乙女ゲーに、大抵一人はいる柄悪いキャラ
青い空。白い雲。涼しく心地よい風。健康的な青年たちの声
「お前泥棒だろ…………今すぐ立ち去んねぇと殴り殺すぞ」
「……」
そしてとてつもなく物騒な少年。
ギラギラと鋭い瞳でこちらを睨みつけてくる彼は、木製の剣をこちらに向けている。
”切る”ではなく”殴る”というあたり本気度が伺えて僅かに背筋は震えた。
正直急展開すぎて脳が追い付かない。
ほんと、どうしてこうなった……?
その日はいつも通りだった。
いつも通り私は自由時間にノアと町に来て、いつも通り倉庫に来ていた。
「これ、騎士団員の人に渡してきてもいいですか?」
「お嬢様のお好きにどうぞ」
「ありがとうございます」
モノづくりの楽しさに目覚めたらしいノアの為に私もこの世界でウケそうなもののアイデアを出し、それをノアが作る、ということをここ最近は毎日行っている。
ノアはほぼ一日で一つ作り上げてしまい、翌日には「作ってほしい物ありますか?」と催促してくるんで最近ちょっとネタ切れになりつつある。
いやノアの方が労力も集中力も使ってるから私が先に根を上げるわけにはいかないんだけどさ、もうちょっとだけ完成までの頻度下げてほしいな、なんて……駄目?そう……。
そして完成品が10を超えたあたりから私はノアが制作している間に騎士団の方へお邪魔して開発品の宣伝やらをするようになっている。
やはり私の予想通り魔力が少ない人にはウケがかなりいい。
特に日常でも使える”火を出す道具”と”灯を作る道具”そして”綺麗な水を作る道具”だ。
一つ目に関してはライターだし、二つ目に関しては懐中電灯を参考にしている。
最後のに関しては、単純に私がこういうのがあればいいな。という気持ちで描いたものだ。
入れ物の蓋を開けて傾けるだけで魔力が自動で水になって出てくる。
正直水筒で良いだろ、という意見が来そうだが水筒との違いは魔力は物質じゃないため”重み”がなく、魔力さえ溜められればいいので水筒よりコンパクトだ。
騎士団は強い者なら個人での任務も当然あってその際沢山の荷物を持っていくことがある。
大量の水が飲めるのに軽く、なおかつコンパクト、というのは使い勝手がいいのだ。
一部じゃ、お金を払うから量産して欲しい!ってノアに頼み込んでいる人までいたし。
ノアも困惑してたけど、やっぱり頼られたり「すごい!」って言われるのが嬉しいのか満更でもなさそうな顔して頷いてたしね。うんうん。ノアハピは順調だ。
「お嬢様、それも持っていくんですか」
「え?ああ、そうですけど……」
それ、と言って指さしたのは小さな布の袋だ。触ってみると固いものが入っているのがわかる。
これがお守りだ。本当に”効果を持っているお守り”
中に本当に小さな箱状のものが入っていて、そこには私の補助系魔法の効果を入れてある。
握りつぶして箱を壊すことで効果を発揮する。
一度試しに使ってみたけど、マジで効果があった。
本来の魔法に比べると少し効能が劣るけど、でも全然実用できるレベルで、本当にノアは凄いと改めて思い知らされた。
握りつぶして使用するので、安全を考慮して小さな箱をふわっとした布でくるんで、口をひもで縛っている。
一個一個効果が違うため、わかる様に私が刺繍を施して見分けがつくようにしたら、前世で売ってそうなお守りになった。
補助系魔法が使えるのは基本水と光くらいだ。
頑張れば火や風属性も使えるが、高度なものは使えない。
騎士団は危険な任務にいくので正直このおまじないはかなりウケると思うのだけど………。
「あ、ノアくん用に取っておいた方がいい、ですよね?すみません気が回らなくて」
そうだわ。この子ラスボスだから忘れてたけど、今はまだ魔力を持っていない子供だ。
多分大丈夫だと思うけど、もしモンスターとか、人に襲われることとかあった場合は一番持っておいた方がいいのはノアだ。
「………そういうことではなくて」
だが実際に聞いてみるが、どうやらそういうことではないらしい。
「お嬢様が持っておいた方がいいんじゃないですか?…………何かと怪我しますし」
少し眼を逸らしながらいう。私はぱちぱちと目を瞬かせる。
どうやらノアは私の身の心配をしてくれていたらしい。私は思わずクスクスと笑う。
「私は治癒の魔法持っていますから大丈夫ですよ。他にも色々と魔法を覚えていますし」
前世の私なら兎も角、今の私には回復魔法がある。
