5 ジュール商会の次男 アラン・ジュール
さてさて。
ついに最後のメンバー候補のところにお願いしに行くことになったわけだが。
今回はアレックス様に用事があるときを狙って、私と侍女のアンナの二人きりでジュール商会に行くことにした。
理由は、私一人で話し合いに臨むつもりだったから。
今回の話し合いに、王家は関わらせたくなかったのだ。
取引をするのは王家ではなく、あくまでも、シルヴィア・コンフォールだということにしておきたかったのだ。
これは、王家が一つの商会だけに便宜を図ったと言われないようにするためだ。
貴族は王や王家に忠誠を誓っているが、平民はそうではない。
王家から何かを頼まれた場合、それに対しての見返りを求めるのは、至極当然のこと。
だが、今回のことで、ある一つの商会だけに王家が利益を与えたとなったら、国民から不満の声があがるかもしれない。
それは絶対に避けたい。
なので、商会と取引する相手は「私個人」でなくてはならないのだ。
そのために、訪問の際に爵位を明らかにせず、名前だけを名乗った。
これは公爵家との取引ではない。
貴方方に見返りを差し出す相手は、「シルヴィア・コンフォール」なのだという決意表明のようなものだ。
「お初にお目にかかります。アラン・ジュールと申します。各国の王族達がこぞって結婚を申し込んだという、麗しの妖精姫にお会いできて、誠に光栄です」
(ぎゃーーーーー!! ここでも妖精姫!? しかも噂に尾ひれがついてるじゃないの!!)
いきなりの妖精姫扱いに、恥ずかしさで頭に血が上ってしまった。頬が熱い。
私はまたもや黒歴史を思い出す。
あれは、デビュタントのすぐ後のことだった。
各国の王族や貴族達を招いた夜会に出たのだが。
そこで、どういうわけか私のことを褒めちぎってくる王子がいたのだ。
しかも、三人も。
私が戸惑っていると、その三人は何故か争いだし、どんどん険悪なムードになっていった。
そこにアレックス様が現れ、三人に何か小声で言ったところ、彼らはへらへらと笑いながら「そんなつもりじゃなかった」「許してくれ」「たすけて」などど言いつつ去って行った。
彼らはきっと、私をからかっていたんだと思う。
アレックス様が助けてくれなかったら、危うく求婚されていると本気で信じるところだった。
その後、その一件が広まり、私は「各国の王族がこぞって求婚した公爵令嬢」ということになっている。
いやはや噂というものは本当に怖い。
それはさておき。
悪戯っ子みたいにキラキラした目でこちらを見るジュール様は、国で一番大きな商会であるジュール商会の会長の次男だ。
ちなみにジュール家は災害時の国への貢献度を認められ、近いうちに男爵位を授かるらしい。
アラン・ジュール様は、現在20歳。
商会では主に父親である会長の補佐をしている。
現在隣国の支店を任されている長男が跡を継ぐので、ジュール様は兄の補佐役になるか、もしくは自分の商会を立ち上げることとなるそうだ。
ジュール様は、亜麻色の髪を緩く編んで片側に流し、胸の前に下ろしている。
少しタレ目の優し気な緑の瞳で、左の目じりの下にホクロがあり、それが独特の色気を醸し出していた。
柔らかい物腰と甘い声、その上、女性の扱いに慣れている。
そんなジュール様は、とんでもなくモテるのに、決まった恋人を作らないことで有名だった。
私はジュール様にも今までと同じように説明し、メンバーになってほしいとお願いした。
「それによって、私は何を得られるのでしょうか?」
「公爵家の、私に関する取引を全てジュール商会に任せることにします」
「それではジュール商会が得をするだけですね。私個人には利が無い……そうですね、私は最近、自分の商会を立ち上げたばかりなんですよ。どうかそこに、何か素敵なご褒美をいただけませんか」
ジュール商会ではなく、ジュール様がご自身で立ち上げた商会の得となること……
私はしばらく考えてから言った。
「メンバーのイメージカラーの商品を扱う権利ではどうでしょうか?」
「イメージカラーの商品?」
「そうです。たとえばリボンとか。自分が一番応援しているメンバーの色の物を持つ、というのを流行らせてはいかがでしょうか。もちろん、一番が決められない、全員が好きと言う場合は、全色持っても良いのです」
私がそう言うと、ジュール様は目を見開いた。
「お嬢様はとんでもないことを思いつかれますね」
「リボンなら比較的安価で買えるし、軽いから良いかと思いまして」
「では、似顔絵などが描かれた物や、名前が書いてあるものはどうでしょう?」
「それですと、神殿が黙ってないでしょう。特定の人物に対して寄進すると捉えられるとまずいです」
「……たしかに」
ジュール様は、しばらく考えこむようにしたあと、さらに疑問をいくつか投げかけてきた。
「それを私の商会で売る権利、ということは、他の商会には売ることを許さないということですね」
「はい、ただし、売るのは歌と踊りを披露する会場でだけにして欲しいのです」
「……それは何故ですか?」
「できるだけたくさんの人々に、会場に足を運んでもらいたいのです。踊りやリボンなどの品物は言うなれば、おまけみたいなものなのです。一番大事なのは、歌を聞くこと。元気が出るような明るい曲調でノリの良いリズムの歌を、複数の人間が歌うのを、できるだけ多くの患者に聞かせることなのです」
私が強く言うと、目の前のジュール様は何故か片手で目元を押さえ、「まいったな……」と言った。
頬が赤くなっている。一体、何故?
ハッ、もしかして、私が熱く語りすぎたせいで困ってる?
たとしたら申し訳ない。
だが、ジュール様はその後、晴れやかな笑顔になり言った。
「お嬢様、私を是非ともメンバーに加えて下さいませ」
「ありがとうございます! それでは商談成立ですね!」
私も笑顔で答えた。
またしてもジュール様が顔を赤くしながら「まいったな……」と言った。
一体、何に参っているというのだろう。
まあ、それはさておき。
これでようやくメンバーが5人集まった。
ついに、アイドルグループ結成となったのだ!
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