人を信頼するのは思ったより勇気がいる
「お嬢様。今日もお出かけにはなられないんですか?」
「……ごめんなさい。ノアくん。外へは一人で行って貰って構いませんよ」
「いえ、ここにいます」
無表情で私の部屋の本棚の隣に立つ。
あれから二週間たった。私はなんとか悲劇回避に向けて策を考えていた。だが一向にいい案は思い浮かばなかった。
一度ルークに言ってみた。だが本気で取り合ってはくれなかった。
私は専門家でもないし、そういうことに詳しいわけでもない。わかるのは結果だけ。
説得するには情報が無さ過ぎた。
無理だろうとは思いつつも少しでも被害を防げるならとあの店の店主にも手紙を書いてみたが、匿名であることもあってかやはり販売を停止してはくれなかった。
私は考えた。回復魔法はなんでも回復できる。勿論、毒成分も。
イイ策が思いつかない今の私にできることは、回復魔法を多用できるようになること、そして広範囲の人を一斉に回復できる技術を身に着けることだった。
無謀なのはわかっている。蜜が売られているのはこの町だけではない。
色んな場所を回って毒を浄化するなんてことは体力や時間、距離など様々な問題によって不可能だ。
だが、それでも被害が減るのなら。
碌な策も思いつかない私にはこれしかなかった。
ゾイさんの魔法の授業を受け終わったあとの自由時間はずっと回復魔法に費やした。
少しでも時間があればずっと。睡眠時間も削って。
残り2ヶ月。時間がない。もっと早く覚えないと。もっと、もっと………。
「お嬢様、少し休憩した方がいいのではないでしょうか。顔色があまりよくないです」
「…大丈夫です。気にしないでください」
休憩なんてしている暇はない。
毎日頑張ったおかげなのか回復魔法の効果範囲が広がってきているし、効能も強くなった。
このまま頑張れば、もしかしたら、という可能性があるのなら、これに縋るしかない。
前世の私なら、きっと他人のためにここまで頑張らなかっただろう。
でも今の私はこんなに頑張っている。
なんでこんなに必死になっているのか自分でも正直あまりわかっていない。
ただ鬱回避したいだけならレオの兄だけ助ければいい。王族の命に関わるとなれば流石に私の訴えも多少は聞き入れてくれる可能性がある。
その段階になれば住民は大量に死ぬことになるだろうが、私は顔も知らない他人がいくら死のうが心が痛むタイプじゃない。そもそも住民と仲がいいのはノアだし。
街に押し寄せるモンスターだけ止めれば、あとはどうにでもなるはずなのに。なんでこんなに……。
後腐れなくレオと結ばれたいから?
自分が悲惨な目に合わなくて済むために少しでも不安要素を排除したいから?
知らない人間とは言え、人が死ぬと知っておきながら見殺しにするのは気分が悪いから?
それとも………。
「………」
ああ、頭が回らない。シンドイ。ぐらぐらする。
一先ず、水を飲もう。喉が渇いた。
私は魔法を使いつつ、一階の厨房へ水を取りに行こうと部屋を出る。
そうして階段に差し掛かったところで………ぐにゃりと視界が歪んだ。
「あ」
視界が歪んで、体が傾く。
倒れる。いや違う。目の前には階段。このままじゃ落ちる。
防御魔法を……いや、このまま回復使い続ければ同じかな。怪我した瞬間に治れば防御魔法とあんまり変わらない気がするし、練習にもなるし。
防御魔法は展開せず私は回復魔法を使ったまま目を閉じる。
ああ、落ちる。浮遊感に襲われ………その直後、ぐいっと強い力で腕を引かれた。
私は前ではなく後ろに倒れる。背中に温度があった。
「防御魔法くらい使ったらどうですか」
後ろから咎めるような声が響く。
ああ、ノアだ。
「……すみません」
そうだ。ノアが部屋に居たんだ。そりゃ私が落ちそうになれば助けるか…。
「水でも欲しいんですか?」
「はい…」
「それなら言ってくれれば僕が取ってきますから。一先ず部屋で休んでいてください。魔法の練習も一度やめてくださいね」
よいしょと軽々と抱き上げられてそのままベッドに寝かされ、そのまま念を押してから部屋を出ていく。
なんか申し訳ないな。最近お世話になってばっかりだ。精神年齢では私の方がずっと年上なのに。
いい策も思いつかないし、迷惑かけてるし、知識あるのにうまく立ち回れないし、全然うまくできないし。
あーあ、なんか気分が下がっちゃうなぁ。こういう時ママンなら慰めてくれたかな。
あ、でもママンから嫌われてるんだっけ。なら無理か。
