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1 プロローグ

「はい! 注目!」 


私はパンパンと手を鳴らし、声を張り上げた。



「まずはこちらから、バルド様、アンリ様、アレックス様、ジュール様、リヒター様の順に並んで下さいませ」



そう指示を出すと、目の前の美麗な男性たちは、全くやる気がないようなノロノロとした動きで言われた通りに並び始めた。



「アンリ様、今はお菓子を召し上がるのはお止め下さい! はい、そうです、そのように並んだ後は……リヒター様、起きて下さい! はい、それでは、この後の予定をご説明いたします……バルド様、手に持っている書類から目を離して下さい! ジュール様、侍女達にウインクしてキャーキャー言わせないで! アレックス様! いい加減に、笑うのをやめて下さいませ!!」


「だってシルヴィア、もう可笑しくて可笑しくて……」



全く言うことを聞かない子犬のようなメンバー達に向かって、私は力いっぱい叫んだ。



「笑っている場合ではありません!! 明日はついに、念願の初ステージなのですよ!!」





今を去ること半年前。

私はこの国に蔓延する謎の魔力病から人々を救うため、ある決心をした。


それは、男性アイドルグループを結成し、そのプロデュースをすることだった。


そして、明日はついに念願の初ステージ!

ついに、ついにここまで来た!!

