計画通り
「げっほ、げほげほ……」
「咳止まらないね」
「ん”ん……」
突然の咳から失礼します。私です。”あ”です。
えー、めっちゃ咳が出てすごくしんどいです。はい。
恐らくあの悲劇イベントが近いからかな。急に咳が酷くなってきたんだよね。
うーん。喉痛い。頭痛い。
イベント発生は3日後。ある程度攻撃魔法は様になったし、配達魔法もやっぱりママンが覚えていたみたいで教われたのでもう習得してる。
やっぱ魔法の感覚がわかってから早かったね。今まで何をしても理解できなかった魔法が簡単に覚えられるんだもん。
でもやっぱりちょっとコツのいる魔法は覚えるのに時間がかかるみたい。
今後はそれも想定して魔法の特訓しないと……。
「お薬買いに行くべき、よね?」
「んー、そのうち治るかもしれないから」
「そ、そう?」
ママンは子育て初めてだし、周りに有識者がいないからどうすればいいのかわからないみたいだ。
環境が環境だし、年齢も5歳と幼いから、本当は悪化しないように今のうちに薬を買いに行くのが正解なんだろうけど、日にちがずれると困るからね。
あんまりママンを危険に晒したくないから男たちのところには一人で行く、という手も考えたには考えたんだけど……流石に夜に一人で外出させてくれるとは思えないからママンには申し訳ないけど巻き込まれてもらう。ごめんねママン。代わりに未来のママンは幸せになれるからそれで許して。
そうして3日が経過した。
「げほ、ごほごほっ」
「……熱が出てきてる…ごめんね。もっと早く薬を買いに言っておけば…」
「だ、だいじょうぶ……きにしないで」
ますます悪化する咳
正直頭があまり働かない。3日前の時点で覚悟していたけど思った以上にしんどいぞこれ。
あとママン。泣きそうな顔しないで。これ私の自業自得だから!!ああ、美人の泣き顔は堪えるっ!
自分のせいで泣いてると思うと余計に罪悪感で胃が死ぬっ!!!
でも、でも準備は整った。
ママンが出かける準備をしに私から離れた隙に1週間前から書いて隠していた手紙を取り出すと
「配達魔法」
紅葉みたいなふにふにの白い手から淡い光が溢れ、白い小さな小鳥が生み出される。
さて次に小鳥に目的地を伝える必要があるのだが、やり方は至って簡単。
こつんっと小鳥に額を押し付け、脳内でマップを広げる。
思い出すのはゲーム内に出てくるこの国の地図だ。
どこに制作陣は力を入れているんだとツッコミを入れたくなるほどに機密に書かれた地図の内容を思い出す。
正直4年前に危惧した通り、ゲームの内容が少々薄れてきているがマップだけはなにがなんでも忘れてはいけないと毎日思い出していた甲斐あってかマップ再現率は驚異の100パーセントだ…多分。実物が無いから断言できないけど。
思い出した地図の運んで欲しい場所を探し、その場所にピンを刺すイメージを浮かべる。これだけだ。
後は小鳥から額を離して手紙を持たせ、外にはばたかせる。
これでよし。貧民街はそんなに広くない。襲われる正確な場所は流石に私もわからないけど、問題ないはず。
もし私がヘマをしたとしてもママンの実家が駆け付けママンは助かる。
「遅くなってごめんね。立てる……わけないか。すぐにお薬屋さんに連れていくから」
あとは私次第。
絶対にハッピーエンドに向かってやる。
・・・・・・・・・
ケホケホと咳き込みながらもママンに抱っこされて薬屋へと向かう。
必死になってくれるママンはやっぱりいい人だ。前世の親にも見習ってほしいと心の底から思いながらこれから始まることに身構える。
と、不意に闇が揺れた。
きた
ぐいっとママンの白い腕が太いごつごつとした手に引っ張られる。
「きゃっ」
ママンが悲鳴を上げる。
見ればママンの白くて細い腕が紅くなっているのがわかる。
うちのママンになんつーことしてくれとんじゃワレェ!!ころころしてやろうかァ!?あ”あ!?
なんて今すぐにでも魔法をぶっ放してやりたいけどここは我慢だ。
この男たちが本編の奴らか確認しないと……。
ママンがプルプル震えてる。ごめんねママン。ちょっと待って……。
「おいガキを傷つけんなよ。大事な商品なんだから」
「わかってらぁ」
商品。うん、間違いない。この男たちで当たりらしい。
ママンから引き剥がされる。
よし、ママンと離れた。これで心置きなく魔法をぶっ放せる。
ふぅ、と一つ深呼吸
集中しろ。大丈夫。普段通りやればいい。
そうすればママンは無事だし、私の目的も達成できる。そうしてレオとハッピーエンドだ!!!
