3 魔術師長の三男 アンリ・ジェイド
次の日。
私はアレックス様、バルド様と共に、魔術師の塔に来ていた。
魔術師とは。
身に持つ魔力の属性――火、水、風、土など――を利用し、攻撃魔術、回復魔術、幻術など、多様な魔術を使うことができる者のことである。
魔術師の塔では、魔術をより使いこなすための訓練や、魔力を増幅させたり、特殊な効果を生み出す魔術具などの研究が行われている。
その塔の最高責任者である
魔術師長の三男、アンリ・ジェイド様は、塔の一番上の部屋にいた。
アンリ・ジェイド様は、魔術師長であるジェイド伯爵の三男。16歳。
アンリ様は、一見すると儚げで可憐な美少年。紅色の瞳が印象的で、透き通るような白い肌に、薄いピンクの前下がりボブの髪が映える。ふっくらとした唇は少し幼い印象を与えるが、猫のような気怠げな仕草は妙に色気がある。
普通の魔術師は、一つの属性しか持っていないものだが、彼はなんと全属性を持っている。
しかも、魔力の量が半端なく多い。
なので、魔術師の塔始まって以来の天才と言われている。
彼の二人の兄もかなりの魔術の使い手だったが、アンリ様と比べると雲泥の差だ。
なので、アンリ様は兄達から才能を妬まれていて、兄弟仲は最悪なのだそうだ。
「なぁに? 三人揃って何の用?」
アンリ様は窓枠に座って、気怠そうにそう言った。
「……お、お初に……お目に……かかります……シルヴィア……コンフォールと……申します」
塔のてっぺんまで、長い長い螺旋階段を必死に登ってきたので、息が切れてまともに喋れない。
横を見ると、アレックス様とバルド様が涼しい顔で立っている。
小声でバルド様が「俺は普段から鍛えてるからな」と呟いた。悔しい……!
アレックス様は「シルヴィアの足……生まれたての子鹿みたい……クッ」と言いつつ震えている。
笑いをこらえてるの、バレてますからね!
「コンフォール公爵令嬢だよね? ずいぶんと苦しそうだけど、大丈夫なの?」
「はい。……なんとか息が整ってきました。……アンリ様はすごいですね。毎日、こんな高いところまで階段を登ってらっしゃるなんて」
「僕は自分に風魔術をかけて飛べるから。ここまではあっという間だよ」
くっ……魔術師め……! ズルいぞ! 羨ましい!
「僕は高い所が好きなんだ。高い所から下界を見下ろすのは気持ちがいいからね。ほら、見てごらん、人がゴミのようだ」
あ、このセリフ、なんか前世で聞いたことある。
「で、一体何の用?」
私は、アレックス様とバルド様にしたのと同じ説明をした。
私に前世の記憶があることと、魔力の揺らぎが目に見えることも伝え、メンバーになって欲しいとお願いした。
「君も魔力が見えるのかい?」
アンリ様は、黒雲病のことなど全く興味が無いようで、メンバーになることなど全く聞いておらず、私が魔力の揺らぎが見えるということにだけ興味を示した。
「ねぇ、知ってる? 魔術師はね、魔力の流れが見えるんだ。でね、魔術師は、自分の子供も魔力の流れが見えるようにするために、魔術師同士で結婚するんだ。魔術師同士で結婚して生まれてくる子供は、魔力の流れが見えるからね」
そうなんだ。それは知らなかった。
そういう理由で魔術師同士で結婚してたのか。
てっきり、職場恋愛しやすい職種なのかと思っていたが違う理由だった。
「僕は魔術師が嫌いだ。だから生涯結婚しないつもりだったけど、君とならしてもいいな」
「えっ!?」
「君はまだ小さいけど、すごく綺麗な顔をしてるから大人になったらさぞかし魅力的な女性になるだろうし」
「失礼な! 私は15歳、デビュタント済みです!」
ブフォッと吹き出す声が後ろから聞こえる。
何故か2人分。
「レッサーパンダ……!」という声も。
「お二人とも! 失礼すぎますよ!」
私が振り返って怒鳴ると、アンリ様が楽しそうに笑った。
「君はくるくると表情が変わるから、見ていて楽しいね。そうだ、僕を楽しませてくれたお礼に、君の魔力の属性を見てあげるよ。手を出してごらん」
なんだか手相を見る人が言いそうな言葉だなと思いつつ手を差し出すと、アンリ様は指と指を絡ませて、所謂「恋人つなぎ」をし、目を閉じた。
「君の属性は…………!」
閉じた目をカッと見開いたアンリ様は、私の方を呆然とした表情で見ながら言った。
「信じられない……君も全属性持ちなんだね」
「えっ!! 嘘!」
あまりに驚いて声が裏返ってしまった。
「僕以外にも全属性持ちの人間がいるなんて。ああ、信じられない……」
アンリ様はにっこりと笑顔で言った。
「僕と結婚して、魔術師になってよ」
(あ、なんか似たようなセリフ聞いたことがある!……って、今はそんなこと考えてる場合じゃない! 結婚てどういうこと?)
「そこまでだよ、魔術師君」
アレックス様が、私とアンリ様の手を強引に引き剥がしながら言った。
「これ以上は許さないよ」
「ふふっ、これはこれは」
アンリ様は楽しそうに笑った。
何がなんだかわからないけど、とりあえずアンリ様から離れられてホッとした。
「決めた。僕もグループに入る。君のそばにいたいから」
(はあ!? 今なんて言った!?)
ずっと黙っていたバルド様が口を開いた。
「そんな理由でグループに入るのは困る」
「じゃあ、グレンヴィル卿はどんな理由で入っているの?」
「……………………黒雲病から人々を救うためだ」
今、すごい間があったな。
「ふぅん。じゃあ、僕も人々を救うために頑張るよ。ねぇ、シルヴィア嬢、僕もメンバーにして?」
「もちろんです、そのためにここに来たのですから!」
「ふふっ。じゃあ、これからよろしくね。シルヴィって呼んでもいいかな?」
「はい、お好きなように呼んで下さいませ」
アンリ様はにっこりと笑顔で言った。
「黒雲病なんて面倒なものは早めに片付けて、僕と一緒に塔で色々研究しようね」
なんかちょっと、これは……小悪魔系天然キャラじゃなくて、本物の悪魔なんじゃ……
でも、これで三人目のメンバーも決まった。
ここまでは順調だったが、あとの二人はかなり手強い。
――でもまあ、とりあえず今はそんなことより、またあの長い螺旋階段を無事に降りられるかが問題だ。
アンリ様に頼んで風魔術かけて貰おうかな……。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
僕と◯◯して◯◯◯◯になってよ!