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よくある転生者の記憶力ってはっきり言って異常だよね

騎士団の建物を出て、家に帰るために町の中を歩く。

最初は目を輝かせてこの街並みを見ていた私だが流石に3年も通い続ければ新鮮味というのは褪せるというもので、今は特に何かを感じることもない。

でもこの町は相変わらず好きなままだった。


「お嬢様」

「はい?」


ふとノアに声を掛けられる。振り返ればノアはじっと私の手のひらを凝視していた。

私も又自身の手のひらに視線を落とせば、そこには擦りむいた傷が……。

恐らく尻もちを搗いた際にできた傷、なのだろう。

思い出したように私は自身の手のひらの傷を治す。だがノアから向けられるジトッとした責めるような視線は止まない。

ノアは妙に私の傷について敏感だ。私がうっかり治し忘れるとこんな感じで無言で圧をかけてくるのである。


でもこれは仕方ないというものだ。

なんせ前世には回復魔法なんてなかったんだから。よっぽどの怪我でも負わない限り、前世の感覚でついつい放置してしまう。

人が怪我をしているのを見かけるとすぐに回復魔法のことを思い出すんだけどね。


あ。怪我といえば………。


「ノアくん、いつの間にあんなに強くなっていたんですか?ノエル君を倒しちゃったときは驚きました」

「お嬢様がいない間は自室で少し鍛えるようになりました。だからでしょう」

「でもプロみたいな動きでしたよ?」

「騎士団の方の動きを見様見真似しただけですよ」

「え、見ただけで…………?」

「はい。そうですが?」


首を傾げるノアに私は思わず驚愕してしまう。いや、まさかただ見ただけであんな動き出来るの?え、すごくない?

もしかしてノアってそっち方面でも才能があるのでは…………?

てかヤバいって。ノアはただでさえ頭がいいキャラなのに。

それにプラスして身体能力面まで強化された状態で闇の魔法まで使えるようになったら等々誰も太刀打ちできないのでは??


「……」


絶対に闇堕ち回避しよう。じゃないと本編以上に救いのない鬱展開に行きかねないし。


「ところでお嬢様。今日は」


「新商品のカリンディアの蜜だよー!パンに塗るもよし!料理の隠し味に入れるもよし!おいしいよー!」


「………え?」


”カリンディアの蜜”という言葉に私は思わず足を止める。

どくどくと心臓が激しく脈打ち、耳の奥で雑音が響いた。


「お嬢様?」


ノアの声が遠い。握りしめた手の指先が氷のように冷たく感じる。


「あ、あの。カリンディアって……」


私は震える足で蜜を売っている店の店主に声をかける。彼女は私を見て余所行きの笑みを浮かべる。


「興味あるのかしら?カリンディアっていうのは北東の地でとれる花らしくてね

珍しい華なんだけど、群生地を見つけたみたいで、こうやって蜜を取って商品化することになったの!

モンスターが嫌うカリンディアから取れた蜜だから魔除けの効果もあるかもしれないわね!

