乙女ゲーでもギャルゲーでもお助けキャラを攻略したい時はある。
「魔法の勉強はここまで。この後はテーブルマナーを学んでいただきます。正装に着替えて待っていてください」
「はい」
笑顔で頷けば女は「よろしい」といい、部屋を出ていった。
扉が閉まると同時に私はふぅと、息を吐き出す。
この家に来てから一か月がたった。
え?時間の進み早くないかって?ダラダラ日常の話描いたってグダるだけだからこれくらいでいいんだよ。
だがまぁ、ざっくりとこの一ヶ月の出来事を振り返ると
私がこの家に来て次の日、先程の高齢の女性。ゾイさんが来て、彼女から説明を受けた。
私がこの家の実子として振る舞ってもらうこと。私が他所の子であることは絶対に他言無用であること。これからこの家の跡継ぎとして相応しくなれるように教育を受けてもらうこと。
そして彼女が私の魔法、礼儀マナー、勉強などを教えてくれる教師であること。
本編じゃヒロインに激しく、折檻ばかりをする印象が強かったせいか、怖くてやばい人なのだと思い込んでいたが、実際に接してみればそうでもなかった。
知らないことはちゃんと1から教えてくれるし言われたことを素直にこなしさえすれば特に何もなく終わる。
ただ、私くらいの幼い子供が嫌いなのか、目を合わせたがらないし必要以上の会話は避けたがる。
私は精神年齢が16歳だからこの環境でも問題なく過ごせるけど、正真正銘5歳のヒロインとは相性が悪かったというのもあるのだろう。
さてと、と私は服を着替える。
着替える服は子供用のドレスだ。煌びやかな衣装とは程遠いがドレスはドレス
普通の服とは違うので初日は着替えるのに苦労した。
流石に1日目だからゾイさんも手伝ってくれたが、2日目からは一切手伝ってくれなくて折檻はされなかったけど滅茶苦茶嫌味を言われた。こちとら幼女なのにぃ
4日目にして時間はかかれど何とか一人で最後まで着替えることが出来、一ヶ月たった現在では難なく着替えることが出来るようになっていた。
着替えた後はゾイさんが来るのを待ってテーブルマナー
だが、これはなんなく終わる。
前世、通っていた学校は小中高一貫の学校で、定期的に行われる修学旅行とか林間学校とか、そういう旅行先では必ずテーブルマナーをどこかのタイミングで教わるようなところだったから。
学もない、ドレスの着かたもまともにわからない、みすぼらしい子供が初日でテーブルマナーをある程度完璧にこなす姿はさぞ衝撃的だったのだろう。
ゾイさんも目を見開いたっけ。
だからこの時間は私にとっては休憩時間
誰もいない食卓でゾイさんに見られながら無言でご飯を食べるだけ
なんか前世に戻ったみたいで正直あんまりいい気はしない。
いい食事とは到底言えなかったけど、ママンとご飯を食べる時間は楽しくて好きだったなぁ。
ママン元気にしてるかな、なんてぼんやりと思っているとどうやら食事を食べ終えていたらしい。
「ごちそうさまでした」
フォークとナイフを皿において終わり。
この後は知識の勉強だっけ?あ、でも私この世界の知識は粗方身についてるから、また暇な時間かぁ
そんなことより魔法教えて欲しいんだけどなぁ
「この後は勉強の予定でしたが、本日はここまでです」
「え?」
「予定が変わったそうです。お部屋にお戻りください。それでは私はこれで」
ゾイさんは足早にその場を去っていく。
相変わらずここの人って皆説明が足りないよなぁ、なんて思いながら椅子から立ち上がり自室へ向かう。
そうして自室に入るなり、ぼすっとふわふわのベッドに倒れ込む。
うーん。やっぱベッドだよね。固い床でも寝れるには寝れるんだけど、ベッドの方がいいよね。ふわふわふかふか。最高……。
それにしてもこの後の予定って何だろう。
考えてみるが特に思いつきそうにもない。
もしかして私の予定じゃなくて誰かの予定が変わったとか?それで私に割く時間が無くなったとか……。
わぁあり得る。それだとしたら私はここから自由時間ってわけだから
「よし、魔導書読もう」
私はさっさと力を手に入れる必要があるのだ。今後の為にも。
ベッドから降りて私は早速本棚の一冊に手を伸ばす。
「!」
こんこん、という軽いノックの音が響いた。
驚いて扉の方へ目を剥ければ、もう一度、今度は少し強めにノックの音が響いた。
ゾイさん、だろうか。慌てて「どうぞ」といえば「失礼します」とゾイさんのようなどこか圧を感じる声ではない、可愛らしい声が響いた。
入ってきたのは少年だった。
栗色の髪に白い肌、そして紅玉の瞳をもった少年。背丈に見合わない召使用の服に身を包んだ彼は年齢からは想像もつかぬほど綺麗な礼をする。
「今日からお嬢様の世話役となりました。ノアと申します。よろしくお願いします」
……。
で、でたぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!?!?!?!
「お嬢様……?」
「あ、え、ごめんなさい!!」
「え?」
「あ、いや。うん。よろしく、です。はい!」
何だこいつ、と言いたげな顔でこちらを見る少年、ノアに私は顔が引き攣りそうになるのを押さえて微笑む。
平常心だ。平常心になれ私ぃ!
