LOG.4|牡蠣が好き。|To the Sea
ミカと整骨院で会って…
犬が欲しい、と宣言された次の日。
ミカから突然LINEが来たのは、
前触れもなく、
深夜1時すぎだった。
ミカ
『ねぇ、シンさん』
『月曜ひま〜?』
シン
『空いてるよ!』
『デートか!?』
送信してから、
1秒後に既読がついた。
ミカ
『即レス偉い!♡』
『デートだよん!』
『港いこー!』
『生牡蠣たべたーい!』
『アタシ牡蠣好きなの!』
シン
『まかせろ』
俺は決心した。
今回こそ、口説いてやる。
ペースに飲まれないように…。
ミカ
『やったぁ♡』
『じゃ、決まりね~!』
『月曜休みでしょ?』
『迎えにきて?』
「迎えにきて?」
この一言の吸引力が異常だ。
ブヒー!
わかりました!
豚野郎大歓喜!
とか送ってしまいそうだが
唇を噛み締めて我慢した。
シン
『家どこらへん?』
ミカ
『このコインパーキングまで迎えきて!』
ポンッと
位置情報が送られてきた。
シン
『パーキング?』
『家の前でいいだろ?』
ミカ
『いーの』
『家の前は、だめ』
『返事は、わん でしょ?』
シン
『わん』
ミカ
『よしよし♡』
『わんちゃん偉いね♡』
『楽しみにしてる〜』
ーーー
月曜の昼前。
俺はミカの家…の、
“近く”にある、
コインパーキングで待っていた。
ミカが指定してきた場所だった。
誰かに
"嘘をついてデート"
していることは
アホな俺にも明らかだった。
ま、もちろん
俺には一切関係ない。
心底どーでもいい。
だってモデルとデートだぞ?
それだけで十分だ。
それに……
相手が誰だろうと
俺が1番いい男に決まってる。
10分後。
住宅街の影から、
ちょこんと
小柄なシルエットが現れた。
ミカだった。
ピタッとした黒のワンピ…か。
ミカお前…好きだよな、その格好。
海沿いへ行くには、寒そうな格好だ。
寒くても自慢の美脚は出す。
ミカのポリシーなのかもしれない。
そして手には……
異常にデカいバッグ。
旅行?お泊まり?
どう見ても1泊2日のサイズ。
ミカが俺の車を見つけると、
パァーッと
笑顔になって駆け寄ってくる。
ミカが
助手席のドアを開けた瞬間、
車内にふわっと
"ミカの香り"が広がった。
ミカ
「お待たせ〜!」
シン
「おう!」
「重そうだな!」
ミカ
「うん!重い!」
「よいしょ!」
ミカがバッグを、
ドスッと後部座席に置く。
シン
「何が入ってんだ?」
ミカ
「ん~?」
「ふふ~♡」
「お泊まりセット…かもね?」
シン
「バカいえ…」
「そんなわけ…」
「マジで?」
うひょー!
モデルとお泊まりなんて、
やっぱ俺の人生って、最高の、
ミカ
「うそ♡」
「じゃ、いこっか♡」
シン
「………」
俺は肩を下げて息を吐いた。
ーーー
車が走り出す。
港までは約1時間。
助手席のミカは
窓の外を見ながら
足をパタパタさせていた。
ミカ
「わー、外キレイ!」
「この川が海まで行くのね!」
「海早く見たいな~!」
子供みたいに
外の景色ではしゃぐミカ。
シン
「水辺っていいよな~」
ミカ
「うん、大好き!」
「ねね、てかさ、」
「今日リュウトは?」
シン
「あん?」
「呼んでねぇよ?」
ミカ
「なんで?」
シン
「なんでって…なんだよ」
「アイツ、地元に住んでんだよ」
「だから こっから2時間くれーだ」
「酒呑みで呼ぶくらいで丁度いい」
「だから別に声かけてねーよ」
ミカ
「2人がよかったの?」
シン
「ん?」
ミカ
「アタシと2人がよかったの?」
シン
「別に…」
「そんなつもりじゃ…」
ミカ
「じゃあリュウトいたら?」
「どう思う?」
シン
「邪魔」
ミカ
「ふふ~♡」
「でしょ~?」
「わんちゃんはさ、」
「アタシのこと好きなの?」
シン
「好き…?」
好きってなんだっけ?
なんで口説きたいんだっけ?
ヤりたい、と
好き、の
違いってあるのかな…。
そう言われると
自分でも よくわかってなかった。
ミカは、
悩む俺の顔を、
一瞬チラ見すると...
