7 マグダレーナとマリア
「はい! 1・2・1・2!」
手を叩きながらリズムをカウントするマグダレーナ。
5人の目の前でお手本を踊って見せるマリア。
5人は食い入るような目でマリアの動きを見つめている。
振付を覚えるのが一番遅い者と馬鹿にされるのが嫌なのだ。
「はい! 1・2・3・4・5・6・7・8! 8の時に必ずキメ顔でポーズよ!」
四方の壁に鏡を張った練習室の中、マグダレーナの声が響き渡る。
ここは公爵家のダンス練習室。
公爵家の子供たちは、この部屋でダンスの練習をしてきた。
「こんな素晴らしいお部屋があるなんて、さすが公爵家ね!」
マグダレーナがにっこりと微笑む。
真っ赤な口紅を塗った唇が、三日月のような弧を描いている。
「本当に素晴らしいわ! でも、ついつい自分の姿に見とれちゃうのが難点ね!」
タオルで汗を拭きながら、マリアが言う。
これだけ踊っても、つけまつげばっちりの厚塗りメイクは全く崩れていない。
マグダレーナとマリアは、王都で人気の舞踊団の代表だ。
彼らは双子の兄弟で、兄のマグダレーナは団長兼振付師。
弟のマリアは副団長兼トップダンサー。
ちなみに二人とも、身長190cmのがっしりとした体格の男性だ。
だが、いったん踊り出すと、しなやかな筋肉の動きと繊細な感情表現によって、見る者を虜にすると評判なのだ。
やはり、男性の踊りは男性に指導してもらうのが良いだろうと思い、彼らに指導を頼んだ。
「うふふ、それにしても、5人ともうっとりするくらい美形ね! 教えがいがあるわぁ」
「そうよね! 5人の熱い視線を浴びながら踊るのも楽しいし!」
「お二人とも、今回は快く講師を引き受けて頂き、誠にありがとうございます!」
改めて頭を下げると、二人とも顔の前でひらひらと真っ赤なネイルを塗った手を振り言った。
「あら、こちらこそお礼を言わなきゃだわ。黒雲病のせいで興行に人が集まらなくて、このままだと資金繰りが追い付かないところだったの」
「そうよ、今回の報酬のおかげで、うちはなんとか食いつないでいけそうなんだから」
「恐れ入ります。ですが、このことは秘密でお願いしますね」
そう。今回の講師の契約金として、彼らにはかなりの金額を渡している。
もちろん、私のポケットマネーから。
だがこれは公にはしていない。
今回のツアーはあくまでも「第三王子主導の黒雲病対策」であり、私はその志に賛同した協力者なのだ。
コンフォール公爵家が主導だと思われないようにするためにも、私が表立って働くことは控えるようにしなければ。
国内の貴族の力関係は、非常に繊細なバランスで保たれている。
公爵家だけが手柄を挙げることはそのバランスを崩しかねないし、何より神殿に目を付けられたくない。
「それにしても、さすがに皆さん、呑み込みが早いわね!…………一名を除いて」
「ほんとほんと、動きもすごく優雅だし…………一名を除いて」
「お二人とも、それ以上は止めてあげて下さいませ! ほら、すっかり気落ちしてしまって可哀想ではありませんか!!」
全員の視線がバルド様に注がれる。
「こっちを見るな!! 俺は気落ちなどしていない!」
バルド様が顔を真っ赤にして怒鳴る。
それを見ながら、アンリ様がからかうような口調で言った。
「ふふっ、びっくりだよねぇ。まさかグレンヴィル卿が運動音痴だったなんて」
「失礼な!! 俺は運動音痴ではない!」
「そうだよ、アンリ。バルドは剣術や体術は人並み以上だし、足だって速いんだよ。決して運動音痴ではないはずだよ」
「アレックス様……ありがとうございます!」
「そうだ、ただリズム感が無いだけだろう」
「リヒター、お前は黙ってろ!」
ブハッと吹き出す音がして、アレックス様が床にうずくまる。
またしても、収集がつかなくなる予感。
「アレックス様! 笑ってないで、練習してください!」
「だってシルヴィア、可笑しくて我慢できないよ」
「もう! いい加減笑うのをお止め下さい!」
「はぁ、可笑しい……あ、そうだシルヴィア、僕はまだシルヴィアから『ご褒美』を一度も貰っていないんだけど」
まさかのアレックス様からのおねだりに、一瞬で血の気がひく。
「毎日一回、頬にキスしてくれるって約束だったよね?」
思わず顔が熱くなる。今、ここでやれと!?
そんな恥ずかしいことできるわけがない!
「えー、そんな約束してたの? 僕にもしてよ!」
アンリ様まで何を言い出すのか。
人をからかうのもいい加減にしてほしい。
「うふふ、王子様とシルヴィア様は、仲がよろしいこと。こんなに仲がいいのに、どうしてお二人は婚約しないの? ちょうど良い年回りなのに」
マグダレーナが右手を頬に添えながら不思議そうに言った。
「ああ、それはですね。王家には王女が一人もいないでしょう?」
「そうね、その代わり、素敵な王子様が三人もいるけどね」
マリアがアレックス様にウインクする。
「なので、我が国が『婚姻』という戦略的な手段を使う際の駒が必要となったときは、王家に連なる身分の者として、私が嫁がねばなりません。例えばですが、このまま黒雲病が続けば国力が衰え、隣国に助けを求めるために婚姻による同盟を結ぶことも考えられます」
皆が黙って私の顔を見ている。
「私の母も、王姉として20歳までは婚約者を決めずにおりました。ですが、幸い、我が国が母を切り札として使わなくて済んだため、お互いに想い合っていたコンフォール公爵子息の元へ降嫁できたわけです。めでたしめでたしですね」
少しおどけて言ってみたが、何故か皆、無言だった。
あれ? 私、何か変なこと言っただろうか。
「……シルヴィア様は、それでいいんですか?」
ジュール様が、聞いてきた。
どうしてそんなに思いつめたような顔をしているんだろう。
「いいもなにも。私は公爵家の娘で、王姉の娘ですから。当然のことでしょう?」
私がそう言った途端、両脇からマグダレーナとマリアが抱き着いてきて揉みくちゃにされた。
「ああ! シルヴィア様ったらなんて健気な!!」
「高位の貴族の崇高な覚悟を見せてもらったわ!!」
二人はそんなことを言いながら、涙ぐんでいる。
なんでそんなに感動しているのか、全くわけがわからない。
「僕の従妹殿の為にも、早いところ黒雲病から国を救わないとだね。……このままだと国力が下がるのは避けられない。シルヴィアを国の犠牲になどさせるわけにはいかない」
珍しくアレックス様が真顔で言うと、周りの皆も、すごい勢いで頷いている。
「我が国の至宝、妖精姫を他国に渡すことなど、絶対にさせはしない」
ちょっと! 妖精姫って言うの止めてっていつも言ってるのに!!