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一筋縄ではいかないみたい

「散歩…ですか?」

「はい。旦那様がたまには気分転換にと」

「…なるほど」


あれから2週間

今日も今日とて魔法を習得するべく励んでいた私なのだが、珍しく規定の時間になってもゾイさんが呼びに来ないことに不思議に思っていればノアにこんなことを告げられた。


ふむ、それにしても散歩か…。

恐らくこれは社交界へ出してもいいのかどうかの確認、というものなのではないだろうか。

ならここでうまいことやれば社交界へ頻繁に出してもらえるだろう。


それに、散歩とはいえノアも外へ連れていける。

散歩というからには遠すぎなければ好きなところへ行っても許されるはず。

それなら騎士団の訓練場にもいけるかな…。


「うん。いきます」


丁度いいし外に出るか!


「じゃあいきましょうか。ノアくん」

「いえ、僕はいけません。他の方が同行します」

「え"???」


思わずキョトンとした顔でノアを見る。

するとノアは無表情のまま告げる。


「僕の顔は旦那様たちに少し似ています」


まぁ息子だしね。


「ですから僕がこの家の子供だと勘違いされる恐れがある、と旦那様がおっしゃりました」


あー…なるほどね?

私の顔を最近買い与えられた小さな鏡で見る。

長い銀の髪に青い瞳。当主とその奥様さんを思い出すが、私に合致する容姿では到底ない。

私と彼が横に並んだ時どちらがフローラル家の子かと聞かれれば間違いなくノアのほうだろう。

勘のいい人間ならそれで気づきかねない。

それを危惧している…ということか。


学園ではノアは基本主人公の部屋にしかいなかったし、表に出てきても主人公に少し伝言などを伝えるだけ伝えてすぐに撤退していた。

主人公が嫌いで一緒にいたくないのかと思っていたケド……当主にそうするように命令されていたのかもしれない。

どうしよう、計画が破綻したかもしれない。


異世界漫画とかならご都合主義でなんとかなるのに…!!!


くっ、どうしたものか………。

この家じゃノアの承認欲求は満たせない。

どうしよう…。



……あ、そうだ。



「わかりました。では行ってきますね」


そう言って私は部屋を出る。


散歩に行く際、ノアの代わりについてきたのは私を拾ったあの男だった。

ノアが来てからめっきり顔を合わせなかったけど、相変わらずらしい。

なんかすっごい面倒くさそうな顔で、私がチラチラ見て回ろうとするたびに小さく舌打ちしてくるし。なんだこいつ。


まぁいいか。少しだけお小遣い貰えたし、これでお目当てのものは買えそうだ。


本当は騎士団の練習場とか見に行きたいけど、この男がいるんじゃ面倒なことになりそうだし、今の態度を見るに、あまり時間をかけていたら強制的に家に連れ戻されそうだ。

今も近くの町までの道のりを歩いているだけなのにすでに帰りたそうだし。これは街についた瞬間目的の物を探した方がよさそうだな。


そうして町に到着する。

くっ、ここが華法の城下町っ!色々見て回りたい………回りたいけど我慢!!!


きらきらと輝いて見える町から眼を逸らし、私はあたりを見回す。

えーっと店は…………お、あれかな?入って〜、あっ、あったあった。

よかった。なんとか買える値段だ。

棚からいい感じの色の物を選んでじっと見る。


うーん。至近距離で見たら偽物だってバレそうなクオリティだけど……近寄らせさえしなければ大丈夫そう、かな?

