花火
火がステップを踏んでいた。
和紙で作ったこよりの先に火をつけると、まるで小さな火の玉のまわりをほとばしる汗のように、キラキラした黄金の火花が踊った。僕の手元で花が咲き乱れるように勢いよく闇を飾ると、あっと言う間に小さな赤い火の玉にもどって音もなく消える。すべてをその一瞬にかけて燃えつきる線香花火の儚さが子供ながらに物悲しく思えた。
僕はすっかり泣き止んでいた。
「ダンスをしてるみたいだ」
僕がそう言うと、その女性はしゃがんで「ほんとだね」と笑って僕の頭を撫でた。
その日初めて彼女に逢った。淡い水色のゆかたを着たその女性は、黒めがちの大きな瞳がお母さんに似ていた。年も背格好もお母さんとそっくりな気がしたけれども、あとから考えてみるとそんなに似ていなかったかもしれない。あのころの僕は自分がもらわれっ子で、あの女性が本当のお母さんだと空想して楽しんでいた。
小学校二年生の夏休み、僕が川の畔で泣いていると決まって彼女は現れた。泣いてる僕に線香花火を渡して、「競争しよう」と微笑む。僕はとても下手くそで、いつも僕の火の玉のほうが早く落ちてしまった。
線香花火に下手も上手もないと思うだろう? 実はあるんだ。
花火を揺らさないように、手を動かさないでいようと思えば思うほど、手が震える。
その女性は、おとなのくせにちっとも手加減をしないで僕と勝負した。僕が負けると、彼女は得意げな顔をする。その顔が憎たらしく僕はムキになって、なんども勝負を挑んだ。そうしているうちに、泣いていたことなんてころっと忘れてしまった。
夏休みが終わる前の晩に、彼女は必勝法を教えてくれた。それは花火を持つ位置だった。僕が花火の上を持っていたのに対して、彼女はまんなかを持っていた。上を持つほうが揺れるのはあたりまえだった。
僕が「ずるいよ」と言うと、彼女はこめかみを人差し指で二回たたいて、「ここの違いね」と笑った。
その女性に逢ったのはそれが最後だった。