今までの苦労を思い出し、私は思わず涙ぐんでしまった。






※※※






私、シルヴィア・コンフォールは、エルグランド王国の公爵令嬢だ。


――あれは今から3年前、12歳の誕生日の夜のこと。

私は突然、自分の前世を思い出した。


盛大なパーティーを開いてもらい、沢山のプレゼントを貰って、満面の笑みでケーキのロウソクを吹き消した瞬間のことだった。

何故それがきっかけになったのかはわからないが、とにかく私は自分に前世があることに気付いた。


とはいえ、名前や年齢などといった個人的なことは一切思い出せない。

日本人で女性だったな、くらいのぼんやりした記憶がある程度。

だが、何故かはわからないが前世での一般的な常識や知識は思い出せるのだ。

その知識量から察するに、おそらく成人していたようだ。



不思議なことはもう一つあった。

前世の記憶を思い出すと同時に、何故か「魔力の流れ」が見えるようになったのだ。



この世界の人間は、多かれ少なかれ「魔力」を持っている。


「魔力」は通常、体内で人間の体を防御するように働いている。

前世の知識を使って例えるならば、免疫力のようなものだ。


そんな誰でも持っている「魔力」だが。

普通の人は、目で見ることはできない。


魔術師や司祭など、「魔力」や「魔力の流れ」を目で見ることができる人間もいるにはいる。

だが、それは生まれつきのものであり、私のように後天的に見えるようになったという人間は聞いたことが無い。


なので、私は「魔力の流れ」が見えるようになったことを、ずっと人には隠してきた。

珍しがられて、研究のためにと神殿に連れて行かれたら困るからだ。




それはさておき。

二年ほど前から、エルグランド王国で謎の病が流行り出した。


症状は高熱、咳、倦怠感や筋肉痛。

健康な者が罹った場合は、「ひどい風邪」程度の症状。

だが、幼い子供や高齢者、持病がある者が罹ると、命を落とすことがある。

症状自体は毎年冬に流行る病と大差ない。

だが、驚くべきことに、この病はなんと「魔力病」なのだった。



そもそも「魔力病」とは何か。


魔力は通常、体内を一定のリズムで巡り、人間の体を防御するように働く。

だが、ストレスやアレルギーなどの様々な内的・外的要因によって、本来なら自己を守るために働くはずの魔力が体内で暴走し、様々な症状をもたらすことがある。


このように、魔力が揺らいで暴走することが原因で起こる病気が「魔力病」だ。

厄介なことに、「魔力病」は、症状を見ただけでは普通の風邪や既存の感染症とは区別がつかない。


なので、まず、医者に診てもらい、薬を貰って様子を見てみる。

それで治らない場合に初めて「魔力病」と診断され、神殿の司祭を頼ることとなる。

最初から司祭に頼まないのは、高額の寄進が必要になるからだ。


司祭は患者の枕元で「聖歌」を歌う。

司祭の歌声には、魔力の量や流れを整える力があるのだ。

魔力不足の者には魔力が増えるように、魔力過多の者には魔力を減らすように。

司祭の歌声を聴いているうちに、患者の体内の魔力はだんだんと通常の流れに戻っていく。

その結果、魔力病は治癒され快方に向かうのだ。



「魔力病」は、患者本人の魔力の揺らぎが原因で起こるため、通常は他人にうつることはない。


なので、魔力病患者が一度にたくさん現れることはないはずなのだ。

なのに、この謎の病は、魔力病であるにもかかわらず、多くの患者が次々と現れるという異常事態を引き起こした。


人から人へうつっているのか、それとも同時多発的に多くの人に症状が出ているのか。

誰にもわからないまま患者は爆発的に増えていった。


さらに信じられないことに、この謎の魔力病には、司祭の歌唱がほとんど効かなかった。

それゆえ人々はこの得体の知れない未知の病を、何かの呪いなのではないかと恐れるようになった。


人々は外出を控え、家に閉じこもるようになった。

その結果、多くの商店が経営難に陥り、失業率の上昇や経済活動の停滞を引き起こした。


そうした中、不安感から精神的な理由で健康を損なう人も出てきた。

謎の魔力病は、国中に暗い影を落とし、人々の活力を奪い去った。


人々はいつからか、この謎の魔力病の事を、従来の魔力病と区別するために、「黒雲病(こくうんびょう)」と呼ぶようになった。

この病はまるで黒い雲が国中を覆い尽くすように人々に災いを齎すから、と。




私も先日、この黒雲病にかかった。


15歳の誕生日を迎えた次の日の夜から、突然の高熱に三日三晩苦しんだ。

医者が呼ばれ懸命に治療にあたってくれたが、処方されるどの薬も効かず、症状は一向に良くならなかった。

そのため、両親が神殿に依頼し、司祭を派遣してもらうこととなった。

黒雲病ではなく、ただの魔力病ならば、司祭の歌唱で治るはずだった。


うちは筆頭公爵家で私の母は現王の姉だ。

財力も権力も十分にある。

神殿にはずいぶんと寄進したらしく、三人もの司祭が派遣されてきた。


司祭による歌唱はすぐに始まった。

一人の司祭が手に持った音叉を鳴らす。

次の瞬間、三人は厳かに聖歌を歌い出した。


高熱にぼんやりした頭で思った。


(あー、こういうの聞いたことある。たしか、グレゴリオ聖歌だっけ。レクイエムとかアヴェマリアとかに似てるな)


司祭たちは同じメロディーを同じ高さの音で歌う。

いわゆるユニゾンというやつだ。


荘厳なメロディーは耳に心地良いが、私の魔力は体内で荒れ狂ったまま、一向に落ち着く気配はない。

司祭たちはかなり長いこと歌い続けてくれたが、最後まで私の魔力の揺らぎは収まることはなかった。



「精一杯努めましたが、力及ばず申し訳ありません」


そんな言葉を言い残して、うなだれた司祭たちは両親と共に部屋を出ていった。


その後、一人になった私は、先ほどの聖歌のことを考えた。


(とても綺麗な歌声だったけど、あまり効果がなかったな……)


せっかく歌ってくれた司祭達には大変申し訳ないが、ただしんみりとした雰囲気になっただけだった。


(もっと元気が出るような曲が聞きたいな。そう、例えば……)


私は小さな声で、前世で大ヒットしていた、大好きだった曲を口ずさむ。


すると、どうしたことだろう。

私の中の魔力暴走がだんだんと収まり、魔力の揺らぎが穏やかになってきた。

先程まで私を苦しめていた熱が、すっと下がっていくのがわかる。


(なんで!? なにこれ? どうして治ったの!?)