でも
私が失敗すれば?
不意に脳内に不穏な言葉が浮かんだ。
ああ、だめだめ。熱が出てるせいでナーバスになっているのかもしれない。
大丈夫だって。私頑張って練習したし。いけるいける。
なんとか気持ちを持ち直そうとするが思考は止まってくれない。
ママンは…お母さんは大丈夫?
大丈夫だよ、死なない死なない。変な所に売り払われる心配もない。だってその前に実家が助けに来るはずだから!
本当に?
本当だって。ママンの実家は大体3時間ちょっと。そう遠くないし、もっと急げば3時間もかからず到着するよ!
本当に来てくれるならね
来るよ。絶対にくる。
くる…?本当に来る?絶対?来てくれる?来なかったら?
いや、そもそもあの人達が仮に助けに来てくれるとして、私が負けちゃったら…彼らが来るまでの間、お母さんはどうなる?
_______本編通り強姦される。
頭から氷水を掛けられた気分になった。
保険を掛けたつもりだった。でもそれは、本当に必要最低限な保険だとこんな土壇場になって気付いた。
なんなら、絶対に来るという確証もない保険だ。あまりにも不安定
それでもあの人たちなら来てくれるという謎の自信があった。
今だってそう。自分の大事な母親が酷い目に合うかもしれないのに自分なら大丈夫だと過信してこんなことをしている。
もし私が上手くできなかったら、被害にあうのは私じゃないのに。
本当にお母さんのことを思うなら、もっと早い段階で実家の方に連絡するべきだった。
なのにそれをしなかったのは……。
”私が、ヒロインとして幸せになりたいから”
身勝手で、醜い欲求のために、私はお母さんを"賭け金"として差し出した。
でも大丈夫。そうなるとまだ決まったわけじゃない。
落ち着いて魔法を使えば大丈夫
そうすれば皆満足なハッピーエンドに辿り着ける。
そう。冷静に…冷静に…。
「あれ……」
____魔法ってどうやって打つんだっけ。
脳みそが真っ白になる。
この感覚知ってる。魔法が使えなかった頃と一緒だ。
息が詰まって何かが押し込められているようなそんな感覚。
どうしよう。わからない。使い方、どうすればいいんだっけ?!
なんで、なんでこんな土壇場で忘れちゃうんだよ!おかしいでしょ!急に怖くなって使えなくなるとかほんとポンコツ!
普通逆じゃん!こういう時に力が発揮されて俺つぇぇぇ!みたいな展開になるのが普通でしょ!!
あれ?普通………普通……?
普通って…………なに?
「ぁ……」
そうだ。そうだよ。ここは現実だ。ゲームの中とは違うし、小説でよく見るご都合主義なんてない。
なにをやっているんだろう私は。馬鹿なのか。異世界転生なんていう夢みたいな展開が起きたから勘違いしてしまったんだ。
私でも、他の主人公みたいに強力な力で運命を捻じ曲げることだって簡単にできるって。
魔法が使えなくて散々苦しんだのに、まだそんな事を考えてる。
ああ馬鹿だ。馬鹿
ああ、だめ。不味い。こうしている間にも…このままじゃ、このままじゃ
おかあさんが
「っ」
「な、なんだ!?」
「急に自分を殴って……」
私は思考を取り戻すように自身の頬を殴った。
痛みに恐怖と熱の影響で濁っていた意識が戻って来る。
いや、やる前から怖気づいてどうすんだよヘタレ
こんなことになったのは私の責任だろ。
私が始めたんだ。ちゃんと最後までやり通せ
魔法が使えないならぶん殴ってでも止めればいい。
小さな体だけど、それでも全力で暴れれば多少の時間は稼げる。
やりようなんていくらでもある。
種だけ撒いて、何もしないのが一番無責任なんだから
ちゃんと意思を持って突き通せ
「攻撃魔法!!!」
祈るように魔法の呪文を口にする。
瞬間片手から白い一筋の光が溢れ、そして男を吹き飛ばした。
呻く暇もなく地面に転がる男
うっっわ成功したっ?!
いや喜んでる場合じゃない!!!
