2 宰相の次男 バルド・グレンヴィル
「これはこれは、お二人揃ってお出ましとは」
「お忙しいところ恐れ入ります。本日はバルド様にお願いがあって参りました」
私とアレックス様は、次なるメンバー候補、バルド・グレンヴィル様のところにお邪魔している。
バルド様はアレックス様の側近。
王都の学院を首席で卒業後、文官として第三王子の執務室で働いている。現在20歳。
宰相であるグレンヴィル侯爵の次男で、頭脳明晰、仕事ができる男との評判が高い。
整った顔立ちと、銀縁眼鏡の奥の切れ長なグレーの瞳のせいで、クールな印象だ。
肩より少し長い黒髪は、首の後ろで一つに縛られている。
私は、バルド様に対して、アレックス様にしたのと同じ説明をした。
その際、私に前世の記憶があることと、魔力の流れが目に見えることも隠さずに伝えた。
この先一緒にやっていくメンバーに、隠し事はしたくなかったからだ。
「というわけで、バルド様にもグループのメンバーになって頂きたいのです」
「断る」
即答か。でも想定内。問題無い。
「わかりました。残念です」
私があっさり引いたのが意外だったのか、バルド様は少し驚いたような表情になった。
「お時間を頂きありがとうございました。それでは失礼致します」
淑女の礼を取り、執務室を出る。
すると、ずっと横で黙っていたアレックス様が話しかけてきた。
「いいのかい? 彼はクールで知的な眼鏡キャラで……紫の衣装を着るんだろう?……クッ」
自分で言いながら笑い出すのはやめて頂きたい。
「良いのです。これは作戦です」
「作戦?」
「はい。こちらが下手に出て、入っていただくことになると、後々面倒なことになりかねませんからね! 犬のしつけと同じです。どちらが上の立場なのか、しっかりとわからせないと!」
「犬のしつけ……」
「私には策があるのです! 見ていてください! バルド様が自分からグループに入りたいと願ってきますから!」
私は高らかにそう宣言した。
――そして、三日後。
バルド様が、私とアレックス様がお茶会をしているところにやってきて言った。
「シルヴィア様。どうか私を、メンバーに加えてください」
(やった!)
私は勝ち誇ったような顔でアレックス様を見た。
アレックス様は、驚いた顔を隠さずにバルド様に問いかけた。
「グループには入らないって言ってなかったかい? 一体、どういう心境の変化だい?」
「それは……」
バルド様が悔しそうに唇を噛む。
バルド様のご実家のグレンヴィル家は、「生まれた順に関係なく、優秀な者が家を継ぐ」という掟がある。
これは貴族の間では有名な話だ。
バルド様には年子の兄がいるのだが、彼もまた優秀な人物で、二人は常に張り合う仲だった。
なので私は両親にお願いして、宰相と宰相夫人に対して、それぞれこう囁いてもらった。
『グレンヴィル侯爵家は安泰だね。長男だけでなく、次男も優秀なのだから。そうそう、次男のバルド君は今度、第三王子と共に黒雲病対策に乗り出すらしいじゃないか。国の為を想いその身を捧げるとは。本当に素晴らしい』
『グレンヴィル侯爵夫人は本当に幸せですわね。優秀なお子様が二人もいるんですもの。しかもお二人とも、夫人に似てとてもお顔が整っていらっしゃるし。あ、そうそう、次男のバルド様は、アレックス様と一緒に民のために黒雲病治療のお仕事を始めるそうですわね。夫人に似て本当に慈しみ深い方ですわね』
それを聞いたグレンヴィル侯爵夫妻は、きっと息子にこんな風に言ったに違いない。
『お前が黒雲病対策に携わると聞いたぞ。国のために働くとは、お前もなかなかやるではないか』
『あなたが褒められて鼻が高かったわ。今後もグレンヴィルの名に恥じないよう頑張ってお仕事なさい』
そんな風に言われたら、多分バルド様は後には引けなくなる。
跡継ぎの座を勝ち取るために、できるだけ両親の期待に応えたいと思っているはずだから。
きっと、自分からメンバーになりたいと言ってくるだろう。
それが私の考えた作戦――名付けて「外堀から埋めよう作戦」だ。
私の勝ち誇った顔を見たバルド様が、悔しそうに言った。
「で、メンバーにしてくれるんですか? どうなんです?」
「もちろん、バルド様たっての願いとあらば」
私がそう言うと、バルド様はあからさまに嫌そうな顔をした。
「こんな小さな子供に舐められるとは……」
「失礼な! 15歳の淑女に向かって何たる無礼! 今年の春にデビュタントも済ませたんですからね!」
「15歳だと? 成人してたのか!? 俺はてっきり12歳くらいかと思ってた」
ブフォッという音がしたので横を見ると、アレックス様が震えながらテーブルに突っ伏している。
「失礼ですよ! アレックス様!」
思わず怒鳴ると、アレックス様が人差し指で涙を拭いながら言う。
「だ、だって、シルヴィアのそのポーズ」
「…………ポーズ?」
私は今、両手を上にして叫んでいる。
これは私の癖で、人から小さいと言われると、何故か両手を上に上げながら怒ってしまうのだ。
無意識に自分を大きく見せようとしているのかもしれない。
ちょっと恥ずかしくなって両手を下ろす。
だが、次の瞬間、アレックス様が信じられないことを言った。
「レッサーパンダの威嚇みたいだ……!……クッ……」
それを聞いたバルド様も、吹き出して、右手で口元を押さえ震えだした。
「なんて失礼な! アレックス様のお衣装は真っ赤な全身タイツ、バルド様のお衣装は、紫のレオタードにしますからね!」
「そんな格好の男が歌い踊ってたら、みんな逃げていってしまうよ……ククッ……」
「もう! アレックス様! そろそろ笑うのをお止め下さい!」
二人とも失礼すぎる!
でもまあ、これで二人目のメンバーゲット!
バルド様には絶対にメンバーになって欲しかったから、本当に嬉しい。
だが、それはそれ、これはこれだ。
この際、はっきりと言っておかねばならない。
「お二人とも、次にまたレッサーパンダって言ったら許しませんからね!」
黒犬VSレッサーパンダ
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