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距離感って何だろうなぁ。

作者: にやにやする(面白いとは言っていない)
掲載日:2026/02/09

馬車が止まった。

御者が手綱を引きながら、のんびりした声で言う。

「着いたよ。ここがホロロ村だ」

俺は荷物を肩に担ぎ、馬車から降りた。

最初に感じたのは、静けさだった。

風が麦畑を揺らす音と、鳥の声だけが耳に届く。

「……本当に静かだな」

王都を出てきた理由を、誰かに説明するつもりはない。

人の声と依頼と雑務に囲まれ続けて、気づけば心のどこかがずっと疲れていた。

かといって、完全に一人で山に籠もるほど強くもない。

人はいるけど、踏み込んでこない場所。

そんな場所を探して旅をしていたとき、「外の者に干渉しない村がある」と聞いた。

それがホロロ村だった。

まずは数日、宿にでも泊まって様子を見るつもりだった。


村の入口を抜けると、中央に井戸があり、

そのそばで老人が桶を洗っていた。

声をかけるべきか迷ったが、このまま立っていても仕方がない。

「すみません。宿はありますか?」

老人は手を止め、俺をじっと見た。

値踏みするような視線だが、敵意はない。

「宿はないな。旅の者が来ること自体、珍しい村でな」

「そうなんですか。数日だけ滞在できればと思ったんですが……」

老人はしばらく考え、ようやく口を開いた。

「わしは村長のオルドじゃ。泊まる場所なら、一軒だけ空いておる家がある。誰も使っとらん。雨風をしのぐくらいはできる」

「えっ、いいんですか?」

「どうせ空き家じゃ。ただな――」

オルドは俺をまっすぐ見た。

「この村は昔から、よそから来た者とはあまり馴れ合わん。そのつもりでおってくれ」

「わかっています。しばらく静かに過ごしたいだけです」

オルドは短く頷いた。

「なら問題ない。ついてこい」

余計なことは聞かない。

馴れ馴れしくもしない。

その距離感が、今の俺にはありがたかった。


案内された家は、村の外れにぽつんと建っていた。

古いが、屋根はしっかりしている。

「誰も使っとらんから、埃は積もっとる。

気になるなら、自分で片づけてくれ」

「はい。大丈夫です」

掃除くらい、自分でやるのが当たり前だ。

オルドはふと振り返った。

「長くいるつもりなら、村のやり方に合わせてくれ」

「はい。気をつけます」

オルドは短く頷き、去っていった。


家の中に入り、荷物を置く。

窓を開けると、麦畑が風に揺れていた。

「……いい場所だ」

ベッドに腰を下ろし、そのまま横になった。

(今日は、何もしないで寝よう)

そう思って目を閉じた――そのとき。

外から、かすかな物音がした。

何かが倒れたような音。

悲鳴でも叫びでもない。

(……気になるな)

俺は起き上がり、外へ出た。


畑の端で、少女がしゃがみ込んでいた。

怪我をしているわけではない。

ただ、困ったように地面を見つめている。

声をかけるべきか迷ったが、放っておくのも気が引けた。

「大丈夫?」

少女は驚いて振り返った。

目が合うと、少しだけ身構える。

「あ……すみません。

ちょっと、手間取ってて」

畑の端には、折れた鍬が転がっていた。

「鍬が折れたのか?」

少女は迷いながらも頷いた。

「はい。この辺り、土が固くて……」

俺は一歩近づきかけて、ふと足を止めた。

「……村長さんに“馴れ合うな”って言われたけど、

これは手伝っても大丈夫?」

少女は少し驚いたように目を瞬いた。

「……頼んだわけじゃないです。

ただ、困ってただけで」

「なら、少しだけ触らせてもらうよ」

少女は半歩だけ下がった。

警戒はしているが、拒絶ではない。

俺は土を指でつまみ、軽く崩した。

(魔力の流れが悪いだけだな)

「少し整えるよ。すぐ終わる」

「え……?」

手をかざすと、土がふわりと柔らかくなった。

少女は驚いたように目を見開いた。

「……すごい。でも、どうして……?」

「見てたら気になっただけだよ」

少女はしばらく黙っていたが、

やがて小さく頭を下げた。

「……ありがとうございます。

私はミナです」

「ルーク」

「……よろしくお願いします、ルークさん」

その声は、さっきより少しだけ柔らかかった。


家に戻ると、夕日が差し込んでいた。

(……悪くない一日だったな)

