14 可愛すぎるにもほどがある
★アラン・ジュール視点です。
「急な訪問にもかかわらず、お会い頂き感謝いたします」
そう言って深く頭を下げる小柄な少女。
子供と言っても良いくらいの背格好だが、その堂々とした態度は成熟した女性のようにも見える。
後ろに控えている背の高い女性は侍女だろう。
だが、その隙の無い動きから察するに、護衛も兼ねた女性騎士であることは間違いない。
少女はどう見ても貴族令嬢だったが、爵位については一切触れず、ただシルヴィア・コンフォールとだけ名乗った。
それが何を意味するのか。
彼女は何を求めてここに来たのだろう。
彼女が詳しく名乗らずとも、俺は彼女が何者なのか知っている。
この国の数少ない公爵家の一人娘。
国王が妖精姫と呼び溺愛する、シルヴィア・コンフォール公爵令嬢。
「お初にお目にかかります。アラン・ジュールと申します。各国の王族達がこぞって結婚を申し込んだという、麗しの妖精姫にお会いできて、誠に光栄です」
右足を引き、右手を胸に当て、左手を横に水平に差し出すようにお辞儀をする。
多くの女性から優雅だと褒められる紳士の礼。
ゆっくりと視線を上げると、頬を染め唇をきゅっと引き結ぶ公爵令嬢の顔が見えた。
これはもしかすると、気に入られちゃったかな?
そんな自惚れが顔に出ていたのだろう。
後ろに立つ侍女の顔が、少し警戒するような色を帯びた。
まあ、いくらなんでも、公爵令嬢に本気で手を出すほど愚かではない。
ほんの少しの利益が得られればいいな、くらいの小さな欲だ。
ジュール商会は、このエルグランド王国一の大商会だ。
そして我がジュール家は、災害時の国への貢献度を認められ、近いうちに男爵位を授かることになっている。
父が手に入れた男爵位は、いずれ長男である兄に受け継がれる。
だが次男である自分には、譲られる爵位が無い。
父と兄が貴族を名乗るのに、自分だけが平民なのはなんだか面白くない。
手っ取り早く貴族になるためには、貴族家の跡取り娘のところに婿入りすれば良い。
そう思って、今は自分にとって都合の良い相手を物色中なのだが。
これが意外と難しい。
初めは良さそうだと思った相手でも、次第にこれはちょっと、と思うようなることが多いのだ。
そんな風に、誰とも深い関係にならないように注意していたのだが、いつしか世間からは「とんでもなくモテるのに、決まった恋人を作らない男」すなわち「恋多き男」と噂されるようになってしまった。
でもまあ、モテる男というのはある種の勲章のようなものらしい。
多くの貴族令嬢達が、そんな男を勝ち取ったと自慢したいがために俺にすり寄って来る。
ジュール商会の応接室ではなく、俺個人に与えられた執務室に公爵令嬢を招き入れたのは、完全に都合よく利用するためだった。
公爵令嬢とも噂のある男。
令嬢達にとって益々欲しいと思える肩書を手に入れられるかもしれない。
だが、そんな浮ついた気持ちは、彼女の話を聞いて吹き飛んでしまった。
彼女は自分に前世の記憶があると言い、黒雲病から回復した際に魔力の流れが見えるようになったと言い出した。
さらには、黒雲病を回復させる手立てを考えついたので、歌と踊りを披露する男性だけのグループを作りたいのだと言う。
普通に考えれば、あり得ない話だった。
だが、妖精姫と称えられ、多くの王族や貴族達を虜にした美しい彼女が、その愛らしい唇から紡ぎ出す言葉には不思議な説得力のようなものがあった。
そして彼女は、ひどく真剣な目で、俺にそのグループのメンバーに加わって欲しいと言った。
こんなにも美しい少女から自分が請われていることに、得も言われぬ喜びを感じた。
だが、思わず「仰せのままに」と言いかけて、なんとか踏みとどまった。
「それによって、私は何を得られるのでしょうか?」
「公爵家の、私に関する取引を全てジュール商会に任せることにします」
「それではジュール商会が得をするだけですね。私個人には利が無い……そうですね、私は最近、自分の商会を立ち上げたばかりなんですよ。どうかそこに、何か素敵なご褒美をいただけませんか」
そう提案してみると、彼女は少し考え込むように視線を下げた。
長い睫毛の影が白磁のような頬に落ちる。
しばらくして、顔を上げた彼女は、メンバー達のイメージカラーの商品を扱う権利を提案してきた。
彼女曰く、メンバーそれぞれに固有の色を割り当て、その色の小物などを売るのだそうだ。
「たとえばリボンとか。自分が一番応援しているメンバーの色の物を持つ、というのを流行らせてはいかがでしょうか。もちろん、一番が決められない、全員が好きと言う場合は、全色持っても良いのです」
それはとんでもなく斬新な発想だった。
だが、俺の商人としての勘が、それは間違いなく成功すると告げている。
「お嬢様はとんでもないことを思いつかれますね」
「リボンなら比較的安価で買えるし、軽いから良いかと思いまして」
「では、似顔絵などが描かれた物や、名前が書いてあるものはどうでしょう?」
「それですと、神殿が黙ってないでしょう。特定の人物に対して寄進すると捉えられるとまずいです」
「……たしかに」
神殿に対する対策まで、きっちりと考えられていることに驚きを隠せない。
こんな妖精のような儚い見た目をしているのに、彼女の中身は老獪な商人のようだった。
「それを私の商会で売る権利、ということは、他の商会には売ることを許さないということですね」
「はい、ただし、売るのは歌と踊りを披露する会場でだけにして欲しいのです」
「……それは何故ですか?」
「できるだけたくさんの人々に、会場に足を運んでもらいたいのです。踊りやリボンなどの品物は言うなれば、おまけみたいなものなのです。一番大事なのは、歌を聞くこと。元気が出るような明るい曲調でノリの良いリズムの歌を、複数の人間が歌うのを、できるだけ多くの患者に聞かせることなのです」
どこまで驚かせれば気が済むのだろうか。
彼女の言葉は、利益を求める商人には考えつかないことだった。
彼女は心から患者を救おうとしている。
できるだけ多くの患者を救い、この国を救おうとしているのがわかる。
妖精姫というより、救国の女神と言った方が余程ふさわしい。
こんな女性がいるなんて。
慈愛に満ちたその姿を改めて眺める。
ああ、なんて美しいんだろう。
「まいったな……」
思わずそう口にすると、彼女は戸惑ったような表情になった。
どうして彼女の顔が曇ってしまったのだろうか。
誤解があってはいけないので、慌てて「お嬢様、私を是非ともメンバーに加えて下さいませ」と願った。
「ありがとうございます! それでは商談成立ですね!」
喜びで輝くような笑顔。
ああ、なんて可愛らしいんだろう。
「まいったな……」
またもやそう口にすると、彼女は不思議そうに首を傾げた。
その姿も、息が止まりそうになるくらい愛らしい。
最早、彼女が何をしても好ましく思えてきた。
そんな俺を、彼女の後ろに控えていた侍女がじっと見つめて来る。
ああ、認めるよ、俺の負けだ。君のお嬢様はとんでもなく素晴らしい。
そういう意味を込めて侍女に向かって頷くと、侍女は勝ち誇ったような顔で頷き返して来た。
そんな俺と侍女とのやり取りを不思議そうに見つめる女神は、「これからはお嬢様ではなく、シルヴィアと呼んで下さいね!」と笑顔で言った。
俺は再び「まいったな……」と呟き、両手で顔を覆った。