前世もこうだったなぁ、なんか気づいたら嫌われててさ。どれだけ頑張っても嫌われてく一方で。
現代も異世界も変わんないよなぁ。魔法なんて使えても人間の本質は変わらないわけだし。
やっぱ小説とかゲームとは違うんだよなぁ
ただ普通に過ごすだけで人から愛されたりしないし、都合よく信じてもらうなんてできるわけないんだから。
ほんと、私はどうすればいいんだろ。
「お嬢様。水を………」
あ、ノアが来たみたいだ。
水、貰おう………って、あれ。なんでノアの姿がブレてるんだろ。
「……なんで泣いてるんですか」
ノアが唖然とした顔のままいう。泣いてる?ああ、私泣いてたのか。
駄目だな。ネガティブになるとすぐ泣いちゃうんだ。別に泣きたくなんてないのに。
早く止めないと。鬱陶しがられる。
「擦ったら目が悪くなりますよ」
涙を拭おうとした私の手をノアが掴む。
相変わらず無表情だ。でも手付きはすごく優しくて、温度があったかくて、妙に気持ちが落ち着く。
ノアは私と目を合わせるようにその場に片膝をつき、顔を覗き込む。
「なんで急に外に出なくなったんですか?なんでそんなに必死になって回復魔法ばかり練習し始めたんですか?なんでそんなに焦っているんですか?…………あの、カリンディアの蜜とかいうのが理由ですか?」
「………」
「僕には言えませんか?」
「………」
「僕はそんなに信頼がないですか」
「信頼、してます」
僅かに伏せられる紅い瞳。私は首を横に振る。
ノアは未来のラスボスだ。主人公を悲惨な目に合わせるし、色んな人を大量に虐殺する。
でもそれはあくまで未来の話で、今じゃない。
今までのノアの行動にどういう意図があるのかは知らない。
優しさか、世話係故の使命感か、それともゲーム本編のように油断させる為か…。
私にはわからない。でも、どういう意図があったとしても、今のノアのことは信頼している。
信頼している、からこそ。
他の人達みたいにまともに取り合ってくれなかったら?子供の戯言だと流されたら?
「私が怖いだけです。ノア君は、悪くないんです」
信頼している。信頼したい。そう思っておきながら、結局本気で信頼しきることが出来ない私ってほんと心が歪んでる。
ああ、もっと心が綺麗な子に生まれたかった。
「信じますよ」
自分自身に嫌気がさして、また自己嫌悪に陥りそうになった私の耳に、ノアの澄んだ声が響く。
「……え?」
「僕はなにがあってもお嬢様の言葉を信じます。どんな突飛な話が出ても、笑ったりしません。疑ったりもしません」
「………ノアくん」
「お嬢様が苦しそうにしてるのをただ見ているだけは嫌なんです。
僕はお嬢様の笑っているところが好きです。大好きです。つられて笑顔になれるくらいには好きです」
「…………私といるときは、いっつも無表情なのに?」
「心の中ではニコニコ笑ってますよ」
「……あはは、なにそれ」
とてもまじめな顔でそんなことを言ってくるものだから、つい口から気の抜けた笑いが漏れる。
何があっても信じる。心の歪んでいる私にとってその言葉は”絶対に嘘でしょ”としか思えない言葉だった。
でもやっぱり、ノアの言葉を疑いたくない自分もいて…。
「……ノアくん」
「はい」
「………私は貴方に出せる証拠はなにもありません。証明も、できません。それでも、信じてくれますか?」
「勿論です」
考える間もなく即答するノア。その目は相変わらず澄んだ紅で。
「実は_____}
気づけば全部ノアに話していた。
数分後。
説明があまり得意ではない私の証拠もない話をノアは最後まで真面目に聞いてくれた。
「成程。そういうことが起きるんですか」
「………信じてくれるんですか?」
疑いもせず、考え込むノアに思わず尋ねる。
ノアは私を見上げて首を傾げる。
「信じるって言ったじゃないですか」
「…………それは、そうなんですけど…」
「そもそも。お嬢様が毎日あれだけ必死になっているところを僕は見ています。疑う余地なんてないですよ」
あっけらかんと言ってのけるノアに私は唖然とする。
次いで私の心に堕ちたのは、安堵だった。
ああ、よかった。信じてくれて……。
どくどくと鳴る心臓を押さえている私にノアはジトッとした目でこちらを見る。
「やっぱり僕のこと信頼していなかったんじゃないですか」
「………すみません」
謝るとノアは「気にしていませんから」とジトッとした目で言う。いや滅茶苦茶気にしてる…。
「それより、今後のことを考えましょう。
まず蜜の販売をすべて停止させる必要がありますね。
