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11 心弾む毎日を

俺にはひとつ年上の兄がいる。


兄は学院を首席で卒業した後、王太子の側近に選ばれた。

自他共に認める優秀な男だ。


幼い頃は、兄とはとても仲が良かった。

年子だったせいもあり姿形がそっくりだったため、双子と間違えられることもあった。


俺達は二人でよく遊んだ。

追いかけっこで庭を駆けまわったり、屋敷の中をかくれんぼしたり。

兄と遊ぶのは楽しかった。

他の誰と遊ぶよりもずっと。


兄は、面倒見が良く優しかった。

だが、ある日突然、兄が俺を無視するようになった。

懲りずに「遊ぼう!」と近寄る俺に向かって、兄は冷たく「あっちへ行け!」と言い放った。


意味がわからなかった。

自分は何か兄を怒らせるようなことをしただろうかとひどく焦った。


思い悩んだ末に兄に直接理由を聞いてみた。

どうして俺を嫌うのだと。

俺の何がいけないのかと。


兄は言った、「俺たちはライバルなのだ」と。

「ライバル同士、いつまでも慣れ合っているわけにはいかないのだ」と。


後からわかったことだが、それは兄の家庭教師からの入れ知恵だった。


父は兄と俺に別々の家庭教師を付けていた。

兄の家庭教師は、自分の教え子である兄こそをグレンヴィル侯爵家の跡取りにしようと躍起になっていた。

彼は兄に、「弟とは、蹴落とすべきライバルである」と必死に教え込んだらしい。



我がグレンヴィル侯爵家には、「生まれた順に関係なく、優秀な者が家を継ぐ」という掟がある。


それはつまり、兄と俺のどちらか優秀な方が後継者に選ばれるということだ。


後継者に選ばれた者を教えていたとなれば、家庭教師には相当な拍が付く。

兄の家庭教師は、それを狙っていたのだろう。

そんな自分勝手な理由のために兄と俺を仲違いさせたのだと思うと、腹が立って仕方が無かった。


幸にも、俺の家庭教師はそんなことは何一つ言わなかった。

むしろ、「兄弟仲良く、グレンヴィル侯爵家を盛り立てていくのですよ」と言っていたくらいだ。

そんな彼は、兄に邪険にされ寂しそうにしている俺を見て、「可哀想に」と同情してくれた。


兄の家庭教師は、俺の家庭教師のことを馬鹿にしていた。

そんな甘っちょろい考え方では、貴族社会の荒波を乗り越えていくことはできないと。

たとえ血を分けた弟であっても、蹴落とすくらいの意気込みが必要だと。


俺の家庭教師は反論した。

権謀術数が張り巡らされた貴族社会で日々戦っていかねばならないからこそ、せめて親子や兄弟とだけは、裏切ることなく互いを信頼し合える関係でいるべきだと。

そうでなければ、誰のことも信用できず孤立するようになってしまうだろうと。



俺は、兄の家庭教師が憎かった。

そんな男の言うことを鵜吞みにして、仲の良かった弟を敵視するようになった兄も憎かった。

そして、俺のやるせない気持ちを理解してくれる家庭教師の恩に報いたいと思った。


彼が教えた生徒がグレンヴィル侯爵家の後継者になった、彼の言うことは正しかったのだ、と広く世間に知らしめるのだ。


だから決めた。

後継者になるのは、兄ではなく俺なのだと。




長じて俺は、兄と同じく王都の学院を首席で卒業後、文官として第三王子の執務室で働き始めた。


兄は王太子の側近。一方の俺は第三王子付き。


一見、兄の方が重要なポストに就いたかのように見えるが、王太子の側近は第三王子のそれに比べて遥かに数が多いのだ。

兄は多くの側近たちの一人にすぎなかったが、俺は数少ない側近として重要な仕事を任されることが多い。

どちらがより良い立ち位置にいるとは、簡単には言えない状況だった。




そんな風に、お互いに牽制し合って微妙なバランスが何年も続いていた時だった。

「妖精姫」と名高い公爵令嬢から、とんでもない話を持ち掛けられたのは。



シルヴィア・コンフォール公爵令嬢。

金髪碧眼、白磁の肌を持つ、華奢で儚げな少女。

彼女の叔父である国王が「妖精姫」と褒め称える美しい彼女は、澄んだよく通る声で俺にこう言った。



「バルド様に、グループのメンバーになって頂きたいのです」


「断る」



だが俺は即答した。そんな怪しげなグループに入るのはまっぴらごめんだ。

俺にはそんなくだらないことをしている時間など無い。



「わかりました。残念です」



意外にも、彼女は簡単に了承した。