それに加えて味よし匂いよし!おまけに美容効果もある!少し値段は張るけど、プレゼントしたら喜ばれること間違いないわ。

お嬢ちゃんは可愛いから特別に、少し値引きしてあげるわよ」


説明をしつつも商品を売り込んでくる女。だが私は彼女の説明を聞いて憔悴し、女の体にしがみついて必死に説得する。


「い、今すぐ販売を停止してください!」

「は?」

「早く!早くしないと皆死んじゃう!」

「ちょっ、ちょっと!」

「お願い早く!はや___」

「もう、なんなのよッ!」


混乱して馬鹿みたいなことしか言えなかった私に嫌気がさしたのだろう。女は私を突き飛ばした。

大人の力に勝てるはずもなく、私は地面に転がった。

女は苛立ったように「商売の邪魔するならさっさと帰ってちょうだい!これ以上邪魔するなら騎士団を呼ぶわよ!?」と怒る。

何も言えず黙り込む私をノアは神妙な顔つきで見つめた後「一先ず今は帰りましょう」と私の手を引き、騒ぎになる前に家に帰った。







気づけば自室にいた。

どうやってここまで来たのかは正直曖昧で覚えていない。


私はよたよたと覚束ない足取りでベッドに倒れ込み、自身の唇を強く噛む。

今まである程度順調だと思っていた。だが全然違った。私はどうしてこんなに大事なことを忘れていたんだろう。


これから起こる悲劇を思い出して自身の馬鹿さ加減に嫌悪する。



カリンディアの蜜

それは北東の地で咲く珍しい華の蜜を原材料としたものだ。

匂いがよく、味も非常に良い。人気商品

だが、この蜜が惨劇を引き起こすトリガーとなる。


この蜜は人に食される際に当然だが加工が施される。

それによってこの蜜の匂い成分が”変化”するらしい。

モンスターが嫌う匂いから”モンスターが好む”匂いに。


今この町周辺は、モンスターの好む匂いで溢れている。


そうして徐々にモンスターが寄ってきて、三か月後にはモンスターの大群がこの町を襲うのだ。

更に、悲劇はそれだけにとどまらない。

カリンディアの蜜は上品な甘味で美味しいとされているが、実はカリンディアの蜜は”毒”なのだ。少量ならば問題ないが、長期間摂取し続けると不調になり、毒の効果で高熱がでて、酷いと吐血したり、最悪死亡する。


モンスターが襲来したタイミングで運悪く町の人間が悉く高熱を発症したり、死んだりする。

街の人間はその現状に恐れ、そして



闇の魔法の仕業ではないかと考える。



無知とは恐ろしい。

蜜が原因だというのに、彼らは闇の魔法を使った人間を探し出した。



そしてレオがそうではないかと嫌疑をかけられた。



理由は単純だ。彼が緑の瞳を持っているから。

この国じゃ緑の瞳は忌み嫌われるものだ。

最初に闇の魔法を使い、この世界を滅ぼそうとした魔女の瞳の色だから…。


当然レオはそんなことしていない。そもそも彼は魔法の才能がある。闇の魔法になど手を出す必要はない。だが彼らはそんなことお構いなしに王宮へと抗議した。


レオを殺せ、と。


王はどうするべきかを考えた。流石に息子が闇の魔法を使ったとは思えないがこの事件の問題も解決できそうにない。

怒れる住民を諫めるすべも思いつかない。だがレオの才能を殺すのは流石に勿体ない。


息子の身を案じるのではなく、その才能を案じている王。

この世界の大人は大概屑だ。鬱ゲー世界だからそうなるのも仕方がないのかもしれないが。

そして王は悩みに悩み、決めた。


第二王子をレオと偽って処刑することに。


第二王子は魔力が殆どない少年だ。更に生まれつき病弱であり、家で任される仕事もまともに出来ず、当然パーティー等のイベントにも参加できなかった。


第二王子であること、病弱であること、魔力が少ないこと。


これらのせいでまともに婚約することもできず、王は彼を家の荷物としてみていた。

兄妹であるため、彼はレオとよく似ていた。彼もまた、自分の命で弟の命が助かるならとその命を差し出し、大勢の民の前で処刑された………。



大きくなって学園に入ったレオは”自身の目”のこと、そして大好きだった兄が自分の代わりに処刑されたことに嘆き………そして”蜜が騒ぎの元凶”だと判明した後も特に何をするでもなくいつも通りに暮らす街の人間や息子を差し出した父に憎悪を抱えていた。

だが彼は根っからの善人だった。故に、町の人間や自身の父を恨みたいという心と板挟みにあい、苦しむ、というのが彼のストーリーだ。


レオの兄がレオの代わりに殺される、ということは知っていた。

だがその原因となった事件までは詳しく本編では語られず、その全貌はオマケ要素、レオのブローチを拾うことで知れる。

結構サラッと書かれていたので思いっきり忘れていたのだ。

転生して8年。しっかり語られることのなかった出来事を一々覚えていられるわけがない。

寧ろ小説やアニメ、ゲームの主人公の記憶力の方が異常なんだ。忘れていても仕方ないじゃないか。

…………でも、やっぱり助けられる可能性があるなら、助けたい。


とはいえどうする。

どうやって回避すればいい。

さっきの店の店主にちゃんと一から説明して商品を売らないでもらう?

無理だ。どれだけ説明したって証拠もない子供の話で大事な商品の販売を停止してくれるわけがない。

そもそも蜜を作っている工場を止めさせなければ意味がない。

流石にゲームじゃ工場の場所なんて描かれていなかった。仮に場所がわかっても店主と同じで聞き入れてもらえるとは到底思えない。


このままじゃ、レオの兄も、なにより住民が大量に死ぬ。


策が思いつかない。だが何もしないわけにもいかない。


一先ず今は、自分にできることをしよう。

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