失態
フローラル家に帰って来るなり男は顔を顰める。
本来なら金が少し手に入るはずだったのに、要らないものを買ったせいで…。
男は自身の隣を見る。そこには小さな少女の子供
この家の跡継ぎにするために男が連れてきた子供”あ”であった。
因みに彼は”あ”の名前を知らない。覚える気もない。
ひょろっとした子供を見て男は内心で舌を打つ。
これだから餓鬼は嫌いなんだと。
どうせウィッグなど買ったところであの餓鬼が外に出されることはないというのに。
そんなこともわからないとは。
この家で唯一女で出入りを許されているゾイ曰く、こいつは思った以上に頭がいいと聞いていたが、ただの頭の悪い餓鬼じゃないか。
挙句、自分に赤っ恥をかかせやがって、と先程の出来事を思い出すたび腹が煮えくり返る気持ちになる。無性にイライラとした気持ちを落ち着かせるには金をぱぁっと使って豪遊するに限るが、生憎手持ちがない。
こういう時はノアを殴るに限る。
鬱陶しい当主の男や、きゃんきゃんとうるさいあの女に似ているため殴るとスカッとする。
男はよくノアを殴っていた。
この後の予定を決めつつ、男は”あ”を部屋に押しこもうと、腕を乱雑に掴む…………が
「少し、当主様と話したいことがあるのです」
「あ?」
だというの”あ”はそれを拒否した。
この餓鬼…………また訳の分からないことを。
辺りを見回せば掃除をしている召使が2人……人目がある以上先程のように殴るわけにもいかない。
ぐっと強い力で腕を握りしめる。
「もう疲れているでしょう?ほら早く」
「いえ、話したいことがあるので、自室へは戻りません。
貴方が疲れているのなら、私のことは気にせずにお戻りください」
こちらを見ることなくいう。
その様子を見て、男は焦る。
まさか、先程のことを告発するつもりか?と。
また頭に血が上る。
だがすぐに脳みその冷静な部分が怒れる男に囁いた。
この餓鬼は才能にのみ目がいっているだけで、こいつ単体はどうなろうが当主の男はきっとまともに取り合いはしないだろう、と。
だがしかし、こいつは一応跡継ぎ。
もし暴行を振るったことで体調を崩したり、なんてしてすれば難癖をつけられるかもしれない…。
男はばっと”あ”の服をまくる。
散々蹴った背中はどこも赤みを帯びてはおらず痣もない。
当然だ、こいつは自分で自分の体を治したのだから。その瞬間はちゃんと男も見ている。
証拠もない。この餓鬼のことなどあいつらは心配していない。あるとすれば跡継ぎとして機能するかどうかだがそこに関しても暴行の証拠がないなら自分が咎められることはない。
「…しかたないですね。ええ、いいですよ。いきましょうか」
手間取らせやがって。余計なことを言ったらぶっ殺してやる。
舌打ちしたい気持ちを押さえつけ、当主の男がいる部屋へと子供を連れていく。
入った部屋は厭味ったらしいほど豪華な部屋だった。
玄関口と応接間、そして彼等の部屋はこの家で豪華だと唯一言える場所だった。
自分たちの部屋はベッドしか置いていないような質素な部屋だというのに、こんなところに無駄金を払って。そんなことに金を使うなら自分たちの給料を上げろ、と言いたい気分だった。
だが、この職を失うと本当にヤバいので、仕方なく従順に振る舞ってやる。
この家が落ちぶれる前は小物とか売りさばいて豪遊できていたというのに………。
少し前のことを思い出して男は小さくため息を吐く。
”あ”が一歩前に出た。
当主の男がこちらを振り返る。その隣には相変わらずケバケバしい化粧をした女の姿もあった。
「なんのようだ」
当主が言う。
「お願いしたいことがあってきました」
”あ”は当主に頭を下げ、要件を言う。
「実は、私が外出する際、ノアくんを付き人にしたいのです」