魔法の勉強もまじめにやっているからか攻撃魔法防御魔法、補助魔法全部バランスよく鍛えられているし、正直そのへんのやつなら絶対に負けない自信があるのでノアの心配は無用だ。
ということで早速広めに行くか。あとは、そろそろ町の方に広めに行くのもありかな。
なんて考えながら私はお守り含めたいくつかの道具を腕一杯に抱えて倉庫を出る。
「……魔法、使わなければ意味ないじゃないですか」
そんな私の背を見て、ノアがぼそりと呟いたが、私の耳には届かなかった。
・・・・・・・
「いやほんとにすごいな。ノアの道具」
「ですよね!」
「俺とか魔力弱いからホント助かるわ~」
「俺のふるさとのやつら皆魔力が弱くてよぉ、この間あいつらに話したらぜひ欲しいって言ってて、よかったら作ってくんねェかな?あ、勿論金なら払うから!頼む!!!」
「それはノアくんに聞かないとちょっと…」
「後で頼みに行こうぜ!俺も欲しいのあるし!」
今日も盛況だなぁ、と私はすぐさま寄って来る人の群れを見ながら思う。
こうやって魔道具もって歩いているだけですぐに人が寄って来るのだから。
一応私は部外者なので、立ち入っていいのは訓練生が行き来できる場所のみ。
その為近寄ってくる人たちは専ら訓練生だけ……のハズなんだが、ノアの魔道具の噂を聞きつけたのか正規の騎士団員も寄って来るしなんなら出待ちされてる時もある。
その時の騎士団員の勢いときたら……ちょっと怖かった。ルークが通りかかってくれてよかった。
数分もすれば道具は全部なくなり、私はふぅ、と息を吐く。
みんな練習場帰りだったり、任務帰りだったりしたようで彼らもまた帰っていく。
さてと、腕も軽くなったし、ノアの所に戻るか。
なんて思っていると
「ん?」
視界の端で何かが光ったのが見えた。
なんだろうと見に行くとそれは騎士団の寮だった。
寮の中までは入る気はないが、近寄るくらいなら大丈夫だろう。
近寄って光っていた場所の方を見に行く。
光っていたのは一階の部屋だ。そこは窓が開いていた。窓枠に手を掛けて、背伸びをして中を覗き込んでみる。
っと
「ひゃっ!?」
部屋を覗こうとした瞬間顔に黒いものが飛んでくる。
思わず驚いて尻もちをつく。
「え?あ、なになになになに!?!?」
何が起こったのかわからなくて混乱する。
兎に角これを何とか………と、顔の前にある黒い何かを退かそうとしたところで、ふわっとしたものが手に触れる。
ん?このふわふわして暖かいものは………。
「にゃぁ」
そこで黒いものが鳴いて、私の顔から離れた。
「な、なんだ………ネコか」
そこにいたのはきゅるるんっとした目でこちらを見上げてくる可愛い黒猫
変なものじゃなくてよかったとほっと胸をなでおろす。
のそのそと起き上がってちらりと部屋を見てみれば、明かりのついたランプが
恐らく猫が入ってあのランプの電源をつけたり消したりしていたのだろう。
この世界鬱ゲーだからいつ如何なる時も気が抜けないんだよね…。
それに、ノアを外に出したあたりから流石に本編通りとはいかないだろうし。何がどう変わるか分からないから
「!!!」
背後に気配がすると同時にぞわりとした何かを感じて、私は反射的に右に飛ぶ。
瞬間顔の横を何かが横切った。
「ちっ」
直後鋭い舌打ちが背後から響いた。
バッと振り返る。そこには眩いばかりの金の髪に金の瞳をした少年
その手には木刀が握られていて、恐らく先程振り下ろされたのはソレだった。
少年は木刀の切っ先を私に向け
「お前泥棒だろ…………今すぐ立ち去んねぇと殴り殺すぞ」
そして冒頭に戻る。
なんかめちゃくちゃ睨まれているがおそらくこれは誤解されているのだろう。
とにかく、その誤解を解かなくては。
誤解を解こうと必死に口を開く。
普通ならばうまく誤解を解いて和解!というのが綺麗な流れだった。
しかし
「あ、あ、あの違います!わた、私はっ」
私は年の近い男の子に耐性がない。
ノアは慣れたが他の子は相変わらず駄目だった。
其の為吃ってしまい、余計に怪しさが増した。
「そりゃそうだよな。こんな場所に忍び込むくらいだ。いくら餓鬼だとしても退くわけねぇよなァ!!」
そういうなり少年は勢いよく木刀を振り上げた。
なんとか横に飛び退いて躱すものの、木刀が止まるわけがなくびゅんびゅんと次から次へと攻撃が襲い掛かって来る。
目が本気だ。木刀の速度から考えて頭に一撃でも食らえば動けなくなる恐れがある。
一先ず防御魔法を形成して……!
