聖女に召喚されたら推しのエリートサラリーマンもついてきた
読んでくださりありがとうございます!
おにぎりのシーンがお気に入りです(^^)
◇天音side◇
そろそろかな。
コンビニの出入り口をつい何度も見てしまう。
「(来た!)」
自動ドアが開いてあの人が入ってくる。
今日もきっちりしたスーツ。 結び目が崩れてないネクタイ。
背も高いし、なんかこう……いかにも「仕事できます」って感じのシュッとした大人の雰囲気がすごく素敵だ。
名前も知らない想い人は今日も鮭おにぎりとお茶をレジへ持ってきた。
今日はおにぎり2個なんだ。
「袋にお入れしますか?」
「ああ、お願いします」
くぅ〜、このクールボイス最高!
今日こそは何か話さなきゃ!
お仕事お疲れさまです……とか?
でも……結局何も話せないまま終わる。
そう、この日もいつものパターンで彼の背中を見送るものだと思っていた。
商品を入れたレジ袋を手渡す。
彼の指先が触れてドキンッと心臓が跳ね上がったその時――
突如床に巨大な魔法陣が現れた。
驚愕に目を見開く彼の顔が眩い光の中に消えていく。
気づいた時には私と彼は全く知らない世界にいた。
光が収まりゆっくり目を開くと、ローブ姿の人たちがいたり彼らの足元を見ると磨き上げられた白い石床が目に入った。
「成功したのか?」「おお、聖女様」とざわめいている。
「(聖女……様? もしかして私!? ……いやいやちょっと待って。 一緒に来たこの人は完全にとばっちりじゃない!)」
隣でぽかんと座っていた彼を見る。
高そうなスーツがすっかり乱れていた。
神官たちが私たちを別室へ案内しようとする。
けれど、数人の兵士が彼の方へ向かっていくのが見えた。
「聖女様、そちらの不浄の衣服を纏った男は別の場所へ隔離いたします」
「(えっ、隔離!? そんなのだめ!)」
引き離されそうになりパニックのまま大声をあげた。
「待ってください! その人は、その……私の親戚のお兄さんです! 離されると困ります!」
兵士たちの動きが止まる。
そして、床から立ち上がろうとしていた彼の動きもピタッと止まった。
ゆっくりと私の方を向いた彼の綺麗な瞳が「親戚のお兄さん??」と雄弁に物語っている。
ごめんなさい。 嘘です。 赤の他人です。名前も知りません。
心の中で謝りながら必死に神官たちをキッと見据えた。
私たちは同じ部屋へと案内され、第一王子と文官と神官長から長々と説明を受けることになった。
北方で魔物が暴走してるとか結界が崩れかけてるとかで聖女の力が急務だとか。
説明が一通り終わると神官長が言った。
「なるほど。 見知らぬ世界に召喚される聖女様の不安を和らげるため、神が特別な『精神の拠り所』としてその者を共に遣わされたのですね!」
「(いや〜……なんというか、勝手にありがたい解釈をしてくれて助かります)」
横目で彼をチラッと見ると無表情で固まっていた。
親戚のお兄さんだなんて言われて迷惑だよね……。
しゅんと俯いた。
そんな私たちの姿を見て第一王子が申し訳なさそうに口を開いた。
「……どうだろう。 二人で庭でも歩いてみないか。 外の空気を吸えばいくらか気分も晴れるだろう」
第一王子には私たちがこの世界に来て不安がってるみたいに見えたらしい。
そりゃ不安もあるけど、気になるのは私の「親戚のお兄さん」発言を彼はどう思ってるのかなんだけど。
第一王子のお気遣いに甘えて私と彼は庭を歩くことにした。
モヤモヤを早く解消したくて早速謝った。
「あの、ごめんなさい。 親戚のお兄さんだなんて嘘ついて」
「……いや、助かった。 君が機転を利かさなかったら俺はどうなっていたことか」
その言葉を聞いて安堵した。
聖女の親類ならぞんざいに扱われることはないだろう。
「白石天音です」
「ん?」
「名前まだ言ってなかったから」
「ああ、親戚なのに名前を知らないってのは変だよな。 俺は泉澤律」
彼の名前を知ることができてあまりの嬉しさに「いずみゃさやしゃん」
思い切り噛んでしまった。
恥ずかしくて肩をすくめて俯くと「律でいいよ」と優しい声音で言ってくれた。
「(な、名前呼び! でも親戚なのに名字で呼び合うのは変だよね)」
それならと思い切って言ってみた。
「私のことも天音って呼んでください」
すると律さんが驚いたように一瞬目を見開いて口元を手で隠し「じゃあ天音さん、で」と言った。
「はい! 律さん!」
律さんはさらに俯いて照れているようだった。
照れてる? ……まさかね。
歩き進めるとやがておしゃれな屋根付きのテーブルセットが見えてきた。
こういうの何ていうんだっけ。 ガゼボ? パーゴラドーム?