私はソレを持ち、召使の男の腕を引く。


「お金はあなたが預かっていましたよね。頂いても?」

「…そんなもの買って何になるんだよ」


もっともな質問をしている……ように見えるが、大方私に渡された小遣いを自分の財布に入れたいがために私が物を買うのを阻止したいだけなんだろうなぁ。予想はしてたけど。


溜息を吐きたくなる気持ちを抑えて私は手の中にあるものをみる。

それは”青みがかった紫”のウィッグだ。


私が求めていたのはこれだった。

もう勘のいい人は気づいているだろう。これは私が被るものではなく、ノアに被せるものだ。

ノアは父親譲りの栗色の髪に母親譲りの赤い瞳を持っている。

だが実は顔の造形自体はあんまり似ていないのだ。

パーツパーツは似ている気もするが、配置の関係なのか全然似ていないような印象を受ける。

16歳になった姿も知っているが、やはり両親には顔自体は似ていない。

髪色と目の色が同じだからそっくり、という印象を受けるだけだ。

それならば話が早い。顔の一部を全く別のものに変えてしまえばいい。そう、例えば髪色。

彼等は揃って黄色系統の髪色だ。なら黄色系統から一番遠い色、青や紫といった色に変えれば印象がかなり変わる。

これなら私が隣に経っていても、彼が本来の息子だと考える人間は減るんじゃないだろうか。


「ノアくんにプレゼントしようかと思いまして」


男は呆れた様な顔でこちらを見てくる。


「アレにそんなものは不要だ」


アレとか言うなよ。人間に向かって……。


「必要ですよ。これがないとノアくんは外に出ることができない。そうでしょう?」

「旦那様が許すわけがないだろう」

「それはわからないじゃないですか。許してくださるかも」

「許すわけがないと言っているんだ!」


ふ、怒鳴ったな、馬鹿めっ!!!


聞き分けのない子供を叱るように声を荒げる男を見上げて私は無表情のまま続ける。

確実にこの男の怒りに燃料をぶちまけるような言葉を


「……それは、一召使である貴方ごときが決めることではないでしょう?決めるのはお父様です」

「っ、なにを!?」

「そもそも貴方はどの立場で私に意見しているのでしょうか?

私はフローラル家の"実子"で、貴方はただの召使。貴方は黙って私に従っていればいいのです」

「っ、貴様……!!!」


瞬間火でもついたかのように一気に顔を真っ赤にする男


それをみて、私は「ああ、やはり」と内心笑う。

彼とは僅かな時間しか関わったことがなかったが、それでも彼の人間性は把握できていた。

典型的な欲深くて謎にプライドが高いタイプ。そして沸点が低く短慮だ。


「誰のおかげで良い飯が食えていると思っているんだ!?」


だからこそ、私のような立場の弱い人間に見下されると


「大体お前は自分の立場が分かっているのか!?」


すぐに頭に熱が登って…。


「お前はアレの代わりに据えられただけの___」


ぼろを出す。


「お飾りに過ぎない」とでも言おうとしたのだろう。

だがそこまで言われると勘のいいやつに勘付かれる。

さすがにソレは困るので、ぐいっと彼の首に巻かれた引っ張ってくださいと言いたげに垂れ下がったネクタイを掴み思い切り引っ張った。

ぐぇ、と蛙が潰れるような声を上げる彼。だがそんなことお構いなく私は声を潜めていう。それは至極当然なこと。


「店内では、お静かに」と。


瞬間、サッと男の顔が赤から真っ青に変わった。

我を見失っていた彼は漸く周りの人間の姿が目に映ったらしい。

彼等は私たちを見ていそいそと話している。

こんな人たちの前で私が絶対に知られてはいけない"義理の子供"に関連するワードなんて発言していたらどうなったことか。

すっかり委縮しきった男を私は見あげ、かわいらしく小首をかしげる。


「これ、買ってくれますか?」


男はギリギリと歯を食いしばりながらも黙ってウィッグを購入した。おしおし。


そうして周りからの視線を受けながら私たちは店を出る。


「おい」

「へ?っ!!」


声を掛けられたと思えばゴンッと右頬に衝撃が走る。

地面に座り込んで男を見上げれば男は血走った目で私を見下ろしていた。

街から離れて人気が少なくなった瞬間私はどうやら殴られたらしい。

座り込んだあたりで続いて蹴りが飛んできて、腹に衝撃が走って体を支え切れず地面に倒れ込む。


「あんまり調子に乗るなよ。お前は俺が拾ってやったから今の生活にありつけているんだ。

お前は俺のお陰で生きられているんだ!わかってるのか!?あ”ぁ!?」


蹲った私の背中を蹴り、男がいう。

ガンガンという衝撃が体に走った。

空気がびりびりと震えている。びくりと肩が跳ねた。


「…………ご、めん………なさい」


か細い声が私の口から洩れる。

何度も蹴られるせいで息がとぎれとぎれにこぼれた。

私の声とその無様な姿を見て男は満足したのだろう。

舌打ちをして最後に一度だけ私の体を蹴り飛ばし足を退ける。


「回復しろ」


どうやら彼は周りに私に手を上げたことをバレたくないらしい。

私はのろのろと体を起こすと俯き、震える手で体に触れる。白い光が漏れて、紅くなっていた腕や背中の痕が引いていくのがわかる。

そして右頬。白い光が溢れた。


私は男の顔を見ないようにうつむいたまま、震える手を押さえて立ち上がり、男の右側に並ぶ。

男は私を一瞥するとふんっと鼻を鳴らし、のしのしと大股で歩き出し、私もまたそんな男について家へ戻るのだった。

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