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プロローグ


 合格の通知を見た時は、正直夢を見ているんだと思った。

 パソコンのモニターには、私立海風高等学校 合格と無機質な字で書かれていた。


 私立海風高等学校。

 県内では程々に頭の良い、いわば進学校の類と言われている。

 校則は比較的ゆるく、体育祭や文化祭といったイベント事の活気が凄まじい。いわば、文武両道のお手本のような所。


 僕みたいに何か得意分野があるわけでもない、期末テストでもほとんど真ん中という、可もなく不可もない生き方をしてきた自分にとっては、合格というのは上出来すぎる結果だった。


 合格したと話した時の親と担任は、まさに鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたのを覚えている。

 その顔を見て、「ああ、僕はやったんだ」と、やっと自覚した。

 

 だからこそ、僕は思った。

 ここでなら、何かが変わるかもしれないと。


 今までの普通すぎる自分を乗り越えて、なにか新しく変われるんじゃないかって。

 根拠はなくとも、過去の僕が成し遂げた合格という称号が、僕の心を後押しするようになっていた。

 行ける、僕は教室の隅でノーパソをカタカタしているだけの陰キャから、キラキラ青春を楽しむ爽やか高校生へとジョブチェンジするんだ…!

 ──そして、来たる。4月5日、迎えた入学式。



 式はそつなく終わり、手渡されたプリントを頼りに各教室へと向かう。

 周りを見ると、やっぱり校則がゆるいからか、あまり見ないような髪色をした生徒が何人かいるみたいだった。

 多いのが金髪、その次に茶髪、それ以外は各々カラフルで個性豊かな感じといった所。


 僕自身の装いや容姿はなにか奇抜というわけではなかったけれど、何もしてこなかったわけじゃない。

 デビュー戦の火蓋は、合格通知をもらったときから切られていたのだ…。

 

 教室に入る前からすでに、僕は気合を入れていた。

 今まで気にしていなかった髪型は、短めにしておでこが少し見えるくらいにイメチェン。

 そして表情。とにかく笑顔で、そして堂々と、親しみやすいような輝かしい感じで。


 自分のうちにある理想の高校生像を映し出すように、僕は頭の中でイメージトレーニングを何度も行っていた。

 教室に入ったあと、簡単な連絡事項や教科書の受取を済ませると、やるべきことが順調に進んでいく。

 チラチラと周りを見てみると、お互いに様子をうかがっているようで、時々隣の生徒と目が合う。 

 …緊張する。

 

 そして、自己紹介本番。

 さあ、僕の順番が来る。


 前の人の番が終わり、名前が呼ばれたと同時に素早く席を立つ。

 そして、声高々に、自信満々に声を出した…つもりだった──。



 「お、おお、大瓶ゆっユウキです。趣味は、あっ、えと、アニメとマンガと…いや、あ、くらいです。よろしくお願いします…。」

 やってしまった。


 盛大に、噛んだ。

 声も意識したのに全く出ておらず、後ろの席から「全然聞こえないよねー」という小声が耳に入ってしまった。


 ああ、終わった。

 僕の高校生デビュー、これにて終了…。



 その後、何事もなかったかのように自己紹介は進み、みんな特に変わった様子はなく、自分だけ明らかに浮いているなというのを空気で感じた。

 宿題として簡単な自己紹介カードのテンプレートを受け取り、その日は午前中で終わった。



 絶望に打ちひしがれる僕のもとに、見覚えのある顔が近付いてきた。

 通りの良い声質に、いかにも爽やかイケメンな背格好。


 「おーい、ユウキ! 元気なさそうだな!

  失敗したんだろ? 高校デビュー、失敗乙!(笑)」


 わざわざクラス中に聞こえるようなからかってくる。

 周りからは、くすくすと笑い声や引き気味な声が薄らと聞こえてくる。


 この意地の悪い男の名前は、本木カズヤ。

 小学生の頃からの友人──というか、腐れ縁だ。

 勉強はそこそこできて、運動神経は抜群、そして愛想もいい。

 その上、顔までそれなりに整っているのだから、何も言えることがない。


 そんなカズヤが、同じ学校にいるという事実。

 隣のクラスではあったけど、こいつといると疲れる。

 