椅子に座りふぅと息を吐く。
素敵な庭を眺めながら、ほんとにここは異世界なんだなと改めて思う。
――カツ、カツ、カツ。
静寂を破るようにせわしない足音がこちらへ近づいてきた。
見上げると、豪奢な刺繍の入ったローブを翻しいかにもプライドの高そうな一人の男が立っている。
「失礼する。 聖女様。 私は宮廷魔導師団で副師団長を務める者だ」
男は形ばかりの礼をすると有無を言わせない鋭い視線を私に向けた。
「挨拶はここまでとしましょう。 国の危機ゆえ、一刻の猶予もありません。 早急に聖女様の魔力測定を行います。 さあ、今すぐ魔導省の地下実験室へ」
有無を言わせない威圧感とあまりの急な展開に、私の心臓がヒュッと冷たくなる。
地下実験室? 魔力測定? さっき王子たちの長い説明が終わったばかりなのに今度は実験?
「あの、少し休ませていただきたくて……」
「国の存亡がかかっているのです! 聖女としての自覚をお持ちいただかねば困る!」
声を荒らげ、一歩詰め寄ってくる副師団長。
あまりの威圧感に怖くなって思わず肩をすくめた。
その時。
律さんがすっと立ち上がった。
乱れた高級スーツの背中。 でも、その佇まいは現実世界で見たどの瞬間よりも冷徹で頼もしかった。
「そこまでにしていただけますか」
律さんの低く冷ややかな声が響く。 いつものコンビニの「ああ、お願いします」の時とは違う、完全に『交渉モード』に入った大人の男のトーンだ。
「な、何だお前は。 部外者は黙って――」
「私は彼女の身内として、精神の拠り所となるよう神に遣わされた者です。 つまり、彼女の心身の健康を守るのが私の役目だ」
律さんは一歩も引かず、副師団長を冷徹な目で見下ろした。
「あなたの言う『国の危機』とやらは理解しましたが、マネジメントの観点から言って突然ここに喚び出されて間もない女性に休息も与えず過度なプレッシャーをかけるのは愚策です。 恐怖でパフォーマンスが低下したらそれこそ国家の損失でしょう。 まずはトップである第一王子に正式なスケジュールの確認を取ってから出直してきていただけますか」
「くっ……! お、王子に……!?」
エリートサラリーマン特有の理路整然とした容赦ない正論のプロテクト。
迫力に圧された副師団長は顔を真っ赤にして「の、後ほど正式に伺う!」と捨て台詞を残し、そそくさと去っていった。
静かになった庭で、律さんは「ふぅ」と小さくネクタイを緩めて振り返った。
「大丈夫だったか、天音さん。 あいつの態度に看過できなくてつい……」
さっきまであんなに冷徹に相手を論破していたのに、私を見る律さんの瞳は申し訳なさそうに揺れている。
「(……無理、かっこよすぎる……!)」
律さんのスーツ姿の背中と不器用な優しさに、私の心臓は異世界に来て一番の音を立てて暴れ始めていた。
「いえ、ありがとうございます。 私一人だったらどう対処していいかわかりませんでした」
脳内はすっかり恋する乙女モード。
そんなときめきを「ぐぅ〜〜〜」とムードもへったくりもないお腹の音がぶち壊した。
「ご、ごめんなさい!」
俯いてると律さんが、持っていた袋の中身を差し出した。
「食べるか?」
それはコンビニで買ったおにぎりだった。
ずっと持ってたんだ。
「……いいんですか?」
「ちょうど俺も腹が減っていたところだ」
律さんがくれたおにぎりを一口食べる。
おそらくもう二度と味わうことのない鮭おにぎり。
そう思うとなんだか寂しくなってきた。
