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第十二話  魅惑のニューヨークへ

 成田発十一時三十分の日本航空006便は三十分遅れで離陸した。所要時間は十二時間四十五分。ニューヨークJFK国際空港には同日の昼ごろ到着する予定だ。


 亮二は中山のチームが手掛ける缶コーヒーの撮影に同行することになり、ニューヨークに向かっていた。ハリウッドの映画スターが出演する部分だけを海外のスタジオで撮影して日本で撮ったものと合成するこのシリーズは、もう三年ほど続いている。いつもはロサンゼルスで撮影するのだが、タレントの都合で今回はニューヨークで行うことになった。


 ニューヨークに行く前に瑠花に逢っておきたかったけれども亮二はなんとなく連絡をする気になれなかった。最近、瑠花に温もりを感じてしまって、彼女と過ごす時間が急に価値があるように思えて気が重いのだ。亮二の意に反して瑠花をこの上なく大切に思う瞬間が日に日に増えている。


 その反面、同期会のあの夜からたびたび昔のことを考える。亜紀の消息が気になってしかたがないのだ。だが、不思議なことに亜紀と付き合っていたころのことを全くといっていいほど覚えていない。考えても考えても思い出せないのだ。それどころか、むりやり亜紀のことを思いだそうとすると、胸がぎゅうっと握りしめられるような痛みを感じて苦しくなる。そのうち気分が落ち込んで、瑠花にもこれ以上近づいてはいけないような気がしてくる。


 亜紀にそっくりな優希に出逢ったころから何かが少しずつ亮二のなかで変わり初めていた。その僅かな変化に戸惑っている亮二にとって、この海外出張は都合がいい。良い気分転換になる。亮二はこの時期に日本を離れることができて良かったと、飛行機の窓から外をぼんやりと眺めながら思った。海外に出ることで自分のペースを取り戻せるような気がした。女のことを深く考えるのはめんどうだ。長年演じている軽い男のままでいるのが楽で心地いい。


 機内に良い匂いが漂いだして、若い日本人のキャビンアテンダントが食事を配り始めた。色が白くて和服が似合いそうな美人だ。どうせサービスされるなら若くて美人がいい。亮二は当たりだと心のなかで呟いた。

「和食と洋食どちらがよろしいですか?」

「君はどっち? こんど、和食でも洋食でも君の好きなところでメシをご馳走するよ」

 若いキャビンアテンダントが戸惑っていると、亮二は彼女の耳元で囁いた。

「俺は洋食より和食のほうがタイプなんだ。後で連絡先を教えてよ」

「和食でよろしいですか?」

 若いCAは顔を赤らめて聞き直した。

 亮二がうなずいたので、彼女は和食のトレーを亮二に渡たす。

「えっへん」と、通路を挟んで隣に座っている中山が、わざとらしく咳払いをした。


 中山は缶コーヒーとは別の企画に目を通していた。新しくCM制作することが決まった、エステティックサロンのキャスティング資料だ。このCMはナチュラルな美しさを引きだすというコンセプトで、モデルやタレントを使わずに美しい著名人を起用する。

「池下さん、これ、どう思います?」

 食事を食べ終えると、中山が通路に身を乗りだして資料を亮二に渡した。

 キャスティングの候補者リストだ。東洋医学的見地から女性専門外来を設立した女医や、近ごろ話題になっている美人市議会議員。その他、料理研究家などを含めて十名ほどの名が挙がっている。


「市議会議員は駄目だろう」

「その人はスポンサーのイメージです。実際には無理ですね」

「この占い師っていうのは?」

「最近、OLを中心に若い女性たちのあいだで評判のカリスマ占い師です。サイキックって言うんですか、統計学の占いではなくて、インスピレーションでいいあてるんですよ。占い師というよりもむしろ予言者です。四十を過ぎてますが美人でしょ。メディアに注目されてきた歴代の占い師たちと比べてルックスの良さでも一番ですよ。CMが決まったら、きっと、彼女はブレイクしますよ」

 中山が熱く語る。


 資料には写真が添付されて、氏名、誕生日、出身地などのプロフィールとともに、彼女が予言した事件がリストアップされていた。

「ロサンゼルスの地震と阪神大震災、それに地下鉄サリン事件も予言しているんですよ」

「ほんとかよ? 本物だったらすげえな」

 亮二は過去の予言について書かれた資料に目をとおした。

「一九九三年、六月。十三年ぶりの内閣不信任決議の既決、衆議院解散……冷夏による米不足? なんか微妙な予言もあるな」

 亮二は資料を中山に返すと、急に鼻がむずむずしだした。クシャミが出そうで出ないので上を向いてライトを見る。すると大きなクシャミがたて続きに三回もでた。


「相変わらずですね」中山が同情するように言う。「そういえば、チャイナタウンに腕の良い漢方医がいると、コーディネーターのマイクが言ってましたよ。息子さんのアレルギーが治ったそうです。着いたら聞いてみましょうか?」

「漢方医ね……。試してみるか。順調にいけば最終日に時間が取れるだろう」

 亮二はいま飲んでいる漢方よりは効きそうだと思い、中山に場所を聞いておくように頼んだ。


 アレルギーが治るのならなんでも試してみたい。軽い気持だった。このことが後に亮二の運命に大きな影響を及ぼすなんてまったく思いもしなかった。


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