不意に、
肘置きに置いてる、
俺の左手をキュッと握った。
ミカ
「やっぱいいや~」
「後で聞かせてね」
「港、楽しみだね〜♡」
「ねぇ、港ってどんな所〜?」
シン
「あぁ…」
「まぁ、景色めっちゃいいよ」
ミカ
「ふふ♡ たのしみ〜」
「あー早く牡蠣食べたい~!」
笑うと目がなくなる。
その笑顔に全部飲まれる。
俺が疑問を持つ余白を
ほんの一瞬で吹き飛ばす。
そんな会話の中で
ふと、俺は気になった。
シン
「なぁミカ、」
「ミカは友達呼ばないのか?」
「地元にいるのか?」
「それともこっち?」
ミカ
「あー…」
「うーん…」
「皆いなくなった」
シン
「あ、なんかごめん」
ミカ
「ちがうよ」
「暗い話じゃないの」
「初めてテレビ出たのが17歳で」
「高校生じゃん?」
「まぁ…妬みと冷やかしだよね」
「周りに大人しかいなくなった」
シン
「暗い話じゃねぇか!」
ミカ
「あは!」
「初めてツッコまれた!」
「やるじゃん、シン!」
楽しそうだな、ミカ…。
にしても、
若干20歳にして
成功での孤独を経験してるんだな。
どうりで
今の人格が形成されるワケだ…。
ミカ
「嬉しい!」
「皆、気づいてくれないから!」
「この高度なボケに!」
「きゃはは!」
笑ってるけど、
目が少し濡れている。
この時、俺は確信した。
俺は、ミカが好きだ。
強く気高くて、
綺麗でエロくて、
元気で優しい、
そんなコイツが大好きだ。
…さっき言えばよかった。
惚れちゃダメだと、
わかってても、抗えない。
そして車は
着々と港へ近づいていった。
ーーー
港に着いた瞬間、
潮の匂いと、
魚の焼ける香りが混ざった、
独特の“海の空気”が広がっていた。
車から降りて、
海風を浴びた瞬間、
ミカの髪がひと筋だけ光って揺れた。
初めての場所なのに、
風景のほうが
ミカに合わせて後ろへ下がっていく。
ミカは
まるでこの港の
主役みたいにそこに馴染んだ。
ミカが来てから、
港の稼働が、
一気に止まった感覚があった。
最初の牡蠣の屋台で...
「お嬢ちゃん、美人だなぁ!」
「今1番 いい牡蠣サービスだ!」
ミカ
「え〜!ありがと〜♡」
「よかった、美人に生まれて♡」
隣の店でも...
「可愛いねぇ!ビールサービス!」
ミカ
「わ〜い♡そうなんです~!」
「アタシ可愛いんです〜!」
おっちゃん達、鼻の下デロデロ。
ミカは歩くだけで
“物価を下げる女”だった。
ミカ
「なんか全部安くなるね!」
「ラッキーだね!シン!」
シン
「そうだな」
「ラッキーだな」
100パーセント、
ミカの顔面のせいなので
ラッキーもクソも無いのだが、
なんかニコニコしていたので
そーゆーことにしておいた。
魔性なのか、
無邪気なのか、
ミカが読めない…
でも、
牡蠣を食った瞬間だけ、
ミカは子供みたいに
"本当に無邪気"になった。
ミカ
「やば……うまっ……!」
「シン…!食べてみ…!」
シン
「俺、牡蠣嫌い」
ミカ
「はぁ~!?」
「こんなに美味しいのに!」
「ぜーんぶ食べちゃお!」
シン
「食え食え」
「お腹いっぱい食え!」
ミカ、
永遠に俺ん家で、
牡蠣食ってていいよ。
俺が働くから…!
ミカは俺の袖を
ちょこんと掴みつつ歩く。
港のざわざわが次々と、
ミカの背景になっていった。
ーーー
牡蠣も食べ終わって、
屋台をいくつか回り、
俺たちは車に戻ろうと歩き出した。
シン
「よし、ぼちぼち帰るかぁ~」
ずっと人混みで我慢してて、
もー我慢の限界!
やっと吸える!
俺はiQOSをくわえた。
一服して帰ろうと思った。
その時だった。
ミカ
「……やだ。」
シン
「あん?」
ミカ
「帰りたくない…」
「シン、海行きたい」
「海が見たい」
「今日、まだ終わりたくない」
港の、
ざわざわした空気の中で
まっすぐ、届く、響く、声だった。
ささやくような、
小さい声のはずなのに、
港の音が遠くなった気がした。
子供がデパートで、
親の袖を掴むみたいに、
小さく俺の腕を引く。
ミカ
「ねぇ、海行こ?」
「近くで波の音聞きたい」
その言い方があまりに自然で、
わがままというより、
“本音が溢れた瞬間”に聞こえた。
まだ吸えたけど、
俺はiQOSを消した。
シン
「……分かったよ」
「行こう」
ミカ
「やった〜!」
ミカは
子供みたいにバンザイした。
そうして俺たちは、
港から少し離れた海へ向かった。
そして俺は海で、
ミカの本心と向き合うことになる。
この日の海は、
ただの青じゃ、なかった。




