名前あるある
はじめまして皆さん。
突然ですが皆さんは転生、というものをご存じでしょうか。
ええ、そうです。死んで新たに生を受ける行為のことをさすアレです。
実はですね。私、その転生を果たしたらしいのです!
あ、待って待って!いかないで!!嘘じゃないです!もう少しだけ話を聞いてくださいっ!!!
まぁ、手短に話しますと私、マンションから自分の意思で飛び降りて死んじゃった系JKなんですよ。
え、初手から暗いって?仕方ないじゃないですか。転生系といえば前世の死因を語るところからって相場が決まってるんですから。
そんなこんなで目が覚めたら古臭い小屋の中で美人な女の人に抱っこされてました。
滅茶苦茶顔の距離が近かった。美人過ぎて目が潰れるかと思った。
あとなんか服とか髪とかボロボロボサボサなのに異様にいいにおいがした。美人の体臭マジ美人(?)
って、そんなことはどうでもよくて。
なんでこんな美人さんに抱きかかえられてるの?そもそもここはどこ!?と思って思わず叫んだんですよ。そしたら自分の口から出てきたのは喃語
続いてところどころひび割れた鏡を見て、そこに映っていたのは先程みた美人と赤子
それをみて一瞬で理解した。
あ、これ死ぬほど読み漁った異世界転生系だって。
もう喜んだね。大いに喜んだ。
外からすっごい爆発音とか物騒な怒号とかしたけど喜んだ。
貧乏家庭だからか家が死ぬほどぼろくて雨風が壁の隙間やら天井やら入ってきて滅茶苦茶寒かったけど喜んだ。
精神年齢16歳のJKでありながら母の乳を吸い、おしめを変えられるという羞恥心を煽るイベントがあった気がしたけど喜んだ。
てか頭ぶつけて記憶取り戻す展開ってよく見かけるけどさ、思い出すまではいいんだけど前の人格どこにいったのか気にならない?私の人格が入ったせいで前の人格が死んじゃったんじゃないかって心配になるんだよね……。
と、脱線したけど兎に角私は異世界転生というものに喜んだ。
そう、自分の名前を聞くまでは。
「元気に育つのよ……”あ”」
えー、皆様改めまして。私”あ”と申します。
……。
いやまてまてまてまてまて!!!!!”あ”ってなに!?私”あ”?私の名前”あ”なの!?どんなネーミングセンスしてんだよ可笑しいだろママン!!!どういう思考回路してたら自分の子供に”あ”なんて名前つけんの!?容姿いいのにネーミングセンス皆無かッ!!
そう内心混乱しながらも私は自分の名前のせいでこの世界が、どういう世界なのか”気づいてしまった”
この世界は前世で私がコンプリート目指して周回プレイを何度も何度も行っていた”華の女神と祝福の魔法”という超有名な乙女ゲームだった。
華の女神と祝福の魔法、通称”華法”は主人公が有名な魔法学校へ入学し、そこで花の女神に見初められ、花の魔法使いに選ばれることになる。
主人公は、攻略対象たちと協力しながらこの世界に蔓延る魔物を討伐しつつ、花の魔法使いにしか咲かせることのできない”祝福の華”を咲かせるため、立派な花の魔法使いへと成長するまでの過程を描いた超王道ストーリーだ。
絵は綺麗だしフルボイスだし恋愛要素も充実している本作。
だがぶっちゃけありがちな展開というか、使い古されたネタなので、この説明の通りならきっと一部の界隈に人気、程度の注目度だっただろう。
だがこのゲーム、最初に言った通り死ぬほど有名なのだ。
そう。鬱ゲーとして。
パッケージは死ぬほど可愛いのに内容がえぐすぎる。制作陣全員病んでるんじゃないかとまで言わしめたほどの鬱
まず主人公の生い立ちからして色々と闇深いし攻略対象たちの過去も非常に、ひじょーに重い。
各キャラトゥルーエンド、ハッピーエンド、ノーマルエンド、バットエンドがあるのだが、ハッピーエンドがハッピーエンドじゃないし、トゥルーエンドに到達しても幸せになれるのは主人公と選ばれた攻略対象だけ。