事件も、騒ぎも、何もない。

ただ、静かな暮らしが始まっただけだ。

(しばらくは、このままでいい)

そう思いながら、俺は目を閉じた。


2日目、鳥の声で目が覚めた。

昨日は移動の疲れもあって、ほとんど倒れ込むように寝てしまった。

窓を開けると、麦畑が風に揺れていた。

静かで、空気が澄んでいる。

「……悪くない」

家の外に出ると、村はすでに動き始めていた。

井戸の周りで数人が水を汲んでいる。

俺が近づくと、ちらっと視線が向けられたが、

誰も声はかけてこない。

ただ、軽く会釈すると、同じように返してくれた。

(この距離感、助かるな)


畑の方を見ると、ミナが鍬を持っていた。

昨日より動きが軽い。

声をかけるか迷ったが、ミナの方が先に気づいて、軽く頭を下げた。

「おはようございます、ルークさん」

「おはよう。土、昨日より柔らかそうだな」

「はい。作業がしやすくなりました」

それだけ言うと、また黙々と作業に戻った。

必要以上に話さないところが、この村らしい。

俺も無理に話を広げず、そのまま歩き出した。


村の外れを散歩していると、薪を割っている老人がいた。

俺に気づくと、ちらっと視線を向けてくる。

「昨日、村に来た若いのじゃな」

(見られてたのか)

「はい。ルークです」

「村長から聞いとる。

あの空き家を使っとるんじゃろ」

「はい。助かっています」

老人は薪を割る手を止めずに言った。

「不便はないか」

「今のところは大丈夫です」

「そうか」

それだけ言って、また薪に向き直った。

歓迎でも拒絶でもない。

ただ、必要なことだけを言う。

この村の人間関係は、どうやらそういうものらしい。


夕方。

家の前で風に当たっていると、村長のオルドが通りかかった。

俺に気づくと、少しだけ足を止めた。

「どうじゃ、あの家は」

「快適です。静かで」

「ならよい」

オルドは短く頷き、歩き出した。

数歩進んでから、振り返る。

「……村の者は、よそ者と馴れ合うのが得意ではない。あんたも、無理に踏み込まんでええ」

「わかっています」

オルドはそれ以上何も言わず、去っていった。


家に戻ると、夕日が差し込んでいた。

麦畑が赤く染まって揺れている。

(……こういう日が続けばいい)

事件も、騒ぎも、何もない。

ただ、静かな一日が終わるだけだ。

(しばらくは、このままでいい)

そう思いながら、俺は家の中へ戻った。


3日目、外に出ると、香ばしい匂いが漂っていた。

麦を焼いたような、落ち着く匂いだ。

「……いい匂いだな」

匂いのする方へ歩いていくと、小さな家の前に数人の村人が集まっていた。

みんな家の方を向いて、無言で立っている。

(何か待ってるのか)

よそ者の俺が当然のように混ざるのは気が引けて、少し離れた場所から様子を見る。

しばらくすると、扉が開き、エプロン姿の女性が姿を見せた。

「はい、お待たせ。順番にどうぞ」

村人たちが次々とパンを受け取っていく。

(パン屋か)

俺がぼんやり眺めていると、女性がこちらに気づいて歩み寄ってきた。

「見ない顔だね。最近来たのかい?」

「ええ、二日前に」

「そうかい。私はターニャ。ここでパン屋をやってるよ」

ターニャはにこっと笑い、紙に包んだ小さなパンを差し出してきた。

「よかったら味見しておいで。初めての人には渡してるんだ」

「ありがとうございます」

少し離れた場所で包みを開け、ひとかじりする。

「……うまい」

素朴で、噛むほどに甘い。

気づけば、あっという間に食べ終わっていた。

(朝からいいもの食べたな)

ふと振り返ると、村人たちがこちらをちらちら見ている。

(……絶対見てるよな)

“よそ者に興味ありません”という空気とは違う。

むしろ、興味津々だ。


パンの余韻を感じながら歩いていると、畑の方でミナがこちらに気づいた。

「あ……おはようございます」

「おはよう。ターニャさんのパン、もらった」

「美味しいですよね。あの人、新しい人が来ると……その……気になるみたいで」

「気になる?」

「いえ、悪い意味じゃなくて。ただ、珍しいので」

(珍しいから見てくるのか。いや、見すぎじゃないか?)

