計画準備
私は足早に当主の部屋へと向かっていた。
私の立てた作戦を成功させるために。
「貴方。またこんなところに来たのかしら。卑しい小娘ね。私は言いましたよね?旦那様は大変忙しいのよ。貴方の相手なんて」
「当主様は直接来ていいとおっしゃっていましたので」
なんだけど……奥さんが絡んでくる。
この人は当主が好きなんだろうけど、当主は政略結婚で結婚しただけだからこの人のこと特に何とも思っていなくて、気が散るからって基本別室で過ごすように言い渡されてるんだっけ。
それで少しでも構ってほしくて忠犬みたいに部屋の前うろついてるんだよね。だから当主の部屋に来ると遭遇しちゃうのは仕方ないんだけど、今は少しでも早く話を通したいからさっさと退いてもらおう。
「貴方、私に口答えするつもり?」
高圧的な態度をとって来る奥さん。
退く気のない彼女を私は
「防御魔法」
防御魔法の板を出して、それを奥さんの体に張り付け、押す。
子供の力じゃ成人の女性を退かすことなんてできないが魔法を使えばなんのその。
防御魔法だって応用すればこんなこともできちゃうんだなぁ
「貴方!私にこんなことしていいと思ってるの!?私を誰だと思っているの!!私はッ!」
「失礼します」
話に付き合っていると時間を浪費しそうだったので無視して私は当主の部屋の扉をノックする。
数秒の間を置いて「入れ」と入室許可を貰ったので中に入る。当主は眉根を寄せて私……ではなく扉の外を見ていた。
廊下からは奥さんの金切り声が響いている。
「騒がしいな……それで。何の用だ」
気にしたのは一瞬。すぐに興味を失ったように当主は私へ視線を寄こした。
「モンスターについて詳しい方を知りませんか?」
私が当主に会いに来たのはこれだ。
フローラル家は名家だ。名家というだけあって、人脈は広い。
その中には同じ名家だけでなく、そういった専門的な方面のものも持っているはずだ。
モンスターを探すなら、それに詳しい人間を頼るのが一番早い。
「………モンスターに?…知らな、いや待て。一人だけ心当たりがあるが…それがどうした」
「紹介して欲しいのです」
「…それはフローラル家の発展に役立つのか」
「役立ちます」
「………いいだろう。だがアイツはかなり遠くの地に住んでいる。こちらに来るとしても一週間はかかるか…あいつの予定もある。もっとかかるかもしれないな」
「手紙だとどれくらいでしょうか」
「大体1日半だ」
「それなら手紙でやり取りをしたいです」
「今日の夜飛ばしてやる。書いたらもってこい」と当主は言ってくれるので私は「ありがとうございます」と頭を下げる。
当主は家の発展のことになると協力的だ。
いや、今回は少し違うか。
私はここ三年で言われた通りにこの家の娘としての教育を受けているが、未だこの家の発展には尽力できていない。私の年齢を考えれば当然だが、今回私ははっきりと「発展に役立つ」と宣言した。
、本当に私がこの家の発展に使えるのかどうかを見たい、という感じだろうか。
まぁ何はともあれ協力的なのは非常に助かる。早速部屋に戻って手紙を書こう。
私は頭を下げ、わーわー騒いでいる奥さんを無視して自室へ戻った。え?奥さんの扱いが雑過ぎるって?だってあの人私のこと大嫌いみたいだし、私もあの手のタイプ苦手だから………まぁそのうち、ね。
そうして私は自室に戻る。
「どうでしたか?」
部屋に入ればノアが聞いてくる。私は笑みを浮かべる。
「何とか協力を取り付けることに成功しました。これでモンスター探しも少しは捗るんじゃないでしょうか」
私はサイドテーブルに置きっぱなしになっている紙とペンを手に取りつつこれからやることをノアに説明する。
「当主様の伝手を使い、モンスターに詳しい方へ協力を頼みこみます。
その際、時間を無駄にしないように要件と考えられるモンスターの特徴を書き、調べてもらうんです」
「モンスターの特徴ですか?」
「はい。あくまで推測ですが、まずモンスターの大群が各町を襲います。
ノアくんの言う通り特定のモンスターだとすれば、その辺の適当なモンスターの群れではなく、ある程度決まった種のモンスターということになります。
殆ど同じ時期に大群、となるとそのモンスターは元々群れで行動する習性があるかもしれません。
加えて、この周辺にはあの蜜に惹かれたモンスターはいないのなら、遠くの方にいたモンスターが引き寄せられた、ということですから、鼻がいい可能性がある。この二つの条件を持ったモンスターを探してもらうこと」
完全に推測にすぎない。だが少ない情報を懸命に思い出して私が思いついた特徴はこの二つだった。
「そしてもう一つ。成分が変化したことでモンスターを引き寄せたはずなので恐らく違うとは思いますが、念のためにカリンディアの華の匂いを好むモンスターがいるのかどうかも聞いておこうかと思いまして」
「………一から探るよりかは発見率があがりますね」
「ええ。それでノアくん。貴方にお願いがあります」
「なんでしょう」
「前に作っていただいたお守りをできるだけ沢山作ってほしいんです。あ、睡眠時間はちゃんと確保したうえで、ですよ」
私がお願いをするとノアはすんなりと頷く。
「わかりました。では材料を貰いに少し騎士団の方へ行ってきます。お嬢様もちゃんと寝てくださいね」
そう言い残してノアは部屋を出ていく。
私は手紙を書きながらこの後のことを考える。
この手紙の相手と何度かやり取りをしてモンスターを絞り込む。
その際、手紙にお守りをいくつか同封しておく。自分に明確な得がないのにタダ働きなんて誰だって嫌だろうし。その際お守りが持つ効能は当然回復系統だ。
他の効能ならば、相手が魔力の少ない人間でもない限り渡したって意味がない。
もっといい物を貰えるのでは?仲良くしておいた方が得か?と思わせられる必要があるのだから。
手紙を書き終え、私はベッドに横になる。
回復魔法の勉強ばかりしていたため、あまり睡眠時間を確保できていなかったからだ。
勿論最悪のケースも考えてこれからも欠かさず回復魔法は続けるが、ここで私が倒れたら折角見えてきた可能性を潰しかねない。
ふかふかとした掛け布団を抱きかかえながら私は目を瞑る。するとすぐに眠気が襲ってきて、簡単に私の意識は闇に落ちていった。