その他の攻略対象や、その関係者は死ぬか不幸になるかの二択
とんでもなく後味が悪い。攻略対象と結ばれたはずなのにこんなに素直に喜べない乙女ゲームそうないと思う。
更に何が酷いって、どう頑張っても主人公が悲惨な目に合うというところ。
制作陣は主人公に親でも殺されたのかと聞きたくなるレベルで酷い。
この通り内容は紛れもない鬱
しかしこの鬱ゲー、もう一つ鬱だと言わしめる所以があった。
それはこのゲーム、ランダム要素が非常に強いというところだ。
攻略対象の好感度を稼ぎたいのにそもそも攻略対象がなかなか出没してくれない。
トゥルーエンドへ辿り着くためのアイテムが何故かモンスターが持っていて、モンスターを倒してドロップさせるしか入手方法がない。
なんなら、その代物のドロップ率が死ぬほど低かったりする。
いやトゥルーエンドに繋がる大事なアイテムやぞ?ちゃんと持ってろよ何でモンスターに取られてんだよ
ただでさえストーリーでズタボロになった心にゲームシステムという新たな形で追い打ちをかけてこないでよ。
そして苦労して辿り着いたエンディングがアレ、もう心折れるって。
そんな彼らの救いは全エンド回収後の攻略対象たちの幸せだったころのエピソード
この後、悲惨なことになるということを考えれば普通にしんどくなるのだが、それでも荒んだ心には十分な癒しだった。
その癒しを求めて皆この鬱ゲーフルコンプを目指すのだ。
かくいう私もその一人だった。
好きなキャラクターの過去エピソードを観るためだけにエンド回収に走ったし、フルコンプすれば更に追加のイラストやエピソードを見れるのでは?という希望にかけて頑張っていた。
ただ、最初こそ自分の名前を入力してプレイしていたのだが、あまりにもストーリーが悲惨すぎて居た堪れなくなり、後半から名前を「あ」に変えてプレイしていた。
イケメンの口から”好きだよ、あ”とかいうセリフが出ることで一時的だが心の傷を塞ごうとした、ともいう。
それがまさか、転生後の自分の名前になるなんて、思うわけないじゃんか……。
なんかごめんねママン。自分の娘の名前が「あ」とか普通に嫌だよね……。
いや、でも待てよ!まだ名前だけなら華法かどうかわかんないよね!いや華法じゃなかった場合私の名前つけたママンのネーミングセンスどうなってんだ問題が浮上するんだけど。
ということで私は視力がはっきりして髪の毛がちゃんと生えてくるまで待ち、そしていざ割れた鏡の前に立った。
映った姿はというと母親譲りの銀髪に夜空のような深い青の瞳。その真ん中には華のような不思議な形をした瞳孔。この年ですでに美少女に成長することが確約された顔面
うん、これは間違いないわ。ゲーム内では数回程度しか顔が出なかったが、間違いなく華法の主人公だわ。
そうと決まればうかうかしていられない。
私の名前は”あ”主人公の女の子に転生した。
作中不幸ランキングベスト3に入る悲惨すぎる主人公に。
でも私は異世界転生を果たしたというのに悲惨な目に合うなんて絶対に嫌だ。
しかも迎える結末はなにを選んでも周りの人たち不幸になるし。
人が目に見えて自分のせいで不幸になっているのにそれを見て見ぬふりして幸せになる度胸なんてない。
だからうまいこと鬱を回避するしかない。そしてあの人と____。
「ふへへへへ」
「ど、どうしたの?あ」
齢0歳の幼女が急に鏡をみつめてニヤニヤしながら気持ち悪い声だしたらそりゃ心配になるよね。ごめんねママン。
でも頭の方は正常だから心配しないで。あ、晩御飯はカビてないパンでよろしく。
そうして難易度ルナティックな私のヒロイン生活が始まったのだった。