ミナは鍬を持ち直し、また作業に戻った。


昼過ぎ。

村の外れを歩いていると、川のそばで網を直している男がいた。

俺に気づくと、軽く顎を上げる。

「二日前に来たやつだな」

「はい。ルークです」

「ガルドだ。魚を獲ってる」

淡々とした声だが、ちらちらとこちらを見てくる。

「……何か?」

「いや。よそ者が来るのは珍しいからな」

(またそれか)

ガルドは網を直しながら言った。

「この村は馴れ合わん。だが、困ったら言え。魚くらいなら分けてやる」

「ありがとうございます」

「別に気にするな。

馴れ合わんだけで、冷たいわけじゃない」

(いや、十分かまってきてるんだが)

ガルドはまた網に向き直った。


夕方。

家の前で風に当たっていると、村長のオルドが通りかかった。

俺に気づくと、少しだけ足を止めた。

「どうじゃ、あの家は」

「快適です。静かで」

「そうか。村の者は、よそ者と馴れ合わん。

必要以上に関わってこんじゃろ」

(いや、めちゃくちゃ関わってきてるんだが)

「……まあ、はい」

オルドは満足げに頷いた。

「ならよい」

そう言って去っていった。


家に戻りながら思う。

(馴れ合わないって言う割に、みんな普通に話しかけてくるよな……)

でも、悪い気はしなかった。

(……まあ、いいか)

静かで、適度に距離があって、

でも完全に放っておかれるわけでもない。

(この村、案外ちょうどいいのかもな)

夕焼けを眺めながら、そんなことを思った。


4日目。鳥の声で目が覚めた。

昨日と同じはずなのに、少しだけ違う気がする。外に出ると、村の空気は澄んでいて静かだった。

……静かなはずなのに、家の前を通りかかった村人が、なぜか一瞬だけこちらを見た。

(……まただ。いや、本当に見てたか?気のせい……じゃないよな)

昨日からずっと、こんな調子だ。”干渉しない”と言っていたはずなのに、視線だけはしっかり寄越してくる。距離を取るのか取らないのか、どっちなんだ。


村の中央を歩いていると、ターニャが店の前を掃いていた。

「おはよう、ルークさん」

「おはようございます」

「昨日のパン、どうだった?」

「美味しかったです」

ターニャは満足そうに頷いた。そのあと、なぜか俺の背後をちらっと見る。

「……誰もついてきてないね?」

「え?」

「いや、なんでもないよ」

(なんでもなくはないだろ。ついてくるって何が?…いや、考えすぎか?)

ターニャは何事もなかったように掃除を続けた。


畑の方へ歩くと、ミナが鍬を持っていた。昨日よりも表情が柔らかい。

「おはようございます、ルークさん」

「おはよう。今日も畑か」

「はい。……あの、昨日、村の人たち、ルークさんのこと、けっこう見てましたよね?」

「やっぱり見てたのか」

ミナは少し困ったように笑った。

「この村、村の人以外に慣れてないので……気になるんだと思います。

でも、本人たちは“気にしてない”つもりなんです」

「気にしてないつもりで、気にしてるのか」

「はい。……めんどくさいですよね」

「まあ……そうだな」

ミナは苦笑し、また作業に戻った。

(気にしてないつもり、ね。距離を置きたいのか置きたくないのか……どっちなんだ)


昼過ぎ。川のそばを歩いていると、ガルドが網を直していた。

「おう、ルーク」

「こんにちは」

「……昨日、パン屋にいたな」

「見てたんですか?」

「いや、見てない。村のやつが言ってた」

(……本当に見てないのか?いや、絶対見てただろ)

ガルドは真顔で続ける。

「この村は馴れ合わん。だが、村の人以外が何してるかくらいは把握しとく」

「それ、馴れ合わないって言うんですか」

「言う」

(言うのか…。距離感の概念が独特すぎるだろ、この村)

ガルドはまた網に向き直った。


夕方。家の前で風に当たっていると、村長のオルドが通りかかった。

「どうじゃ、あの家は」

「静かで助かっています」

「そうか。村の者は、村の人以外と馴れ合わん。

必要以上に関わってこんじゃろ」

(今日だけで三人に話しかけられたんだが。本当に“関わってない”つもりなのか?)