「防御魔法」
目の前に形成される丸い不透明な板。
最近覚えたばかりなため、そこまで制度がいいとは言えないが、木刀なら防げるはず。
そこまで考えて、私は思い出す。
この少年の…………”一番得意な魔法”を
「貫通魔法」
「っ!」
ただの木刀はいとも容易く防御を突き破った。
「やば____」
寸前で思い出したことで私は木刀にぶつかることはなかったが、足を滑らせて地面に尻もちをつく。
すぐに立ち上がらなくてはいけないのに、痛みのせいで一瞬体が硬直する。
その一瞬が命取り。少年は私を捕捉すると木刀を勢いよく振り上げた。
と、その時だ。私の目の前で暗い紫が揺れた。
見ればそれは倉庫にいるはずのノアだった。
でもノアは私以上に自衛の手段を持っていない。このままではノアが大怪我してしまう。
「危ないっノア!」
私は咄嗟にノアの手を引っ張ろうとして………。
「え」
私がその手を引く前に、ノアが動いた。振り上げられた木刀。その手持ち部分を片手で掴むと同時に、足払いをかけ、少年の体制が僅かに前へ傾いた瞬間背負い投げた。
ドンっと、人が地面に叩きつけられる音が響き、次いで木刀もまたカランという軽い音を響かせて地面に転がった。
「お嬢様に何してるんですか」
ノアは無表情で地面に転がる少年を見下ろす。
いや、え?なにあれ。
対する私は状況についていけなかった。
ゲームでのノアはまともに外に出ていなかったことから肉弾戦が死ぬほど弱かった。
確かに今のノアは外に出て、体を動かしている。でも、だからといって、少年を倒せるとは到底思えない。しかし実際に倒してしまっている。
な、なにがどうなって……?
「体が冷えます」
混乱しているとノアに手を差し出されて無意識のうちにその手を掴む。
すると予想以上に強い力で手を引かれ、立ち上がらせられる。
あ、あれ………ノアってこんなに力強かったっけ…………?
「どうしたー!?」
遠くの方から事態を聞きつけたのかルークが走って来る。
「は?ノエル!なんで倒れて……」
「彼が襲い掛かってきたんです」
「っ、泥棒を追い払おうとしただけだろッ!!!」
勢いよく起き上がった彼は木刀を掴んで私とノアを睨みつける。
この会話で凡その出来事を察したのだろう。ルークは苦笑いする。
「ノエル。”あ”とノアは泥棒でもなんでもないぞ。普通に俺たちの知り合いだ」
「聞いてねぇし」
「そりゃお前、今日初めて練習来たんだからな。後で紹介する気だったんだよ。
で、二人とも。こいつはノエル。今日からここで訓練生やることになったんだ。歳はお前らの3つ上だから、仲よくしてやってくれ」
「襲撃犯とどう仲良くなれと」
「紛らわしいことしてたそっちの女が悪いんだよ」
「こらこら…」
ノアとにらみ合っている少年、ノエルを私はちらりと見る。
彼もまた、悲惨な運命を背負っている少年であった。
ノエル。彼は華法の攻略対象の一人だ。
魔法学校は4年生なのだが、彼は4年生の先輩キャラとして出てくる。
性格は真面目かつ自分にも他人にも厳しい系。口調は荒く、見た目も金髪に釣り目と柄が悪そうなのに実は………というギャップ萌えを求めるファンから絶大な人気を誇っていた。
因みに、前に少し説明していた騎士キャラ、というのは彼のことだ。
彼は貧民街の生まれで、幼いころに両親は病死し、天涯孤独だった。
彼は魔法の才能を持っていたため、それを生かせば仕事を得ることは出来ただろう。
しかし幼い彼はそんなことを知らず、働くのではなく”盗む”ことで生活をしていた。
だがルークに捕まり、ここに暫く彼の元で生活するようになる。
