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第二十四話 後悔先に立つかも?

――三年間、絶好調でトップを走りぬけた紫の人気には未だ陰りが見えなかったけれど、紫は近い将来に必ずぶちあたる壁にそなえて、いまのうちに対処していく必要があった。

 活発な少年っぽさで売っていたイメージを紫の成長にあわせてどんな風に変えていくかが今後の厳しい課題だった。皮肉なことに、あれだけ嫌がっていた『紫』のキャラクターは既に彼女と一体化してしまっている。まわりの人間は紫の人気にしがみついていただけで、誰も彼女を育てようとしなかった。そのツケがいまになってまわってきている。


 二十歳になって、紫は大学生のしっとりした役をドラマで演じることになり髪をのばし始めた。しかし、いつも同じ、元気で正義感溢れるハチャメチャさが魅力の女の子ばかりをこの三年演じていた紫は、他の役を演じられなかった。下積みもなくスターの階段をいっきに駆け上がって芝居の基礎など身につけていない。ドラマの視聴率は最低でファンはやっぱり元気な紫を求めた。

 紫に亜紀を重ねている亮二も、紫がイメージを変えるのを望まないひとりだった。紫には変わって欲しくない。いつまでも活発な少女のままでいて欲しい。だが、紫は確実に年をとっていく。


「ドラマ、見た?」紫が訊いた。

「紫は頑張っていたよ」

「無理しているように見えたってこと?」

「正直に言うとね。でも、仕方ないよ。急にいままでと違うことを要求されたのだから」

 亮二の膝に頭をのせてソファーに横たわっている紫の髪を、彼は優しく撫でた。

「私は『紫』以外は演じられないのかも……」

「そんなことはないよ。『紫』のイメージだって君が作り上げたのだから、他の役だって慣れれば出来るようになるよ」

 亮二は心にもないことを口にした。正直なところ、紫はこれで駄目になる予感がした。彼女から「紫」のキャラクターを取り上げたら、光るものがなくなるのは目に見えている。紫は若くしてトップに立ってしまった。トップを走り続けるには実力が足りない。


 無意識に紫のなかに亜紀を見ていた亮二は、成長とともに紫が自分の理想と離れていくことに心を痛めていた。紫にショートヘアのままでいて欲しい。紫を独り占めにしたいという欲求が急に頭をもたげた。

「無理にロングにすることもないんじゃないかな。ショートヘアは紫に似合っているし、髪が短くても女らしいおとなは大勢いるだろ」


 嘘だった。本来、亮二が仕事で意見を求められたら、タレントのイメージを変えるには外見から徹底的に変えていくしかないと告げるだろう。紫には変わって欲しくなかった。

 亮二の仕事もどんどん忙しくなってきて紫に逢う時間が減っていた。もっと一緒にいたいという気持ちが大きくなる。亮二は紫の仕事の成功よりも、彼女が自分のそばにいることを望んでいた。紫の仕事がうまくいかなくなれば彼女を自分だけのものにできると、心のどこかで思ったのかもしれない。


「亮ちゃんがそう言うなら髪を切る。亮ちゃんの言う通りにして間違ったことはないもの」

 紫は盲目的に亮二を信頼している。それを利用した亮二は後ろめたい気分になった。

「マネージャーと相談して決めたほうがいい」

 亮二は慌てて取り繕ったが紫の心は決まっていた。紫にとっては好きな男の言うことが一番だ。マネージャーの反対を押し切って再び髪を切った。タレントとして紫が迷走している様子は誰が見ても明らかで、人気はゆっくりと落ちていく。


 そんなころ、朝早くに亮二の部屋から紫が出てくる写真が週刊誌に載った。

 もともと隠れて付き合うのが嫌いな紫は、亮二とのことを公にしたがった。だが、人気が下降しているアイドルにとって、このスキャンダルが致命的となることは避けられない。そこで、これをきっかけに亮二はプロポーズして、紫はそれを承諾し引退を決めた。


 とうとう、紫が自分だけのものになったのだ。紫を手に入れたことで亮二は満たされた。――



 日記を読んで、亮二は自分の若さを悔やんだ。いまなら紫をうまく育ててやれた。

 あのころ、自分が協力していれば紫は上手にイメージを変えることができただろう。人気があるうちに実力がつくように導いてやることも可能だったはずだ。

 亮二はエゴ丸だしの身勝手な自分を恥じて紫の信頼を利用した卑劣さに落ち込んだ。

 ひどい目にあったのは紫のほうだった。紫にとって唯一の救いは、落ちぶれる前に電撃結婚をしたことによってアイドルとしての価値が下がらなかったことだ。


 紫を幸せにしてやりたいと、あんなに思っていた気持はどこへいったのだろう? 

 自分は誰も幸せにできない。紫は自分と付き合うべきでなかったと、亮二は自分を責めた。いますぐ過去に行って自分を信用してはいけないと、紫に忠告してやりたいとさえ思う。


 そのとき、特効薬で紫を助けられるかもしれない、という考えが突然浮かんだ。紫との過去にしか行けないのはそこに行くべき理由があるからだ。そう考えると居ても経ってもいられなくなって、亮二は服を着替えて特効薬を飲んだ。薬はすぐに効いて亮二は深い眠りについた。


                     * * *


 亮二は過去に行くまえに夢を見ていた。夢の中で紫が家を掃除している。お気に入りのエプロンをして、これといって変わった様子もなく亮二の部屋を片付けていた。

 すると、いきなり眩しい白い光があたりを照らして何も見えなくなった。

 しばらくすると白い光が消え、紫が床に座ってわなわなと震えているのが見えた。手にクシャクシャにしたものを持っているが、それが何かはわからない。紫の全身から抑えがたい憤りが伝わってくる。紫は大粒の涙を目から零して声をあげて泣き始めると、ブルーの服をすべて捨てた。紫はそのまま外出して、もどってきたときには髪を真っ赤に染めていた。





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