その余りにあっさりとした引き際に、少々面食らってしまったくらいだった。

自分で断ったくせに、と呆れる者もいるかもしれないが。



「お時間を頂きありがとうございました。それでは失礼致します」



そう言って、優雅に淑女の礼をとり、彼女は退出していった。

隣に付き添う様に立っていたアレックス殿下は、最初から最後まで何も言わなかった。

そのことも何となく引っかかったが、この話はこれで終わりだと思っていた。



なのに。



次の日の夜の夕食後、父からこう言われた。


「今日、王宮でコンフォール公爵と会って少し話をした。公爵はお前のことを随分と褒めていたぞ。お前が第三王子と一緒に黒雲病対策に携わっているとはな。何故、前以て報告しなかった。公爵から急に話を振られて焦ってしまったぞ。それにしても、国のために働くとは、お前もなかなかやるではないか」


驚いた。それはもう断ったはず。だが、そんなことを言い出せる雰囲気ではなかった。

俺は曖昧に微笑むと、満足そうにしている父にこう言った。


「ありがとうございます。父上の期待に応えられるよう励みます」



そして、さらに驚くべきことが起こった。

母からも、声を掛けられたのだ。


「今日のお茶会で、コンフォール公爵夫人とご一緒したのだけれど、貴方のことをとても素敵だと褒めていらしたわ。容姿だけではなくて、民のために黒雲病治療に乗り出すとは、なんて慈悲深いと仰っていたの。わたくし、あなたが褒められて鼻が高かったわ。今後もグレンヴィルの名に恥じないよう頑張ってお仕事なさい」


そういう母の眼差しは、喜びに溢れていた。

今日のお茶会は王妃様主催。高位の貴族夫人達が集まるお茶会で、王姉であるコンフォール公爵夫人に褒められたのだ。

相当嬉しかったに違いない。



こうなったらもう、俺が取る道はただ一つ。

腹をくくるしかなかった。






そして、公爵令嬢とアレックス殿下が俺の元に来た日から三日後。

王宮の中庭でお茶会をしているお二人の元に行き、頭を下げた。



「シルヴィア様。どうか私を、メンバーに加えてください」



一度断った手前、こうして頭を下げるのは不本意だったが。

今はそんなこと言ってる場合ではない。もう後には引けない。



だが、公爵令嬢が勝ち誇ったような顔をしたので、なおさら悔しさが募った。



「で、メンバーにしてくれるんですか? どうなんです?」


「もちろん、バルド様()()()()()()とあらば」


「こんな小さな子供に舐められるとは……」


「失礼な! 小さいけど子供じゃないですからね! 15歳の淑女に向かって何たる無礼な! 今年の春にデビュタントも済ませたんですからね!」


「えっ、15歳? 成人してたのか、俺はてっきり12歳くらいかと思ってた」


信じられないことを聞いたので、思わずそう返してしまって、公爵令嬢からひどく睨まれてしまった。

だが。


アレックス殿下が盛大に吹き出しながら、テーブルに突っ伏していた。

殿下は笑い上戸だ。これはしばらく収まらないだろう。



「失礼ですよ! アレックス様!」


公爵令嬢が怒って大声で叫んだ。

だが、アレックス殿下は人差し指で目のふちに滲んだ涙を拭いながら言った。



「だ、だって、シルヴィアのそのポーズ」


見ると、公爵令嬢は、両手を上に挙げつつ怒鳴っていた。



「レッサーパンダの威嚇みたい……!……クッ……」


それを聞いた瞬間、不覚にも俺まで吹き出してしまった。

慌てて右手で口元を押さえたが、込み上げてくる笑いを押さえることができそうにない。



「なんて失礼な! アレックス様のお衣装は真っ赤な全身タイツ、バルド様のお衣装は、紫のレオタードにしますからね!」


「そんな格好の男が歌って踊ってたら、みんな逃げていってしまうよ……ククッ……」


「もう! アレックス様! そろそろ笑うのをお止め下さい!」



二人のやりとりがどうにも可笑しくて、俺は息が苦しくなるほど笑ってしまい、公爵令嬢からさらに睨まれてしまった。



久しぶりに、心が弾んでいた。


兄を押しのけ跡継ぎの座を狙うだけだった殺伐とした日々が、鮮やかに色付いていくような、そんな予感すらした。


そして。


出来るならば。

兄にも、こんな心弾むようなひと時があると良いのになと思ってしまった。


やっぱり俺は、兄を心底嫌いにはなれないらしい。

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