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4 騎士団長の次男 リヒター・ノール

さて、この勢いで次のメンバーもゲットだ!

私は両手を握りしめ、グッと気合いを入れた。


だが、アレックス様が、急に不穏なことを言いだした。



「リヒターか……うーん、彼はやめておいたほうがいいんじゃないかな」


「え? どうしてですか?」


「うーん、彼はね…………少なくとも、『()()()大型犬』って感じじゃないよ」



どういう意味だろう。


以前、練習を見学したことがあるが、リヒター様は重そうな剣を軽々と振り回し、素早い動きで相手を打ち倒していた。

なので「元気な大型犬」というイメージを持っていたのだが……



「何か問題でも?」

「まあ、会えばわかるよ」



アレックス様の言い方がものすごく引っかかる。

会えばわかるって、どういうことだろう。


ちょっと警戒しながら、アレックス様と一緒に騎士団の練習場に足を運ぶ。



リヒター・ノール様は、騎士団長であるノール子爵の次男で18歳。

その強さから「銀狼(ぎんろう)」と呼ばれる父の騎士団長と、そっくりな容姿。

長身で引き締まった身体つきが、まさに騎士といった感じだ。

だが、短めに整えられた銀髪と、透き通る蒼玉(サファイア)の瞳を持った彼は、顔だけ見れば女性かと思うくらい整った顔立ちだった。


学院卒業後は騎士団に入り、アレックス様の護衛となることが内定している。

そのため在学中である今から、放課後には王宮の騎士団練習場で現役騎士団員と共に鍛錬しているとのことだった。



「ああ、いたいた。あそこに立ってるね」


アレックス様が練習場の端の方を指差した。

そこには、凛とした、美麗な騎士が立っていた。


――気合を入れていかねば。

私は気を引き締めつつ、リヒター様に近づいた。

そして、リヒター様の目の前に出ると、ゆっくりと優雅に淑女の礼をとった。



「リヒター様、お初にお目にかかります。シルヴィア・コンフォールと申します。突然ですが、お願いがあって参りました」



そして、前の三人にしたのと同じ説明を始めたのだが……



「リヒター様……?」


何故かリヒター様は一言も発しない。

なんなら瞬きすらしていない。

ずっと腕を組んだ姿勢のまま、微動だにせず、ただただ黙って立ち尽くしていた。



「アレックス様、リヒター様は何故、黙っていらっしゃるのでしょう?」


どうにも困ってしまって、後ろに立っているアレックス様に小声でひそひそと話しかける。


「ああ、彼は今、寝てるんだよ」


「えっ!? だって、目を開けてるじゃないですか!」


「立ったまま目を開けて寝るのが彼の特技なんだよ、…………ああ、これは熟睡中のようだね」



立ったまま目を開けて寝るのが特技……!?

あまりのことに呆然としてしまう。



「仕方がないな……リヒター、起きてくれ」


アレックス様がそう言いながら腕を揺すると、リヒター様がやっと反応を示した。


「アレックス様……? 何事でしょうか……」


「起こしてすまないね。僕ではなく、僕の従妹(いとこ)が君に話があるんだよ」


リヒター様がゆっくりと視線を動かし、私の顔に焦点が合った。

その途端、はっとした表情になり大声で叫んだ。



「…………妖精姫!?」


(ぎゃーーーー!! 出た!! 黒歴史!!)


私は突然出てきた恥ずかしい呼び名を聞いて、思わず走って逃げようかと思った。




あれは去年の春のこと。

毎年開かれる春の夜会に、私は他のデビュタントの令嬢と同じように白いドレスで参加していた。


一人ずつ名前が呼ばれ、王の御前に進み出て淑女の礼をとり、お言葉を頂く。

それがデビュタントの儀式だったのだが。

姪の晴れ姿に気を良くした(叔父)が、とんでもないことを言い出したのだ。



『ああ、我が姪はなんと愛らしいのだ。金の髪が太陽の光のように輝き、青い瞳は宝石のように美しい。可憐な姿がまるで妖精のようだ』



それを聞いた周りの貴族達が、口々に、私のことを妖精姫と称えだした。

王が言ったことだから、周りはそれに逆らえないのだろう。

気を遣わせてしまって申し訳ない。


正直、私はその日のデビュタントの令嬢の中で最も背が小さく、色気も皆無だった。

そんな風に褒めてもらえるような容姿ではないことは、自分でよくわかっている。

あまりに子供っぽくて気の毒な姪を可哀想に思った王が、気を遣って大袈裟に褒めたに過ぎないのだ。


なのに、それ以来、私は貴族たちから「妖精姫と」呼ばれるようになってしまった。

……恥ずかしい。本当に恥ずかしいので止めてほしい。



妖精姫と呼ばれ、思わず顔が熱くなった。

そんな私を見たアレックス様は、何故か冷ややかな声で言った。


「リヒターは凄いね。僕の可愛い従兄妹の頬をこんな風に染めることができるなんて」


「…………っ! 申し訳ありません!」



リヒター様が、凄い勢いで謝っている。

心なしか顔色が悪いようだ。もしかして、アレックス様が怖いのかな?