「……まあ、はい」

オルドは満足げに頷き、去っていった。


家に戻りながら思う。

(馴れ合わないって言う割に、全然そんな感じじゃないな)

正直、少し疲れる。

だが、王都のように踏み込んでくるわけでもない。

距離はあるのに、視線だけは寄越してくる。

(……距離感どうなってんだ、この村。いや、俺が気にしすぎ……ではないよな)

呆れに近い感情が浮かぶ。

けれど、完全に嫌悪というわけでもない。

ただ、妙に気になる。

夕焼けを眺めながら、静かに息を吐いた。

(とりあえず……もう少し様子を見るか)

そう思って家に入った。


五日目の朝。

外に出ると、村の空気はいつも通り静かだった。

……静かなはずなのに、家の前に誰かが立っている。

ターニャだった。

「おはよう、ルークさん。ちょっと聞きたいことがあってね」

「なんでしょう」

ターニャは妙に真剣な顔で言った。

「昨日、ルークさん……ミナと話してたでしょ?」

「話しましたけど」

「それって……その……仲良くなったってこと?」

「いや、ただ挨拶しただけです」

ターニャは胸をなでおろした。

「よかった……」

「よかった?」

「ううん、なんでもないよ」

(なんでもなくないだろ)


村の中央に向かうと、今度はガルドが待ち構えていた。

「ルーク」

「はい」

「ミナと……どうなんだ」

「どうって?」

「いや、その……心の距離が近づいたのかと」

「挨拶しただけです」

ガルドは腕を組んでうなずいた。

「そうか。なら安心だ」

「安心?」

「いや、なんでもない」

(なんでもなくないだろ)


畑に行くと、ミナが鍬を持っていた。

俺を見るなり、顔を真っ赤にして固まる。

「お、おはようございます……!」

「おはよう」

ミナはしばらくもじもじしてから、

意を決したように言った。

「その……昨日、村の人たちが……

“ルークさんと心の距離が縮まったんじゃないか”って……」

「いや、挨拶しただけです」

「ですよね……!」

ミナはほっとしたように笑った。

「私、村の人以外と話すの慣れてなくて……

だから、みんな勘違いして……」

(なるほど。つまり村全体で勘違いしてるのか)


夕方。

家に戻ろうとすると、村長のオルドが立っていた。

「ルーク」

「はい」

「ミナと……どうなんじゃ」

「どうもこうもありません。挨拶しただけです」

「そうか。ならよい」

オルドは満足げに頷いた。

「村の者は、村の人以外との心の距離を測るのが苦手でな。

すぐ“仲良くなった”と勘違いする」

(知ってる)

「じゃが、ミナは真面目な子じゃ。あまり期待させるようなことは言わん方がええ」

「挨拶しただけです」

「うむ。挨拶は期待させる」

(いや、どんな村だよ)


家に戻りながら思う。

(心の距離を測るのが苦手ってレベルじゃないだろ)

挨拶しただけで村全体がざわつくなんて、どれだけ閉じたコミュニティなんだ。

でも、ふと気づく。

(……俺、今日だけで何人に“どうなんだ”って聞かれた?)

数えたくもない。

思わず笑いがこみ上げてきた。

(心の距離を測れないのは……もしかして俺もか?)

そう思った瞬間、家の前にターニャがまた立っていた。

「ルークさん!」

「……なんですか」

「ミナが“挨拶してくれて嬉しかった”って言ってたよ!」

「それは普通の反応では?」

「つまり……心の距離が縮まったってことだね!」

(いや、違うだろ)

ターニャは満面の笑みで言った。

「村の人以外と心の距離が縮まるなんて…ルークさん、すごいよ!」

(いや、挨拶しただけなんだが)


五日目にして、俺はこの村の“心の距離”という概念が壊滅的に信用できないことを悟った。

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