次いで他の男たちに向けても魔法をぶっ放す。
魔法には属性によって相性がある。
水は火に強く、火は木に強く、木は水に強い。
だが光属性は特定の属性に強い、という訳ではない代わりに特定の属性に弱い、というわけでもない。
全属性平等にダメージが入るのが強みだ。
そうして無我夢中で攻撃魔法を飛ばし、気づけば男たちは全員地面に沈んでいた。
後半意識があんまりない。熱が上がってきているのかもしれない。
今どれだけ時間がたっているのだろう。わからないが、急がないと。
急ぐ……なにを?
頭が上手く回ってくれない。
ぼんやりとしていると、ふと視界の端で影が揺れた。
ああ、お母さんだ。
そうだ。そう。
服が乱れている。けど目立った怪我はない。
よかった、なんてこんな状況になる様に誘導した私が思うのは間違いなのかもしれないが。
ああ、でも腕赤くなってる。
回復魔法使おう。
そう思って近寄って手を伸ばそうとして
「いやっ!」
ぱちんっと手を弾かれた。
手に鈍い痛みが走り、意識が少しだけ晴れた。
数回瞬く。
拒絶、されたらしい。
目を見る。ああ、これは怯えられてる。
どうしてこうなったんだろう。正直分からない。
でも、ある意味これでよかったのかもしれない。
お母さんと遭うことは、多分もうないと思うし。
お母さんは優しい人だから、私がいなくなったら多分心配する。
でも私はどうやらお母さんに拒絶されるほど恐ろしい存在らしいので、これならお母さんも気にすることなく実家で楽しくできるはずだ。
そりゃ多少のモヤモヤはするかもしれないけど、感情はいつか風化するものだから。
そう思えばこれでよかったのだろう。
私はお母さんから離れ、地面に転がっている男たちの脚を掴んでズルズルとその場を移動する。
そうして少しだけあの場所から離れたところで男たちの脚から手を離し
「シリアス終わりっ」
パンパンと二回自分で自分の頬を叩く。
あ、まって強めに叩きすぎた。めっちゃいたい。でも、うん、痛みで意識がはっきりしてきた。
てか今日は自分で自分の顔を叩きすぎな気がする。確約された愛らしい顔が崩れたらどうしよう。
でも仕方ない。こうでもしないと熱で今にもひっくり返りそうなので。
それに気持ちも切り替えられた気がする。
この世界ただでさえ鬱なんだから気持ちだけは鬱にならないようにしないと。
呑まれたら最後だ。気をしっかり持て私!
さて、この後私は現在地面に倒れている男たちに誘拐してもらって、ママンはママンの実家に戻ってもらい、引き続き鬱展開の回避を行う。
え?あれだけなんか色々後悔してたのに結局ヒロイン人生続けるのかって?
当たり前でしょ、原作通りにヒロインやるのが今の私の命綱なんだから。
え?もうすでに原作崩壊してるからその命綱本当に役に立つのかって?
うるせぇ!展開が変わってるだけで本筋は変わらないように今から調整するからいいんだよ!!!
てことで起きろオラァ!!!!
地面に倒れている男の上でぴょんぴょん飛んでたたき起こす。
はい、ぐっともーんにんぐ!
「ひぃ」
目を開けた男が私を見てか細い悲鳴を上げる。
なに悲鳴上げてんだよ。私美少女だろうが。君たちだってそういってたでしょうよ。
そんな私に起こされてるのに何震えてんだ。しゃんとしろ。
私は男の背から降りて目の前で仁王立ちする。
「お兄さん、私のことを誘拐してくれませんか?」
「ごめんなさいごめんな…………は?」
私の言葉に男はきょとんとする。
続けて私は言う。
「お兄さんは元々私を誘拐する予定だったんでしょう?売り払わせてはあげませんが、誘拐はされてあげます。だからほら、早くしてください」
「……は?え……??」
更に困惑した顔をする男
なんでこの人困惑しているんだろう。誘拐させてあげるって言ってるのに。ちょっと訳が分からない。
やがて男はしどろもどろに言う。
「いや、その……も、もういいかなぁ…なんて」
「は?」
「いやだから!もう俺たちは心を入れ替えるから!もう悪いことはしないし!!だ、だからアンタはさっきの女と一緒に家に帰ってもらって……」
「ねぇおにいさん」
私はにっこりと笑顔を浮かべ、男の顔を覗き込んで言う。
「 誘 拐 し て ? 」
多分今まで浮かべた笑顔の中で一番可愛い笑顔の自身がある。
なのになんでこの人震えて泣いているんだろう?




