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恋愛小説短編集

中学生のころカーテンに何度も簀巻きにされた件

 僕がその恋心に気づいたのはいつの日のことだっただろうか。

 当初は彼女との関係性はそれほど深いものではなかった。知人以上、友達未満という程度のものだ。

 僕が彼女と出会い、恋心を自覚した時までの順番を時系列に照らし合わせながら思いを馳せる。

 初対面となった場所はごく普通の場面、つまり小学校のクラス替えだ。席が近くなったこともあり、何度も話したことがある。しかし特別友達関係になることもなく僕は別の友達グループの輪の中に加わることとなった。

 転機は中学生になってからすぐに……ということもなく、中学三年生になるまではクラスは別、部活なども別と全然接点がなかった。僕は帰宅部だったけど、彼女は美術部に所属していた。今も美術部に所属している。

 そのことを思い出しながら僕は隣にいる人に語り掛ける。

 彼女は相槌を打ちながら言葉を続ける。


「あら、そんなのよくあることじゃない。男女を逆にしたパターンなら私にも当てはまる人が沢山いるよ?」


「それはそうなんだけどさぁ……」


 確かに彼女の言う通りだ。この条件に当てはまる異性は誰にでもいることだろう。

 僕にとってもそうだった。中学三年の夏、皆が高校受験に挑むなかで恋心に目覚めるその時までは。

 ようやく本題に入れる。恋心を自覚した時のことだ。授業中、皆が真面目に黒板とにらめっこしながらノートにシャープペンシルを走らせていた時のことだ。

 ある時隣の彼女が何度も消しゴムを使用していることに音で気づいた。窓から入る生ぬるい風、風により転がる僕の机の上にある消しカス、筆入れのファスナーが風に揺れて予備のペンに当たって音を立てる。次の瞬間、ひと際強い風が窓から入り込んだ。窓際にいた僕は風になびくカーテンに絡めとられる。

 そのカーテンの話が彼女の笑いのツボに入ったらしい。彼女は僕に申し訳なさそうな表情をしながらしばらく笑いを堪えていたが、仕舞にはけらけらと笑い出す始末だ。

 彼女は笑いすぎて若干涙目になりながら、こう続ける。


「ふふっ、本当におかしい。よく覚えてるね、結構前の話でしょ?」


「うん。でも忘れられないよ、肝心の場面は次の瞬間だったし」


「あー、そういえば初恋の話だっけ?」


 そう、初恋の瞬間はあの時まさに訪れた。

 隣にいる彼女が僕に被さったカーテンをやさしく払いのけてくれて、『大丈夫?』と先生に聞こえないくらいの小さな声で囁いてくれた。

 右隣にいる声の主にお礼を言おうとしたその時、僕は信じられないものを見た。


「向日葵を見たんだ」


 僕の言葉はいくつかの矛盾を含んでいたようで、彼女は若干困惑していた。


「教室の中でしょ?なのに向日葵を見たの?」


「そう。正確には本物の向日葵ではなくて──彼女のノートに描かれた向日葵の絵なんだ」


 僕のその言葉を聞いた彼女は先ほど笑いすぎたせいか、未だに若干涙目だった。しかし彼女は不安そうな表情をしていた。その表情は眉をひそめる、という言葉が適切だろうか。

 少しの間僕と彼女の間には沈黙が流れるが、先に口を開いたのは彼女の方だった。


「私の記憶違いじゃなかったらそのエピソード、当てはまる人が二人いるんだけど」


 彼女の言う通りだ。つまり僕は夏場に少なくとも二度もカーテンに簀巻きにされた男子でもある。

 目の前の彼女は唸りながらも左上を眺めながら言葉を発する。


「その向日葵を描いていた女子って一人は小西さんでしょ?小西萌さん。彼女も、美術部員だし?」


 後半は言葉遣いがたどたどしかったが彼女は自分の役割は果たした、さぁ次は君の番だと言わんばかりの表情をしながら視線を向けてきた。

 その勝負に乗ろう。僕も言うべきことを言わなくてはならない。


「もう一人は君、赤坂さんね。赤坂茜さん」


 彼女、赤坂さんの頬に朱が差す。正直僕も同じ状態だろう。顔が熱くなるのを感じるが、これが単なる体温の上昇でないことは自覚できる。

 僕がまごついていると、赤坂さんの表情が徐々に変化していることに気がついた。期待半分、不安半分というところだろうか。好奇心も混じっているかと思う。


「それで!実際のところどっちが本命なの?その──小西さんと、私の……」


「それじゃ言うよ?笑うと一段と可愛くなって、僕とは違う世界を見ていて、でもそれも魅力的で……あと何かあったかなぁ?」


 どれも本心なんだけど、このままだと埒が明かない。小西さんも赤坂さんもよく笑うのは事実だし、部活の関係でみている世界や視点が僕とは違うのも事実だ。それならいっそのこと確実に一択になるようにわかりやすいエピソードを語っていこう。


「高校の入学式で頭のてっぺんに桜の花びらを乗せてたり、この間の絵画コンクールで特選したときは喜んだかと思ったらすぐに悔しそうな表情を浮かべたり、他にも」


「──待って!もう答えが分かったから!一旦ストップ!」


 ここまで言えばそれはばれる。絵画コンクールの件は僕も詳しく知っているからだ。

 それこそ当の本人が知らないはずがない。


「つまり、君が好きな人って私、でしょ?」


 いや、間違ってたらごめんね!と彼女は言葉を続ける。


「そうだよ。赤坂さんのことが好き」


 この一言を発した時の僕は一体どんな表情をしていただろうか。せめて近くに鏡があればと思いもしたが、ないものねだりをしても仕方がない。だが自身の心境は説明できる。まず体に変化が起きた。動悸が凄い。自分の胸に聴診器でも当てたかのように心音が聞こえる。その鼓動はとても速い。

 どう考えても僕は緊張している、焦っている、正直後悔もしている。この初恋はあの向日葵の絵とともに僕の胸の内に秘めたまま、墓まで持っていくべきだったのかもしれない。

 それでも僕はこの思いを伝えたくて仕方がなかった。何故なら高校を卒業したら彼女と離れ離れになるのは確定しているからだ。つまり進路が全く違う。彼女はよく『美術で食べていきたいなぁ』と口にしていた。きっとこの先待っている進路希望でも芸術分野を選ぶことだろう。

 そんなことを考えている間、ずっと赤坂さんと視線を交わしていることに僕は気づいて慌てて視線を逸らし、最後に一言。


「あっ、いい返事は期待してないから大丈夫。赤坂さん、本気で美大か芸大に行きたいんでしょ?僕、好きな人の本気を無視したくないし」


 言ってることは格好がいいかもしれないが、実際のところこの発言中一度も目を合わせられなかった。正直ダサい。

 でも伝えなくてはならないことは伝えた。伝えきった。赤坂さんは僕に好意を向けられていることにやっと気づいてくれた。月並みな言葉かもしれないけど、それが達成できて本当に良かった。

 束の間、『あっ、そうだ!』と赤坂さんのはつらつとした声が聞こえ、僕は慌てて彼女の方へ視線を戻した。


「じゃあ私の話を聞いてよ。んーっと、そうだなぁ。じゃあ、『中学生のころカーテンに何度も簀巻きにされた男子』について話そうかな」


 ……そんな目に会っている男子って僕しかいなくない?

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