ああ、そういえばそんなバカげたこと、さっきも言っていたな、と男はその要求に呆れる。
この餓鬼は何も知らないのだから当然なのかもしれないが、あの餓鬼はこの家の本当の子だ。
しかし魔力が無い為”いない存在”として扱うことがこの家での常識
外に出て万が一にもアレが実子だとバレればどうなるか。
それを誰よりも危惧している当主が許可をするはずがない。
「……アレから、なぜ外出してはいけないのか理由を聞いていないのか」
眉間に皺をよせ当主がいう。
”あ”はゆっくりと首を横に振る。
「聞きました。実子だと周りに誤解されないように…ですよね?」
「ああ、他人だというのに何故かアレは私たちに似ている」
「あんなのを私たちの子供だと思われたらかなわないわよ!」
「ええ、ですからこれを買ってきました」
そういって腕に下げていた袋から、ウィッグを取り出す。
「これを被れば恐らくその勘違いはされないかと思われます。やはり他人。顔はそれほど似ていませんから」
「……」
女はキッと”あ”とウィッグを睨みつける。対する当主は何かを考えるように細まったのがわかる。
暫しの沈黙。それを破ったのは女だった。
「貴方そんなにアレを好んでいるの!?言っておくけれど!あれをどれだけ好きになったって貴方はあれと結ばれることはないのよ!貴方はこの家の利益のために私たちが決めた相手と結婚する決まりなんだから!!!」
きゃんきゃんと耳障りな声が鼓膜に響く。
それに顔を顰めつつも、男は「なるほど」と納得する。
何故この餓鬼があの餓鬼を連れ歩きたがるのか全く見当がつかなかったが、どうやら好きだから連れて行きたかったらしい。
全くもってくだらない。やはり餓鬼だな、と男はバレないように鼻で笑う。
当主も女の言葉を聞いて顔が険しくなる。
所詮ノアもこの"あ"もこの家を繁栄させるための道具に過ぎない。この家の利益にならないのなら個人の要求など通るわけがない。
当主が険しい顔で口を開く。だが
「違います」
それを遮る様に”あ”は凛とした声で言った。
「違います」
もう一度、念を押すように
静かになった室内で”あ”は女と当主を真っ直ぐ見て言う。
「私が彼を家だけでなく外にも連れて行きたい理由は二つあります。
一つは今のうちに彼と友好を深めておきたい、ということです」
「友好を?なぜだ」
「私は将来、城下町にある魔法学校へ通うことになるんですよね?」
問えば当主は少しだけ目を見張る。
「何故そう思う?」
「あの学校は王族も通うほどですから婿探しにはもってこいの場です。
仮に婿を見つけることが出来なくとも、伝手は出来る。この家を発展させる足掛かりにすることが出来る。
それに加え、あそこはとても有名な学校だと聞きました。
卒業するだけでステータスとなるほどに。なによりここから近いですから。将来はあそこへ入学することになるのかな、と」
「それとアレと友好を深めること、どういう関係があるっていうのよ!」
当主が聞く体制に入ったのが気に食わないのだろう。
女は”あ”を睨みながら聞く。
「あの学園には付き人を一人連れていけます。
私一人で築く交流関係などたかがしれますが、もう一人いればどうでしょう?
築ける交流関係は単純計算で二倍
その際未成年の方が交流関係を築きやすいかと」
あの学校に通ってる人間は付き人以外は皆餓鬼ばかりだ。
餓鬼と大人じゃ、仲良くなるのは難しい。それにかかる時間が増える。
それならば最初から餓鬼が接した方が、まだ仲良くなりやすいということだろう。
ただ身分の差があるため、プライドの高い人間は取り合わなさそうだが、そこはこいつが相手をすればいい、ということか。
「ノアくんは、あまり家から出たことがないのでは?