でも――
ふと律さんを見る。
「神が特別な『精神の拠り所』としてその者を共に遣わされたのですね」
神官長の言葉が頭を過ぎった。
「(ほんとにそうなのかもしれない)」
律さんが一緒で本当によかった。
見慣れたパッケージのおにぎりを噛み締めていると喉の奥が少しだけ熱くなる。
律さん……と呼びたくなるのを呑んだ。
今名前を呼んでしまったら気持ちが溢れてしまいそうだから。
「おいしいです」
今度は噛まずに言えたことに安堵して微笑むと、律さんは穏やかな声で「そうだな」と微笑み返してくれた。
その顔に心臓が跳ね上がった。
◇律side◇
とんでもないことになってしまった。
これが世にいう「異世界転移」というものなのだろうか。
隣にはコンビニ店員の白石さんがいる。
名札には「白石」と書いてある。 間違いない。
周りを見るとローブを着た者や騎士らしき者がいる。
この中じゃ俺みたいなスーツ姿はさぞ目立つだろう。
コンビニの制服姿の彼女も。
皆、白石さんを見ては口々に聖女様と言ってるところを見ると、どうやら俺は巻き込まれて転移してしまったらしい。
兵士たちが俺を連れていこうとしたその時。
「待ってください! その人は、その……私の親戚のお兄さんです! 離されると困ります!」
一瞬思考が停止した。
俺は彼女の親戚のお兄さんという設定になったらしい。
まあ……悪くないか。
白石さんと別室へ案内され説明を受ける。
神官長の「見知らぬ世界に召喚される聖女様の不安を和らげるため、神が特別な『精神の拠り所』としてその者を共に遣わされたのですね!」の解釈には正直笑いそうになった。
第一王子の気遣いで白石さんと庭へ出ることになった。
横目でチラット彼女を見ると、何か言いたげに口をもごもごしている。
口を開くのを黙って待った。
「あの、ごめんなさい。 親戚のお兄さんだなんて嘘ついて」
やっぱり気にしてたのか。
その嘘のおかげで俺は隔離されるのを免れた。
助かったと礼を言うと彼女は安堵していた。
彼女が名を名乗ってきたので俺も名乗る。
天音さんというのか……いい名だ。
天音さんが「いずみゃさやしゃん」と噛んで赤面した。
おいおい……可愛すぎかよ。
天音さんと呼んだり、彼女に「律さん」と可愛い声で呼ばれたときは心臓が跳ね上がったがなんとか平静を保った。 ……保ててたはずだ。
ガゼボの椅子に座り息を吐く。
つい先ほどまでコンビニにいたのが嘘のようだ。
目の前にはよく手入れされた花々が咲き乱れて見ているだけで落ち着く。
落ち着いたせいか、ふと数ヶ月前のことを思い出した。
天音さんと初めて出会ったときのことだ。
「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」と笑顔で言う純粋無垢な彼女を気づけば好きになっていた。
コンビニへ足繁く通う自分を、これはストーカーになるのか? 彼女から見れば俺なんてただのおっさんなんだろうなとかぐるぐる思考が駆け巡り、結局ろくに声もかけられず時だけが過ぎていった。
好きな人とまさか異世界転移するなんてな……。
そんな考え事をかき消すようにカツ、カツ、カツと足音が聞こえてきた。
宮廷魔導師団の副師団長と名乗るその男は、口早に用件だけを言う。
天音さんに目をやると不安そうに怯えていた。
もう見てられん。
俺は天音さんをかばうように前にすっと立った。
「そこまでにしていただけますか」