ひっひっふーだ。ひっひっふー……て違うわ!円周率、こういう時は円周率!
えーっと、3.1415926535897932384……うん、落ち着いた。
「えと……一先ず椅子……はないからベッドに座ってもらって」
「いえ、ここで結構です」
「アッ、そう…ですか」
「……」
「……」
「お嬢様こそ座られてはどうですか」
「…あ、いや別に……」
「……」
「……座ります」
「……」
痛い!痛いよ沈黙が!
内心ダラダラと汗を流しながら私はベッドに腰を下ろす。
いや、覚悟してた。てかこの家に来た理由は彼に会うためだったから目的達成といえるんだけど急に来るからキョドってしまった。
ちらりとこちらを無感情に見つめる彼を見る。
さて、私がここまでキョドっている理由を皆さんにお教えしよう。
まず主人公が通う魔法学校には王族をはじめとした貴族も多く通っているため、一人だけ付き人として外部から連れてくることが可能なのだが主人公の付き人としてついてくるのがこの少年、ノアというわけだ。
彼は非攻略キャラで所謂攻略のヒントをくれるお助けポジションにある。
彼のヒントはランダム要素が強い本作ではとても役に立つものだ。
更にビジュアルが攻略キャラに劣らないレベルでかっこいい。
レオがクールな王子様キャラだとすれば、ノアはビジュ含め優しい王子様キャラだ。
まぁレオはマジの王子なんだけど。
そんな感じで発売当初は絶大な人気を持っていた。
そう……発売当初”は”
彼の正体は
「さっきから見つめてきますが、どうかしましたか」
_____華法のラスボス、なのだ!!!!!!
いや怖いって!!絶対に裏切らない味方だと思ったサポートキャラが実は全ての黒幕とか笑えないって!
あの救いのない鬱ゲーで唯一の本編における絶対的なオアシスだよ?なのに蓋を開けたら最大の敵でしたーって、ふざけんな!って思わずコントロールぶん投げちゃったよね。
しかも各キャラのトゥルーエンドに到達しないと黒幕だってわからないからね?
トゥルーエンドに到達するのは前にも言った通りかなり時間がかかる。
つまりその分ノアと接する時間が増える=愛着がわく。
そんな矢先に黒幕のカミングアウト。鬱になったのはきっと私だけじゃないはずだ。
他のキャラでエンド回収するときノアのアドバイス聞きながら「でもこいつ黒幕なんだよなぁ。実はヒロインのこと嵌めてやろうとか思ってんだよなぁ」って疑心暗鬼になりながらプレイするんだぜ?絶望でしょ。
なんなら主人公が必ず悲惨な目に合うのがこのゲームの鬱要素の一つなのだが
そうなるように仕組んだのもノアだ。
ノアは主人公の世話役。スケジュール管理は彼がしているし、彼は生徒ではないので主人公と違って時間に縛られる心配がない。
つまりやりたい放題できるというわけだ。
例をあげるなら主人公が一人になるタイミングでモンスターに強姦されるように仕向けたり
好感度がたりず友人止まりが確定した攻略対象の1人を裏で操り主人公を襲撃させたり
場合によっては眼の前で自害させ精神的ダメージを負わせる。
これは全年齢で出しちゃ駄目な代物だろ!!!
際どいところカットしてもアウトでしょうが!と叫びたくなる鬱展開は他にも色々あるがそこは割愛する。
更にこれ、プレイヤーが気づいていても主人公はノアを疑っていないのでどう足掻いても回避できないわけだ。
このままじゃ不味い。仮にノアが私に嫌悪を持っていないとしてもノアを野放しにすると世界が滅びかねない。
なので私はここに乗り込み、ノアと仲良くなり心の闇を払ってやろうと思ったわけだ。
大丈夫。相手は五歳児。普通に話しかけて……。
「あ、あの……」
「はい?」
「ぁ、えと……」
いや無理無理!正直ちょっとトラウマなんだよノア!ぱっと見天使みたいな顔してるけど、恐らく彼の過去回想から考えるにすでに私への好感度はマイナスだ。
今は流石に酷いことはされないと思うけど……普通に怖い。
そもそも!私が通っていた学校女子しかいない学校だったから!!父親がいたし、先生でも男の人がいたから大人の男性は大丈夫だけど男の子となんて喋ったこと全然ない!幼稚園だってそこ付属だったし…この世界に来てからもずっとママンと二人暮らしだし。
あれ、これ仲良くなるの無理じゃない?トラウマ×関わったことのない未知の存在。え、詰んだ??
「あの」
「ひゃい?!」
脳内でぐるぐると考えているといつの間にかノアが目の前までやってきていた。
ぎょっとしていればノアは少し眉をひそめる。
「……なんですか。何か言いかけてましたよね」
あ、あ、なんかちょっと不機嫌そうだ。
兎に角何か言わないと。えっと、えと……。
「ふ」
「ふ?」
「服脱いでください!!!」
「……は??」
あ、ノアの目がゴミを見る目に変わった。終わった。