僕たちみたいな子供が何を言っても止めてはくれないでしょうし。ここは騎士団の方々を頼りましょうか」
「………でも、騎士団の人は誰も信じてはくれませんでした」
「…ああ、成程。最後に騎士団に行ったときに話していたんですね。道理で顔が暗かったわけです。因みになんて言われましたか?」
「加工した段階でモンスターが寄って来るのなら、他の町に持っていく際にその馬車が襲われているはずだし。人体に影響があるかどうかはちゃんと商品化する前に検査の魔法で調べている、と」
「もっともな意見ですね」
言われて気づいたが、確かにそうなのだ。
加工したものを町や村に持っていく際、経路によってはモンスターがいる場所を通る。
なのに馬車は一つも襲われていない。人体の影響についても、ちゃんと検査をしているはずだ。
なのに何故か本編じゃあんなことが起きている。
私も色々考えたが、全くわからない。レオのブローチで見れる内容は、本当にざっくりとした経緯しか書かれていなくて情報なんてほぼないし。
兎に角”そういうことが起きる”としか言いようがなかった。
「…………お嬢様が知っているのは町がモンスターに襲われる、ということですよね?」
「え、?はい。そうです」
「それは一種のモンスターですか?それとも複数種類のモンスターですか?」
「それは…………わかりません」
内容には”モンスター”に襲われた、としか書いていなかった。
でもなんでそんなことを…………?
「もしかしたら、特定のモンスターを引き付けていた可能性があります」
「え?」
「人間の好みと同じですよ。大抵の人が嫌いなものでも、一部の人間はそれを好む場合がある。
モンスターにもそういうのがあるのかもしれません。
だとしたら、馬車で運んでいる際、モンスターに襲われなかったのも説明がつきますね」
「……で、でも人体の方は……?ちゃんと検査していますよ?」
モンスターの方はそうだとしても、こちらの問題が解決しないなら意味がない。だがノアはこちらの問題に対してはあまり深刻にとらえていないらしい。
「恐らくそちらに関しては人間の中の成分……例えば胃液や唾液などに反応し、蜜の成分が”さらに”変わったのかもしれません。あるいは保存状態などで変化したか……まぁどちらも良くある話ですね。そちらに関しては騎士団の協力を得た後に、情報網を使って購入者を総当たりし、健康状況などを聞いて資料をまとめたものを出せばいいです。
明かに健康被害が出ているなら商人としての信頼に関わります。職を失わないためにも動かざる負えなくなる」
つらつらと出てくる説明に私はきょとんとする。
確かに言われてみればそうかもしれない。
食品が完成した後に成分が変わるという話は前世でもよく聞いていた。
どれだけ安全をチェックしていても、実際に口にしないと分からない、なんてことはあるあるだ。
なんでそんなことに気づかなかったんだろう。
ノアのお陰で行き詰っていた視界が開けて一気に選択肢が増えた気がした。
先程まで回らなかった頭が、今は面白いくらいに回ってくれる。
この後どうすればいいのか。どうすれば解決できるのかを。
「ただこちらの問題に関しては後回しです。兎に角今は騎士団の協力を得られるように蜜に反応するかもしれないモンスターを洗いましょう。期間は二か月。見つけられるかは賭けですが」
「……」
「お嬢様?」
私はすっと立ち上がる。
そしてノアをみて私は笑う。
「ありがとうございますノアくん。何とかなりそうです」
「え?」
モンスターを探す。それも特定の。名前もわからないモンスターを
確かに普通にするなら時間がかかる作業だ。二か月じゃ到底完遂できそうにもないほどに
でもそれを可能に出来るかもしれない方法を私は知っている。
「ちょっと当主様の部屋へ行ってきますね。話がついたらノアくんに手伝ってほしいことがあります」
「え?それは構いませんが……旦那様になにを……?」
私の行動の意味が分からないのだろう。
私はノアを見て、今度はニヤリと悪い顔で笑う。
「交渉、するだけですよ」
さ、元気に当主の部屋へ行きましょうかねっ!!
持ち前の明るさと頭の良さと、愛嬌でうまいこと事件を解決していく愛され系主人公も好きですが
上手くいかなくて泣いて責めて病んで、誰かに助けてもらって何とか立て直そうと必死になる人間臭い感じの主人公。ざっそーは好きです。
人間が苦悩してるシーンが一番好き………へへ、性癖(∩´∀`)∩