仕事で理不尽な取引先をあしらう時の、一番冷徹な声を出した。 背中で彼女がビクッと息を呑む気配がする。
怖がらせたくはないが、この高圧的な男を黙らせるにはこれしかない。
「な、何だお前は。 部外者は黙って――」
「私は彼女の身内として、精神の拠り所となるよう神に遣わされた者です。 つまり、彼女の心身の健康を守るのが私の役目だ」
さっきの神官長の言葉をそのまま盾にしてやった。 内心では「ナイス神官長」と親指を立てたい気分だったが顔には絶対に出さない。
ここからは俺のターンだ。 エリートだの何だのと会社で叩き込まれたロジックをこの男に叩きつけてやる。
「あなたの言う『国の危機』とやらは理解しましたが、マネジメントの観点から言って突然ここに喚び出されて間もない女性に休息も与えず過度なプレッシャーをかけるのは愚策です。 恐怖でパフォーマンスが低下したらそれこそ国家の損失でしょう。 まずはトップである第一王子に正式なスケジュールの確認を取ってから出直してきていただけますか」
「くっ……! お、王子に……!?」
現代のビジネス用語が通じるはずもないが、こちらの圧倒的な正論と迫力に圧されたのだろう。 男は顔を真っ赤にして「の、後ほど正式に伺う!」と捨て台詞を残し、そそくさと去っていった。
……よし、撃退成功。
ふぅ、と小さく息を吐きながらネクタイを緩めて振り返る。
「大丈夫だったか、天音さん。 あいつの態度に看過できなくてつい……」
嘘だ。 ほんとは彼女の怯えた姿に我を忘れて相手をまくし立てた。
偉そうに見えただろうか……引かれてないだろうか。
急にイキって不気味に思われてないか?
心配になって彼女の顔を覗き込むと、天音さんは潤んだ瞳で俺をじっと見つめていた。
「いえ、ありがとうございます。 私一人だったらどう対処していいかわかりませんでした」
お礼を言われてホッとしたのも束の間、彼女の顔がみるみる赤くなっていく。
……なんだその可愛い表情は。 俺の心臓に悪いから本当にやめてほしい。
限界を迎えそうな理性を必死に保とうとした、その時。
「ぐぅ〜〜〜」と、なんとも可愛らしい音がガゼボに響いた。
「ご、ごめんなさい!」
真っ赤になって俯く天音さん。
あぁ、そういえば彼女はさっきまでバイト中だった。夕飯もまだだろう。
俺はさっきからずっと左手にぶら下げていたビニール袋を思い出し、中からおにぎりを取り出して差し出した。
「食べるか?」
光に包まれる直前、彼女の手から受け取ったばかりの鮭おにぎり。
天音さんは驚いたように目を見開いた。
「……いいんですか?」
「ちょうど俺も腹が減っていたところだ」
そう言って、もう一つの個包装を破る。
本当は、残業用にと2個買ったものだった。 まさかこんな見知らぬ世界の特等席で、好きな人と食べることになるとは思わなかったが。
天音さんはおにぎりを一口食べると「おいしいです」と、どこか寂しそうな、だけど愛おしそうな顔で微笑んだ。
そんな彼女の微笑みに安堵して「そうだな」と短く返した。
コンビニ飯なんて向こうにいた時はただの日常だった。 もう二度と帰れないかもしれないという不安は俺にだってある。
だけど、おにぎりを大切そうにモグモグと食べている彼女の横顔を見ていたら不思議と腹が据わった。
――神が特別な『精神の拠り所』として遣わした。
神官長のその言葉を思い出したとき、使命感が湧いてきた。
何があってもこの世界で彼女だけは俺が守り抜く。
そう固く決意した。




