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12 僕のものになって

★アンリ視点です。

僕はこの世の全ての人間が嫌いだ。

両親と二人の兄達はとくに。




「ご子息は素晴らしい才能をお持ちですね」

(それに比べて父親であるあなたは大して才能が無いな)


「優秀な息子がいて、ジェイド伯爵家はこの先安泰ですね」

(優秀なのは三男だけ。上の二人の息子は大したことないけどな)



仮面のような笑顔を貼り付け、仄暗い悪意を持って近寄ってくる貴族達。

奴らの言葉の裏にある悪意を、父と二人の兄達はいつでも敏感に感じ取ってしまう。


奴らが僕を褒めれば褒めるほど、父や兄達の劣等感が刺激される。

それがわかっているから、奴らは面白がってわざと僕を持ち上げる。


親であれば、子供が褒められれば嬉しいはず、という世間一般の常識を掲げながら、意地の悪い貴族達は父に揺さぶりをかける。


「そうですね、自慢の息子ですよ」


父は、嘘くさい笑顔でそう答える。


だって、そうするしかないのだから。

まさかこの国の魔術師の頂点に立つ魔術師長ともあろう者が、息子の才能に嫉妬しているだなんて。

口が裂けても言えるはずがない。



兄達もまた僕を妬んでいる。

彼らは僕のやることなすこと全てが気に入らないらしい。

二人とも陰で口汚く僕を罵っているようだ。

だが不思議なことに、それを直接僕に伝えることはしない。

なけなしのプライドが、兄達にそれを許さなかったのだろう。


滑稽なことに。

そんな風に僕を追い詰めておきながら、父も兄も、まるで自分たちが被害者のような顔をする。

傷ついているのは自分の方だと唇を噛み、理不尽な仕打ちに耐えているかのように振舞う。


母はそんな父と兄達の良き理解者だった。

何故ならば、母自身もまた、僕の才能を妬む一人だったから。


『あなたはどうしてそんなに優秀なのかしら。本当に私が産んだ子なのかしらね』

そんな風に僕を褒めつつ距離を置く母は、家族の仲を壊す僕を心の中では憎んでいるようだった。


『あなたが生まれる前は、仲の良い家族だったのに』

いつだったか、そう口にした母は、すぐに自分を恥じるように『ごめんなさい。こんなこと言うべきじゃなかったわね』と言った。

その言葉で僕は知った。

母には、口に出しては言わないが、心の中に僕に対して仄暗い思いがあるということを。


もしかしたら、魔術師というものは、自分より力がある者に対して妬まずにはいられない生き物なのかもしれない。

それがたとえ我が子であっても。

自分より力のある魔術師は、羨望の対象であり、憎んでも良い相手に成りえるのだ。



エルグランド王国の男子は学院に通うことが義務付けられているが、例外として魔術師は学院に通わなくても良いとされている。

その場合は女子と同じように、家に家庭教師を雇うことになる。

兄達は人脈づくりのためだと言って学院に通っていたが、僕は、家で家庭教師から学ぶことを選んだ。


友人なんて欲しくなかった。

そもそも、親兄弟にさえ妬まれ疎まれる僕に、まともに友人なんてできるはずがない。

もうこれ以上、他者と関わりたくなかった。


何をやっても疎まれる。

そんな状況で頑張れる人間なんていやしない。

僕はいつしか、魔術師の塔の一番上から、ただ眼下の風景を眺めるだけの無意味な日々を送るようになった。


僕は、この世の全ての人間が嫌いだ。

この世の全ての人間――それにはもちろん僕自身も含まれている。






※※※






ある日のこと。

魔術師の塔の上にいる僕を訪ねて来た者達がいた。


第三王子アレックス殿下。宰相の息子バルド・グレンヴィル。

そして、シルヴィア・コンフォール公爵令嬢。


僕がいる塔の最上階には、長い螺旋階段を使って上がってくるしかない。

小さな公爵令嬢は、息も絶え絶えといった風に挨拶の言葉を口にしている。



「コンフォール公爵令嬢だよね? ずいぶんと苦しそうだけど、大丈夫なの?」

「はい。……なんとか息が整ってきました。……アンリ様はすごいですね。毎日、こんな高いところまで階段を登っていらっしゃるだなんて」

「僕は自分に風魔術をかけて飛べるから。ここまではあっという間だよ」


そう言うと、公爵令嬢は少し悔しそうな顔をした。

その表情に興味を惹かれて、少しからかってみたくなり言葉をさらに重ねた。


「僕は高い所が好きなんだ。高い所から下界を見下ろすのは気持ちがいいからね。ほら、見てごらん、人がゴミのようだ」


わざと露悪的な言葉を選んだつもりだったが、公爵令嬢はそれを嫌がることも咎めることもせず、にっこりと微笑みながら頷いている。

ずいぶんと変わった子のようだ。


その後、彼女は自分たちがここに来た目的を話し始めた。

黒雲病を癒すための方法について何やら見つけたようで、そのために僕に仲間になって欲しいとのことだった。

正直、黒雲病については何の興味も持てなかった。

だが、彼女に前世の記憶があることと、魔力の流れが目に見えることを聞いて、僕は興奮を抑えきれなかった。


彼女は魔術師ではない。ましてや司祭でもない。

