9 デザイナー マダム・ロシェ
「はい! 注目!」
私はパンパンと手を鳴らし、大声で叫んだ。
「こちらは、皆様の衣装を作って下さる、マダム・ロシェです」
「皆様初めまして。お目にかかれて大変光栄でございます。この度、皆様のお衣装を作らせて頂く栄誉を賜りました、イザベラ・ロシェと申します。皆様のご期待に沿えるよう、精一杯努めさせて頂きます」
淀みなく流れるように挨拶の言葉を述べつつ、優雅な仕草で淑女の礼を執るマダム・ロシェ。
彼女は王都で一番人気のデザイナーだ。
小柄で、ぱっと見だと30代前半くらいにしか見えないが、実際の年齢は40代後半らしい。
きちんと結い上げられた艶やかなブルネットの髪に、琥珀のようにキラキラと輝く瞳。
紺色の落ち着いたドレスと金縁の眼鏡が、彼女を有能な女性に見せている。
「マダムのお店は一年先まで予約がいっぱいだと伺っております。この度は急な依頼をお受けいただき、誠にありがとうございます」
「コンフォール公爵令嬢のご依頼とあらば、何をおいてもお受けせねばなりますまい。それに、この度のご依頼は、デザイナー冥利に尽きるものですもの」
「ふふっ、そう言って頂けると嬉しいです。あ、そうそう、これからは私のことはシルヴィアとお呼び下さいませ」
「かしこまりました。では、シルヴィア様と呼ばせて頂きますわね」
そうやってにこやかに微笑みながらマダムと話していると、ジュール様が手を挙げた。
「あの、一つお伺いしたいことが」
「なんでしょう。ジュール様」
「先程、マダムが我々の衣装を作ると仰っていたようですが」
「はい。その通りです。皆様には、ステージ衣装として、マダム渾身の衣装を身に着けて頂く予定でおります」
そう言いつつ、手に持っていたメモを読み上げる。
「これは私が事前に考えたそれぞれのイメージカラーです。アレックス様は赤、バルド様は紫、アンリ様はピンク、リヒター様は青、ジュール様は緑」
「イメージカラー? それは一体どういうことですか?」
普段無口な、というよりいつも寝ているリヒター様が、珍しく質問してきた。
「皆様には今後、それぞれのイメージカラーを身に纏って頂きます。衣装全体、もしくは一部分に、必ずこのイメージカラーを取り入れるのです」
そこで、マダム・ロシェに目で合図を送る。
すると、マダムは力強く頷きながら、手に持っていたデザイン画を掲げつつ説明を始めた。
「これは、お衣装の一例でございます。アレックス様が普段お召しになっておられるような肩章付きのフロックコートですが……このように、全体を白でお作りし、サッシュの色をそれぞれのイメージカラーでお作りいたします」
デザイン画には、肩のところに金色の肩章、前身頃に金のモールで装飾が施された真っ白な軍服めいたフロックコートの衣装が、5人分描かれていた。
そして、それぞれ、左から赤、紫、ピンク、青、緑のサッシュ――日本でいうタスキのような布――を斜め掛けしていた。
「素敵ですわ! アレックス様は情熱的な赤! バルド様は知的でミステリアスな紫! アンリ様はキュートでロマンティックなピンク! リヒター様は颯爽とした雰囲気の青! ジュール様は癒し効果のある緑! このように、皆様の雰囲気に合わせた色を身に纏って頂くことで、応援する時に持つリボンを選びやすくなるのですよ!」
「リボン? 何に使うの?」
アンリ様が訝し気に聞いてきた。
「自分のお気に入りのメンバーのイメージカラーのリボンを手首に巻いたり、髪を結んだりするのです。バッグに結ぶのも素敵ですね。お気に入りメンバーが沢山いる場合は、複数のリボンを身に着けるのがおすすめです、私は全員を応援しておりますので、ほら、このように」
そう言いつつ、くるっと後ろを向くと、背後から「うわっ」だの「おおっ」だの驚きの声が挙がった。
そう、私は編み込んだ髪に、小さなリボンを結んでいるのだ。
下品にならないように、極々控えめな大きさのリボンを選んだが、5種類の色のリボンはカラフルでとても可愛らしい。
「そして、手首にも、このように巻くのです」
私が差し出した左手首に、マダムがさっと赤い幅広のリボンを巻いた。
「このようにして、ステージに向かって手を振ることで、お気に入りのメンバーに対する応援の気持ちを表すのです。『きゃあああああ! アレックス様あああああ! 素敵ですうううううう!』とこのような感じで」
私が両手を挙げ、ありったけの大声で叫んでみせると、5人とも目を丸くしつて固まってしまった。
「あらあら、情けない。コンサート当日は、ものすごい数の方達からこのようにキャーキャー叫ばれるのですよ。そんな中で落ち着いて音を外さずに歌って頂かなければなりませんのに」
「いや、突然、目の前で叫ばれたら誰だって動揺するだろうが!」
「まあ、バルド様はわかってらっしゃらないようですわね! 普段から慣れておかないと、当日になって困ることになりますわよ!」
バルド様と言い合いしていると、背後からブハッと吹き出す声がした。
振り返ると、アレックス様が体を九の字に折り曲げて、ぶるぶると震えながら笑っている。
「アレックス様? 何がそんなにおかしいのですか?」
「だってシルヴィア、その恰好……レッサーパンダの威嚇!……クッ……」
アレックス様がそう言うと、残りの四人のメンバーも一斉に吹き出し、右手で口元を押さえ震えだした。
救いを求めるようにマダムの方を見ると、マダムはさっと視線を逸らして不自然に窓の外を見始めた。
だが、その肩は小刻みに揺れている。
「なんて失礼な! アレックス様! 私はレッサーパンダと言ったら許さないって言いましたわよね!」
思わず大声で叫ぶ。
だが、アレックス様の笑いは一向に収まる気配が無い。
「もう! アレックス様! そろそろ笑うのをお止め下さい!」
近づいて行って、目の前でそう叫ぶと、目元の涙を拭いながらアレックス様が言った。
「ふふっ。シルヴィアは可愛いね。そうだ、今日のご褒美は今してもらおうかな」
すると、横から飛び出して来たアンリ様がニヤリと笑いながら言った、
「僕も今でいいよ」
「アンリ様とはそんなお約束はしておりません!」
「ええー、ひどいやシルヴィ。アレックス様だけ贔屓してずるいよ」
「えっ、そんなことは…………」
「あー、やる気なくなってきちゃったなー」
「アンリ様…………仕方がないですね。それでは、順に並んで下さいませ」
ため息を付きつつそう言うと、何故か、アレックス様とアンリ様だけでなく、バルド様、リヒター様、ジュール様までもが並び始めた。
「どうして皆、並んでいるんですか!?」
思わず、両手を挙げて叫ぶと、せっかく落ち着いたはずのアレックス様が、またもや笑いの発作に見舞われ出した。
「もう、いい加減にしてくださいませ!!」