチを買った店を知りたがっていると、斎藤から聞かされた。同じものが欲しいそうだ。瑠花の店は一点ものが多い。亮二は在庫があるか確認しなければならなくなった。


 瑠花には都ホテルのことがあってから連絡をしていない。電話をするのは気が進まないけれど、仕事とあればしないわけにはいかない。店に電話をすればかなちゃんが出るかもしれないと思ったが、思惑がはずれて瑠花が電話にでた。しかもハンカチは在庫があった。今晩、瑠花がハンカチを届けてくれるという申し出を、亮二は断れなかった。


 編集は夜中までかかって、亮二が部屋に帰れたのは時計の針がてっぺんをとうに過ぎてからだった。仕事の疲れと瑠花へのいらだち、優希への想いがごちゃまぜになって、亮二の頭はいつになく混乱していた。

 瑠花の顔を見るなり怒りと悲しみが込み上げてきたけれど、亮二はまだ何か事情があったのではないかと、微かに希望を持っていた。でもどうやって、あの日のことを瑠花に確かめていいのかわからない。想いを言葉にできない分、どんどんいらだっていく。

「何かあったの?」

 ソファーに座っている亮二に近づいて、瑠花が訊ねた。

「昔の彼女にそっくりな女に逢って、気になってしかたがないんだ」

 亮二は本音とも試したとも思える言葉をぶつけたが、瑠花はいつものように顔色ひとつ変えない。それが亮二には堪える。

「どうやら、俺はいつも付き合う相手を昔の彼女と比べていたらしい。この気持ちだって別れた女への執着かもしれない」

「仕方ないわよ。人は多かれ少なかれそんなもんだわ。ひとめ惚れの殆どは昔好きだった人や憧れている人に似ているものよ。あなただけが特別じゃないわ。そこから本物の愛が生まれることだってあるわよ」

 瑠花はまるで弟の恋愛相談にのる姉のような口ぶりで言うと、ソファーの肘掛けに座り、亮二の頭に優しく手をまわして自分の方に引き寄せた。


 すると、その手を勢いよくはね除けて、亮二が大きな声をだした。

「どうして君はそうやっていつも冷静でいられるんだ! 俺は他の女が気になっていると言っているんだぞ」

 亮二が立ちあがって詰め寄ると、瑠花の顔が一瞬こわばった。しかし、彼女は何も答えない。

「都ホテルで男といる君を見かけたよ。俺のような男が他に何人いるんだ?」

 亮二は否定して欲しかった。だが、瑠花は黙ったままだ。

「答えられないのか? 俺だって人の生き方を否定できる立派な人間じゃない。でも敢えて言わせてもらえば、君が男を渡り歩いて、どんなに自由そうな顔をしていても、結局、君は鳥籠の中の鳥だ」

 言っていることが自分勝手なのはよくわかっていたけれど、亮二は瑠花を傷つけずにはいられない。瑠花は悲しそうな目をして、左手の手首を右手でしっかりと押さえた。

「俺が本気だとでも思った? 君みたいな女に本気になる男がいるわけないだろ。君は男にとって都合がいいだけだよ」

「わかってるわ」と一言だけ、瑠花が小さな声で答えた。


 亮二は冷静になろうと、瑠花に背をむけてソファーに座った。

「俺がこんなことを言えた義理じゃないのはわかっているよ。いつも、一方的に安らぎを求めて、君はいつでもそれに応えてくれる。でも……それだけだ」

 亮二は両手で頭を抱えて話すのをやめた。重たい空気が部屋を支配する。今まで通りの関係を続けて行くことはもう出来ない。亮二は目をつむった。


「帰ってくれ。もう、逢うのはやめにしよう」


 別れる、という言葉さえも使えない関係だったのが悲しかった。別れるも何も、自分は瑠花と付き合ってさえいないじゃないかと、亮二は自分を嘲笑った。

 瑠花から離れないとダメになる。誰かを想うのは辛いと、心の奥で何かが囁く。


「ごめんなさい。もう、来ないわ」

 瑠花は最後まで凛としていて、彼女の声が震えていたことに亮二は気がつかない。

 瑠花が出て行って扉が静かに閉まった。


 これでは亜紀のときと同じだ。亮二はテーブルの上にあった本を壁に投げつけた。

 あのときは確かめもしないで、家に来た亜紀の話も聞かずに追い返した。昔を思うと、亮二は瑠花とはもういられない。猜疑心に支配されて、同じことをくり返すのは二度とごめんだった。


この話で三章は終わりです。

四章は亜紀との過去に焦点が当てられていきます。

今後もおつきあい頂けるようにがんばります。

感想が書きにくい作品だと思いますが、ご意見、感想を頂けたら嬉しいです。

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