大きくなってから人と関わろうと思っても、今までまともに人と関わってこなかった人間に突然人と仲良くなれと言われて仲良くなれるとは到底思えません。
なにより、学園に入れば私は彼と過ごす時間が増えるでしょう。
仲良くない相手と長時間共に過ごすのは苦痛ですし、協力もうまくいかなくなる恐れがあります。
その為、今のうちに仲良くなりつつ、ノアくんにこの家の人間以外とも関わる練習をさせたいと考えます」
「…それでもう一つの理由というのは?」
ああ、そういえばもう一つ理由があるんだっけか…それにしても長いな。
くそ、こんなことならさっさと部屋に戻ればよかった。
出そうになる欠伸を嚙み殺しながら男が後悔をし始める。
「彼は余計なことを言いませんし、余計なことをしません。
正直彼といるのが一番危険がすくないと感じました」
しかしその言葉にどくりと心臓が跳ね、一気に眠気が吹き飛んだ。
「危険?」
「はい。私はここ一週間と少しの間この家で過ごさせていただきました。
その間、私はここの使用人の方々に嫌がらせを受けていました。その中には暴行を受けたこともあります」
こいつっ!!!
男はぐっと拳を握りしめる。
言いやがった、この餓鬼!チクりやがって!!!
「だから?」
しかし当主の言葉は予想通り淡白なものだ。女もまたどうでもよさそうにしている。
ははは、ざまぁみろ。と嘲笑う。
やはりこの二人はこんな餓鬼のことなど心配していない。
「そのくらい、自分で治せばいいだろう」
「そうですね。私なら自分で治せます。
しかしそういう問題でもないのです。なんせこれはこの家にも関わる問題ですから」
「……どういうことだ」
この餓鬼が何を言おうとしているのかは知らないが、どうせ何を言ったって状況は変わらない。
早く引き上げて…………。
「私はこの家の跡継ぎにならなくてはいけないのだと聞きました。
いくら義理の子だといえ将来この家を継ぐ存在に容易に手を出すのは、少々軽率だとは思いませんか」
「……」
「今の私では広範囲の深い傷を完治することは出来ません。
もしも私がそのような大怪我をおってしまえば、死ぬ可能性だって捨てきれない。
それを考えず自分の欲の為に手を上げる……軽率だと思いませんか?」
餓鬼の発言に思わず失笑する。何を言っているんだか。そんなの。大怪我させないようにやっているに決まっているだろうが。
「なんせ相手にその気がなくとも”誤って殺してしまった”なんて話、この世にはごまんとありますから。
結局軽率な行動ばかりとる考えなしが一番危険だと私は思います。実際彼はその筆頭ですね。なんせ彼は」
”あ”は男の方を見る。
その花の咲いた青い瞳と目が合う。
「____私が義理の子であると示唆する言葉を人前で言おうとしたのですから」
「なっ」
「!!」
「それも、私がフローラル家の実子だといった”直後”に」
一気に空気が重くなったのがわかった。
敵意の瞳が突き刺さる。体が震える。息が上がる。
まずい、まずいまずいまずい!!!
「ち、ちがいます!全部こいつの作り話だ!俺はそんなこと!断じてしていませんっ!!!」
冷や汗を流し喉がカラカラに乾きながらも必死に違うと叫ぶ。脳みその中が真っ白になりそうだ。
「そして彼は、外で私を殴りました。
人がいないと思っての行動だったのでしょうが、外などどこに誰の目があるのかもわからない場所でいくら治るとはいえ、跡継ぎの子を殴る使用人なんて場面を目撃されたとなればフローラル家の沽券に関わります」
「……それは本当か?」
「全部出鱈目だ!!ノアを傍に置きたいために適当なことを言っているだけです!!!第一証拠もないのによくもまぁそんなことを言えるな!?旦那様!俺は違います!信じてください!!!」
「感情に任せて喋ることしかできないなら黙っていてくれませんか?」
「はぁ!?」
キッと男は”あ”を睨みつける。
対する”あ”は男を感情の無い目で一瞥するとすぐに興味を失ったように当主の方へと目を向ける。
「彼が私に向かって義理の子だと言おうとしたのかどうかの証拠はないです。
ただ、私が入った店を調べていただければ”フローラル家の関係者らしき男が騒いでいた”程度の情報は手に入るかと」
「それはこいつが必要以上に物を強請るから!あまりわがままを言わないでくれって叱っただけです!!!」
叫ぶ男
"あ"はそれに何か言うことはなく、ただ静かに"髪を耳にかけた"
「だから俺はっ」
「黙れ」
次いで男が弁解の言葉を叫ぼうとして、当主が言葉を遮った。
「な、なんでですか旦那様!確かに騒いだことは事実ですが俺は別に____」
「ならこの顔をどう説明する?」
「……え?」
当主の言葉に理解が出来ない。
は?顔?誰の?なんの…………?