そこで彼は魔法の才能があることが判明するのだが、彼はルークと過ごすうちに彼に憧れを抱くようになり、彼と同じ騎士団に入ることを決める。
そして
彼はモンスターの能力でルークを刺し殺す。
ルークを刺し殺す騎士団員はなんと彼、ノエルなのだ。
ルークに憧れて騎士団入ったのに、その憧れの人を自分の手で殺める。辛すぎでしょ。
しかもこれだけじゃない。ノエルは過去編だけでも悲惨なのに、彼とのエンドもまぁ酷い。
バッドエンドなら物語中盤で主人公が誘拐される事件が起こるのだが、それはノエルをおびき寄せる罠だった。
ここで好感度が足りないとノエルは助けに来てくれず、主人公は誘拐犯に切り殺され、その首を魔法学校の門の前に晒される。普通にグロイしえぐい。想像するだけで怖かった。
ノーマルエンドではルークの死亡再現のようにまたノエルが操られて、主人公に切りかかるんだけど、なんとか寸前で動きを止めた彼は自分で自分の体を切り刻み、主人公の目の前で息絶える。普通にヤバい。ノーマルがノーマルじゃない。
ハッピーエンド
ルークを殺してしまったこと、そして自分のせいで主人公が危険な目にあう事実に耐え切れなくなった彼は、主人公に「幸せになってくれ」と一言だけ告げて行方を晦ませ、主人公は花の魔法使いになった後も彼を思い続ける、というエンド。
いやなにがハッピーなの??人が死ななきゃハッピーってこと?ハッピーのレベル高くね?
そしてお待ちかね、トゥルーエンドだが
なんとかノアを倒すことに成功したノエルと主人公。だがノアの相手をしている間にモンスターの群れや強い魔法使いを憎む”反逆組織”の手によって魔法学校は疎か、町も焼け野原にされてしまう。重傷者と死亡者しかいない現状に絶望するノエル。主人公はノエルに励ましの言葉をかけ、彼らはお互い支えあいながら街の復興をする、というエンドだ。
なんか未来に希望がありますよ~みたいな終わり方してるけど、普通に人が大量に死んでるから。
普通に鬱だから。これトゥルーエンドは酷くない??
ただでさえ心に傷抱えちゃってる系男子なのにこの追い打ちは酷い。制作者に心はないんだと思う。
「……なに見てんだよ」
「あ、いえ、その………すみません」
「ちっ」
でも悲惨少年は未来での話で、今はただの不良少年。普通にめっちゃ怖い。
一応年齢11だよね君。もうちょっとかわいげあってもいいんじゃないの?なんでそんな鋭い目で私のこと睨むわけ?ほんとに怖いんだけど……。
まぁでも、ルークさえ助けちゃえば彼の鬱は消えるわけだし、仲良くなる必要がないといえばないから………うん。気楽にいこう。
「あ、というかそろそろ門限ですね。帰りましょうかノアくん」
「はい」
「悪いな。ノエルが。今度なんかお詫びするわ」
「いいんですよ。ルーク様には何かとお世話になっていますから」
「……さっさと帰れよ泥棒女」
「は?」
「こらノエル!」
ルークと話していたらぼそっとノエルが私を睨んで言う。
ノエルはルークに憧れているから、私のせいでルークに怒られたことを根に持っているのだろう。
私はそれを理解しているし、紛らわしい行動をとってしまったのも事実なので別に彼の態度には特に何も思わないのだが………代わりにノアの方からすっごい低い声がした。
いや、ノアさん、君そんな低い声出せたのね。私知らなかったよ。
ノアとノエルって相性悪いのかな……。ルークも困った顔してるし、これ以上揉め事が起る前に撤収しよう。
「それじゃぁ失礼します」
ぺこりと頭を下げ、私はノアを連れて騎士団の建物を出た。