驚いて勢いよく体を起こした。


(さっきまでだるくて、とてもじゃないけど起き上がれなかったのに、何故?)


自分の身に起きた不思議な出来事に、今度はクリアな頭で考えを巡らせる。


私がしたことは、ただ、小声で歌を歌ったことだけ。

そんなことで、司祭にも治せなかった病が何故治まったのか。


また、さっきの歌を口ずさんでみた。

すると、体内の魔力が活性化し、体中の隅々まで広がっていくのがわかった。


そして、次に、司祭たちが歌っていたような曲――前世で聞いたグレゴリオ聖歌のような厳かな曲も歌ってみた。


結果は全然違った。

確かに、魔力の流れは多少落ちつくのだが、先程のような劇的な効果は得られなかった。


(間違いない! あの曲を歌ったから元気になったんだ!)


私はそう確信した。


それから私は、試行錯誤の末、ある結論に至った。


――黒雲病は、ある条件の歌を聞くと治る。


その条件は主に二つ。


一つ目は、ポップな曲調の歌であること。

元気が出るような明るい曲調で、ノリの良いリズムの歌であることが望ましい。

色んなタイプの曲を歌ってみたが、このタイプの曲を歌った時には目に見えて魔力が増え、流れも良くなった。


二つ目は、ハモること。

これに気づいた時には「何故今まで気づかなかったんだろう」と驚いたのだが。

この世界では、基本的に皆でハモって歌うことが無い。


皆、主旋律を一斉に歌うだけ。所謂ユニゾンだ。

主旋律に対してコーラスを合わせるなんてことはしない。


ためしに、侍女のアンナに簡単な歌を教えて私がそれにハモってみたところ、魔力が増えて体中に活力が湧いてきた。

アンナは「今のは何ですか!? なんだか体が軽くなって元気が出てきました!」と驚いていた。



私は確信した。

黒雲病には、司祭たちが歌う「聖歌のユニゾン」では駄目なのだ。


黒雲病を治すためには、「元気が出るような明るい曲調でノリの良いリズムの歌を、複数の人間が歌うのを聞くこと」つまり「ポップな曲のコーラス」が有効なのだと。


そして、私は考えた。

この国に蔓延するあの謎の魔力病を撲滅し、不安に覆われたこの国の人々を元気にすることができるのでは、と。


そして、そのためには何をすれば良いのか。


考えに考えて、導き出した方法は――男性アイドルグループを結成して、国中の人々に、黒雲病に効果のある歌を聴かせること――だった。






※※※






「と、いうわけで、男性アイドルグループのリーダーになってください!」


「また、急にとんでもないことを言い出したね、僕の従妹(いとこ)殿は」


そう微笑みながら言うのは、私の一つ年上の従兄(いとこ)、第三王子アレックス様だ。


緩やかにウエーブのかかった金髪に、ブルートパーズのような明るい水色の瞳。

気品あふれる立ち居振る舞い、優雅な所作。

王妃様にそっくりの美貌は、三人いる王子達の中で最も美しいと褒め称えられている。


ちなみにアレックス様には、私が「魔力の流れ」が見えるようになったことと、前世の記憶があることを話してある。



私達は今、王宮の中庭のガゼボに設えたテーブルで、二人だけのお茶会を開催中だ。



「急にではありません。さっき、事情をきっちり説明したではないですか。アイドルグループがどんなもので、何をするかも」


私が不満そうに言うと、アレックス様は少し首を傾げつつ言う。


「今一つ理解できなくてね。そのような歌を、複数の人間が歌うことで、あの黒雲病が治せるということは理解できたんだけど。それでどうして僕がそのアイドルグループのリーダーにならなければならないの? そもそも、どうして()()()アイドルグループでなければいけないんだい?」