混乱する頭で必死に考えるが何一つとして思いつかない。
その答えを教えるように、ゆっくりと”あ”が振り返る。
「_____!!!」
振り返った、その顔を見て男は息が詰まった。
その白い頬。右頬には…………紫色に腫れあがっていた。
頭の中が真っ白になる。
何故だ?なぜ?なぜ?確かにこいつは自分で自分の頬を治していた。
それを俺はちゃんと見ていたのに。どうしてこいつの顔に痣が………。
「ぁ、いや………ちがう。ちがいます」
「何が違う」
「っ、全部全部でたらめだ!!!!!こいつは俺を嵌めようとして___」
「ええ、そうです」
「!?」
”あ”の言葉に男は困惑する。
だがすぐに男は口角を上げ、当主たちを見る。
「き、聞きましたか!?こいつは俺を嵌めるために偽証をっ」
「貴方を嵌めるために本物の証拠を残したんです」
男の言葉を遮る様に”あ”がいう。
そうして彼女はまるで心酔したようにうっとりとした顔で手を組む。
「だって私はこの家に恩返しがしたいから!」
「は、あ??お、恩…がえ、し?」
予想外の言葉が飛び出して男は困惑する。だが彼女は頬を赤く染めてふにゃりと笑みを浮かべた。
「はいっ!身寄りのなかった私を当主様方は暖かく迎え入れてくださった。
綺麗なお部屋、美味しい食事、綺麗な洋服、そして教養まで!!!恩を感じない方がおかしいじゃないですか!?
私はただの汚らしくみすぼらしい子供だったのに拒むことなく受け入れてくれた!!それがどれだけ幸福なことかっ!
だから私は私の人生をかけてこの家に貢献したいのですっ!!!!」
紅潮する頬、とろりとした瞳
5歳児という純粋な少女が、この年で何かに心酔している。それも狂気を感じさせるほどに。
アンバランス
その光景が酷く不気味に感じられて思わず男は言葉を飲み込む。
否、男だけではない。当主たちですら彼女のだす空気に呑まれていた。
「ですから私はこの家の名に泥を塗ろうとする彼が許せなかったのですっ!
家の中での行動ならば、私もこんなこと、言いませんでした!
当然ですよね。私は他所から突然やってきただけの子供。目障りに思うのは当然です…。
しかし外となれば話は変わります。今回は私が彼の発言を止め、また暴行を加えた相手も私でしたからまだよかったですが、彼が他所でうっかり情報を漏らしたら?カッとなって道行く人に暴行を振るってしまえば?
この家の品格が疑われてしまいます!それが私は、どうしても許せないっ!!」
顔を覆って”あ”は叫ぶ。
やがて、ゆっくりと顔を上げた。
「ですが……決めるのはご当主様です。私はこの家の決定に従います」
そうしてにこりと微笑んだ。
年相応の無邪気な笑み。それが男には酷く歪なものに思えて仕方がなかった。
長い沈黙が落ちる。
当主はふぅ、と重い溜息を吐き出した後”あ”に下がる様に告げる。
”あ”は「失礼いたします」と見事なお辞儀をし、部屋を出ていった。
扉がしまる。
「さて、次はお前の処遇について話そうか」
その音が、男にとっては死刑宣告に等しいものに思えた。