 「…ほっといてくれよ。」


 僕は顔を伏せて、周りに聞こえないよう小声で言った。

 さすがのカズヤも察してくれたのか、はぁとため息を吐きながら去ろうとした。


 「まだ治ってないのかよ、そのコミュ症。

  中学はともかく、高校は知らないやつの集まりなんだから、ちょっとくらい勇気出せって。」


 「…ま、カズヤみたいに誰にでも話しかけられる心の強さがあればよかったけど。」


 「はー、言い訳だな。 きっかけがないだけだお前は。

  …ま、出会いを期待しとくんだな、オタクくんっと。」



 そう言って教室を去っていった。

 ふと周りを見ると、すでに何人かがグループを作っているのが見えた。

 僕は、再度肩を落としてため息を吐いた。


 男子のグループですら、入れる気がしなかった。

 カズヤも、すぐにどこかの輪に引き込まれるんだろう。

 僕とは違って、そういう星のもとに生まれてきたんだ。


 全く、運命は残酷だ。

 なにか変えられるかもと希望を見出したのに、現実はこれだ。



 教室の空気に馴染めないまま、もらったプリント類を勢いよくカバンに詰め、帰路に着く。

 


 

 ───





 入学式から、だいたい1週間が経った。

 僕は未だに、どの輪にも入れず馴染めていない。


 …今週から、通常授業と仮入部というものが始まった。

 仮入部、いわゆる各部活の紹介をビデオや実際の活動で体験して、入りたい部活を考える期間のこと。


 高校に入る前は、なにかいい感じの部活に入ろうとも思っていたけど、この調子じゃ入る気にもなれない。

 部活紹介のプリント冊子をパラパラとめくりながら、時間を潰す。

 サッカー部、野球部、文化部なら吹奏楽や書道部などなど…。


 まあ、一般的なラインナップだろう。

 自由な校風からすれば、思っていたよりも変わり種がなくて新鮮さは幾分か薄れるけど。

 冊子の間から、黒板上にある時計をちらりと見る。


 …そろそろ放課後だ。

 掃除の担当場所が思ったよりも早く終わったので、手持ち無沙汰だった。

 ホームルームさえ終わったら、さっさと帰ろう。



 ───





 放課後のチャイムがこだまする。

 ホームルームも終わり、周りは「放課後どこ行く?」やら「宿題やってから帰ろー」などと、楽しそうに会話しているのに、僕は誰からも話しかけられず、ほそぼそとカバンの教科書を出し入れしていた。

 …こんな今でも、誰かが話しかけてくれるんじゃないかって、少しだけ期待している自分が情けない。


 ふざけたことはやめて、さっさと帰ろう。

 無駄に教科書の詰まったカバンを背負い、息を潜めるように教室を出た。



 廊下の壁には、いろいろな部活の部員募集ポスターが貼られていた。

 ついこの間読んだ冊子と同じだったから、特に目新しさはない。

 …と思っていたら、一枚だけ油性ペンでさっと書いたような、丸みを帯びた可愛らしい字で「科学部、部員募焦」と書かれていた。


 科学部なんてあったんだ。


 この間の冊子には乗っていなかったから、ここだけのものだろう。

 しかも、募集の集の字が間違ってるし。

 焦りになってる。


 なんだか変なポスターだなと思いつつも、なんとなく気になってしまい、僕は科学部の部室である化学室を通ってみることにした。

 さっと見るだけ。

 ドア越しに中を見て、どんな人がいるんだろうなと確認するだけ。


 どうせ、大人しそうな人の集まりで、和気あいあいと薬物でも混ぜ込んでいるんだろうけど。

 …もしかしたら、自分でも馴染めるかも知れない…なんて、都合の良い妄想をしてしまう自分がいた。



 

 プリントによると、この階段を降りて、この通路を右に曲がればすぐに化学室があるらしい。

 外の方で誰かが話していたらどうしようとか、こんな場面でも怖気づくような思考をしながら、息を殺して角を曲がって様子をうかがう。


 …そこには、予想していたような光景は一切なく……。

 白衣を着た小柄な少女が、化学室の目の前で倒れ込んでいた。


 「うわあああああああああああああああ!!?!?!???!?!?」



 やばい、やばい。

 この人はだれだ?

 小さいけど、迷い込んだ人?

 それとも幽霊…?


 いや、まだ生きている可能性だってあるはず…。

 僕は恐る恐るその少女に近づく。


 顔の近くに耳をそおっと近づけて、呼吸があるかを確かめる。

 すう…すう…うん、この人は生きてる。


 ちゃんと息をしてた。

 よかった…。


 …じゃなくて。



 「あの、すみません。 大丈夫ですか…?」


 軽く体を揺らすように声をかけてみる。

 大きい声に驚いてしまわないよう、小声でそっと。


 最初の方は無反応だったが、気が付くとなにか右手を少しだけ動かしていることに気がついた。

 それに、なにか声も聞こえる気がする。


 そっと、耳を近づける。


 「…た。」


 「なんて…?」


 「…いた。 おなか、すいた…。」



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