なのに、魔術の流れが見えると言う。

しかも、それは生まれつきではなく、黒雲病に罹ったあとに身に付いた力らしい。

後天的に見えるようになるだなんて、そんな話は今までに聞いたことがない。


魔力の流れが見える人間のほとんどは、両親が魔術師だ。

司祭と魔術師との間に産まれた子供でも魔力の流れが見えるのだが、その組み合わせはほとんどない。

何故なら司祭と魔術師は仲が悪いのだ。


「君も魔力が見えるのかい?」


そう問いかけると、公爵令嬢はこくりと頷いた。

あどけない仕草がなんだかとても好ましく思える。


「ねぇ、知ってる? 魔術師は、自分の子供も魔術師にするために、魔術師同士で結婚するんだ。魔術師同士で結婚して生まれてくる子供は、たいてい魔力の流れが見えるからね」


初めて知った、というように少しだけ驚いた表情になった彼女を、何故だかもっと驚かせてみたくなった。


「でも僕は魔術師が大嫌いだ。だから生涯結婚しないつもりだったけど、君とならしてもいいな」

「えっ!?」


予想通り、目を見張って驚き慌てる彼女の顔を見て、心の中に何とも言えない満足感が広がる。

気を良くして、彼女を喜ばせるような言葉も口にしてみる。


「君はまだ小さいけど、すごく綺麗な顔をしてるから大人になったらさぞかし魅力的な女性になるだろうし」


だが、僕の言葉を聞いた彼女は、頬を膨らませながら文句を言ってきた。


「失礼な! 私は15歳、アンリ様とは一つ違いですよ!? もうデビュタントも済んでます!」


15歳。僕の一つ下。

思ったより上の年齢だった。

だが、それならそれで丁度良いではないか。


そう思い、さらに彼女と話そうとした時――

彼女の背後で黙って様子を見ているだけだった第三王子と公爵子息が、突然笑い出した。


そのせいで彼女の注意が二人の方に向けられた。

その視線をもう一度僕だけに向けさせたくて、僕は彼女に向かって手を差し出した。


「君はくるくると表情が変わるから、見ていて楽しいね。そうだ、僕を楽しませてくれたお礼に、君の魔力の属性を見てあげるよ。手を出してごらん」


魔力の流れを見るだけなら、じっと目を凝らせば良い。

だが、魔力の属性を見極める場合は、相手の魔力をほんの少しだけ自分に流し入れなければならない。


おずおずと差し出された手を握り、指と指を絡ませる。

本当は手を重ねるだけでも十分なのだけれど。

彼女の頬がほんの少し赤くなったのを見て、なんだか嬉しくなる。


目を閉じて、彼女の魔力を見ることに集中する。


信じられなかった。


絡めた指から少しずつ僕に流れ込んでくる魔力の色は、なんと虹色だった。

しかも、ほんのりと光り輝いていて、明らかに聖属性の魔力だったのだ。


全属性の魔力持ちであることを伝えると、彼女はとても驚いていた。

彼女の後ろに控えている二人も、驚いて彼女の方を凝視していた。

聖属性の魔力を持つことは伝えなかった。

それが知れると、彼女は神殿に目を付けられてしまう。

あとで彼女にだけこっそりと教えてやればいい。


それにしても、僕以外にも全属性持ちの人間がいるなんて。

信じられないことだが事実だ。

僕と同じ。であれば、彼女が僕を妬むことも疎ましく思うこともないはず。


「僕と結婚して、魔術師になってよ」


興奮のあまり、思わずそう口にする。だが。


「そこまでだよ、魔術師君」


第三王子が強引に僕と彼女の手を引き剥した。


「これ以上は許さないよ」

「ふふっ、これはこれは。王子様は狭量だね……」


口では軽くからかうように言ったが、心の中では心底腹立たしかった。

なので、笑顔のまま睨みつけたが、第三王子もまた同じような視線を向けてきた。


「決めた。僕もグループに入る。だって、君のそばにいたいからね」


ウインクしながらそう言うと、第三王子の顔が歪んだので少しだけ胸がスッとした。


だが、今度は黙って控えていたグレンヴィル公爵子息が口を出して来た。

でも、彼は扱いやすい人間のようで、少し言葉を交わしただけで黙ってしまった。


結局、僕は彼女の望み通りにグループのメンバーになった。

彼女のことをシルヴィを呼ぶ許可をもらうと、第三王子の目が仄暗く光った。

それがなんとも面白くて、僕は久しぶりに自分がわくわくしていることに気付いた。


その後、シルヴィを抱いて塔の下まで下ろしてやった。

重量軽減の魔術に風魔術を合わせ、まるで滑り台を降りるように滑らかな動きで降りていく。

シルヴィは僕の魔術に目を輝かせ、頬を上気させて大喜びだった。


なんて可愛いんだろう、と思った。

そして、決めた。

彼女は絶対に、僕のものにする。誰にも渡さない、と。



僕はこの世の()()()人間が嫌いだった。

だが今は、違う。

彼女という唯一の例外がいることを知った。


可愛いシルヴィ。僕は君のことが大好きだよ。

だからどうか、僕のものになってよ。





しばらく放置していましたが、やっと更新できました。

1~11話までのお話も、少し書き換えました。

アレックスのヤンデレっぽさが増したと思います。

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