17 ルミナス出陣
「ついに、この日がやって来た……!」
そう、今日は『ルミナス』の初ライブの日。
二週間という短い期間で準備しなければならなかったため、ここまではかなり忙しかった。
とくに、私とアンリ様以外のメンバー達は、仕事や学業との両立でかなりのハードスケジュールだったようだ。
ちなみに、私は学院には通わずに家で家庭教師に付いて学んでいる。
アンリ様も、学院には通わずに、かつては家庭教師についていたそうだ。
だが優秀なアンリ様は、すでに必要なことは全て学び終えているのだとか。
なので、今では毎日毎日、魔術師の塔の最上階から下を見下ろして、『このつまらない世界をどうやって滅ぼそうか』などと考えているらしい。
なんというか、魔王の発想だと思う。
この日のためにルカ様が書き下ろした新曲は、大変素晴らしい出来だった。
「爽やかで思わず一緒に口ずさみたくなるような、元気が出るような曲を」という私のリクエストにしっかり応えてくれていて、初めて聞いた時は感動のあまり拳を振り上げぴょんぴょん弾んでしまった。
こんなにも素晴らしい曲を、たったの二日で作り上げるだなんて。
ルカ様は本当に天才だと思う。
マグダレーナとマリアの振り付けたダンスも最高だった。
曲ができるのを待ってからの振り付けだったのだが、マグダレーナはなんと曲を聞いたあと、たったの3時間で完成させてしまった。
私はその一部始終を眺めていたのだが、本当に凄かった。
鬼気迫るような真剣な表情でやりとりするマグダレーナとマリア。
さすが、王都で一番と謳われる舞踊団の主催なだけある。
そして、マダム・ロシェの衣装の素晴らしさと来たら、もう……!
アレックス様の衣装は、普段の王子様らしいイメージを壊さないような肩章が付いた詰襟のフロックコート。
色は白で、金色の飾り紐や刺繍が襟や袖口に施されていて、夜会に相応しい豪華さだ。
片側にだけ流すように羽織ったケープはアレックス様のイメージカラーの赤。
王族らしい威厳すら感じられる装いとなっている。
バルド様はライラック色の丈の長いフロックコートに、白いクラヴァット。
侯爵家の子息に相応しい、気品溢れる装いだ。
一つに纏めた黒髪には、イメージカラーの紫のリボンが結ばれている。
そしてバルド様も、アレックス様と同じように片側にだけ流すようケープを羽織っている。
もちろん、色は深い色合いの紫。
アンリ様はフリルがたっぷり付いた白いブラウスに、黒のベストを合わせている。
膝下までのキュロットスカートのような形のズボンもベストとお揃いの黒。
首元に結んだリボンと、ソックスガーター替わりに結んだリボンが、イメージカラーのピンクだ。
編み上げのブーツが少年のような装いだが、不思議なことに子供っぽくは見えず、中性的なアンリ様の雰囲気と相まって妙に倒錯的な色気がある。
リヒター様は長身を生かした騎士らしい服装だ。
アレックス様と同じように白を基調とした装いだが、バルド様のものよりも丈の短いダブルブレストのフロックコートを着ている。
ネクタイではなくクラヴァットを結ぶことで、夜会に相応しい華やかさを出している。
リヒター様はケープというより軽めのマントを羽織っているのだが、表面が灰色がかった白で内側がイメージカラーの青になっていた。
ジュール様は、バルド様よりは丈の短いチャコールグレーのフロックコートを着ている。
広がった袖から覗くシャツブラウスのレースがとても華やかだ。
襟元にはイメージカラーの緑のネクタイが結ばれていて、優し気な緑の瞳によく似合っていた。
編んで片側に流している亜麻色の髪の三つ編みにも、イメージカラーの緑色のリボンが結ばれている。
ジュール様は貴族では無いが、贅沢に誂えた装いがしっくりときていた。
マダム曰く、今回は夜会に合わせた服なので、それほど統一感を持たせなかったのだそうだ。
それぞれの個性を生かすことを一番に考えたのだとか。
その結果、それぞれの個性が際立つ素晴らしいものとなっている。
「うわー! 皆様、なんて素敵なんでしょう! 普段から皆様を見慣れている私ですら、思わず声を失ってしまうほどです!」
夜会が始まる前。
最終確認をするために集まったメンバーの姿を見て、私は思わず興奮して叫んでしまった。
一人でも見惚れてしまうほどの美形なのだが、五人集まると相乗効果でさらに輝きが増すようだ。
ずらりと並んだメンバーの姿は、見るだけでご利益がありそう。うん、眼福眼福。
「ありがとう、シルヴィア。君こそ、なんて美しいんだろう」
アレックス様が優雅に微笑む。うん、破壊力抜群。
「本当に、すごく綺麗だよ! 真珠が散りばめられた青いドレスがすごく似合ってる。妖精姫というより、水の精霊と言った感じかな」
「アンリ様、変なこと言うのは止めて下さい!」
「照れなくてもいいのに。ああシルヴィ、君は本当に可愛いね。早く僕と結婚して魔術師になってよ」
「ふざけるのはそこまでだよ、魔術師君」
「チッ」
アレックス様が止めてくれて助かった。
妖精姫の次は水の精霊だなんて、いくらなんでも恥ずかしすぎる。
絶対にそんな二つ名は広めないで欲しい。
「シルヴィア様のドレスもマダム・ロシェのものなんですよね? いやしかし、マダムは最高に素晴らしい仕事をしましたね。ジェイド様が仰るように、水の精霊ウンディーネのようです!」
「過分な誉め言葉は嫌味に聞こえますよ! 水の精霊だなどと、二度と仰らないでくださいませ! ジュール様こそ、緑のネクタイと緑のリボンがとてもお似合いです。優し気な緑色の瞳によく映えて、まるで緑の精霊王のようです!」
「まいったな……」
ジュール様が目元を両手で覆いながら、のけぞるように顔を天井に向ける。
耳が赤くなっているが、大丈夫だろうか。
「いやしかし、マダム・ロシェは凄いな。この服、動き易くて驚いた」
「確かに」
バルド様とリヒター様は、腕を上に挙げたり身体をひねったりして動き易さを確かめている。
バルド様はケープ、リヒター様に至っては長めのマントが付いた衣装だが、重さを感じさせない軽やかな動きだった。
二人とも背が高いので、並ぶとかなり迫力がある。
バルド様は文官っぽい知的な雰囲気、リヒター様は騎士のような強そうなイメージなのだが、そうして並ぶと不思議としっくりくる。
「さてと。それでは、そろそろ会場に行こうか」
アレックス様がそう言いつつ私に腕を差し出した。
私はその腕に白い手袋をした手を添える。
私とアレックス様は、お互いに婚約者がいない。
なので、エスコートが必要な時はいつもアレックス様が相手をしてくれている。
今日もいつも通り、アレックス様のエスコートで大広間に向かうのだが。
背後に美麗な男性たちを引き連れての入場となるので、相当目立ちそうだ。
「それでは、ルミナスの皆様、覚悟は宜しいですね? いざ出陣! エイエイオー!」
「「「「「エイエイオー!」」」」」
「シルヴィア……僕の従妹殿は勇ましいね」
「シルヴィ……やっぱり君は面白いね」
「シルヴィア嬢……戦にでも行くつもりか!?」
「……目が覚めた……」
「まいったな……こんな時でも可愛いなんて……」
皆、口々に何やらブツブツ呟いているようだが、余裕があるようで何よりだ。
緊張していたら、いつもの実力が発揮できなくなるものね。
何はともあれ、今日はルミナスの初ステージ。
どうか、成功しますように!