「アレックス様以外に、このお役目をこなせる人はおりません」


私は姿勢を正し、アレックス様の目をじっと見つめながら言った。



「いいですか。黒雲病を治すには、『元気が出るような明るい曲調でノリの良いリズムの歌を、複数の人間が歌うのを聞くこと』が効果的なのです! 他人から聞かされるのでなく、自らが歌うことによっても、ある程度の効果が出ますが。やはり一番効率的なのは、多くの人を一ヶ所に集めて歌を聴かせることなのです。今後、それを、ライブと呼ぶこととします」


「ライブ?」


「はい。それでですね、ライブは国中の色んな場所でやりたいのです。王都から離れた場所の人々にも聞かせたいので。そうすると、移動やら何やらで結構な長旅になるはずです。女性では体力が持たないかもしれません」


「なるほど。それで男性のグループにしたいと」


「はい。それとですね、司祭以外の者が黒雲病を治せることは、神殿の威信にかかわる不都合なことだと思うのです。寄進が減りかねないですからね。そうなると、神殿からどんな妨害をされるかわからないですよね? もしそうなったら平民や下級貴族では、太刀打ちできません! ここは是非、王族であるアレックス様にやってもらわないと!」


「まあ、シルヴィアのお願いだから、聞いてあげても良いけど……他のメンバーって誰なの?」



よくぞ聞いてくれました。

私は身を乗り出して、アレックス様の目の前に一枚の紙を突きつけた。



「これがメンバーのリストです」


「どれどれ」





第三王子アレックス様 リーダー兼センター 常に笑顔を絶やさない元気で明るい人気者 赤

宰相の次男 バルド様 クールで知的な眼鏡キャラ 紫

魔術師長の三男 アンリ様 小悪魔系不思議キャラ ピンク

騎士団長の次男 リヒター様 元気な大型犬 青

ジュール商会の次男 アラン様 明るく気さくなフェミニスト 緑





ブハッと盛大に紅茶を吹き出したあと、アレックス様がテーブルに突っ伏して笑いだした。

呼吸困難になってるけど大丈夫だろうか。



「何がおかしいのですか!」


「だって、シルヴィア…………何この細かくて馬鹿っぽい設定…………はあ、笑いすぎて苦しい…………この最後に書いてある色は何?」


「イメージカラーです。衣装はこの色で作る予定です。アレックス様は真っ赤な衣装です」


「ブハッ…………やめてシルヴィア、僕を笑い死にさせる気かい?」


一向に笑いが止まらないアレックス様に向かって言う。


「もう! いい加減に笑うのをお止め下さい! 私たちはこれから、このリストの方々にメンバーになって頂けるように交渉しに行くのですよ!」


「本気かい?」


「はい! もちろんです! 一緒に来て下さいますよね?」


「いいけど、僕に何か見返りはあるのかい?」


「……王国の人々が元気になれば、王子であるアレックス様は嬉しいでしょう?」


「うーん、それだけ? そうだな、シルヴィアが毎日、僕の頬にキスしてくれるならいいよ」


「…………!!」


思わず顔が熱くなる。そんな恥ずかしいことできるわけがない!


アレックス様は一体何を考えているのだろうか。

でも、それで協力してもらえるなら…………くっ、やるしかないか。


「……わかりました」


「じゃあ、決まり。頑張って背伸びして頬にキスしてね、僕の可愛い従妹殿」


そう言いながらアレックス様がまたククッと可笑しそうに笑う。


私が背が小さいからってバカにして!!

背伸びしても絶対に届かないってわかってますよ!


私は12歳の頃から背が伸びていない。

もしかしたら、前世の記憶を取り戻したのと引き換えに、成長が止まってしまったのかもしれない。




それにしても、アレックス様がリーダーを引き受けてくれて本当によかった。

アレックス様は、なんだかんだで頼りになるから。

きっと他のメンバーのこともしっかりとまとめ上げてくれるだろう。



――とりあえず、メンバー一人確保成功!


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