でも、何故だろう?



「謝罪は特に必要ない。それより、シルヴィアの話をちゃんと聞いてあげて」

「かしこまりました」



そして、私はやっと例の説明をし始めたのだが。

またもや、話の途中でリヒター様が動かなくなってしまった。



「リヒター様! 起きて下さい!」


「…………ハッ、失礼した……」


「リヒター様、もしかして眠いのですか? 立ったまま目を開けて寝るほどのひどい眠気だなんて。睡眠不足なのですか?」


「…………面目ない」



よくよく話を聞いてみたところ、リヒター様は慢性的な睡眠不足とのことだった。


騎士の朝は早い。

日の出とともに起きて朝の鍛錬。

その後、学院に行き他の生徒と同じように過ごし、放課後は王宮の練習場で騎士団と鍛錬。

朝から晩まで常に鍛錬に次ぐ鍛錬。


さらにリヒター様は、強さだけでなく、優秀さまでをも求められていた。

なので夜は遅くまで勉強し続けるしかなかったのだそうだ。


上官の無謀な作戦や誤った判断が、部下たちを危険な状況に追い込み、結果として多くの者が命を落とすことになる。

そんな上官の判断ミスで部下が傷つくことを避けるために、ノール家の人間は、常に優秀でなければならなかった。


しかもだ。

彼の家には「銀狼」と(うた)われる父親と、騎士団に所属する優秀な兄がいて、彼らも同じように学院時代を過ごしてきたのだそうだ。

なので、自分だけ鍛錬や勉強をやりたくないなんて、とてもじゃないけど言える雰囲気ではないし、死んでも言いたくない。


だが眠い。

いつの間にか、立ったまま目を開けて寝ることが特技となるくらい、毎日眠くて眠くて仕方がなかった。


幸い、元々無口なこともあり、今までにその特技に気づく者はいなかった。

ところが最近、アレックス様についに見破られてしまった。



「私がお仕えする方がこんなにも優秀だったなんて。と嬉しく思ったのですが……」


ごまかせなくなった為、仮眠が取れなくなったのは残念です、リヒター様がしょぼんとした様子でそう言った。

その様子が何かに似ている。なんだろう。思い出せない。



「ねえ、リヒター、僕たちのグループのメンバーになれば、しばらくは放課後に騎士団と鍛錬しなくて良くなるよ?」


アレックス様がそう言った途端、リヒター様がぱあっと顔を輝かせた。

なんて単純で、なんてわかりやすい……!



「鍛錬しなくて済む……」

「歌と踊りの練習はして頂きますが」



後になって騙されたと言われると困るので、一応そう告げておいた。

ものすごく小声でだったけど。


「妖精姫、じゃなくてコンフォール公爵令嬢、ぜひ、俺をそのグループに入れてくれ!」


「リヒター様、ありがとうございます! 今後、私のことは、シルヴィアとお呼び下さいませ」


絶対に、絶対に、妖精姫とか呼ばないでよ! という圧力を視線に込めてじっとリヒター様を見つめると、何故か真っ赤な顔で目をそらされた。

だが、その後でアレックス様を見て顔を青くしているのは一体どういうことだろう。



それにしても、リヒター様ってやっぱり犬っぽい。

眠気でぐったりしていて、たしかにアレックス様の言うように、「()()()大型犬」ではないけど、それでもなんとなく大型犬みたいな感じなのだ。


大きくて、ちょっと情けない感じの…………そう、シベリアンハスキーに似ている。


アレックス様に小声でそう言ってみたら、ブフォッと吹き出してしばらくうずくまっていた。


「銀狼の息子がシベリアンハスキー……!」


アレックス様! それ、リヒター様本人には、絶対言っちゃだめですよ!



最後までお読みいただき、ありがとうございます!


シベリアンハスキー、可愛いですよね

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