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第二十八話 運命のいたずら

 亮二は電話を切ると、さば味噌定食に箸をつけた。

 これでいいのだと思いながらも瑠花と川崎のことが気になっている。胸の奥に何かがつまった感じでもやもやした。


 過去に行くようになってから、亮二は自信を失いつつある。昔に飛ぶと、気にしてもいなかった自分の過去と向き合わされるのだ。

 真面目に女と付き合わないのは単にめんどうなのが嫌だからだと思っていたのに、本当は臆病なだけなのではないか? 箸を口に運びながら亮二は自問した。

 そもそもこんな風に瑠花から逃げていることが男らしくない。そんな自分を恥じて、瑠花と正面から向かい合おうかと思うけれど、そのたびに瑠花が自分を誘ったあの夜のことを思い出す。瑠花にとって遊び相手は誰でもいいのだ。


 定食を食べ終えても胸のつかえがとれなかったので、亮二は焼酎を五、六杯飲んだ。 瑠花たちも食事を終えただろうか? 酔いがまわってくるとふたりの行動がいっそう気になった。こんなに気にするのなら馬鹿なまねをしなければいいのにと、亮二は自嘲する。

 酔いが進むうちに瑠花に無性に逢いたくなった。これ以上独りで飲んでいるとくだを巻いてしまいそうで早々に店をでる。タクシーに乗るとなんとなく首がかゆくなった。さばでアレルギーがでる予感がしたので、シン先生からもらったアレルギーの漢方を飲もうとして間違って特効薬を飲んだ。眠気が急に亮二を襲う。うとうとしながら瑠花と五年振りに再会したときのことを、亮二は思い返していた。

                  


――二度目の離婚をして一年ほど経ったとき、亮二は銀座のクラブで瑠花が青山に店を出したと聞いた。二、三日後、青山で飲んでいた亮二はふとその話を思いだし、近くにいたので酔い醒ましがてら気まぐれに「ミューズ」を探した。


 十時を過ぎていたが店には電気がついていたので、すぐにわかった。店の前には開店を祝う花輪が飾られている。

 その夜はたまたま「ミューズ」のオープニングパーティで、後片付けをしていた瑠花が偶然店から出て来た。まさかこんな時間に瑠花が店にいるとは思ってもいなかった亮二は、瑠花の姿を見て戸惑った。


 瑠花は亮二を見て立ち止まると、目を見はりまっすぐ亮二を見つめた。

 亮二がかける言葉を探していると、瑠花は初めてあったときと同じように微笑を浮かべてまっすぐ亮二のほうへ歩いてくる。

 銀座のクラブで瑠花と逢ったときに感じたときめきが、亮二の心に甦った。


 ふたりは再会を喜んで少しのあいだ立ち話をした。

「こんな一等地に店を持つなんてすごいな」と亮二が言うと、「私だけの力じゃないわ」と、瑠花はいつもの謎めいた微笑みを浮かべる。

 まだ瑠花はあの男と一緒にいるのだと、亮二は悟った。それと同時に自分があらぬ期待をしていたことに気がつく。

 幼さか消えた瑠花の端正な顔だちは前にも増して艶やかで近より難いほどに輝いている。品の良いスーツをさりげなく着こなして最後にあったときよりも清楚で慎ましくなった。奥ゆかしい印象に反して、瑠花の艶っぽい表情と仕草にそそられる。

 あの男が瑠花をこんな風に魅力的に輝かせていると思うと、たまらない気持になった。


 もう少し一緒にいたかったが、片付けが残っていたので瑠花は店にもどり、家へ帰ろうと歩きだした亮二は、急に激しい頭痛に襲われてその場にうずくまり意識をなくした――



                  * * *


 定食屋をでてタクシーに乗っていた亮二は、なぜか気づくと「ミューズ」の前にいた。酒のせいで頭がぼうっとしている。辺は人通りがなく静まりかえっているが店の灯りはまだついていた。


 亮二はぽかんと口をあけて部屋の灯りを眺める。独りで食事をしているあいだ、ずっと瑠花のことを考えていた。逢いたくて、気になって、無意識のうちに来てしまったというのか? 亮二はきつねにつままれたような気分だった。川崎と食事に行ったはずの瑠花がこんな時間に店にいるはずがない。


 よくよく見るとドアの近くに開店祝いの花輪が飾られていて、その近くにひとが倒れている。亮二は直感的にその男が自分であることを悟った。

 いつのまにか、過去に飛んだんだ……。

 それしか考えられない。


 すぐさま亮二は倒れている男に近よった。思った通り男は昔の自分だ。男の手帳でいつの時代にいるのか確認すると、ここは二〇〇六年だった。亮二は倒れている自分をひきずって裏庭に続く横の小道に隠すと、窓からなかを覗いた。

 さっきまであんなに逢いたかった瑠花を見つけた。心臓が勝手に大きな音をたて始める。引き寄せられるようにして亮二は「ミューズ」の扉をあけた。


 ドアがあく音で振り向いた瑠花と視線が合った。胸につかえていた思いがいっきに溢れでる。気がついたら瑠花を抱きしめていた。

 華奢なからだが亮二の腕のなかにすっぽりと収まる。

「動かないで。何もしないから、少しの間このままでいてくれ」瑠花の身体が震えているのがわかった。「ごめん。もう少しだけ、こうしていてくれないか」

 瑠花の温もりと少し早い心臓の音が伝わってくる。頬を瑠花の顔に近づけると、彼女の吐息を感じて亮二は腕に力をこめた。

「あのとき、もっと早く君を訪ねていたら、何か変わっていたかな?」

 瑠花は首を小さく左右に振る。

 酒のせいで理性が乱れて、溢れ出た感情が、目の前の過去と現代を混同させた。


「もう、遅いのか?」

 勇気を振りしぼった亮二の問いかけに、瑠花は何も答えない。

 亮二は眉間にしわを寄せて目を閉じると、もう一度力強く抱きしめてから瑠花を放した。

 瑠花が悲しそうな目をして亮二を見つめている。


「ごめん、おやすみ」亮二は小声で言って店をでると、その場に立ちつくし左手で顔を覆った。どうにもならない関係だということを思い知らされる。胸が壊れるように苦しかった。

 そのとき、背中に電流が走るような痛みを感じ、亮二は前のめりに倒れて、彼の実体は一瞬にして現代へと飛んだ。


                  * * *


 亮二が未来にもどると、店の裏で倒れていたこの時代の亮二が目を覚ました。

 ぼうっとした頭を抑えて大通りへ足を向けると、店の前で「待って」と後ろから呼び止められた。振り向くと、店から出てきた瑠花が早歩きで近づいてくる。

 瑠花の目をみた瞬間、熱い視線に心を射抜かれて動けなくなった。

 瑠花はぼうっと突っ立っている亮二に抱きつくと、つま先で立って情熱的に唇をあわせてきた。成熟した瑠花の熱のこもった口づけが亮二に火をつけた。その官能的な唇は少女のころとは違い、激しく亮二の唇を吸って舌を絡めてくる。亮二もそれに応えた。


 しばらくして瑠花はそっと唇を離すと、妖しい微笑みを浮かべて「これから、うちにこない?」と亮二を誘った。





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